06 暑いと考えに余裕がなくなるわけで
「あの人とんでもないわね」
「でも、あのくらい積極的じゃないと…」
アリスとメタモは真似するんじゃないよ? あれほど悪い例はないんだから。
止めとけよって感じで二人を見ていたら、不意に影がさしたので、そっちの方を見ると、女性が一人見下ろしていた。
何ていうか…、めっちゃギャルだ。
金髪を右側に大きくサイドポニーにして、執事服の胸元を大きく開け、上着を腰に巻きつけている。ベストがピッチピチだが、それよりも零れそうな程大きな胸が特徴的だ。長袖のシャツを捲って、手首に薄紫のシュシュをつけている。
化粧も派手めで、大きなつり目がより派手さを醸し出す女性だ。
「うっわ。マジぎゃんかわなんだけど」
口調もまんまな人だわ。
「後であーしとお話するっしょ。じゃーね」
他の人みたいにもっと構われるかと思ったけど、あっさり中へ入っていった。
「あ、あたし、あの人目指す。めっちゃかっこいい」
「ホント、素敵だったわ。あれが将来の理想像だわ」
えぇ……。この二人があんな風になったら、それこそ面倒なことになりそう。
「あたし、あの人に教えてもらうわ」
「そうね。クリス悪いんだけど、あの人に修行つけてもらうわ」
「あ、うん。どうぞ」
今までべったり付いていたのが嘘のように、あっさりと離れた。
「お姉様〜」なんて言いながら小走りで追いかけていった。
「はぁ〜………」
おっきい溜息を吐きながら、熱いのも気にせず、その場にへたり込んでしまった。
「どっと疲れたわ…」
とりあえず、あの二人が離れたので、漸くゆっくりできる。ガゼボに行ってダラダラしましょ。幸いお菓子とお茶はあるのだから。
そう思って、ガゼボへ歩き出そうとしたんだけど、背後から両肩をがっしり掴まれてしまった。
振り返ると、お姉様とメアリーだった。
「なんですか? 今から私はゆっくりするんで、用があるなら後にしてもらっていいですか?」
「あら、なら好都合ね」
「クリス様、本日分のお約束がまだですよ?」
これはゆっくりできないやつでは?
そう思ったんだけど、メアリーが私を抱え走り出す。
その横をお姉様が私の持っていたお菓子とお茶を持って並走する。
到着したのは目的だったガゼボだ。
「はぁ〜」
だらしなく座り、大きい溜息を吐くお姉様。
そして、私にぴったりくっつきながら、お菓子を頬張るメアリー。
もしかして……。
お姉様が私の言いたいことを察したらしい。
「そうよ。あの騒がしいのが家にいたんじゃ休まらないもの。面倒なのはお兄様におし……、任せて、私は避難したのよ」
「じゃあ、メアリーは?」
「え? 私ですか? 私はほら、いると邪魔になるんで、サボ……、クリス様のお世話を…」
あぁ、つまり二人共、あの騒がしい一団と一緒に居たくないから逃げてきたと。
メアリーに関しては、ただのサボりでしょ? 他のメイドさんがよく怒らないわね。
「しっかし。今年はホント暑いわね。このままいったら冬には八十度くらいになるんじゃないかしらね」
随分使い古されたネタを言うんだな。
「そうですねー」
「そんなわけないでしょ。ちゃんと突っ込みなさいよ」
こんな時にそんなやり取り出来るわけないでしょ。
しかし、ホントここは涼しいわねー。もう夏の間はずっとここにいたいわ。
三人で暫くダラ〜っとしていたんだけど、遠くの方から人が近づいてくる気配があった。
そっちに目をやると、何人かのメイドさんがいた。
私と目が合うなり、小走りで走ってきた。
「メアリー! こんなとこでサボってるなんて」
「私はサボってるわけではなくて、お世話を…」
「何言ってんのよ。寝てるじゃない」
「……。え、えーっと、そう。暑さで立ちくらみが…」
「取ってつけたよな嘘言ってんじゃないわよ。ほら来なさい。突然お客が来て忙しいんだから」
「えぇー」
「えぇーじゃない。ほら来る!あ、クリス様!」
メイドさんが、今気づきましたというような感じで、私に声を掛ける。
「い、忙しそうだね」
「そうなんです。もう全然人足りないんです。あ、丁度良かったクリス様手伝ってくれませんか?」
私一応、主なんだけど。まぁ、いいか手伝うくらい。
「いいわよ」
「さっすがクリス様。ほら、メアリーもしゃんとする。クリス様も手伝ってくれるんだから、あなたも来る!」
「うえー」
両脇を他のメイドさんに抱えられ、引きづられるように連行されるメアリー。
「では、クリス様、こちらへ」
それまで呆気にとられていたお姉様がやっと声をだす。
「わ、私も行きましょうか?」
「あ、サマンサ様は大丈夫です。余計に仕事が増えるので、この辺でダラダラしててください」
「あっ…はい…」
この家のメイドって、本当に怖いものないわよね。




