41 クリスがおこ
いやぁ無事に終わって良かったわ。
しかしなんでこうもうちの領でこんなに面倒事が起きるのかしらね?
いつの間にか馬車の周りにいた人達も祈るのを止めて談笑していた。どういう事?
「はーい。じゃあエキストラのみんさーん。おつかれさまでしたー。こちらで報酬のクーポン券配りますのでー、五列で並んでくださーい」
待て。今なんて? エキストラ? 報酬?
そっちの方を見ると、特に騒ぎもなく淡々と列が捌かれていった。
クーポン券をもらった人達が、貰ったクーポンを見て嬉しそうにしている。一体何のクーポンなんだろうか。
その中で何人かこの前街で祈っていた人達がいた。私と目が会うなりニッコリ笑って手を振ってきた。え、待って、祈らないの?
この前の様子と違ったので、つい声をかけてしまった。
「あ、あの祈ったりしないんですか?」
「え? あ…あぁ、そう…ですね……。この前のはドッキリの募集でやっていただけで、特に私はそういうのは…」
「私も、街中で急に祈りだすとか変な事はしませんよ」
そう言って軽く頭を下げ繁華街の方へ歩いて行ってしまった。
どういう事? 街中で変な宗教が流行って祈るといいとかいいって聞いたんですけど。ドッキリとは?
その後もこの前見かけた人に片っ端から声を掛けて行ったのだが…。
みんなあれはドッキリの募集で、街中でやるなんて正気の沙汰じゃないですよ。と言っていた。祈る事は祈るけど、家で私のフィギュアとかタペストリーに祈ってるそうだ。
それはそれでどうなのかと思うが、今回はグッと堪えて、ドッキリの発生源を探っていると、おじいちゃんが教えてくれた。
「あ…あぁー。そうじゃのぉ。儂の孫くらいの可愛い女の子二人がクリス様を驚かせたいので、みんなで祈るポーズをとってほしいと言ってたんじゃあーー……」
おじいさんの孫くらいの女の子二人………。
そして、別のおじさんに聞くと誰が犯人かわかった。
「ん? あぁ、それか。それならあそこにいる二人だよ。それよりもおじさんにパンツくれないかな? 毎日それに祈るからさぁ…」
なるほど。おじさんの視線の先にいるのはアリスとメタモだ。
私の視線に気づき、慌てて逃げ出そうとする。
「待ちなさいあなた達! よくも騙してくれたわね!」
「ち、違うのよクリス!」
「そうよ! 種明かしする前に逃げちゃうから言い出せなかっただけなのよー!」
「その後いくらでも言う機会あったでしょ!」
「ごめんてー。ちょっと忘れてて言う機会逃しただけよー」
「ホントホント。マジごめんって。ここまで大事になるなんて思わなかったのよー」
あいつら責任感の欠片もないな。よーし。そっちがその気なら最終兵器を投入するわよ。
「許さないわよあなた達! アンさん! その二人好きにしていいですよ!」
「「⁉️」」
「え? ホントクリスきゅん! ありがとー!大切にするわねー」
なかなか追いつけない事に苛立って、ロリコンのアンさんを嗾けたんだけど、素早いことなんの。
すごい勢いで二人に追いつくのだが、一々動きの大きいアンさんでは捕まえる事が出来ず、そのまま姿を見失ってしまった。
「なんて素早いのかしら…。覚えてなさいよ」
「ごめーんクリスきゅんー」
申し訳なさそうな顔で私に抱きつこうとしたアンさんから距離をとる。
動きが大きいから簡単に見切れるのよ。スカッと空を切り顔から地面にキスをするアンさん。
「無様だなお前……」
「あんたにだけは言われたくないわ………」
クライブさんがアンさんを見下ろすように呟く。
確かに無様だわ。私なら恥ずかしくて夜中起きだしてしまうくらいの醜態だ。
でもまぁ、あの怪しい宗教もあの二人のイタズラらしいし、それに引っかかった悪い人たちも捕まえられたから結果オーライかしら? でも何か忘れてる気がするのよね………。何かしら………。
あっ! そうだ。そうだわ。女性の神官が一人見当たらないわね。
あの人が描いて配っていた本も今回の原因だし、もしかしてあの人が黒幕なのかしら?
どうしようかしらと考えていると、お兄様とお姉様が近づいてきた。
「じゃあ帰ろっか」
「え? いや、あと一人はいいんですか?」
「大丈夫よ。うちにいるもの。そんなに気になるならうちで話を聞けばいいわ」
えー? どういう事ー?
その後、宰相とエリーとの間で何かの話し合いが行われたらしく、馬車に神官七人を詰め込んでいた。
反抗する気もないのか、真っ白な顔で項垂れていた。
逃げ出せないよう馬車の周りに板が打ち付けられていた。囚人かな?
「お兄様〜。逃げられると嫌なので、一緒に付いてきてくださいな」
「…はぁ………。仕方ないな。今回だけだぞ……って、うちの使用人を付ければいいだろう。あいつらはどうした?」
「お兄様と二人旅がしたいので、先に帰しましたよぉ」
「お、おまっ!」
「大丈夫ですよぉお兄様ぁん。今はまだ掘りませんからぁ!」
「あ、当たり前だ! …………え? 今は? 今はって言ったか?」
「んふふ。さぁ、行きますわよお兄様。私の最初の信者七人をちゃんとちょうきょ………、教育し直すんですからねぇ」
「かわいそうに…」
御者席に座ったエリーがぶんぶん手を振りながら叫んでいた。
「クリスちゃーん。私もぉ、負けないくらいおっきな宗教作るからねーん」
「えっ?」
宗教作るって言った? あれ本気だったの? とっさにお尻を押さえてしまった。
「大丈夫よクリス。そんな事になったら私がクリスの処女を守るわ」
「処女って……」
「それに、どうしてもって時はお兄様を差し出せば、逃げる時間くらいは稼げるわよ」
「止めてサマンサ。本当になりそうだから、そういうのは冗談でも言わないでもらえると助かるんだけど」
「そうね。ごめんねお兄様…」
「今、クリスきゅんの処女って言った?」
「「うわっ!」」
「んっ……………」
ほんとこの人どうなってんの? どっから湧いてくるのよ。髪の毛も黒いし、もしかして………。
「おほんっ……。それよりも、無事に任務も終わったんだから、そろそろ帰ってよ。クライブも帰ったでしょ?」
「えー、嫌よ。それにまだ、全部終わってないでしょ?」
「まぁ、そうなんだけど、だったら、あんなに早い時期から来なくてもいいじゃん」
「それはそれ、これはこれ。私たちだってバカンスしたいもの。おかげでいい休暇になったわ」
「あんたハメ外してるだけだったじゃないのよ。私たちまで奇異の目で見られたのよ?」
いや、めんどうくささのベクトルは大して変わりませんでしたよ。
みんなロベルタさんくらいの落ち着きを持っていれば、そこまで嫌いませんでしたよ。えぇえぇ。もう二度と会いたくないくらいうるさかったですね。
田舎のおばあちゃん家に行った子供が終始馬鹿騒ぎして暴れているようなものよ。
花火の時、紙を燃やしたり、振り回したり、何本も持って、バケツの水零しちゃって、他にも迷惑かけっぱなしの子供そんなイメージなのよね、アンさんって。来年は是非とも来ないでくださいね。
私たちがこんなに騒いでるのに、気にもせずに、列に並んでクーポン券貰って帰ってくこの街の人達ってある意味すごくない?
最後の人がクーポン券を貰って、脇目も振らずに去っていった。
メイドさん達が集まり待機している。
いつの間にか壊れた馬車も撤去されている。ホントこういう事は仕事早いよね。
とりあえず、気になる事があったのでうちへ帰るんだけど、やっぱり付いてくるんですね……。




