18 王子様が頻繁に来るようになった/王子様が襲われたよ
それから、一週間おきくらいにレオナルドが遊びに来るようになった。
「君の顔が見たくて、今日も来ちゃいまいした。これクリスへのプレゼントです」
大量の真っ赤なバラの花束…。重い。
いくら、子供と言えど頻繁に来すぎじゃないですかね?
王子様って子供でも、もっと忙しいものだと思うんですけどね。
「あ、ありがとうございます…」
受け取った花束は側にいたメアリーに渡した。
ニコニコしてるけど圧が凄い。もう既に下の方は握りつぶしているし…。
多分、部屋には飾られないんだろうなぁ…。
「この前来た時に、街中に気になるお店を見つけたんです。どうですか、一緒に行きませんか?」
はいかイエスの選択肢しかないからな。行かざるをえないんだけれど。
もう何回もうちへ来ているけれど、レオナルドはうちの屋敷に入ろうともしないからね。応接室で待ってればいいのに。苦手な人でも居るのかな?
だから毎回街へ連れ出そうとするんだね。
「あ、では私もクリス様のお世話で外出の準備をしますね」
「あ、いや。うちの従者を連れて行くから大丈夫ですよ。安心してください」
「……………そうですか」
寒っ。メアリー殺気抑えて! 初夏なのに寒いわよ。
メアリーに目で大丈夫と伝える。
最近は犯罪率も減ってきて、子供一人で歩いてても何も起きなくらい平和なんだよね。
用心に越した事は無いんだけど、どうせ二、三時間相手したら帰るから。
あーあ、予定が狂うなぁ……。
「このタワー型かき氷、王都でも食べられないですよ。カラフルでいろんなフルーツまで乗って……。ふわぁ、冷たくて甘い~」
そうしてると普通に可愛い子供なんだよなぁ。
大人の真似して背伸びしてるんだけど、気を緩めると途端に子供っぽくなるところが微笑ましいね。
「クリスのまんまるで真っ赤なかき氷も美味しそうですね」
「えぇ、ふんだんにイチゴを使ってるので甘酸っぱくて爽やかです」
ここのかき氷屋さんも、うちの商会で試験的にやってみたのだけれど、気温が高くなったせいか、すごくお客さんの入りがいい。
予め、レオナルドがここの席を予約していたため、すんなりと入る事ができたけど、並んでる人からはあまりよく思われないよね。
まぁでも、スマホがあるわけじゃ無いからインスタ映え狙って写真撮りまくったりする人もいなしし、何よりすぐ食べないと溶けてしまう商品だから、回転率は早い方なんだけど、今日は一段と多いね。
でも、店先の席で子供が食べているといい宣伝になるのか止まって見ているお客さんも多い。そういうのすっごく気になる方なんだけど、レオナルドは私とかき氷しかみてない。幸せな人よね。
「あ、あのクリス…」
「どうかしましたか、レオ様」
「そ、そのクリスの食べている方の味も気になって……。その、た、食べさせてほしいな、なんて……」
あぁ、一口ちょうだいって事ね。しどろもどろになって可愛い。
じゃあ、ご期待に添えて…。
「はい、あーん」
と、スプーンを手で添えて出すと……。
「おい、本当にいやがったぜ」
「噂通りだな」
やたら人が多いなと思っていたら、私たちの席の周りを柄の悪そうな輩が取り囲んでいた。
「な、なんだ君たちは…」
「俺たちぃ、ある人から頼まれてぇ、ちょっと王子様呼んできてほしいなって言われたんすよ。ちょっとそこまで一緒に来てもらっていいすかね?」
「護衛が居たはず……」
「この人数相手に、あれっぽちの数でやり合おうってのが土台無理な話だろ?」
後ろの方で蹲る数人のレオナルドの護衛。
こんな事になるなら、メアリーを連れて来ればよかった。
異変に気付いて数人のお客さんがざわめき出す。
この人数でパニックになったら最悪だ。
幸い、レオナルドはこの男どもに掴まれていないので今がチャンスだ。
私のかき氷の器を、思いっきり男の顔に投げつける。
「ぐわぁっ! ぺっぺっ…。何しやがるこのクソガキィ!」
いきなり投げつけたもんだから、男どもがビックリして一瞬動きが止まる。
投げつけられた男が怯んだ隙に、店の中の方へレオナルドの手を引っ張って行く。
「レオはここに居て!」
ビックリして固まったままのレオナルドを店の中へ押し込む。
状況を理解したお客さんや店員さんがレオナルドを守るように前へ出た。
平和ボケしてるかなと思ったけど、意外と危機感を持っていて素晴らしいわ。
私は店内に向けてサムズアップをして、近くにあった傘を取った。
「お嬢さん、この傘借りるわね」
そこからはもう速かった。
悪漢どもに傘をレイピアのように突きながら攻撃した。
一人二人と、鳩尾を突き、三人目は顔を回し蹴りあげた。
掴んでこようとした男には掌底打ちをして、後ろに回りこんだ男には傘の柄で顎や腹を突いてやった。
重いドレスを着ているはずなのに、重さを感じない。
ひらりひらりと躱しながら一人、また一人と沈めていく……。
ねぇ、多くない? もう十人くらい倒したよ?
そう思って一度止まり、周りを見る。
「このガキ強ええぞ!」
「おい回り込んで囲め囲め!」
「ぶっ殺してやる!」
口々に物騒な事を口走っているが、状況を理解してないな。ほぼほぼ、倒して蹲ってるのが見えないのかな? もう五、六人しか立ってないよ?
お母様仕込みの剣術で、負けるわけ無いじゃん。
あんなお母様だけど、剣の腕前だけは確かだわ。やっててよかったーお母様ゼミ。
一人、また一人と突いて倒していく。
「はんっ…。強ええなお前。だがな、刺されちまったら終わりなんだよ!」
そう言ってボス格のような男はナイフを取り出して振り下ろしてきた。
でも、残念。お母様の剣より全然遅いわ。
傘でナイフを横薙ぎにする。遠くの方でカーンとナイフの落ちる音がする。
驚いて目を見開いた男の横っ面に、ジャンプしておもいっきり傘でスイングする。
「はい、おしまいっ…」
「ぐぼぇあぁあああっ!」
ワンバウンド……。ツーバウンド……。そのまま体を擦るようにスライドしていった。残念。スリーバウンドはいかなかったかぁ……。
着地して傘を見る。
あーあ、傘メッキャメキャになっちゃってる。弁償しないといけないな。
そう思っていたら、レオナルドが泣きながら抱きついてきた。
「うばぁああああ!ぐりずぅううう!」
ちょっと!まだ男どもが襲ってくるかもしれないでしょ?
泣き止まないので、仕方なく抱いて背中をポンポンと叩いてあげた。
「もう大丈夫ですよ、レオ様…」
なんとか起き上がってきた護衛の人が感謝の言葉を口にする。
「申し訳ございません。クリスティーヌ様…。レオナルド殿下を守っていただき、ありがとうございます………。それにしても、流石レイチェル様のお子様ですね。本当にお強い………。我々の何倍も……」
「いえ、そんな事ないですよ。まだまだです」
褒めれれると擽ったいね。
店内の方から歓声と拍手が巻き起こった。
「いやあ、小さいのに大したもんだわ」
「いやいや…」
「うぉーすげぇ!」
「どうも…」
「おお、流石我らの姫様!」
「どうもどうも…」
「あの美しい剣さばき……。まさに剣姫よ!」
「どうも。どうもどうも…」
「やっぱ剣だけはつえーわ」
「あ?」
「可愛くて強いなんて……。次回作はこれでいきましょう」
「お、おう……」
「よっ! オパールレイン家っ!」
「今合いの手入れたの誰よ…」
いやあ、褒められるのも悪くないね? 褒められ方がおかしいけれども……。
などと、もう解決、和やかムードになりつつあったのだが……。
男どもがよろよろしながら立ち上がり出した。
そこへ、憲兵隊が駆けつけてきたのだが。
「くそっ…。こんなはずじゃ…」
「撤収だ撤収!」
「逃げるんだよーー」
そう言いながら逃げようとする男たち。
ロープとかで拘束してなかったし、する時間もなかったんだよね。
「クソが! 覚えてろよ!」
最後に倒した男が捨てゼリフを吐いていった。
一度聞いてみたかったんだよね。
「「「すんませんっしたーーーーー」」」
憲兵隊の人たちが九十度の姿勢で平謝りしてきた。
たまたま撃退できたからいいけど、レオナルドが連れてかれてたら大問題だよ。
首の皮一枚繋がった感じかな。
「レオナルド殿下も大事ないですし、頭あげてください……」
「いえ、レオナルド殿下より、クリスティーヌ様を悪漢共と戦わせてしまった事の方が問題ですっ!」
ん? どゆこと?
「もし、クリスティーヌ様に何かあれば、我々は今頃海の底だったでしょう…」
「そんな大げさな……」
そこで、サマンサやメアリーの顔を思い浮かべる……。
ありえるな。
「いえ、レイチェル様のお耳に入れば我々は、我々は……」
そっかー。お母様の方が恐ろしいのか。元王妃様の近衛騎士団隊長だもんねー。
憲兵隊の人たちの震えが酷いので、とりあえず、話題を変えた。
「それはそうと、さっきのやつらって捕まえられたの?」
「すいません……。全員逃げられました……」
なにやってんだよ。そっちのが大問題だろうに。まだ、この街に居て、今後も悪事を働くかもしれないんだよ? また、レオナルド殿下を攫おうとするかもしれないんだよ? どうすんの?
とういか、さ……。ずっと疑問に思ってたんだけど口にしていいんだろうか?
やっぱり気になるので、聞いてみた。
「あ、あの…。こんなこと聞くのは憲兵隊の方々に失礼かもしれないんですけれど……」
「いえ、クリスティーヌ様に隠し立てはできません。何でも聞いてください!」
「そうですか…。こほん……。あの、何で憲兵隊の方々はそんなに丸々と太ってるのでしょうか?」
暫し、気まずい沈黙が訪れる。
聞かなきゃ良かったかな……。
「そ、その…。最近ですね、この街に出来たピザ屋さんや、ドーナツ屋さんが美味しくてですね……。また、その悪い事をするものがほとんど居なく……。あ、いや、平和なのは素晴らしい事です。はい……。ただ、体を動かす機会がですね……」
なるほど…。どっかの国の警察官みたいな事になってるのか。
「因みになんだけど、ピザとドーナツだけ?」
「………。いえ、ハンバーガーとチキンとフライドポテトも美味しくいただいております。最近の我々の流行りはバターを衣で揚げて食すのが……」
「皆まで言わなくていいわ」
これは由々しき事態だわ。
領内の犯罪率が下がっているのはいいけれど、他所から来た場合、この人たちだけで対処するのは難しそうね。
私が考える事じゃないから、お母様に相談しましょう。
「わかりました。一応、母にはそのように伝えておきます」
憲兵隊全員の顔が一瞬で真っ白になってしまった。
まるで、この世の終わりのような、絶望した顔をしていた。
憲兵隊の人たちがトボトボと去っていくのを見送っていると、ボロッボロの護衛の人がレオナルドと一緒にやってきた。
領内の事だからね。タイミングを見ていたんだろうね。
「クリス、終わった?」
「はいはい、終わりましたよー」
「本来であれば、我々が対処すべきなんですが……」
「あぁ、まぁ、大丈夫ですよ?」
レオナルドの護衛って三人居るけど、みんなよくそこまでボロボロにやられたね?
不意でも突かれたのかな?
全身ボロッボロだから、数人で袋叩きにでもされたかのよう…。
王子様の護衛がこれって、大丈夫なんだろうか?
ちょんちょんと、袖の辺りをレオナルドに引っ張られる。その仕草がちょっと可愛い。
「どうしましたか、レオ様?」
「あ、あのねクリス…。ぼ、僕ね、今回の事で分かったんだ。守ってもらうばかりじゃダメなんだって。クリスを守れる一人前の男になるから。なるって決めたんだ」
可愛いながらも決意の籠った瞳で語るレオナルド。
なんか、色気付いたませた弟みたいにしか感じられなかったレオナルドが今回の一件で成長出来たのは良かったね。
………………。
いや、待て。よく考えろ。レオナルドが私の事守るって事は、より婚約破棄が遠のいたのでは? レオナルドの好感度が上がってしまったのではないだろうか…。
まぁいっか。無事だったんだし。
というか、折角のかき氷食べられなかったんだけど。
あいつらのせいで店の前ぐちゃぐちゃだからね。
この状態で、新しいかき氷注文するのは非常識だと思うんですよね。そこで、食べてたら、何て神経の図太いご令嬢なんでしょうって言われてしまうわ。
悔しいけれど、今日は我慢して帰りましょうか……。
流石に今日はもう襲ってこないとは思うけれど、レオナルドの事を考えるとね、一度帰った方がいいかもしれないわね。