39 やっぱり年取るとそれなりに落ち着くらしい
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「こんな事をしても何もいいことはないぞ」
ダイアモンド王国宰相のドワイト・ジェイドフォレストは呆れた感じで吐き捨てるように言った。
「ふっ…。あんた等が素直に従ってりゃそれで上手くいってたんだ」
「馬鹿な事をしたものだな」
アイデアル教教皇オーガスト・カーネリアンダウンは軽い怒りを滲ませる。
「馬鹿な事かどうかは後の歴史が決めることだ」
「そうだな。きっと大馬鹿だと教科書に載るだろうな」
その瞬間、神官の一人が宰相の頬を殴った。
「あんまり俺等を怒らせるなよ? 準備してきたものが全部パァになっちまう」
「なるほど…。もう少し周りを見る余裕があれば、既に計画が破綻していた事にも気づけたのにな」
「なんだと?」
二人は落ち着いた様子で、神官達をただ眺める。
ドワイトは殴られた頬をさする事すら億劫そうだ。
その様子が神官達をより苛立たせる。
「なんだ! なんなんだよ一体! どうしてこんな状況でそんな冷静でいられる!」
そんな事を聞かれるとは思っていなかったのか、虚をつかれたような表情をする二人。
そして、堪えきれず失笑してしまう。
「な、何がおかしい…」
「いやなに、どうして自分たちに有利に事が運ぶとここまで思い込めるのか不思議だな」
「そうだな。では、逆に問おう。お前達はこの先どうしたいのだ?」
「ど、どうって…」
オーガストの鋭い視線にたじろぐ神官達。
「そ、そんなの決まっているだろう。アイデアル教はもうお終いだ。これ以上我々が生活を維持していくのは不可能だ」
「であれば、我々がこの先生き残るのは別の宗教に鞍替えする必要がある」
「ほうほう…続けて…」
「くっ……。この地で確認されたクリス教ならば、我々は今まで通りの生活を送れるのだ」
「それはどうして?」
「ふん…。ここに来て改めて実感した。温暖な気候、信者達の経済状況、信仰心、そして邪な教義。我々が何をしようと咎めらる事は無いと。今まで…いや、それ以上に豪奢な暮らしが出来るってな」
目を細め、言葉を失う二人。
それに気付く事すらなく、次々と計画を曝け出していく神官達。
「そして、あんたのボンクラ息子を使ってクリス教を乗っ取ろうと画策したんだよ。あの女に描かせた本を使って、より有利に運ぶよう裏工作までしてなぁ」
「あとは、既成事実を作って、宰相、あんたに承認してもらうだけだったんだよ」
「あとは、残ったアイデアル教の施設や信者をそのまま改宗させれば、規模を維持したまま、以前の悪評を払拭できるはずだったんだ」
そこで神官の一人は疲れたようにソファに乱暴に座る。
「で、それは上手くいったのかね?」
「上手くいってたらこんな事しねぇよ」
「だろうな…」
「そんな余裕な顔していられるのも今のウチだぜ」
「ほう…」
「ただまぁ、お前等の子供には少し痛い目を見てもらう必要はあるがな」
「聖職者とは思えない短慮な発想だな…」
「ふん…。なんとでも言えよ。お前等が懇願するまで痛めつけてやるさ」
「精々綺麗な顔が歪まないよう祈るんだな」
「祈る神がいれば、そうしよう」
「こいつ……」
神官達はいつまでも余裕を持っている二人に更に苛立ちを見せる。
そのうちの一人が、ドワイトの胸ぐらを掴み、尚も殴りかかろうとするが、尚も表情の変わらない様子に振り上げた拳を下ろしてしまう。
「くっ…」
「なんだ、どうした? お前達の覚悟なんてそんなものかね?」
「もういい。止めておけ。強がっていても子供が殴られれば考えは変わるさ」
「そ、そうだな。そうだよな…」
残りの神官もソファに座る。一人は貧乏ゆすりを。もう一人は組んだ手の指を回すだけだった。
「ところで、あとどれくらいで着くのかね? 老体に長旅は堪えるものでね…」
「ジジイが……。そうだな…、大体三十分といったところか」
「ふふっ……」
「何がおかしい?」
神官の一人が、顔を上げ睨む。
「いや、最初の方にも言ったが、もう少し周りをよく見たほうがいい。頭に血が上りすぎてそこまで気が回らなかったのか、或いはただ単に間抜けだったのか」
「お前っ! 口には気をつけろよ。その気になったらお前なんて簡単に殺せるんだぞ」
「これだけは使いたくなかったが」と呟きながら、小型のナイフを取り出して立ち上がる。
「そんなものを持ち出されると、流石に止めないわけにはいかないね」
「だ、誰だっ!」
馬車の中に居ないはずの人物の声が聞こえ、神官達が一斉に声のする方へ振り向く。
そこにあったはずの扉は開け放たれ、紺地のワンピースを着た女性? ルイスが扉のところに両手で捕まって立っていた。
「どうしてうちの領でばっかこんなのが起こるのかしらね」
扉の下の方から、別の女性、サマンサが顔を覗かせ、そんな事を言う。
馬車が走っているはずなのに、どうしてそんな平然としていられるのかと、神官達には理解が出来なかったらしい。
その時、ベリベリと天井が剥がれされていき、七割程剥がされた時点で、白いレオタードを着た筋骨隆々な男? エリーがニッコリとした表情で顔を覗かせる。
「な、なぁっ!」
「あらぁ、結構いい男じゃないの」
驚き動けない神官二人をよそに、一人の神官が窓に顔をくっつかせ外を見た。
そして、驚きソファに座り込んでしまう。
「ど、どうして」
「どうしても何も一メートルも動いてない事に気付いてないなんてね」
残りの二人も顔を上げ、窓から外を見て、顔を青くして座り込んでしまった。
馬車の周りには、クリス教の信者だろうか? その大勢の信者達が馬車を取り囲み動けなくしていた。
尤も、御者は早い段階で縛られ、集団の外に捨て置かれていた。
天井からドスンと音を立てて降り立ったエリーは、未だ握りっぱなしだったナイフを横から掴み、簡単に折ってしまった。
目を丸くさせ、口を開けたまま驚き、折れたナイフとエリーを交互に見る。
「ん…やだもぉーお。そんなに私の事見てぇ。照れちゃうわねぇーえ」
「い、いや…ちが………」
振り返り、ドワイトとオーガストに向かって満面の笑みを浮かべるエリー。
その笑顔を見て、全く表情を変えない二人は流石だと言えるだろう。
「私もぉ、クリス教みたいにぃ、エリー教ってのを作ったんですぅ」
くねくねしながら両頬に手を当て顔を赤らめるエリー。
それを見たルイスとサマンサは苦い顔をするが、ドワイトとオーガストは柔らかい表情を作り先を促す。
「ほう…。それで?」
「何か違いはあるのかね?」
勝手に宗教を作った事を咎めるどころか、面白そうな表情をする二人。
「はい! それでぇ…エリー教はクリス教と違ってぇ、屈強な男の、男による、男の為の宗教に、したいなっておもってぇ……、あ…まずはぁ、男同士仲を深めるためにぃ、ホモセックスは絶対ぃした方がいいと思うんですぅ…」
途中素の声に戻るが、ただただ自分の欲望を語るエリー。
それを聞いていた神官達は途中から嫌な予感がしたのか、白い顔で脂汗をだらだらと垂らしている。
ルイスとサマンサは早くここから立ち去りたいなと思いながらも、ここで抜け出すわけにはいかず、かといって表情にも出すわけにはいかず、ただただ口内を噛んで耐え凌いでいた。
「ほぉう……。それはいいことだね。うちの宗教も上は男のみでね。みんな互いに仲睦ましくしているから、相性はいいだろうね」
「あらぁ…いいこと聞いたわぁ」
神官の一人がサッと顔を上げ、ブンブンと横に振るが誰も気づかない。
「ちなみにそれはどこで広めるつもりだね?」
「んふ。私もぉ、仲間達を訓練するので精一杯だからぁ…………精々…うちの領内だけよねぇ」
人差し指を顎に当て、斜め上を見て思案するエリー。
神官の一人が口に手を当てえづくが、誰も意に介さない。
「なるほどな………。認可しよう」
「えっ! 本当? 嬉しいわぁ!」
「ただし、条件が一つある」
「なぁにかしらぁ?」
「今日でアイデアル教は解散しようと思ってね。ただ、人数は少ないと言っても、まだ何人か幹部がいてね……。もしよければ全員そちらで引き取ってはもらえないだ………」
「いいわよぉ」
オーガストが言い終わる前に、食い気味に了承するエリー。
最後の神官は白目を剥いて気絶していた。
「でもぉ…いいのぉ? 裁判とかに掛けなくってぇ?」
「あぁ、そんな事か…。構わんよ。どうせこれは非公式の訪問だ。ここで有ったことは何も無い。そうだろう? ジェームズの子よ」
「あ…あぁーそうーですねぇ……はい……」
珍しくルイスが歯切れの悪い返事をした。
「あらぁ…。じゃあ、こんなにいい男が山ほど貰えるなんてぇ。どうしましょ」
へたり込んだ神官達をまとめて抱きながら嬉しさを表現するエリーを見て、こんな予定ではなかったんだけどな。と、ルイスとサマンサは互いに顔を見合わせ、深くため息を吐いたのだった。




