63 世の中そうそう上手くいかない訳で
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「ところでお姉様、どうしてここに来たんですか? まさかお菓子を食べにくる為だけってことはないですよね?」
マーガレットがお腹をさすりさすりしているソフィアに問いかける。
こんな姿に幻滅しないのかな。
「んー、半分正解」
「あと半分ってなんですか?」
ソフィアがちらっとお姉様を見る。
みんなお姉様お姉様言ってるから誰かわかんなくなるね。
「えっと、どこから話せばいいかしら。あのね、教会からマーガレットを連れてきたのは理由があるのよ」
「理由?」
ソフィアがマーガレットに事の成り行きを語った。
「思ってた以上に教会が酷くてびっくりしたわよね」
腕を組んでしみじみと語るソフィア。
「いや、そんな事よりも、突っ込みたいところがいっぱいあるんだけど。私いやよ。そんな悪役令嬢断罪ものみたいな事」
「なんで? お姫様になりたくないの?」
「いや、現状で満足よ。なんていうか申し訳ないくらい、いい人なのよ。もう田舎のおじいちゃんおばあちゃんみたいな。そんな人たちを悲しませるような事したくないわ」
「うっ」
胸を押さえ前かがみになるソフィア。
流石に良心の呵責に苛まれたかな? そんな都合よくいくわけないんだよ。
それでもお菓子を口から離さないのはすごいよね。
「それにね、私はソフィアが好きよ。ソフィアと結婚して末長く暮らしたいわ」
「ちょっ…、ゲホッゲホッ……。なんて?」
流石に予想外だったのか、お菓子をお皿に置いた。
「だから、私はソフィアが好きなの。ずっと通ってくれたじゃない。それってつまり好きって事よね? 相思相愛よね?」
「なっ…、ちがっ……」
「やっぱり、女の子は女の子同士。男の子は男の子同士。女装男子は女装男子と結ばれるべきだと思うわ」
そう言って、ソフィアが噎せて食べ途中のお菓子を掴んでペロリと食べた。所謂間接キスってやつだね。まぁ、ここに来るまでずっとくっついていたんだからそうなんだろうなとは思っていたよ。
そんなマーガレットがこっちを向いて指をさしてくる。それもう癖なんだね。
「そもそもあなたが女装してるからレオナルドが勘違いして告っちゃったんでしょ? ちゃんと自分で責任持って婚約破棄しなさいよ」
「返す言葉もありません」
「それだと私が困るのよ」
「お姉様どうしてです? 私がいるじゃないですかぁ!」
なんというか修羅場になってきたなぁ。マーガレットってちょっとメンヘラ入ってるのかな?
「失敗しちゃったわね」
他人事のようにお姉様が言うけど、言い出しっぺの一人なんだから、そんな簡単に済ませないでほしいわ。
「お姉様、もうお菓子は十分でしょう? そろそろ行きましょ」
「え…、あ…、いや……はい」
いつも堂々としているソフィアがあんなにオロオロしているのを見るのは久しぶりなきがする。
「ねぇ、そのお姉様ってやめない? 同い年なんだし、ソフィアでいいわよ」
「嬉しいっ! つまり夫婦って事ね」
「や、そうじゃなくて…」
あんなに振り回されるソフィアも珍しい。暫くはあのまんまだろうけど、そのうちなんとかなるんじゃないかな。
そんな風に去っていく二人を眺めていたら、マーガレットだけがこっちに小走りでやってきて小声で確かめるように聞いてきた。
「ねぇ、あなたも転生者なんでしょ?」
「あぁ、言ってなかったわね。そうよ」
「そうよね。ゲームのクリストファーはもっと勇ましいもの」
なよなよしてて悪かったわね。
「ところで、もしかして前世は女性だった?」
「いや男よ。これは趣味。というかライフワーク」
心底信じらんないといった顔で驚くマーガレット。
「ま、まぁ…いろんな人がいるから、否定はしないけど、これだけは言っておくわ」
ビシッと目の前に指を突きつけられる。
「ソフィアは私のものよ」
「?」
なんでそんな事私に言うんだろう。あんなに好き好き言ってれば、流石に察するわよ。というか何で私にだけ言ったの?
「言いたい事はそれだけよ。あ、お菓子美味しかったわ。ご馳走様。お菓子食べたくなったらまた来るわね」
「うん。それはいいけど……」
言い終わる前にタタッとソフィアの元へ走って行った。何ていうか動きだけ見ればゲームのヒロイン感はあるんだけどね。
そんな事を考えていたら、隣にお姉様が並んで見送っていた。
「いいの? 好きにさせて?」
「何をです?」
「あれよあれ。女の子同士いちゃついて何とも思わない?」
「百合は素晴らしい。とても尊い」
手を合わせて合掌する。実際百合は好きだしね。
そうだ、ここに塔を建てたらいいんじゃないかしら?
「そ、そう……。クリスがそれでいいなら別にいいわよ…。でも一応、あの子達の前でそういう事言わないほうがいいかもしれないわね」
えぇ、何で? 褒め言葉じゃないの?
「しかし、そういうのがクリスは好きなのね………ふむふむ………ねぇ、薔薇と百合はどうなの?」
そりゃあ好きに決まってるじゃないですか。本を書くくらいですからね。
とりあえずニッコリと微笑んでおく。
少し顔の赤くなったお姉様もパタパタと走って何処かへ行ってしまった。
そういえば、王都から帰ってきて、お父様に聞きたい事がいっぱいあったのよね。
でも、一月の間不在で聞けなかったから有耶無耶になっていたけど、今日あたり帰ってこないかしら。
屋敷のエントランスホールで二階に上がろうと階段を上っていたら、馬車の音が聞こえた。
その場で立って待っていたら、玄関の扉が開いて、一ヶ月ぶりにお父様が帰ってきた。
タタタッと階段を降りると、満面の笑顔で手を広げてお父様が待っていた。
別にそういう事してもらいたい年頃じゃないんだけど、仕方なくされるがまま高い高いされた。
この歳になると流石に恥ずかしいね。
「いやぁ、愛しのクリスー。会いたかったよぉ。寂しくなかったかい?」
高い高いしながら回り出すお父様。
横で侍る執事さんやメイドさんが微笑まーって感じで見ている。そろそろ下ろしてほしい。
満足したのか、やっと下ろしてもらえた。心なしか肌がテカってる気がする。
「クリスが出迎えてくれるなんて嬉しいなー。疲れも吹き飛ぶってもんだね」
「それは良かったです。…ところで、お父様?」
「なんだい」
私と目線を合わせるため屈んだお父様。
「いくつかお父様に聞きたい事があるんですが」
その言葉に対して、さっきとは違う種類の笑顔を見せるお父様。
「そうだね。じゃあ…折角だし、何か食事しながら話そうか…」




