62 いつもの日常
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流石に一人では持ってこれないからね。
調理場に行くとメイドさんが四人いた。
うちのメイドのベルシックさんとソフィア付きのメイドのステラさんとシフォンさん。あと、マーガレットと一緒にいたメイドのデイジーさん。この子は教会からの帰りに一緒にいた子だね。
いつもはもっといるんだけど、今日は珍しく少ない。
しかし、調理場がメイドさん達の溜まり場になっているのはどうかと思うのよね。
「あれ、クリス様どうかしました?」
「あ、うん。お菓子を取りに来たんだけど」
「あれですね。じゃ、クリーム詰めるの手伝いますよー」
「助かるわ」
作った焼き菓子にクリームを詰めていく。先に詰めておくと、クリームの水分で生地がべちゃべちゃになっちゃうからね。
お姉様もソフィアもバカみたいに量を食べるから多く作っとかないといけないんだけど、流石に二人でやると大変だな。
「あの、手伝いましょうか?」
「いいの?」
「ええ。もちろんです」
「うちのお嬢様のために毎回申し訳ないです…」
「いいのよ。好きでやってるんだから」
ステラさんとシフォンさんも詰めるのを手伝ってくれるようだ。非常に助かるわ。
「ちなみにどんな感じでやれば…」
「えっと、こうやって…、最後にこの砕いたナッツとかドライフルーツを端っこにつけて……、そうそう。そんな感じ」
お菓子作りってやっぱ楽しいわ。そんな感じでやってるのを見てると、やってみたくなるわよね。最後にデイジーさんがおずおずと聞いてきた。
「あの…、私もやってみたいんですけど、いいですか?」
「もちろんよ」
五人でやるとあっという間だ。
「こっちの生地だけのはあなた達の分だから、あとで食べてね」
「いやぁ、流石クリス様。ゴチです!」
「正直、これ目当てよねー」
二人ともソフィアにはバレないようにね。
「あの、いつもこうなんですか?」
「そうよ。あなたのご主人も通うようになったら、いっぱい食べられるわよ」
ベルシックさんは、そうやって甘い言葉で誘って、お菓子作りの仲間を増やしてるのね。とてもいい事だと思うわ。
「あ、あとお茶もいるの忘れてたわ」
「もう、クリス様はうっかりものですねぇ。ちゃんと用意してますよ」
私が何も言わなくても用意してるなんて流石だわ。
ということで、五人でお菓子とお茶を持ってガゼボへ戻ると、三人が立ち上がって何やら熱い議論をしていた。
何の話をしていたのかは分からないが、私の他にメイドさんがいることに気づいてトーンダウンしてしまった。
まったく、人に聞かれてまずいことを話してるんじゃないわよ。
デイジーさんがびっくりして固まってるじゃない。
他のメイドさんは苦笑いしてる、まぁ、いつものことだしね。
しかし、食べ物に目がないお姉様とソフィアだ。目ざとく持ってきたお菓子について聞いてきた。
「お菓子を持ってきたのなら許してあげるわ。で、今日は何を作ったの?」
許されるようなことしてないんだけどな。
「スンスン……。すごく甘い匂いがするわ」
テーブルの上にお菓子の乗ったお皿を置いていく。
「何これ、見たことあるようで見たことないわね」
「あ、私もこれ知らないわ。新作ね?」
「新作?」
「そうよ、マーガレット。ここに来るとお菓子が食べ放題なのよ」
食べ放題って……。
「マジで?」
「マジマジ」
そう言いながら、一つひょいと取って食べるソフィア。
立ちながら食べるのもそうだけど、「どうぞ」とも言い終わる前に食べるなんて…。
お姉様が最初を奪われて軽く睨んでるが、ソフィアは気づいていない。
「! んっ! んんー。なぁにこれぇ…。ねぇクリス、これ何? めちゃくちゃ美味しいんだけど、なんて名前?」
ソフィアに続いて食べたお姉様もお気に召したのか、んーんー言っている。
「ホント何これ、外はサクサク。中はしっとり。これ、生クリームじゃなくてチーズ? へぇ…、考えたものねぇ…。で、名前は?」
「これは、カンノーロってお菓子ですね」
「カンノーロ?」「カンノーロ? 聞いたことないわ」
「揚げた生地の中にリコリッタチーズのクリームとか詰めたやつなんだけど…、どうせ説明しても分からないでしょうから、コロネパイみたいなもんだと思っていただければ…」
「そっちはないの?」
すかさずお姉様から要望があった。
「そう言うと思って、ちゃんと用意してますよ。はいカンノンチーニ」
二人が置いたと同時に取ってほおばる。
「これもなかなか…」
「あ、私こっちのが好きかも…」
そんなやりとりに気後れして呆っと立っているマーガレット。
「ね、ねぇクリスティーヌ…」
「クリスでいいわよ」
「そう? で、いつもこうなの?」
「そうね。大体こんな感じ」
「そうなんだ。なんか大変ね」
変に同情されてしまった。まぁいいんだけどね。
「マーガレットもどうぞ。早くしないとなくなるわよ」
「それは困るわね」
席につくと同時にベルシックさんがお茶を淹れてマーガレットの前に置いた。
「あ、ども…」
ニッコリと微笑んで後ろに下がる。
「あ、ベル、私にもお茶ちょうだい」
「あ、私もー」
「貴族とは一体……」
そう考えるのも無理はないわよね。でもそのうち慣れるわよ。その結果がこれだもの。
あらかた食べ終わって満足したのか、だらしなく椅子に座るお姉様とソフィア。貴族とは一体……。
空になった皿を片付け、メイドさん達が下がる。まぁ、用事もないしね。
いつも以上に、下がるのが早い気がするけど、それはきっとあのお菓子が食べたいからでしょうね。
早く戻らないと、別のメイドと使用人が来て分け前が減っちゃうからね。
デイジーさんに関しては、そういうの抜きにしてもチラチラとみていた。
「大丈夫よ。今ならいっぱい食べられるわよ」
「本当に?」
「良かったぁ。今日のはすっごく気になってたのよ」
「ここに来ると太っちゃうのが難点よね。それ以外は最高!」
「わー、楽しみですぅ…」
「いっぱい食べて感想聞かせてね」
メイドさん達はメイドさん達で楽しそうね。というか、あんなにハメ外せるのうちかソフィアのとこだけじゃないかしら。
テーブルの上にはお茶のセットと、残ったお菓子がいくつか。あと数分もしないうちになくなるだろう。
暑くなってくると、冷たい焼き菓子がいいね。アイスばっかり食べるとお腹壊すし。去年のお姉様みたいに。




