35 天国と地獄
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「では、明日の朝一でお迎えにあがりますね女神様」
そう言ってアーサーは一緒に連れてきたテオドールをそのままにして、満面の笑みを浮かべて一人で部屋を出て行ってしまった。
はぁ…。
まさか明日アーサーと一緒に街に行かないといけないなんて憂鬱だなぁ…。
正直面倒なことしかおきないと断言できるもの。
まぁ、決まってしまったものは仕方ないわね。
ところで、この天然物の男の娘はどうしたらいいんだろう?
「はぅ……」
やっば。かわいい。
さっきのアーサーを止める仕草とかめちゃくちゃかわいかった。
しかし残念だな。女の子の格好をすればもっと輝くと思うのに。……ってそんな事考えてる場合じゃなかったわね。
「大丈夫? 迎えの人とか来るの?」
ブンブンと首を振って否定の意を示したんだけど、何このかわいい生き物。
「じゃあ、迎えの人を呼びにいってもらうから暫くうちで過ごす?」
「……ぅん……」
こくんと首を大きく一回かしげる。
じゃあ、どこにいれば安全かしらね? 横でエリーが野獣の目でテオドールを凝視しているから、近づけると危ない気がするんだけど…。
どうしようかと考えていたら、少し離れたとこにいたソフィアが声を掛けながら近づいてきた。
「ねぇ、クリス」
「何、ソフィア?」
もしかしてテオドールの面倒を見てくれるのかな?
「明日私も一緒に行くわ」
「え?」
「いや、何でそこで聞き返すのよ」
「いや、だって来る理由ないじゃん」
「あるわよ。私だって一緒に街見て回りたいもの」
「そ、そうなんだ。まぁつまらないと思うけど、それでもいいんなら…」
「なら決まりね」
「ソフィアお姉様も行くなら、当然私も行くわ」
「じゃあ私も行くわねぇ」
「僕も……」
流れでみんな行く事になったけど、まさかテオドールも流れで言ってくるとは思わなかったわ。
時間も丁度お昼になった事だし、久しぶりにみんなで何か食べようかなと考えていたら、ドアが開く気配がしたので、もしかしてアーサーがテオドールを置き忘れたのを思い出して戻ってきたのかなと思ったんだけど、どうやら違ったようだ。
「ぬっふっふっふっふっふ~。クーリースきゅん! お昼食べましょ…………って、えぇええっ!」
「おいアンうるさいぞ。いい加減迷惑だろう」
「だってだって、可愛い子がいっぱいなんだもん」
「どれ…………はぁ………。お前なぁ、可愛くったって小さくなきゃダメなんだ。もう結構歳いってるじゃないか」
「あんたほんっとバカね。見なさいな。年齢なんて関係ないじゃない。可愛い子がいる! それでいいじゃない。ほら、天使が四人と……………悪魔が一人いるわね」
「ほんとだ…。かなり凶悪な奴が一人混じってるな」
「あらぁ、お兄様ん。それは私の事かしらぁ? だったらせめて、堕天使にしてくれないかしらぁ? んふっ…」
アンさんとクライブさんがいつも通り、頭のイカれた会話をしている。
ソフィアが肘の部分をつんつんと引っ張る。
「ねぇ、あの人達って……」
「あぁ、お兄様の生徒会仲間の人達よ」
「そうなんだ。あんなんでも生徒会回るのね…」
その言葉には激しく同意するわ。でもね、そんな事言うと目つけられるわよ?
「あら、あなたはアンバーレイク公爵家のソフィアちゃんね。私はアン。アン・ボルツ・カーボナード。よろしくね」
爵位はソフィアのが上だからだろうか、アンさんが物凄く下手に出ている。いや、下手って言っていいのかな? 土下座してるんだけど。
小さく「踏んでくれていいのよ。寧ろ踏んでください」なんて言ってる。
あのソフィアがあんなに怯えた表情するなんてただものじゃないわね。
そんなアンさんをクライブさんが抱え起こし、無理やりに立たせると、ソフィアはホッと胸をなでおろした。
まぁ、ソフィアは基本いじる側で。こうやっていじられる側は慣れてないんでしょうね。
………それだと私は常にいじられているって話になるわね。
「俺はクライブ。そこの筋肉ダルマの兄だ。残念な事にな」
「まぁ酷い。お兄様ん」
今度は反対側の袖の辺りを引っ張られる。
「ねぇ、貴族ってみんな、こんなに頭のおかしいのしかいないの?」
マーガレットが引きながらそんな事を聞いてくる。
うちに来るのは基本的に全部イエスだね。ただ他にもいっぱい貴族がいるだろうから、答えとしてはノーかな?
「そうよ。貴族はみんなこんな感じよ。よろしくねマーガレットちゃん」
今度はマーガレットの顔すれすれに近づき、満面の笑みを浮かべるアンさん。
もうここまできたらホラーだよね。マーガレットはホラー耐性ないから、こんな事すると怖がってしまうんじゃ……。あ、気絶してる。
ほんとこの人誰か手綱握ってないといつか捕まるんじゃないかな?
その後、「やっぱりここにいたのか」と、お兄様とキャロルさんとロベルタさんに連行されていった。
日に日に異常行動のレベルが上がっていくのよね。お姉様もあの人には苦手意識持ってるみたいで最近はめっきり近づきもしなくなってしまったし。
いったいいつまでいるのかしらね?
その後、お昼にイベントをやって、その流れで夜遅くまでガールズトークに花を咲かせていた。
テオドール君は、お昼頃にお父さんが迎えに来たので、危機一髪で脱出できたので、この苦行じみた地獄のイベントには参加していない。
参加しなくてホント…ホントに良かったね。




