52 エピローグ 父ジェームズは思う
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物凄い怒りで入ってきたクリスにびっくりして、椅子の上に飛び乗ってしまった。
今のクリスになる前のあの頃を思い出させるくらい、恐ろしかった。
でも今のクリスになら怒られてみたいと思うのは親として変だろうか?
『もう、パパなんか嫌い! 大嫌い! 顔も見たくない! 死んで!』なんて言われたら、ちょっと凹んで立ち直れなくなってしまうかもしれない。いや、でもちょっと言われてみたいって気持ちもあるんだよなぁ。
まぁ、下手に刺激すると今度こそ見限られてしまうので、女神様との会話が終わるまでじっと正座して待っていよう。
しかし、普段全く怒らないクリスがあんなになるなんて一体何が………。
え? 女の子に? マジで?
確かにお◯ん◯ん以外は、下手な女の子より女の子なクリスが女の子になったら、全方位敵無し、無敵状態じゃないか…。流石は女神様。
でもね、私は付いてるほうが好きなんだよ。
この前読んだ本で目覚めてね。あれはいい。
女装男子、男の娘、シー◯ール、ディッ◯ガールにふたなり。ガイ◯モーフ物として販売されてるのもあって、一瞬スルーしそうになったりしたものだ。
本棚にそれ系の本で二棚使っているけど、バレないか内心ドキドキしている。
最近はそういう系の店にも通うようになったしね。
『領主様も好きですねぇ』と毎回どこの店に行っても言われる。
まぁ、自分の娘の趣味で自分の性癖が変わるなんて、あの頃は思いもしなかったなぁ…。
だからだろうね。王子如きにうちのクリスは嫁がせられないと思う。
しかし、クリスが一時的にでも女の子かぁ…。
これはTSFものも集めないといけないな。
もちろんこんなのを集めているのをレイチェルやサマンサにバレたら大変な事になる。全部没収されてしまうだろう。
他のメイドや使用人も危ないな。そう思うんだけど、探せば見つかるところに置いてしまうのは私がMだからだろうか?
まぁ、ルイスは私の趣味を理解してくれるだろうが、バレるまでは言わなくてもいいだろう。
それにちゃんとリアルと区別できる大人な私なのでそういった線引きはちゃんとしているので、今の所憲兵隊とか、うちの風紀委員に捕まった事はない。
今だって女神様と言い争っているクリスを微笑ましく眺めていられるくらいには平静でいられる。
しかし女神様のなんと羨ましい事か。あんなに激しく言い寄られたらパパ素直に土下座しちゃうよぉ…。
「甘い甘いわ! 楽観的すぎるわよ。ねぇお父様!」
そんな事に思い耽っていたら、クリスに話を振られた。
えっと、何の話だろうか?
とりあえず、それっぽい事を言って凌ごう。もしかしたら当たるかもしれないし。
「そうですよ。私のかわいい娘を王家になど嫁がせられませんよ。一生私と暮らしていくんですから」
「きっしょ」
「お父様、今はそういう冗談はいいですから」
あれぇ~? どうやら違ったらしい、でもそんな感じの事を言っていた気がするんだよね。
クリスが、ジロッと睨んでくる。
やばい。ちょっとドキッとしてしまった。娘にこんな感情を抱くなんて父親失格だな。
……ちょっとクリスに言ってもらいたい言葉リストに追加だな…。
心のメモに追記しておく。
で、なんだっけ……。
「うちの家の仕事の都合上クリスを王家に嫁がせる事は出来ないんですよ。護衛騎士ならともかく王妃となると制限が出来てしまいますし、何よりバレたら私もコレですよ」
手のひらを首の横からスッと動かし、打ち首を表現する。
「親子揃って小心者ねぇ」
おぉ! どうやら当たっていたらしい。流石私だ。伊達に場数を踏んでるわけじゃないからね。
その後は再びクリスと女神様が言い争っているので、もう私の出番は無いだろうから、先ほどの続きを……。
そう思っていたんだけど、気づいたら、ソフィア嬢にマーガレット嬢もいる。
これは下手な事を言うわけにもいかないし、何より本棚の中に気付かれたら大問題だ。
ここは意識を集中して会話を聞いておかなければいけないだろう。
しかし、身構えた時ほど、肩透かしを食らうもので、あっさりと会話が終了してしまった。
あ、そういえばクリスにお願いしておこうと思った事が一つあったんだよね。
ソフィア嬢もいるし、ちょうど良いね。
「クリス、話は変わるんだけど、一つお願い事をしてもいいかな?」
「なんですかお父様」
「宰相に頼まれた教会の件なんだけど、建物の建設含めてどこか良い場所がないお願いしちゃってもいいかな?」
そう言われて、少し考える仕草をするクリス。
そして顔を上げて了承の意を示してくれるのかと思ったんだけど、まだ疑問があるようだ。
「それは構わないんですけど…」
「何か気になる点でもあるのかい?」
「この領。或いはこの国の一般的な結婚ってどうしてるんです?」
どうしてそんな事を聞くのだろうか? 教会の建設と何の関係があるのだろうか?
「まぁ、そうだね。一部の貴族なんかは婚礼の衣装を着て大々的にパーティーを催したりするくらいだけど、爵位の低い貴族とかは特に何もないし、平民は街で祝福してもらっておしまいって感じだったと思うが…」
正直私もレイチェルと結婚した時も、これといって何かしたわけではないからな。
ただその日を境に一緒に暮らすようになっただけだしなぁ。
市井の事にはあまり詳しくないんだよなぁ。
ふむふむふむと何回も頷きながら考えるクリスは、何かを思いついたのかスッと顔を上げると、ソフィア嬢にニッコリと微笑む。
「ねぇソフィア、良い事思いついたんだけど、私とお金儲けしない?」
それに対しソフィア嬢もニッコリ笑って応える。
こういう事を言うときのクリスは必ず成功させるからね。
これは任せても問題ないだろう。一体どうなるのか楽しみだ。
「お父様、この件お受けいたしますわ」
「頼んだよ」
であれば、王宮から届いている催促の手紙にも、多忙の為登城は難しいと返信しておこう。
これもクリスの為だと思えばこそだね。




