79 番外編10 メリーさん①
私の名前はメリー。メリー・アンバーレイク。
アンバーレイク公爵家の末っ子。上に愚兄が三人と、大大大好きなお姉様がいる。
愚兄三人とソフィア姉様もそうだけど、私も前世の記憶を持っている。
それぞれ得意な分野で活躍しているが、私だって負けていない。
スケキヨ兄様と被るところが多いんだけど、通信、情報インフラなんかは私の方が得意だ。
ということで、機械や本体の製作はスケキヨ兄様に任せて、中身の方は私が作る。
というか、スケキヨってネーミングセンスはどうなのよ。なんかお母様が付けたみたいだけど。私もお母様が名付けてたら違う名前だったのかな? サダコとかカヤコとかサヤとかトミエとか……。まぁ、それは置いといて。
今回スケキヨ兄様と作ったのは携帯電話。
なんでスマホを作らないのかって? だって、あれアプリとかないとただの板じゃない? 電話とメール。目覚まし機能に写真が撮れれば十分でしょ。
そう思って、愛しのソフィア姉様に渡したんだけど…。
「うっわなっつー。私が小学生の頃使ってたわー」
もしかして、私の方が大人だったのかしら? 私が学生から社会人の時全盛だったんだけど…。
ちょっとがっくり。でも、懐かしそうにポチポチしているソフィア姉様を見てるだけでも心が満たされる。
私の方が精神年齢が上でも、今は大好きなソフィア姉様の妹ですもの。たっぷり甘えるわよ。
お姉様の膝の上でソフィア姉様の感触と匂いを堪能していると、上からソフィア姉様の疑問の声がした。
「何でスマホにしなかったの?」
「いや、アプリとかないと意味ないんで」
「そっかー。メリーなら作れそうだけどねー」
作ります。ソフィア姉様の為にすぐに作りますね。
「あと、スケキヨお兄様とか」
「チッ…」
「ん? メリーどうかした?」
「いいえ。くしゃみが出てしまったのかもしれないですぅ」
「まぁ、体には気をつけるのよ」
「はーい」
優しい優しいソフィア姉様大好き。
一瞬、愚兄の名前が出た時に舌打ちしちゃったわ。気をつけなきゃ。
「でも、ありがとうね。これどのくらい使えるの?」
「今の所、うちの領だけですが、お兄様方にお願いして、基地局を増やす交渉と工事してもらってます。近いうちにオパールレイン領、シェルホワイト領。あと、王都南西部の一部地域が範囲予定ですね」
「十分じゃないの。もう。メリーったらおねだり上手ね。どんどん使っちゃいなさい」
「はーい」
ソフィア姉様の喜ぶ顔が見れるならなんだってするわ。
そんな大大大好きなソフィア姉様。私だけのソフィア姉様。それを邪魔する二匹の害虫が気がかりだわ。ちゃんと駆除しないとね。
*
ソフィア姉様との時間を堪能した後、自分の部屋へ戻り、パンパンと手を鳴らす。
「「お呼びでしょうか、メリー様」」
天井から一人。ベッドの下から一人、それぞれ出てきた。
天井から降りてきた方がグリ。グリ・グリズリー。
私のベッドの下から這い出てきたのが、グラ。グラ・グラトニー。
二人とも本名はちゃんとあるのだが、なぜかこの名前を名乗っている。
実は二人とも前世の記憶持ちらしい。
薄めの灰色の髪のハリウッド女優みたいな顔立ちのグリは、前世ではメイク。それも映画とかで使う特殊メイクが得意との事。
濃いめの灰色の髪で、グリとは対象的に胸の大きい舞台女優みたいな顔立ちの美人。こちらは、映画や舞台で使う衣装を作っていたとの事。
そんな二人と私が合わされば、それはもう。あの害虫どもに一泡吹かせてやることが出来るだろう。
「えぇっと…。ところで、あなたたち二人は天井とベッドの下で何をしていたのかしら?」
スルーしそうになったが、やはりここはちゃんと主として聞いておかなければ、安心できない。
「はい。メリー様の日常を監視していたカメラから映像データの回収と交換を」
「えっ?」
「私は、イライラしていたので、ベッドの下で発散してました。流石にベッドの上は恐れ多いですからね。安心してくださいね」
聞かなきゃよかったわ……………。
ま、まぁいいわ。こんな些末な事。大事の前には目を瞑るわ。
前世も今世もメイドとは頭のおかしいのしかいないんだなと自分に言い聞かせ、気持ちを切り替える。
「それで、ご用はなんですか?」
グリが淡々と尋ねてくる。正直、信頼感が下がったのだけど。
「あなたたちの力を貸して欲しいの」
何が? なんて言わなくても分かるらしい。こういう時は頼もしい限りだわ。
*
一ヶ月後―――――
お姉様経由で憎っくきひっつき虫マーガレットと、お邪魔虫クリスに携帯電話を渡してもらった。
建前上は、試験運用という事で渡してもらった。二人とも快く受け取ってくれた。
しめしめ…。精々私の手の中で踊りなさいな。おーほっほっほ………。
万が一の事を考え、この携帯電話には特殊な仕掛けを施した。
私からの電話は取るまで切る事ができない。勿論、受電時は私が切るまで切る事ができない。そして、長時間取らない時は勝手に受電するようにした。
メールも然りだ。
私のソフィア姉様に近づかなくするのはこれくらい必要だろう。
さて、準備は万端。グリの特殊メイクでホラー感満載な不気味なお人形さんの顔に。グラの作った衣装がそれを際立たせる。
うーん。鏡を見て後悔した。少し漏らしてしまった。
行く前に下着を交換したのだけど、グラが嬉しそうな顔をしていたのは、私が軽い失敗をしたからだろうか。
気をとりなおしていきましょう。
うちの領で試作したミリタリーカラーのジープに乗ってシェルホワイト領、マーガレットの家の近くの森まで行き潜む。
ここまでバレないよう整備されてないところを走ってきたが何の問題もない。
あっという間に着いてまった。
やっぱり車って利便性が大事だと思うの。ソフィア姉様の趣味か知らないけど、壊れやすいクラシックカーなんてダメよ。軍用にも使える無骨な四駆のジープこそ素晴らしい。
ただ、問題点としては、この小さい体では乗り降りが大変だという事だ。地上高が高すぎる。抱きかかえられて乗せられるのは恥ずかしい。おまけにチャイルドシートだなんて…。
この恥ずかしさも含めて、マーガレットに恐怖をぶつけてやりましょう。
という事で、馬鹿正直にどこそこまで行かずに直前までこの場所から電話をする。
あとは、仕上げに脅かせばオッケーよ。
「準備はいい?」
「カメラオーケーです」
「潜入の方もいつでも大丈夫です」
二人は映画をこの世界でも流行らせたいとかなんとか言っていたので、おどかすだけでなく、映像も撮って上映したいらしく、ビデオカメラも持ってきていた。
流石に業務用のカメラやガンマイクはないけど、この人数なら仕方ない。
私は二人に目配せし、声を掛ける。
「じゃあ行くわよっ!」
*
プルルルルルル―――――
ソフィアから貰った電話が鳴る。
まさか携帯電話まで作られているなんて思わなかった。
しかし、スマートフォン世代の私には少し使いづらいところがあった。私が小学生入る前に親が使っていたのを見たくらいだ。
しかし、まぁ慣れてしまえば、これはこれでいいものだ。なにせ片手で使えるのだから。文字を打つのも楽だし。電話もしやすい。なんで廃れたのかしらね?
勿論、待受はソフィアだ。貰ってから毎晩画面にキスをしてから眠っている。
そんな携帯電話から着信音が鳴っているのだが、こんな夜遅くに誰だろう?
まさか、ソフィアから愛の告白だろうか。皆が寝静まったこんな夜更けだ。それしかないだろう。
気が変わって切られる前に、慌てて画面を開くと、そこには『非通知設定』と表示されていた。
おかしい。ソフィアからの電話ならば、ちゃんと、『愛しのソフィアお姉様』と表示されるはず。
待てよ…。そういえば、これって今試験運用中だから間違って違う人が掛けてきているのかも。
もう、ちゃんと番号登録して掛けなさいよね。
こんな夜遅くに掛けてきた相手に軽く憤り、一つ文句でも言ってやろうと電話にでた。
「ちょっと、あんたねぇ、誰だか知らないけど、こんな時間に掛けてくるんじゃないわよ。人の迷惑考えなさいよ!」
しかし、電話の向こうの相手に聞こえてるのか聞こえてないのか反応がない。
しかし、数秒後予想してなかった反応があった。
「チッ…。反応ないなら切る………」
「私メリーさん。今アルガーリータの駅前にいるの……」
「は?」
理解が追いつく前に電話は切れてしまった。
駅前って……、うちの領都にソフィアのとこで作ってくれた汽車の駅の事よね…。
それにメリーさんって…。
そこまで考えて、一つ思い出した事がある。
そういえば、ソフィアの妹さんってメリーって名前よね。ははーん。分かったわ。
これは妹さんによる悪戯ね。ちっちゃいから触ってて掛かっちゃったのね。
全くぅ。電話はおもちゃじゃないのよー。
次掛かってきたら、ソフィアに代わってもらうよう言いましょうかね。
そうして、待つこと十分…。
ティントンティティトンティントンティティトン―――――
先ほどと違い、不気味な着信音が鳴る。
「えぇ、何このホラー映画の予告みたいな音は…」
こんな設定してない。
恐ろしいが、出ないわけにもいかないので、画面を見ると、やはり『非通知設定』と表示されていた。
意を決して電話にでる。
「あなた、ソフィアの妹さんでしょ? こんなイタズラしてないで、もう寝なさい」
暫し、沈黙の後、再び先ほどの声が聞こえてきた。
「私メリーさん。あなたの言う人はだあれ? 今ペルラ街道にいるの」
またしても電話は切れてしまった。
え? あのメリーちゃんじゃない。じゃあ、このメリーさんは誰?
途端に恐怖で体が寒くなった。もう夏だというのに寒さで体の震えが止まらない。
しかし、先ほどの電話。ペルラ街道…。うちの手前を通る街道だ。着実に近づいてきている。
やばいやばいやばい。
これはやばいかもしれない。
あの娘達と一緒にいた方がいいかもしれない。
そう思ってデイジー達を呼んだのだった。
「怖いから一緒に居てって…、あなたもういい歳じゃないの」
可愛らしいパジャマに三角のナイトキャップを被ったデイジーが目を擦りながら不満を露わにする。いや、ほんとごめんて。
「いや、ほんとお願い。ね、ね、一生のお願い」
「もう二十回以上一生のお願い使われてますね」
そういうのはスケスケの赤いネグリジェを着たガーベラだ。寝る時も色っぽい。
「いや、今回はマジ。この電話の相手がマジヤバイんだって!」
「それなら出なければいいのでは?」
デイジーが半眼で睨みつけながら、ぶっきらぼうに言う。
「………あ、そっか」
「そうですよ。では、私たちはもう眠いので失礼しますね」
「いい年して一人で眠れないのはどうかと思うわね」
Tシャツにショートパンツ姿のマトリカリアは、捨ゼリフを吐いて、真っ先に出て行こうとしていた。
いやいや、主より先に寝ようとするのはどうなのよ。
ちなみに、カモミールはいつも無口だから、仕方ないけど、まさかウサギの着ぐるみパジャマだとは思わなかったわ。もう立ちながら寝そうな勢いだ。
適当な理由を付けて切り上げたかったデイジー達だが、丁度その時着信が鳴る。
ティントン…ティ…ティトン……ティン…トンティ…ティ…トン―――――
「何ですかこの不気味な音は…」
「あれ、こんな音だったかな?」
さっきよりも不協和音が入り、より不気味な音になっている。
「というか、これなんですか?」
「電話よ電話」
「いや、電話というのが良く分からないんですが、とりあえず、このまま放置してればそのうち切れますよ」
「そ、そうよね………」
しかし、切れる事なく一分は経っただろうか。
「ずっと鳴ってますね」
「取った方がいいのかしら?」
「相手も暇ですね…」
「不愉快…」
「えぇ、なんか怖いんだけど」
そして、漸く音が止まった。
「あっ、良かったー。止まったー」
「そうですねー。これで一安し……」
「どうして出てくれいないの……」
「「「「「にゃあーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」」」」」
全員抱き合いながら叫んでしまった。
何これ。何でとってないのに勝手に話し中になるのよ。
「私メリーさん。今シェルホワイト邸の門の前にいるの」
そこで電話は切れた。
「ちょっとー! 今の何よ。何なのよ」
マトリカリアが胸ぐらを掴んで迫ってくる。
ちょ、うちじゃなかったら完全にお仕置き案件よ?
「私だって分かんないわよー」
「マジ心臓止まるかと思った」
「怖っ! え、何怖っ!」
デイジーとカモミールの二人が両手で胸を押さえて、荒い呼吸をしている。
「今、門の前にいるって言ってたわよね。ちょっと、デイジー見てきてよ」
「いやよ。絶対に嫌! マトリカリア見てきてよ」
「は? 私に死ねっていうの? そういうの得意なのカモミールでしょ!」
「無理。断固拒否。不可能」
「なぁーっ、もう。じゃあ、ここは一番大人なガーベラ…………っていない!」
いつの間にかガーベラはいなくなっていた。
「え? え? 嘘? いつから? 消された? それとも逃げた?」
どっちとも判断がつかず、四人で怯えていると、再び着信音が鳴った。
ザザ…ン…ティ…ザザザ…ティ…ザザザ…ティン…ザザザ…ティ…ザー―――――
ほぼほぼ砂嵐みたいな音になっていた。
「ま、マーガレット、あなたのでしょ出なさいよ」
「先輩、ここは一つお願いします」
「今はあなたが主でしょ。ったくもう…。どこを押すのよ……ここ?」
もう声を出すのも嫌なので、携帯電話を持っているデイジーに、指先でボタンを指し示す。
「あなた! 何時だと思ってんの! 人の迷惑考えなさいよぉっ!」
涙目で震えた声でデイジーが怒りをぶちまけた。
暫く長い沈黙が流れたが、再びさっきの声が聞こえてきた。
「………………ゎ、私メリーさん。今玄関の前にいるの」
「本当ね? 今から行くわよ? ただじゃすまないわよ」
ガチャッ……。そこで電話は切れてしまった。
「……………。よし、相手ちょっとビビってたわね。マトリカリア行くわよ」
「私を怖がらせた事、後悔させてやるわ。ぶっ殺してやる!」
比較的血気盛んな二人がドスドス足音を鳴らしながら走って行った。
しかし、その直後。
「「ぬぅあああああああああああああああああっ!!!」」
少女が出していい声じゃない叫び声が屋敷中に木霊した。
「きゃあぁあああああっ!」「ぎゃぁあああああああっ!」「うわぁああああああっ!」「こ、殺さないでっ! ぐわぁああああっ!」「ひぃいいいいいいっ!」「あー! あーっ! あぁああああああっ!」「あっーーーーーーーーーーーー!」
その後、屋敷中の人が動く様子があったが、すぐさま絶叫し、次々に倒れていく。そんな音がだんだんと近くなってくる。
ティントンティティトンティントンティティトン―――――
先ほどまでの不協和音がなくなり、不気味な着信音が鳴り続ける。
覚悟を決めて電話にでる。
「はい……」
「私メリーさん。今あなたの部屋の前にいるの」
「は?」
電話を握り締めたまま、扉を開ける。
これは何かの間違いだ。きっと、屋敷の誰かがサプライズ目的のイタズラを仕掛けているに違いない。
そう思って、一気に扉を開けると、そこには誰もいなかった。
「なーんだ。やっぱ嘘じゃない。手の込んだイタズラしてぇ……」
この企画を考えた奴には、一回顔面にパンチをくれてやろうと思う。
そう思っていたら、今度は普通の着信音が鳴った。
プルルルルルル――――
画面には先ほどまでの『非通知設定』ではなく『メリーさん』と表示されていた。
「はいはい。いたずら大成功ですねー。よくこんなの考えたわよ。で、誰が主犯なの?」
「私メリーさん。今あなたの後ろにいるの」
「え?」
流石に振り向くのは躊躇われた。
カモミールが青い顔で、こっちを指差しながら。声にならない声をパクパクとさせるだけだった。
ギギギと音がなりそうな程、ゆっくりと振り返った。
そこで、私の意識は途切れた―――――




