75 番外編6 ロザリーのツルツル事情②
*
あれから数日。
「凄い…。なんて凄いんだ……。あれから全然生えてこない。肌も綺麗なまま。ふふ……ふふふふふ……」
あれだけ悪戦苦闘したムダ毛との戦いがこんなにもあっけなく終わってしまうなどとは…。ソフィア様には感謝しても感謝しきれませんね。
さらに数日後。
「暇ですね」
カレーを長時間煮込む間に暇つぶしにムダ毛を抜いていましたが、やる事がなくなると途端に退屈です。
暇すぎて、調理台の上には、トランプタワーやカップタワー。串で作ったお城なんかもありますね。ジェンガも全て十字で立っています。中々倒れないものですね。
こうなってくると、鏡を見て、気になる部分に例の脱毛剤で微調整したくなるものですが、どこか変なところはありませんかね………。
そんな時、不意に焦げ臭い匂いがした。
「あっ、カレーが焦げてしまいますね」
長時間煮込んだため、焦付きやすくなっているので、目を離すのは良くないのですが、退屈と慣れでつい目を離してしまいました。
その所為でとんでもない事になってしまいました。
大慌てで動いたため、普段は引っ掛けない椅子に足を取られた。
バシャッ―――――
結果として、カレーは焦げ、私はモロに脱毛剤を被ってしまいました。
これはどうしましょうかね………。
倒れて中身が溢れた大なべと、脱毛剤で抜け落ち散乱した髪の毛と、濡れて湿ったメイド服。
テーブルの上のおもちゃも振動で倒れ床に散乱している。
ここに一つ死体があれば、推理小説の遺体発見現場になりそうですね。
おっと、そんな事を考えている余裕はありませんね。
早急にカレーをどうにか………。
カレーよりもまず、私の髪の毛ですね。流石に女装していないと気が済まない体になっている私には髪の毛が無いのは耐えられそうにありません。
壁にかかった時計を見る。八時を回った頃ですか…。
二時間くらいでなんとか到着するでしょかね。
とりあえず。床に散らばったカレーだけを処理し、壁にかかっていた布を頭に巻いて、私は馬小屋へ急いで向かったのだった。
*
コンコン―――――
もうまもまく就寝しようかという時間帯に、ソフィアの私室の扉がノックされる。
「はーい、どうぞー」
私付きのメイドのステラとシフォンが入ってきた。
「失礼しますソフィア様、オパールレイン家のメイドがソフィア様にお話があると尋ねてきていますが、どうされますか?」
「え、誰? しかもこんな夜遅くに…」
「そうですねよね。明日改めて来てもらいますか?」
「ちなみに、誰?」
「ロザリーさんです」
「えぇ…ロザリーが? なんだろう? お礼かな? でもこんな時間に? あ、ステラ会うから通して」
「かしこまりました。では、応接室へ案内しておきます」
「じゃあ、シフォン着替えいいかしら」
「ロザリーさん相手ですので、丈が短い方がいいですか?」
「そんな配慮いらないわよ。ふつうのでいいわ」
「つまらないなー」
「そんなとこに面白さ見出さなくていいわよ」
寝巻きから簡素な室内用にドレスに着替える。
こんな時間に訪れるという事は、きっと何か公にできない事よね。ふふ…楽しみだわ。クリスの何を持ってきてくれたのかしらね。
保存用の袋はどのサイズがいいかしらね。
そう期待を胸に応接室へ入ると、そこには頭にほっかむりをしたロザリーが雨に濡れた犬の様な表情で待っていた。
これは、お礼じゃないわね…。
ステラもシフォンも一体なにがなんだかといった表情をしている。
「こんな夜分遅くに申し訳ございません」
「あ、うん。……えっと、何があったのかしら…」
「はい。まずはこちらをご確認頂ければ………」
そう言ってロザリーはほっかむりを外した。
「ちょっ! ロザリー、それどうしたのよ。ツルッパゲじゃないの! あははははははははっ」
「くっ……、くっく…くくく…………あははははっ……あー、はははー、はぁー、ひぃー、くくく……」
「ぷっ……、ぷぷぷ………、ぶはっ…だっははははははっ…………、ひぃー……ははは…」
ステラもシフォンも頑張った様だが、堪えきれず失笑してしまう。
ステラは腹を押さえ、くの字に。シフォンは荒い息を吐きながら蹲っている。
やばい。やばいわ。こんな時間にこんな大声出したらみんな来てしまうわ。
「ちょ、笑わせに来たのアンタ。はは……、ちょ、ここだとまずいわね……ははははっ……あーダメ…苦しっ………」
なんとか笑いを抑え込もうとするが、見事に髪の毛のなくなったロザリーを見るともう立ってるのも、呼吸するのも苦しい。はぁはぁ………はぁ〜。
唯一残った眉毛がハの字になっているのが、余計に笑いを誘う。
もしかして狙ってやってるんじゃないでしょうね?
落ちていたほっかむりをロザリーの頭に乗せ、無理矢理に私の研究室へ連れていく。
部屋へ入って、誰も入ってこれない様鍵を閉める。
ステラとシフォンもあの場に置いておくと、話題が屋敷中に広がる恐れがあるので、一応連れてきたが、笑い転げて使い物にならない。
話が終わるまで暫く寝ていてもらいたいわね。
「で、ロザリー、どうしてそうなっちゃたの? カレーに髪の毛が入るのが嫌でハゲにしたのかしら?」
どこかのラーメン屋さんが髪の毛入らない様に剃ってる様な事したかったのかしら? まさかね…。
「実は誤って被ってしまいまして…」
「取り扱いには注意しなさいよ…。それ、強力なのよ?」
「えぇ、実感しています。それでですね、髪の毛が無いのは私的には耐えられなので、育毛剤をいただきたいのですが……」
あー、なるほどね。ロザリーでもそんな失敗するんだ。
なんかいつも落ち着いてるからそういのは慎重だと思ってたわ。意外。
「ないわよ」
「えっ!」
「いや毛が生える薬を作る方が難しいのよ」
「そ、そこをなんとか」
ちゃんとした土下座をするロザリー。もう、何かとすぐ土下座するから最近、土下座の効力弱い気がするのよね。
「ま、まぁ作ってみるけど、前より時間かかるわよ」
「そんな、この後、人前で飛んだり跳ねたり、回転しないといけない事が多々あるのですが…」
カレー作りでそんな工程必要なのかしら?
「それまでは、ウィッグでも被ってやり過ごすしかないんじゃないかしら」
「分かりました。では、お待ちしてますので、何卒よろしくお願いします」
そう言って、再びほっかむりを被ったロザリーは音も無く消えていったのだった。
「まぁ、やってみますかね。万が一クリスがあんな事になったら私も耐えられないしね」
やけに静かだなと思ったら、ステラもシフォンも笑い疲れたのか眠っていた。
「うちのメイドも結構自由よねぇ…」
*
「おはようございます、クリス様」
「あぁ、おは…よう………………………。もしかしてロザリー?」
「はい。ロザリーですが、何か?」
「いや、その髪の毛どうしたの?」
「ちょっとイメチェンしようかと思いまして、クリス様と同じ水色です。どうですか?」
「あ、うん……。いいんじゃないかしら……」
あまりお気に召さなかった様です。
そんなやり取りをしていたら、後ろから思いっきり抱きつかれた。
「クリス様〜。今日はメイド服を着てるんです…って、えぇええええっ…、ロザリーじゃないの! うっわ、ロザリーに抱きついちゃったわ。ちょっと、クリス様抱かせてもらってもいいですか?」
「え、やだけど」
「そんな事言っても抱いちゃいますけどねぇ。ふふふふー」
私に対して、ちょっと失礼じゃないですかねメアリー。
「はぁ、では、この髪色はナシですね」
そのまま、何の気なしにウィッグを外した。
「「……………………………………」」
「お二人とも、そんな目と口を開けてどうしました?」
「ど、どうしたも何もその頭どうしたの? ストレスでもあるの?」
「そうよ。いくらなんでもそれはないわ。もしかして、カレーの食べ過ぎ?」
「二人とも何を言って、そんな事あるわけないじゃないですか」
無意識に頭を触ると、ツルッとした感触があった。
「あっ………」
そうだ。昨日脱毛剤を被ってハゲてしまってたんでした。うっかりしてました。
これはどうやってごまかしましょうかね。
「カレーを煮込む時に髪の毛が入るのが嫌だったので…」
「そ、そうなんだ……。随分とストイックなのね」
「それにしても、随分と頭の形いいわね…」
そんなところ褒められてもあまり嬉しくありません。
*
育毛剤が出来るまで、約三ヶ月かかりましたが、これはこれで悪くないんじゃないかと思ってしまいましたが、やっぱり風が冷たくなってくると流石に堪えますね。
余談ですが、うちの領では、領民がほぼ全員ムダ毛をあの薬で処理しているそうです。なんでもクリス様がツルツルが好きだと広まったのだとか。
私はそこまで言った記憶は無いんですがね。
クリス様も、身に覚えの無い事で家族から問い詰められてますが、まぁ、みんなツルツルになればいいと思うのですよね。
ツルツル最高。あ、でも髪の毛のツルツルは金輪際遠慮願いたいですね。
それはそうと、育毛剤に関しては、ソフィア様が国から褒賞を受け取ったとかなんとかで。いやぁ、ホント凄いですねぇ。
あの国王に髪の毛が生えたらより威厳がなくなると思うのですが、それに関してはどうでもいいですね。
とりあえず、髪の毛と眉毛とまつ毛以外はツルツルの私は今日も、カレー作るのだった。




