77 番外編8 お菓子作りは命がけ
私、ソフィアには好きな人がいる。
それは勿論、クリスのことだ。
しかし、今までに何回も好意を伝えているはずなのだけれど、クリスは一向に気付いてくれない。
あれは素なのか態となのか判断に困るところだわ。
もし、ただ単に鈍感なだけだったらアプローチの方法を変えないといけないし、敢えて気づかなふりをしているのなら、意識を変えさせないといけない。
この前も、クリスに好きだと伝えたのだけれど、クリスも「私も好きよ」と返してくれたのだが、どうもニュアンスが違う気がする。
クリスの好きは『ラブ』じゃなくて『ライク』の方の好きな気がする。
出会って、もう一年以上経つけれど、全く進展しないことにちょっと苛立ちを感じ始めているの。
私一人ドキドキしていても、クリスはいつも相変わらずすまし顔で嫌んなっちゃうわ。
もしかしたら、同じ土俵に立てば関係性が進展するかもしれないけれど、一体何を頑張ればいいのだろう。
そう思いながら、部屋でうちのメイドのシフォンが用意してくれたお茶とクッキーを頬張りながら考える。
もしゃもしゃ…………。
これだわ! そう、これよこれ。
私がクリス並にお菓子作りが上手になったら、クリスも私のことを見直すかもしれない。
そして、ゆくゆくは……「お菓子作り、上手くなったね。結婚しよう」なんて言ってくれるかもしれない。
以前に、クリスに教わってお菓子を上手に作れたんだもの。科学をマスターした私にお菓子作りなんてお茶の子さいさいよ。
そう思ったが吉日。早速お菓子を作ってクリスのところに持って行きましょ。
スッと椅子から立ち上がると、シフォンがニコニコしながらドアを開けてくれた。
「あら、珍しく気がきくわね」
「はい。全部口に出てましたから。頑張ってくださいね」
「え、口に出てた? どこから?」
恥ずかしさから早口になってしまったが、シフォンはゆっくりと笑顔で口にする。
「好きな人がいるのあたりですね」
「うっそ、まじで? うわぁ…恥ずかしい……」
「まぁ、嘘なんですけどね。顔を見ていたら大体分かります」
「口には出ていなかったのね。よかったー………って、よくないわ。そんなに顔に出やすいかしら」
「えぇ、勿論です。多分、クリス様以外の方なら大体は気付くんじゃないでしょうか」
シフォンにもクリスは鈍感って思われてるのね。これは重症だわ。もういっそのこと出会い頭に思いっきり押し倒してキスでもしてやろうかしら。
「ソフィア様に、そこまでの度胸はありませんよね?」
「ねぇ、心を読むのやめてくれる?」
とりあえず、お菓子を作ってみようと、ステラとシフォンを連れて、我が家の調理場にやってきたのだけれど。
「うーん。いつ見ても場違い感ハンパないわね」
私を含め兄弟全員が転生者ゆえ、いろんな便利なものを作り出してしまったのだ。
その結果、我が家の調理場には、オーブンレンジが三台、パン焼き用の大型のオーブン、ピザ焼き用のオーブンと全部で五台もある。冷蔵庫も大型のものが三台。コンロに関しては、火力重視のガスコンロとIHクッキングヒーターと前世の一般家庭では必要ないほど充実している。
炭酸水メーカーまであるものね。これに関しては、毎晩お父様がお酒を割るのに使ってるわ。ホント便利よねぇ。
でもまぁ、こんなすごい設備があるのに、ここ最近までくっそマズイ料理ばかり作っていたんだから、宝の持ち腐れよね。
話が脱線してしまったわ。
とりあえず、簡単なクッキーから作ってみようかしら。
私の作ったクッキーで虜にしてあげるわ、クリス。首を洗って待ってなさいな。おほほほほ………………。
*
一体どうしてこんなことになってしまったのかしら……。
クッキーを作っていたはずだったんだけど、何故か盛大に失敗してしまった。
一回目は、混ぜている最中に生地が爆発した。
部屋のいたるところにクッキー生地がへばりついている。
「ぷっくく……ど、どうして……ば、ばくは……ぷぷっ……」
「ソフィア様ー、お菓子作りに笑いは入りませんよー」
ステラは笑いを何とか我慢していたが、シフォンは小馬鹿にしたような物言いをする。後で覚えてなさい。
二回目は、何とか形になった生地をオーブンで焼き始めたら、オーブンが爆発した。
この時、流石にやばいと思ったのか、ステラとシフォンは脇目も振らずに一目散に調理場から走り去っていった。
そして、何回目か分からないくらいの失敗を繰り返した結果、まるでここで戦争でもあったのかというくらい、ボロボロのグチャグチャな状態になっている。
おかしい。ちゃんとレシピ通りに作っているはずなのに、どうしてこんな事になってしまったのだろうか。
途中で、別のメイドや調理担当の使用人に教わろうと思ったのだけど、見当たらず、気付けば、屋敷中から人のいる気配が無くなっていた。
「はぁ…。私にお菓子作りなんて無理なのかしら……」
ちょっとナーバスになって、涙が溢れてきてしまった。
そんな時、遠くから足音が聞こえたので、急いで眥を拭う。
調理場の入り口から顔を出したのは、ここ最近よく我が家に訪れるマーガレットとその従者だった。
「ここにソフィアお姉様がいると聞い……、ちょ、お姉様どうしたんですの、その格好。それに目も赤いし、まさか誰かに襲われたんですか?」
入ってきて私を見るなりそんな事を言い出すマーガレット。
「や、違うのよ。何故か私がお菓子を作るとこうなるのよ…」
「「えぇ………」」「……………」
マーガレットとメイドがが戸惑い、もう一人のメイドが絶句していた。
「あの、このお皿の上にあるのは…」
「あぁそれ? それは失敗作ね」
「ソフィアお姉様の手作り……(ごくり…)……た、食べてもいいですか?」
「いや…止めといたほうがいいとおもうけどなぁ…」
「いいえ、ソフィアお姉様の愛情の詰まったお菓子が美味しくないわけありません!」
そういってマーガレットはお皿の上で炭化したダークマターのようなものを一気に口に入れた。
「あむっ……………………………………………………………………………………」
口に入れた瞬間、大きく目を見開き、そのままの形で固まってしまった。
「ま、マーガレット? だ、だい…大丈夫?」
「……………………………………………………………………………………………」
どうしましょう。全く動く気配がない。
「マーガレット様、失礼しますね?」
マーガレットに付いてきたメイドのうちの一人、えーっと、確かカモミールだったかしら。そのカモミールが、マーガレットの目の前で手を振ったり、鼻に手を当てたり、胸に耳を当てたりしていた。
「これは……息をしていませんね………」
淡々と告げるカモミール。
「それってマズイじゃないの!」
「ちょ、マーガレット!」
呼び捨てでマーガレットの肩を掴んで揺するのは、私たちより少し年上で色っぽいお姉さんだった。確かガーベラだったかしらね。
そのガーベラは、背中をバンバン叩いていた。主相手に容赦ないわね。まぁ、マーガレットとメイド四人は同じ孤児院出身だからあんまり主従関係とか無いのかもね。
そんな感じで叩くこと十数秒。
「ゲホッ……ゲホッ……」
咳き込みながら死の淵から生還したマーガレット。
いやぁ、私の作ったモノで死なれたら寝覚めが悪いものね。いやぁ、よかったわ。ホント……。
ん? 待てよ…。これをクリスに食べさせて、呼吸が止まったところを私がキッスもとい、人工呼吸すれば、命を助けてくれた私にメロメロになるのでは?
一考の余地があるなと考えていたら、カモミールにボソッと窘められた。
「それは、止めておいたほうがよろしいかと…」
だから、私の心を読まないで欲しいんだけど。え、待って私サトラレじゃないわよね?
「はい。違いますよ」
これはもうサトラレ確定なのでは?
まぁ、クリスにこれを食べさせるのは止めたほうがいいかもね。
まず、食べさせたら、お義姉様に怒られるし、その前にお義姉様に食べられて、「こんなの食べ物じゃないわ」って怒られるの2パターンあるものね。止めときましょう。
しかし、どうしようかしら。ここまで失敗しているけど、何としてでも成功させたいわ。そう思っていたら、マーガレットがあんな目にあったにもかかわらず、ニッコリと笑って提案をしてきた。
「ソフィアお姉様大丈夫です。このガーベラはお菓子作り上手なんですよ。そりゃあ、クリスに比べたら腕は落ちますけど、十分美味しいものが作れますよ」
「マーガレット、そこはお世辞でもいいから上手だけで留めておいてほしかったわ」
なるほど。マーガレットより、ガーベラのほうが立場が上なのね。変なの。
「では、ソフィア様。不肖ガーベラで宜しければ、お菓子作りのお手伝いをさせてはいただけませんでしょうか?」
なんだろう。ちょっと上から目線よね。傲岸不遜というか、慇懃無礼な感じ?
まぁ、この調理場を見れば、私が最底辺だって思うわよね。はいはい。ここは素直に従いますよ。
「じゃあ、お願いしようかしら」
「はい。よろしくお願いします」
あ、その前にちょっと気になることがあったんだわ。
「ねぇ、ここに私が居るってよく知ってたわね」
「えぇ、ソフィアお姉様のお父様がここに居ると仰ってましたので」
「お父様が? 庭にでもいたのかしら? 珍しい」
「はい。いましたよ。お庭に。ご家族の方も、使用人の方も全員。ヘルメットを被って、屋敷から離れた場所に集まっておられました。私が来た時には点呼をとってましたね」
お父様……………。
それって、私がお菓子作りに失敗して、家を燃やすか爆発させるとでも思ってたんじゃないでしょうね。明らかに避難してるじゃない。
どうりで、屋敷中から人の気配がしないはずだわ。
………待って。じゃあ何でそんな危ないところにマーガレットを案内したのかしら?
「お父様から言伝を預かってたの忘れてました。『ソフィアには今すぐお菓子作りを止めるよう言ってもらえないだろうか。私では止められそうに無くてね』だそうです」
一体私を何だと思ってるのよ。全く失礼しちゃうわね。
ここは意地でもお菓子を作って鼻を明かしてみせるわ。
「でもソフィアお姉様はお菓子作りたいんでしょう? あのクリスのために…」
「えぇそうよ。ガーベラ教えてくれるかしら」
「はい」
「(…………妬けちゃうなぁ………)」
なんかマーガレットが小声で何か言ってたけどよく聞こえなかった。まぁ、私なら出来るって言ったんじゃないかしらね。
一先ず、作り方を覚えるため、ガーベラがクッキーを作って見せた。
一台だけオーブンが残っていて良かったわ。
出来たクッキーを食べてみたら物凄く美味しかった。
「うわぁ、何これサクサクー。しかも甘さもくどくなくて丁度いい。これ売れるわよ」
「えぇ、以前は教会で販売していた時には私が作ってましたので…」
「ちなみにマーガレットはソフィア様と同じように焦がしていました」
「ガーベラ、私は殺傷能力のあるクッキーは焼いてないわよ」
これ、レオナルド殿下にあげたら食べてくれるかしら?
「ダメ……。これは廃棄したほうがいい。大体2メートル以上地下深くに」
棺を埋める深さより下じゃないの。というか、この子無表情な癖に私の心読みすぎじゃない?
「では、ソフィア様に実際に作ってもらいましょう」
パンと手を合わせてガーベラが言う。この中で一番お姉さんだからだろうか。仕切るのが上手い気がする。くっ……。あの位の歳になれば私だってもっと大きく……。
とりあえず、さっきガーベラがやっていたように作ってみましょう。
まず、材料を用意して………。
「薄力粉、砂糖、バター、卵、火薬」
「待って、火薬なんて要らないでしょ。何を見ていたのよ」
「え、だって、膨らませるのに…」
「必要ありません。素人は変にアレンジしたり、独創性を持たせようとして失敗するんだから、ここは素直にレシピ通り作りなさい」
「は、はい………」
うぅ…。正論を言われると弱いのよね。まぁ、ここは素直に指示を仰ぎましょう。
「そうそう………って、ちゃんと材料は計って……」「卵の殻はとりましょう………」「バターは溶かしちゃダメ………って、何でボウルを直火に?」「どうして最初に準備したのに砂糖が塩に………」「冷蔵庫の扉が吹っ飛んだ⁉️」
いろいろ紆余曲折はあったものの後は焼くだけになった。
「な、なんとかここまで来たわね……」
ガーベラは顔中汗だらけで、肩で息をしていた。
「あとは、予熱したオーブンで焼くだけね」
「そうね……。上手くいけばいいわね………」
なんでそこまで疲れているのかしら? その場にへたり込むガーベラ。
でもまぁ、ここまでは順調に行ったのよ。大丈夫に決まってるじゃないの。安心しなさいな。
後ろを振り返ったら、マーガレットとカモミールが部屋の外から顔を半分だけ出して見ていた。信じてないわね…………。
横にいるガーベラを見ると、笑顔が引きつっている。何をそんな不安に思うことがあるのかしら?
予熱が完了した音がなったので、天板をオーブンに入れ、スタートのボタンを押した。
*
おかしい。おかしいわ。どうして爆発したのかしら。
「もうソフィア様は料理向いてないと思うんです」
そんなことないと思うんだけど。
しかしどうしましょう。今の爆発で調理場は使い物にならなくなったわ。
本当に泣きたくなってきた。
残ってる材料も殆どないし、調理器具も数えるくらいしか残ってない。
「はぁ…どうしましょ…」
「ソフィア様簡単なものでよければ…」
「砂糖と、卵白と重曹……。これって」
「えぇ、カルメ焼きです。残ってる材料と器具ですと、これくらいしか思いつきませんが、ソフィア様は化学がお得意だとお聞きしまして、料理ではなく、化学の実験としてなら上手くいくのではないでしょうか?」
ガーベラのその言葉にほんの少し希望が湧いてきた。
「えぇ、えぇ。そうね。化学の実験としてなら失敗はしないわ。だって私はソフィア・アンバーレイクですもの」
「その理由はよく分かりませんが、実験しませんか?」
「えぇ」
それからは、さっきまでの失敗が嘘のように、あれよあれよカルメ焼きが大量に出来上がったのだった。
「ソフィアお姉様。これ凄く美味しいですわ」
「出来れば、逃げずに一緒に居てくれれば良かったのにね」
「うっ!」
私もガーベラも煤で汚れていた。
逃げずに居てくれたガーベラに親近感が湧いたので、ダメ元で聞いてみた。
「ねぇガーベラ、あなたうちで働く気ない?」
「申し訳ございません。私には既に主がいますので」
「そっか残念」
あーあフラれちゃったなぁ。
「お、お姉様! ソフィアお姉様! 私はお姉様のメイドに立候補しますわ」
「マーガレット様、それは流石にダメ」
カモミールがマーガレットを引き止める。
「じゃあ、折角だし、クリスの所に行きましょか。あ、ちゃんと着替えて行くから、ガーベラは代わりの服を貸すわね」
「ありがとうございます」
「あ、私もソフィアお姉様の服が着たいです」
「ふふ。分かったわ。服くらいいいわよ」
「やったー」
バンザイしながら喜ぶマーガレット。
なんとかお菓子を作ることができたので、私も今は嬉しい気持ちでいっぱいだ。
吹き飛んだ調理場は申し訳ないけど、見なかったことにするわ。
とりあえず、元調理場を後にしようと思ったら、カモミールに袖を引っ張られた。
いつもクリスの袖を引っ張ってるけど、こういう感じなのね。
「はいはい。何かしら」
「私も可愛い服着てみたい」
あら、無表情だと思ったけど、よく見ると、微妙に違うのね。ふふ可愛いわね。
「いいわよー。今の私は気分がいいから何でもしてあげるわ」
「何でも!」
「マーガレット以外」
「そんなぁ…………」
そうして、可愛い服に着替え、逃げ出したステラとシフォンを捕まえて、クリスの元へ向かったのだった。
え、調理場はどうしたのかって? 勿論、お父様とお兄様達に丸投げしてきたわ。
壊れていたら、美味しいお料理食べられなくなるものね。
今頃必死で修復してるんじゃないかしら。
*
「ソフィア、これ結構美味しいよ」
「ふふっ…。そうでしょうそうでしょう。私だってたまにはお菓子だって作るのよ」
「ただ食べる方専門じゃなかったんだね」
「当たり前でしょ。まったく私を何だと思ってるのかしら」
作ったカルメ焼きをクリスに渡したら、何故か疑心暗鬼の顔になっていた。
恐る恐るといった感じで先っぽを軽く囓ったのだけど、そのあとはパクパクと二個三個とペロリと平らげてしまった。
その様子を見て、初めて人にものを作って渡すのっていいなって思った。
もしかして、クリスも普段こういうことを思っているのかしら。
なーんて思っていたんだけど………。
「ガーベラさんの作ったこのクッキー美味しいね。これ絶対お店やったほうがいいよ」
「あらぁ、そうですか? 私が作ったものでそんなこと言ってもらえるなんてお世辞でも嬉しいですわ」
「いや、お世辞じゃないよ。そうだ、私、出資するからお店出さない? うちのベルさんとはまた違ったクッキーだから、いい感じにライバルになるんじゃないかな」
ちょっと待ちなさい。なんでそんなにガーベラのクッキーを絶賛するのよ。
私のはどうなのよ。
睨めつけるように見るけど全くこっちに気づかない。ぐぬぬぬぬ。
「ほら、売上もあればマーガレットの家の収入にもなるし、名産品にもなるじゃない? 他にも何か作れたりしない?」
二人ともワイワイとこれからの事について話し合っている。
もうこれは私の負けかしらね。すっごく悔しい。いつかクリスの鼻を明かしてやりたいわ。
悔しさに打ちひしがれていたら、後ろからマーガレットが抱きついてきた。いつものことなので、いつも通りの対応をする。
「なぁにマーガレット?」
「ソフィアお姉様のカルメ焼き美味しいです。これに勝るものなんてないですよ」
ちょっとウルっときたので、マーガレットを抱きしめ返していた。
「は…はわわわわわわわわっ………、そ、ソフィアお姉様ーーーーーーーー!!」
私の腕の中で真っ赤になるマーガレット。
ふふふ。される方には免疫がないのね。
しかし、こんなにこっちでわちゃわちゃしてんのに、あの二人は全く意に介さないわね。
だったら、こうしてやるわ。
「わ、ちょ、ソフィアどうしたの?」
マーガレットみたいに、後ろからクリスに抱きつく。
「私のカルメ焼きは売れないっていうの?」
そんな事を聞きたかったわけじゃないんだけど、ガーベラのクッキーが絶賛されていたので、つい聞いてしまった。
「いや、美味しかったよ。でも……」
「でも、何?」
「いや、なんだろう…、最後に食べた一個が、ちょっとスパイシーというか、舌がピリつくような、ちょっと微妙な違和感が…」
もしかして、作った後に容器に入れる時にいくつか、残った火薬でも付着したのかしら。
でも、私とか全く感じなかったんだけど、まさかね…。
「そ、そうなんだー、へぇー。じゃ、次回はもっと完成度高く作ってくるね」
「あ、う、うん。期待して待ってるよ……」
何で歯切れが悪いのかしら。そこは、このソフィアちゃんが作るのだから、もっと嬉しそうにしなさいよね、はぁ。先が思いやられるわ。
お菓子を作ってクリスをメロメロにする作戦が失敗だわ。
*
よし。これはもっともっと腕を磨かないといけないわね。
まずは、忘れないうちに復習がてらカルメ焼きとクッキーを………。
『ソフィアは調理場への出入り禁止』
そう調理場の入り口の左右にデカデカと紙が貼られていた。
な、何よこれ…。真っ先に出鼻を挫かれたわ。
「ちょっと、お父様! あれは一体どういうことなんですの?」
お父様が居るであろう書斎に乗り込む。
「いや、ソフィアが何か作る度に調理場があんな風になっては、大変困るんだよ。それに、貴族なんだから別に作らなくても…」
「ダメよ! それじゃあダメなの!」
「ソフィア………」
苛立って、勢いに任せて部屋を出てきてしまった。
一体どこで作れば………。
そうだわ。私の研究室で作ればいいのよ。
あ、でも、私の研究室を爆破するわけには…………。
そこで。ガーベラが言っていたことを思い出した。
『料理ではなく、化学の実験としてなら上手くいくのではないでしょうか?』
そうだわ。何故か料理をするとダメなら、これは全部実験だと思って作ればいいのよ。私ってばあったまいいー。
それからというもの、実験として作ったお菓子は今の所一度も失敗していない。
ふふ。良かったわ。今の所全部成功ね。
そういえば、エナドリとかサプリとかも食べ物として作ってなかったのよね。
実験室のオーブンからいい匂いがする。
そろそろマフィンが焼ける頃だろう。
そんな匂いにつられたのか、ステラとシフォンがやってきた。
「まさか、ソフィア様が一度も失敗せずにお菓子を作れるなんて……」
「そのお菓子に変な薬入ってませんよね?」
相変わらずこの二人は私のことを信用していないのね。
嘘くさく泣く真似をしている。白々しい。真っ先に逃げたのにね。
「大丈夫よ。この私が作って、私が食べてるんですもの。何も問題はないわよ」
二人は互いに顔を見合わせた後、私のある一点をみつめた。
「な、なによ。ふ、太ってなんかないわよ。本当よ!」
その後、私が長期間保存の利くお菓子や食品を開発して、その工場でまた一儲けするのは別のお話。




