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女装趣味の私が王子様の婚約者なんて無理です  作者: 玉名 くじら
第3章

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69 番外編5 ジェームズとレイチェル①


 雨の日は嫌いだ。特に叩きつけるほど強い雨の日程憂鬱な事はない。

 昊は昏く、人の息づく音を消し去る。

 子供の頃から、雨の日は窓の外をずっと眺めていた。雨が止むまでずっと。


 雨の時は大抵ロクな事が起きない。だから、そうならないよう祈るようにただ雨が止むのを待っていた。ずっと…ずっと……。


 水滴が地面を、壁を、窓を、屋根を叩く音が嫌いだった。その音が早く止む事を願いながら、ただただ一人、帰らぬものを待ちながら窓の外を眺めていた。


 ただ嫌いな雨の日でも唯一マシだと思う事があった。

 それは雨上がりの空に架かる虹の橋。いつかあの虹の橋を渡ってみたいと思っていた。

 叶わぬ夢だと諦めていたあの頃。俺の心はあの空と同じ灰色だった。

 虹色の未来なんて訪れないと教え込まれていたあの頃。世の中の全てが敵だった。

 ぽっかり空いた心の隙間はただ広がるだけだった。


 あの日みた虹の橋はもう何年も見ていなかった。


           *      


 王都で拾われた俺は、大嫌いな雇用主、ブライアンの元で日々裏稼業みたいな事をさせられていた。名前なんてものはない。ただバラスとだけ呼ばれていた。

 勿論、これが名前じゃない事は分かってる。俺と同じような仕事をしている全員がそう呼ばれていた。

 まだ番号の方がマシだったかなとさえ思うが、仕事をこなせば衣食住が保証されるので名前なんてどうでもよかった。


 雇用主の本名がやたら長いという事は覚えていたが、ブライアン以外は忘れてしまった。覚える気もないし、向こうも覚えてもらう気がないらしい。

 そんな俺が唯一覚えられた名前の人間がいた。

 仕事の都合でよく王城に行くのだが、そこでよく話をする女性がいた。

 王妃様の護衛騎士をしている女、《レイチェル・レイアーク》。なんともかわった女だった。


 最初は他愛のない仕事の話だった思うが、いつしか俺を見かけると必ず声をかけられた。

 最初は鬱陶しいと思っていたが、事あるごとに話しかけてくる彼女に不思議な気持ちを抱くようになった。


 「お前、名前はなんという?」

 「今の今まで知らなかったのかよ」

 「ふむ。どうやら聞きそびれていたようだな。で、なんという?」


 非常に困った。子供の頃の名前なんて覚えていないし、今はただバラスとだけ言われている。偽名もあるが、仕事の度に変えているのでどうもしっくりこない。

 どうしようか…。


 昔、何かで読んだ本の主人公がやたらかっこよかった思い出がある。普段何も興味を惹かれなかった俺が手を取り最後まで読んだ本はそれが最初で最後だった。

 本のタイトルは覚えていないが、主人公は確かジェームズ…だったかな。

 不意にその名前が口からこぼれ出た。


 「ジェームズ………」

 「ふむ。ジェームズか。いい名じゃないか。何をそんな隠す必要があるのだ?」

 「いや、別に隠していたわけじゃ…」

 「ふふ。では、ジェームズ。今後もよろしく頼むよ」


 レイチェルは握手を求めてきた。女のくせになんて男らしい女なんだろうと思った。

 「あぁ、よろしくな」

 叩くように強く握手をしてやった。

 どんだけ皮が厚いのだろうか、向こうは全然痛がるそぶりも見せない。こっちはヒリヒリするくらい痛いってのに。どうやら騎士ってのは生半可な鍛え方をしていないらしい。

 俺は内心ゴリラ女と呼んだ。バレたらきっと叩き切られるだけではすまないだろうな。


 「ふっ…」

 いつの間にか笑っていたようだ。

 「お? ジェームズが笑うところを初めて見たな」

 「そうか?」

 「あぁ。笑ってる方がいいぞ」

 屈託のない笑顔でそう言うレイチェル。


 「ただ、もう少し自然に笑えるようになると、女性がほっとかないぞ」

 「そうか。じゃあ必要ないな」

 なんでこんな事を言ったのかは分からないが、この女性の前以外で笑顔を見せようとは思わなかった。

 「変な奴だな。君は」

 「よく言われる」

 それからは城に行くたびに、レイチェルと他愛のない話をした。

 その時だけが、つまらない日常の唯一の楽しみだった。


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