74 番外編6 ロザリーのツルツル事情①
それは私が主人とそのご友人と王都のホテルに泊まった時の話。
初日は疲れていたのと、覗き趣味のサマンサ様。それと、ホテルの支配人がクリス様の純真無垢な体を見られないよう、神経を尖らせていたため、ゆっくりと眺めることが出来なかった。
そして、私の体をじっくりと見せつけることが出来なかった。あれでは不十分だ。いつか、クリス様と裸談義をしたいものだと思う。
やはり、女装趣味な者同士、髪や肌のケア、化粧にダイエットと話題が尽きない。
しかし、私とクリス様の間で決定的に違う者がある。
それはムダ毛だ。
もうそろそろ生えて、ムダ毛の処理に悩んでもいい年齢だと思うのだが、一切毛の生える様子がない。女子だって生えているというのに…。なんて羨ましいんだ。
そんな大変なムダ毛処理を連日連夜行っている私の苦労を知ってもらおうと、二日目のお風呂でクリス様に見えるよう仰向けで大の字になっているのに、まったく気づく様子がない。
これじゃあ、私が馬鹿みたいじゃないか。
私の苦労したVIOゾーンを見せつけるのを諦め、クリス様に向き合った。
「ちょ、さっきからなんなのよ。いくらなんでも自由すぎない?」
どうやら私の意図には気づいてくれなかったようだ。
変なところで鈍感なクリス様には直截言うしかない。
「クリス様、ムダ毛処理はどうしてるんです?」
「いきなりとんでもない事聞くわね」
驚き半分、訝しげ半分といった感じの顔だ。出来る事なら、もっと嫌悪感を露わにしてくれると興奮するのですが…。
まぁ、今はお風呂に入ってますからね。変なところが膨張するとよくありません。
それで、クリス様どうなんです?
「何故かありがたい事にまったく生えないのよね。うぶ毛すら生えないわ」
「なんて羨ましい」
「ちょっ! なんで堂々と弄るのよ!」
バンバンと叩かれる。ゾクゾクと気分が高ぶってくる。
しかし、これ以上やると、本当に怒られかねないので、この辺で止めておく。私は自制できる大人なのだ。
「すいません。ちょっと確認したかったので…」
「そ、そうなんだ」
なんだかんだ許してくれるクリス様は優しい。
クリス様の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいです。ねぇ、サマンサ様?
「もしかして、ロザリーはやっぱり、毛の処理とか大変なの?」
「えぇ、えぇ。勿論です。これ程忌々しい者はありません」
「そ、そうなんだ。へぇ……」
煮込みの足りないカレーに次いで許せませんね。
「普段はどうしてるの?」
「勿論抜いてます」
「大変じゃない?」
「大変ですね。 見えないところなんかは剃るしかないのですが、ある程度生えないと抜けないんですよね。それにやっぱりチクチクして痛いですね。特に玉のところが一番痛いですね」
「まぁ分かるわ。大変よね。前世でもやっていたから分かるわよ」
引かれると思いましたが、まさか苦労を分かってくれるとは…。
「でも、まぁ、前世だと、抜く専用の機械とか、薬とかあったからね。高いけど、自力で抜くよりはまだ………」
「詳しく!」
クリス様が言い終わる前に肩をがっちりと掴んでいた。クリス様の柔肌にも触れられて一石二鳥ですね。
「ま、まぁそういう専門の病院みたいのがあって、そこで処理してもらったり、機械や光で生えなくしたり、クリーム見たいのを塗って処理したりいろいろよ」
「なんと! そんな素晴らしいものがあるのですね。……それどうにかなりませんかね?」
「んーー…………………」
深く目を瞑って、腕を組んで考えるクリス様。今なら股間を顔の前に持ってきてもバレないだろうか。
そんな事をする前に、クリス様は目を開いて答えを出してしまった。
「あっ…、そうだ。そうよ。薬ならソフィアが作れるかもしれないわね。機械とかだと、あの三兄弟になるんだけど、ちょっと怖いから頼みたくないのよね」
「ソフィア様ですか」
確かに、薬学に精通しているとの事ですが、正直何を作っているのか知らないんですよね。
「私、ちょっと用事が出来まして、先に上がりますね」
「ソフィアのとこに行くんでしょう」
「バレてましたか」
「そりゃあねぇ…」
流石クリス様。私の考えなんてお見通しですね。
では、ソフィア様の所に行く前に一つ聞いておきましょう。
「クリス様はツルツルはお好きですか?」
「まぁ、そうね。毛深いのとかはちょっと遠慮したいわね」
言質はとりましたよ、クリス様。
先に上がり、着替えもそこそこにソフィア様の元へ向かう。
コンコン。
軽くノックし、暫くしてから扉が開いた。
「あら、ロザリーじゃない。お姉様なら何処かに行きましたわよ」
サマンサ様に用事なんてあるわけないじゃないですか。
「いいえ、私が用があるのはソフィア様です」
「えっ! 私?」
「はい。クリス様から聞きまして、ソフィア様なら出来るかもしれないと。どうか私を助けてくれませんでしょうか?」
「そ、そんな大役私に務まるかしら」
テレテレと顔を赤くし領頬を手で覆い、くねくねと体を揺らしている。
こんなにもソフィア様はクリス様を好いておられるのに、どうして気がつかないのか不思議でしょうがありません。
「で、私にお願いって何かしら?」
「ここでは誰かに聞かれてしまう可能性がありますので、中へ入れてもらえませんか? あ、扉は開けたままで結構です」
「はぁ……」
*
「うん。話は分かったわ。ただ、どうしても分からない事が一つあるわ」
「なんでしょうか?」
「あなたが土下座している事よ」
「それはもう、下賤な私如きが高貴なるソフィア様にお願いをしているのです。土下座くらい当たり前では?」
「うん。まぁ、土下座は百歩譲るとして、普通頭は私の方に向けない? なんでパンツ丸見えのお尻をこっちに向けているのかが分からないのよ」
なんだ。そんな事でしたか。
「普段から、サマンサ様にはこうしろと命令されておりますので」
「えぇ…、嘘でしょう……」
まぁ、嘘なんですけどね。これはただ単に私の趣味です。
私はお尻を人に見られて嬉しい。サマンサ様はありもしない事実で評価を下げる。そして、相手は同情し、有利に話を進められるって訳です。
「あとでお姉様に聞いてみましょう」
「それはやめておいたほうが宜しいかと」
「なんで?」
「そんな話をされて、真実だと言うと思いますか? 逆ギレされるのが目に見えてますよ」
「そんな悪い人じゃないと思うけどなぁ…」
うーむ。この人にはあまり嘘は通用しないのかもしれません。下手な事言って私がとばっちり受けるのは避けたい。
一先ず、脱毛に関する話を進めたいですね。
私はソフィア様に向き合うように正座した。
「どうか、どうか永遠にムダ毛の生えない薬を作ってはもらえませんでしょうか?」
「まぁ、そう簡単には出来ないわよ。あれって、暫くしたら生えてきたりするもの」
「クリス様もツルツルのが大好きだと仰ってました」
「え? クリスが?」
「はい。見るのなら、毛の生えていない状態こそ至高だと。少しでも毛が生えているのは邪道だと仰っていました」
「そ、そうなの……。ふーん。そう……。クリス生えてないのが好きなんだぁ………。そっか……」
ちょろい。ちょろ過ぎますよソフィア様。まぁ、そこまで行ってませんが、近しい事は言ってたので、まぁなんとかなるでしょう。
「分かったわロザリー。この私、ソフィア・アンバーレイクの名にかけて永久脱毛剤を作ってみせるわ」
「おぉ。あなたは正しく女神のようです」
「や、そんな褒めないでよぉ。まだ出来てないんだから」
満更でもない様子のソフィア様。やっぱり、クリス様の名前を出すと話が早いですね。
「でもそんなにツルツルにしたいって事は、普段から自力で抜いてるのよね?」
「えぇ」
「大変じゃない?」
「それはもう。大変です。抜くのに時間もかかりますからね」
大体、最低でも十時間くらいは煮込むのでその時にチマチマ抜いていますね。
まぁ、そのくらいあれば余裕で抜き終わりますね。
「そうよね。ちなみにどんなときに抜いてるの?」
おや、やっぱりソフィア様もそういう事に興味がおありで…。
「気になります?」
「いや、清潔にしてないときに抜くと肌に良くないからね」
「あぁ…そう…ですね…。いつもは、カレーを煮込む時に抜いてますね。長時間鍋の前にいるのも退屈なので…」
「その毛をカレーに入れてないでしょうね」
「私が食べるんですよ? 入れる訳ないじゃないですか!」
「そ、そうよね。なんか…ごめん…」
「いえ、いいんですよ。ちゃんと入らないよう、離れてやってますから」
「そもそも、調理中に抜くんじゃないわよ」
「なにか?」
「な、なんでもないわ。あは、あははは……」
ちなみに私は、料理に髪の毛とか入ってたらちゃんと店員さんを呼ぶタイプです。
「では、そろそろ食堂に行きましょうか」
「そうね。ただ、カレーだけは食べたくないわね。気分的に…」
私は三食おやつ共にカレーでいいのに、ソフィア様は変わってますね。
*
オパールレイン領へ帰ってきて二月程経った頃。
今日もクリス様のお菓子目当てでやってきたソフィア様。マーガレット様も猫の様にくっついてやってきていた。
エントランスで立ち話もなんなので、いつも通りクリス様の部屋へ案内する。
到着と同時にソフィア様が鞄の中から何かを取り出した。
貴族自ら鞄を持つなど、クリス様と同じでかなり変わっておられますね。
「あ、ロザリー。やっとできたわよ。はい、これ」
手のひらくらいの大きさの透明な瓶で、中に入ってる液体も透明だ。
「ありがとうございます。ついに完成したのですね。ちなみに、これはどのくらいの効き目があるのです?」
「すごい効き目よ。ちゃんと私自身でも試したんだけど、あんまり生えてないから、よく分からなくてね。とりあえず、ウチのバカ兄貴共を羽交い締めにして試したのよ。そしたら、ひと月経った今でも、まったく生えてこないわ。これを前世で作っていたら大儲けよ」
Vサインをして、歯を見せながら笑うソフィア様。
貴族にあるまじき行為だが、その笑い方がとても似合っております。
何の変哲もなさそうなこの液体にそこまでの効力が…。今すぐ使いたいが、この場でやったら流石に怒られるだけでは済まないでしょうね。
「本当に。本当にありがとうございます。重ねてお礼申し上げます………」
深々と頭を下げる。今回はふざけずにちゃんと頭を下げる。
「このお礼は、必ずいたしますので…」
「いいわよ、そんなの。今回はいい情報もらったしねー」
クリス様がツルツルが好きだと言う件だろうか? クリス様にはこの事を報告してないので今後揉めないといいですが…。
私とソフィア様のやり取りを聞いていたマーガレット様が不思議そうに見上げてきた。
「ソフィアお姉様、それは一体なんですの? 自分でも試したと仰ってましたが……」
「あぁ、これ? これはムダ毛の永久脱毛剤よ」
「ムダ毛脱毛……。自分で試した………という事は………」
より強くソフィア様を抱きしめるマーガレット様。
クリス様も言っていましたね、女の子同士の友情は美しいと。尊いと。今なら何となく分かりますね。
「ちょ、マーガレット……」
「つまりソフィアお姉様のあそこはツルツル! 私が舐めやすい様に処理してくださったんですね。嬉しいです。では、あそこの木陰に行きましょうか!」
「そんな訳ないでしょ。それに行かないし、舐めさせないし、やらせないわよ!」
「そんな! こんなにもソフィアお姉様を愛しているのにっ……」
「気持ちだけもらっておくわ…(どうしましょ。これじゃクリスに舐めさせる前にマーガレットに初めてを奪われてしまうわ…。は、話を逸らさないとっ……)」
ソフィア様がアワアワとしながら困惑している。マーガレット様くらい強引に行けば可能性はあるんじゃないでしょうか。
そんなソフィア様は突然大声を上げた。
「ロザリー!」
「はいなんでしょうか? 今の状況を解決しろというのでしたら、ちょっと私には力不足です」
「ちー、違うわよ。そう、あれよ。えっと……、カレー。そうカレーよ。ほら、マーガレット! この前美味しい美味しい言ってたカレーあるでしょ?」
「え? あ、あぁ、はい。確かに美味しかったですね。この世界であんな美味しいカレーが食べられるなんて思わなかったわ」
ほう…。この子は見所がありますね。
「そうよねそうよね。ほら、この人があのカレーロザリーの社長ロザリーよ」
「えっ! そうなの? あの店の?」
「はい。王都含め現在五十店舗展開しております。カレーロザリーの社長をやっております、ロザリー・タバサです。よろしくどうぞ」
しかし、ソフィア様も急に話題を変えましたね。マーガレット様もソフィア様から離れ、私をキラキラした目で見てきます。
ちょっと、そういうのには慣れていないんですが、悪い気はしませんね。
「ところで、それがどうかしましたか?」
「いや、えーっと……。あ、そうそうあの店員の格好どうにかならないの?」
「弊社従業員の制服に何か問題でも?」
「あるわよ。大いにあるわ。女子の制服はいいのよ。かわいいし、適切なスカートの長さだもの。問題は男子よ。なんであんなパンツ丸見えのスカートなのよ。目のやり場に困るじゃない! もっこりしてるの丸わかりよ! (クリスのならずっと見ていたいけどね…)」
「そう言われましても、あれは、男性従業員が署名を集め、あの長さがいいと直談判されまして、決して私の趣味ではありませんよ」
「マジか…。類は友を呼ぶってやつね……」
「なので、弊社では従業員が働きやすいよう、改善を務めていく所存であり、あれはその改革の一部なのですよ…」
「というか、なんでそんな堅っくるしい言い方してんのよ…まったく」
「別に私はあれはあれでいいと思うけどなぁ…」
やはりこの子は価値観が合う様ですね。
「じゃあ、はいこれ。これのここ読んでみてよ」
ソフィア様が今度は雑誌を取り出し、付箋の張ったページを開き、指でトントンと指し示している。
「あの、これは?」
「知らないの? クリスのとこの使用人なのに」
「すいません。カレーとパンツ以外に興味が持てなくて…」
「…………………………まぁ、いいわ」
随分と長い沈黙でしたね。勿論それ以外にも興味はありますが、おいそれと口にできるものはありませんので。
「これは、クリスがうちのメイドのシフォンとステラに依頼したやつで、主にオパールレイン領の特産品や名所、飲食店なんかを載せてる地域密着型の雑誌ね」
「へぇ、そんなのあるんだ。◯ーキョーウォーカーとかるる◯とかも◯みやみたいなものね」
「そこまで大きくないけどね。で、二月号のこれ、ロザリーの店が載ってるんだけど…」
「はい。取材受けましたね」
―――――カレーロザリー オパールレイン本店
ダイアモンド王国内に現在五十店舗を展開し、本格的なカレーを楽しめるカレー専門店の本店。チキンやポーク、マトン等複数のお肉や、お肉を使わない野菜カレーなど多種多様なカレーが楽しめる。休日はもちろんの事、平日のお昼時には行列ができる人気店。辛さも五段階から選べ、お子様からお年寄りまで幅広い世代に愛される地元の名店。スパイスや材料はオーナー自ら厳選するこだわり様で、素材の風味や香りを最大限に引き出している。
ただ唯一残念なのは、男性店員の制服だろう。ウェイティング時や食事中に目のやり場に困るのだけはいただけない―――――
取材受けたけど、私のこと何も書かれていなくない?
そんな事を考えていたら、後ろからクリス様に声を掛けられた。
「あれ、なんか珍しい組み合わせね」
いつもご友人方はクリス様の部屋に入り浸っているので、クリス様本人も勝手に入っている事に疑問を持たない様ですね。
「えぇ、ちょっとうちの店について…」
「あぁ、これね。どれどれ…………………。あぁ、はいはい。だから言ったじゃんこれ。『私のポリシーに反するからパンツの見えない服は採用しない』なんて言うから…」
「やっぱり……」
「じゃあ、女性陣も水着みたいのにしたらいいんじゃないかしら」
ソフィア様は疑惑が確信に変わった目で私を見つめ、マーガレット様に関しては明後日の方向に考えを巡らせている。それでは、目のやり場に困るじゃないですか。
しかし、これは困りましたね。
ソフィア様のすり替えた話題が私に被弾しているのですが、これは私も別の話題にすり替えないと危ない気がしますね。まぁ、現時点で結構被弾しているのですがね……。
「そういえば、クリス様は本日どちらに行かれてたのですか? 部屋にはおりませんでしたが…」
「お菓子作ってたわよ。どうせ今日も来ると思ったしね。……ソフィアとマーガレットだけかぁ…、まぁ、暑いから仕方ないわね」
正直、私よりメイドに向いているんじゃないかと思うのですが、やっぱりクリス様も考えた方がちょっとおかしいみたいですね。
「あら、今日は何を作ったの?」
「私はなるべく涼しいのがいいわ」
「まぁ、そういうと思って今日は、ブランマンジェと桃のゼリー作ったわよ。あと、飲み物は桃のアイスティーを用意したわよ」
「流石ねクリス。分かってるじゃない」
「まぁいつもの事だしね。ここに持ってこようか?」
「えぇお願い」
「楽しみだわー」
二人とも完全にお菓子の事に意識が向いたようなので、この辺で退室させてもらいましょう。
「では、すいませんが、私はこの薬を早速使いたいので、この辺で失礼させていただきます」
「あら、随分とせっかちなのね」
「えぇ、至る所が桃の皮の様になっていますので、早急に対処する必要がありまして」
「言わなくていいわよそんな事」
「え、なんの話?」
クリス様に変に突っ込まれる前に退出した。まぁ、私としては別の意味で突っ込まれたいのですが、今はそんな事より、憎っくきムダ毛との戦いに終止符を打ちましょう。




