70 番外編5 ジェームズとレイチェル②
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それからというもの、城への報告がある時は、時間を見つけてはレイチェルのもとへ通っていた。
仲間にはとっくにバレているが、俺も仲間の秘密の一つや二つ知っているからか、 茶化される程度で済んでいる。これが弱みになったらと考えたら、胸の奥がチクチクと変な感じがした。
今の時間は、訓練をしていたんだっけかな。
気づいたら、勝手に足が動いていた。
レイチェルは城内の屋外の訓練場で仲間と訓練していた。
通路横の柱に体を預け呆っと見ていた。
女だらけの部隊なのに、躍動感があり、華やかだった。
俺のところとはえらい違いだ。
そんな彼女達を見て、とても羨ましく思った。
太陽の下を自由に自分の意思で歩けるということが。
まぁ、後から知ったことだが、実はそんなことはないのだと。寧ろ俺の方が自由に見えたというから、お互い似た者同士なのかもしれない。
そんな風に卑屈になりながら眺めていたら、レイチェルが気づいたのか、仲間達に休憩を言い渡し、近づいてきた。
「今日は君から来たんだな」
「まぁな。君に会いたくなった」
「なっ! 何を言い出すんだ君は。冗談だとしてもこんなとこで言うもんじゃないぞ!」
冗談じゃないんだけどな。
「しかし、前に比べて明るくなったな」
「そうか?」
「そうだとも。話し方も前はそっけなくて早く打ち切りたいって感じだしな」
「そんなに酷かったか?」
「世界の全てが敵みたいな空気だしてたぞ」
「そこまで拗れてないぞ」
「はは…。冗談だよ。君も冗談が言えるようになったしな」
だから冗談じゃないんだがなぁ。
そんな風にレイチェルと話していると、訓練場の方から何人かの女性が近づいてきた。
「その人が隊長の恋人ですかー? 随分と……地味…ですねー………」
「そう言うもんじゃないぞ。男っ気の全く無かった隊長に初めて出来た殿方だ。逃げられたら、今後一生結婚なんて出来ないからな。しかし隊長の趣味がこれか…」
「肉と酒にしか興味ないと思ってましたが、意外と隅に置けないんですね。おめでとうございます。気が変わる前に婚約することをお勧めしますよ」
「お前達………」
散々な言われようだが、全くその通りだと思うので異論はない。
「すまない、ジェームズ。部下達が君に失礼な物言いを…」
「構わないよ。事実だしな」
俺を庇ってくれたレイチェルを嬉しく思い、少しはにかむ。
「おぉ…。笑うと意外とこれはありなのかも…」
「私的にはー、ありよりのなしですねー」
最後の一人に関してはメガネをクイッと持ち上げるに留めた。レンズが光って表情がよく分からないな。
まぁ、隊長にこんな口を聞ける人物なんて数えるくらいしかいないからな。記憶の糸を手繰るが、思い出す前にレイチェルが紹介してくれた。
「いきなりこんな言われて君も不愉快だろう。すまない。この失礼な三人だがな、こっちから副隊長のアンジェ、一番隊隊長シグマ、二番隊隊長ミルキーだ」
「よろしくお願いします」
「どうぞよろしく」
「よろしくおねがいしますー」
まぁ俺としてはレイチェル以外の人物には興味はないんだが、今後一緒に仕事や作戦を共にするだろうから、ここは愛想よくしておこう。
「どうも初めまして。ジェームズです。苗字はありません。ただのジェームズで結構ですよ」
孤児院出身で物心ついたときには国の裏仕事ばっかりやってきたからな。この名前だっていつまで使うか定かではない。明日にでも捨ててしまうかもしれないが、レイチェルがいい名前だと言っていたから、なるべくは捨てることのないようにしたい。
偽名で使う分にはいくつか苗字があるが、レイチェルの手前嘘は言いたくない。
大抵苗字がないというと、馬鹿にするか忌避するかのどっちかだ。この国の平民ですら持っているんだからな。
だが、この三人はそのどちらでも無かった。先ほどと変わらない態度だ。
「うちもそう言いう子達多いですからね。特に気にもしませんよ」
どうやら俺が自意識過剰だったようだ。なんか恥ずかしくなるな。
そんな三人は二、三言葉を交わし、休憩中の為か城内の食堂の方へ歩いて行った。
「なんか思ってたのと違うな」
「そうだろうな。うちはほとんどが捨て子や孤児だからな。あとは…」
そう言って視線を下に向けると、ピンクの髪のまだ幼い少女が転んでいた。
「大丈夫か?」
「は、はい。ちょっとつまづいただけです」
立ち上がり埃を払う少女。
「この子は?」
「この子はメアリーと言ってな、メイド見習いで入ったんだが、どうやら仕事が適さなかったらしくてうちで預かることにしたんだよ」
こんな小さな子でも働かないといけないのか。大変だな。しかし、体躯に似合わないくらい胸が大きいな。アンバランスだな。
「おい、ジェームズ?」
「別にやましい気持ちでなんか見てないぞ」
「そんな目で見ていたら今頃首と頭がお別れしていたぞ?」
「冗談でも怖いこと言うなよな」
「ははは…」
目が笑ってない。これは本気か、一体レイチェルの何に触れたんだろうか? 鎧の上からでも分かるが、レイチェルだってそんなに小さくないと思うんだがな。
「おい!」
「いや、なんでもない」
「君は大分変わったな。前はそんな興味を示さなかったのにな。成長したのか愚かになったのか……」
ふむ。前は視界に映る全てのものがモノクロに見えていたからな。そう考えると、少し変わったのかもしれない。
そんな事を考えていると、少女がおずおずと言葉を発した。
「ふ、夫婦喧嘩ですか?」
「「⁉️」」
ふ、夫婦! 考えたことも無かったな。レイチェルはどうなんだろう。
チラと見ると、顔を真っ赤にしていた。
「こ、こら、あまり大人を揶揄うもんじゃない。今は休憩中だからみんなと休んでなさい」
「はーい」
タタタタッと小走りで他の隊員達と同じ方向へ去っていった。
「ふむ。もう少し常識を教えないといけないな」
「そうだな。でもあんな小さい子でも鎧を着て訓練するんだな」
「ふっ。あの子は別さ。メアリーは私より強くなるぞ。今はまだまだだが、彼女は戦いに関しては天才だぞ」
まるで自分の娘のように誇らしげに語るレイチェルを見て、自分もそんな気持ちを持てるのだろうかと少し気後れしてしまった。




