19 王子様をしばきあげる
―――――この状況をどう説明しようか……。
我が家の応接間でロープでぐるぐるに巻かれ座らされてる私。
そんな私の前を塞ぐように、ナイフをくるくる回しながらニコニコしながら立つメアリー。
そのメアリーの前で真顔でレオナルドの襟元を持ち上げているお姉様。
応接室の壁に器用に服の端だけをナイフで縫いつけられて、身動きの取れない三人の護衛。うち一人は逆さまになっている―――――
家へ着くと、置いて行かれたメアリーと、置いてけぼりにされたお姉様が出迎えてくれた。
ただ、馬車から降りた私たちを見て表情が凍りついていた。
王子様にしては、皺くちゃのヨレヨレの服。汚れて、服の何箇所かが破けてボロボロの護衛。そして、砂や埃塗れで汚れた私を見ると、二人とも一体何があったのか問い詰めた。
「ちょっと、街に行っただけで何でそんな汚れるのよ? まさか、その年にもなって砂遊びしてた訳じゃないでしょうね?」
「さ、サマンサ様じゃないのでそれは無いかと思いますが?」
「流石に私だってやらないわよ…」
「ここで話すのはなんですので、応接室へご案内した方がいいのではないですか?」
「そうね。じゃあ案内するわね」
応接室へ入ると、どこから出したのか、手に持ったロープであっという間に簀巻きにされて床に座らされてしまった。
そして、お姉様が頷くとメアリーが振り向きざまにレオナルドの護衛を壁にナイフで縫いつけてしまった。
護衛の一人が「今日は厄日だ」と呟いている。
あの護衛の人辞めちゃうんじゃないかな?
ニッコニコの表情でガクブルのレオナルドの顔を覗くように、今日何があったのか問いかけた。
今日、街へ行って賊に襲われた事を聞いた途端に、お姉様は表情を消し、レオナルドの襟元を掴み上へ持ち上げた。
お姉様って意外と力持ちよね。普通、あの年の女子であんな事出来ないし、出来ても無理してるからプルプルしそうなものなのに。体幹鍛えてたんだなぁ…。
お姉様の体幹に感心していると、持ち上げられたレオナルドが絞り出すような声で謝ってきた。
「ご、ごめんなさい……。ふ、二人きりでデートがしたかったんですぅ……」
端から見ると自分の女にちょっかい出した間男を締め上げてるように見える。
いやいや、そんな事考えてる場合じゃないな。どう逆立ちしてもこれ不敬罪に当たるでしょ?
「お、お姉様…その辺で……」
「デートだぁ?」
「はいぃぃぃぃぃぃ」
「え? デート? デート…………。え? 嘘……。クリスとデート?」
「は、はいぃぃ」
何回もデートと呟いている。もしかしてデートの意味知らないとか……。無いですね。顔が赤くなってますね。これはどっちの赤なのかな? 羞恥か怒りか……。
ふとメアリーを見上げるとニコニコしながらナイフを回していた。やべぇ。
そんな時に、父が偶然部屋の前を通った。
一旦通り過ぎて顔だけを再度戻して覗く。
たまたま開けっ放しだった部屋の中を見て驚愕と蒼白の表情になる。
また、父の胃が心配です。
「ちょ、ちょっとサマンサ何やってるの? 下ろして、ほら早く下ろして!」
しぶしぶレオナルドを下ろすサマンサ。
「けほっ…けほっ…」
「大丈夫ですか? 殿下?」
駆け寄り背中をさする父。これはもうダメかもわからんね。めでたく婚約破棄になるかな?
「お父様…。こいつは抜け駆けしてクリスとデートしていたんですよ?」
ダメ! ダメでしょ…。王子様相手にこいつ呼びはやばい。
一応教育受けてるんでしょう? 婚約破棄どころか打ち首されても文句言えないわよ?
口をパクパクさせて狼狽えていると。
「そりゃあ、そうだろう。クリスは殿下の婚約者なんだから、デートの一つや二つおかしい事は無いだろう?」
親父ぃーーーーーーーーーーーーーー!
今、婚約破棄のチャンスだったよ? 首繋がっちゃったじゃん。
「え、えぇ? 婚約者……。クリスと? え? でも、クリスは……」
あ、やばい。暴露しちゃダメ。
「あんた、クリスみたいのが趣味なの?」
「はい。僕はクリス嬢以上に素敵な人はいないと思ってます。この恋する気持ちは誰にも負けません!」
「そ、そう…なの。そうなのね。ごめんなさい…。私知らなくて、ホントごめんなさい。その、私、応援するわ……」
応援しないで、いつもみたいにぶち壊してよ!
恥じらう乙女のような表情をしてしどろもどろになるお姉様。
え?まさか、そういうのに免疫無いとか無いでしょうね。
いっぱいそういう本読んでるよね? というか書いてるよね?
そして、誇らしげに言ってやりましたよって顔でこっちを見るなレオナルド。胸がキュンキュンしちゃったじゃないか。男だけど惚れそうになってしまった。
ちなみにキラーパスを繰り出した父は、やってしまったという表情で天を仰いでいた。
「あ、違う違う。こんなコイバナ聞きたいんじゃ無いのよお父様!」
「まだ何かあるのかい?」
「この二人がデート中に賊に襲われたのよ」
急に真面目な表情になった父。
「詳しく……」
何が「詳しく……」だよ。いい声で言わなくていいし、その話に行くまで随分時間が掛かったよ。まったく。
改めて、今日起こった事を父に説明した。
みんなソファーに座っているのに、護衛の人たちは床に正座している。何回も思うけど、この世界にも正座で座る文化あるんだね。
父は手で口元を隠し、眉間に皺を寄せる。
「ここ暫くは領内は平和だったんだけどね。港で外国人がちょっとした諍いを起こすくらいはあるんだけど……。話を聞く限りは、最初から殿下を狙っていたんだろうねぇ」
「噂がどうとか言ってたそうです。レオナルド様は最近足繁く我が領へ通っていらっしゃるので、街では結構噂になっているのかもしれませんね。不審な人物が領外から入って来れば連絡があるはずなので、来て直ぐに犯行に及んだようですね」
メアリーが器用にニコニコしながらレオナルドを睨む。
レオナルドは我が家では肩身が狭そうね。
「随分杜撰で、計画性のない奴らだねぇ……。そんな奴ら程度、普通の憲兵隊ならすぐ捕まえられそうな気もするけど……」
「全部逃げられたそうですわよ、お父様」
お姉様が憮然と言い放つ。
ふむ、と言いながら顎に手を当てる。
「殿下、どうしましょうか? まだ賊は捕まっていませんし、最悪また襲われる事もあるかもしれません。本日は我が家へ泊まって行きますか?」
その言葉にレオナルドが、まず私の顔を見て表情を和らげる。
次にサマンサ、メアリーと見ていって、何かを振り切るように顔を横にブンブンと振った。
「そ、そんなに嫌でしたか……。では、本日はもう王都の方へお戻りになりますか?」
その言葉が言い終わる前から、レオナルドは顔を縦にブンブンと降り出した。
護衛の人たちも一緒くたになって首を降り出した。
そんなに、あの二人が怖いんだろうか? 無言で首振るくらいなら婚約破棄してもいいのよ?
「では、王都まで賊が出る可能性がありますので、うちのものを護衛に…。メアリーを……」
その言葉が言い終わる前にレオナルドは目に涙を湛えプルプルと震えだした。
「……は、止めましょう。別の使用人を何人かつけましょう」
気まずそうな顔をした父は、パンパンと手を叩くと、ほんの十数秒で沢山の我が家のメイドさんが入ってきた。
その中の一人が父に問う。
「御呼びでしょうか? ご主人様」
「あぁ。レオナルド殿下がお帰りになるので、王都まで護衛を何人かにお願いしたいんだけど、頼めるかい?」
「……かしこまりました……」
メイドさん達が冷たい目でレオナルドを睨む。
何でそんなに嫌われてるんだろう。不思議だなぁ。
この視線にレオナルドが気付いてないのが、せめてもの救いだよ。
馬車に乗り込む前にレオナルドに父が申し訳なさそうにしている。
「レオナルド殿下…。クリスは剣の練習をしているので、ある程度は戦えます。今回はたまたま何もありませんでしたが、万が一って事もあります。なので、次回からはこのメアリーも護衛としてつけていただけませんか? もし、難しいというのであればうちの使用人を二、三人つけていただければ安全かと思います」
そう言って父はレオナルドに頭を下げた。
レオナルドは私とメアリーを交互に見て、逡巡しながらも。
「……わ、分かりました。今回は自分の身勝手でクリスに危険な思いをさせてしまいました。次回からはそのようにします」
言い終わると、今度は私の方に向き直り。
「ごめんね、クリス。今度は僕が君を守れるくらい強くなるよ。泣いてるだけじゃダメなんだって分かったよ」
そう言って、メアリーをじっと見る。
メアリーは澄まし顔でレオナルドを見ている。
何か一皮剥けた感じですね。さっきまでのお子ちゃま感が無くなって、やっと男の子って感じになったような気がする。あくまで気がするだけだけどね。
「でも、そもそも今回狙われたのはレオ様なので、レオ様の周りを気を付けたほうがいいんじゃないでしょうか?」
「うぐっ…」
結局はレオナルドを狙ってきたのであって、私は巻き添え食らっただけなんだよね。何か私が狙われたみたいになってるけれど、甚だ不本意だわ。
これを機に暫く王宮で過ごしたらどうでしょうか? そうすれば私の事などだんだんと忘れて婚約破棄になりませんかね?




