61 あれから一月
* * *
「随分と久しぶりね、ソフィア」
「そうねぇ…。暫くマーガレットのところに通っていたからね…」
心なしか疲れているようにも見える。
多分それは隣にいる彼女が関係しているのかもしれない。
ソフィアの横で腕を絡ませぴったりとくっついているマーガレット。
何回かに一回、腕や肩のあたりを頰ずりしている。猫みたいだ。
「どうしてこうなっちゃったのかしらね」
「好かれちゃったからじゃない?」
ソフィア曰く、一月程、マーガレットの所に通っていたらしい。
なんでも、昔のソフィア以上に骨と皮の状態で心配だったからだそうだ。結構面倒見いいんだね。
実際は鉄道延伸の打ち合わせのついでらしいけど、マーガレット的にはそれが嬉しかったようだ。この懐きようは尋常じゃないけどね。
そんな猫みたいなマーガレットは、チラッとこっちを見る。
そしてまたソフィアの腕のあたりに顔をスリスリしようとしたところで動きを止めた。
そして恐る恐るといった感じでゆっくりこちらに振り向いた。
ぽかーんと目と口を開けて固まっている。
そしてソフィアから離れ、ゆっくりと腕を持ち上げ指をさしてきた。
「……あ、あなた…、メイドじゃなかったの……」
ニッコリと笑ってカーテシーをする。
「ようこそ、オパールレイン家へ。クリスティーヌよ」
久しぶりに来たので、折角だから庭のガゼボへ案内する。
十人くらいは余裕で入れる大きさだ。ガゼボの周りには初夏に咲く花が色とりどり綺麗に咲いている。
庭師が丹精込めて作った庭だ。朝の訓練なんかで使っている方とは別で、屋敷へ繋がる道の反対側にある。
こっち側は戦いで壊されることがないからいろんな種類の木や花がある。
ガゼボに隣接している小さな池からは心地よい涼しい風も吹いている。
ガゼボの中では、ドレスを着ていてもあまり苦にならない。
ここに来るまで別の意味でマーガレットはソフィアにしがみついていた。
「別にそんなに怯えなくてもいいでしょうに。校舎裏に呼び出された訳じゃないんだから…」
呆れながらそう言うとマーガレットは少し落ち着き、「そ、そうよね…」とソフィアから離れ、並んで歩き出した。
ガゼボに着くと、既にお姉様が座って待っていた。
すると、マーガレットはやっぱりお姉様に指をさしながら狼狽える。
「いるじゃない! とんでもないのが!」
「あら、失礼ね。私そんなに恐ろしいのかしら?」
コテンと小首を傾げて笑ってみせる。お姉様が普段しないような仕草だ。顔にどれだけ猫を乗せているんだろうか?
「も、もしかして私殺されるの?」
「「そんなことしないわよ!」」
私とソフィアが同時に否定する。
「そうよ。そんな野蛮なこと私がするわけないじゃない」
「「……………」」
「ねぇ、そこはすぐに否定して欲しいのだけど…」
そんな下らないやり取りを一通りしていたら、マーガレットの緊張がとれたようだ。
とりあえず、お姉様の両側に私とソフィア。対面にマーガレットが座った。
「それにしても、まさかソフィアのメイドだと思ったら、まさか貴族だとは思わなかったわ。なんでメイドの格好していたのよ」
「さぁ? お姉様の趣味?」
「どうして疑問系なのよ…」
お姉様はニコニコしているだけで何も言わない。
その様子にビクッとなってまたソフィアにしがみつく。
条件反射なのかな? ソフィアも特に気にした様子もない。
「てか、一番の疑問はそこじゃないのよ」
ソフィアから離れ、テーブルに両腕を乗っけて前のめりになる。
これはまだまだ貴族の作法の勉強が必要だなと少し思ったが、まぁ、まだ貴族になって一月だし、その一月はリハビリが殆どだから仕方ないかな。
しかし、その後に指差しするのはいただけない。貴族関係なくダメだなと思った。
ソフィアさんや、この一月何も教えてあげなかったんですかね?
それで、何が疑問なんだろう。軽く首を傾げてみる。
「くぅっ…。絵になるくらい可愛いわね」
「そうでしょう」
ソフィアがすかさず同意するが、話が進まないので、放っておいて話を促す。
「ただのモブだと思っていたのに、まさか、攻略対象のクリストファーが女装してるなんて思わないじゃない。しかもこんなに可愛かったっけ? スチルと全然別物じゃない!」
「そうなのよ。私もそこが不思議なのよ」
うんうん頷きながら同意するソフィア。
待って! 私、クリストファーとは名乗ってないんだけど。
「あ、あの…。どうして私がクリストファーだと?」
すると、何食わぬ顔で言ってのけるマーガレット。
「そんなの簡単よ。悪役令嬢のサマンサに妹なんていないもの、いるのは兄と弟。で、サマンサより小さいから弟よね。髪の毛水色だし。クリスティーヌって名前だってクリストファーをもじったんでしょ? 簡単じゃない」
「「おおーーっ!」」
パチパチとお姉様とソフィアが拍手する。
「凄いわ。一発で言い当てるなんて、この子見所あるじゃない」
「ま、私ほどじゃないけどね」
ソフィアは気づかなかったじゃないか。ジト目でソフィアを見やる。
「な、何よクリス、その目は」
「いや、別にぃ…」
「なんか含みがあるわね…」
これ以上言って恥かくのはソフィアなんだけどいいのかな?
「そんなことより、どうして女装してるの? というか、こんな顔だったっけ?」
「別にいいじゃない。趣味なんだし。まぁ、男の格好をするつもりはないんだけどね」
「実際、男の子の格好しても、女の子にしか見えないのよ」
今まで黙っていたお姉様が補足する。
その男の子の格好は、きっと記憶を思い出す前の事なんだろうな。
「むぅ…、信じらんないわね。なんか証拠はないの?」
じりじりと寄ってくるマーガレット。
「ねぇ、ちょっと見せてくれない?」
「やだよ。何でソフィアもマーガレットも人の股間を見たがるのさ! 頭おかしいんじゃないの?」
「見たいからに決まってるじゃない!」
「いや、私はそんなつもりで……、えっ?」
マーガレットが目を丸くしてソフィアを見る。
これは面倒なことになりそうだな。いったん離れよう。そうだ、お菓子とか作ったから持ってきましょうかね。
「女装した可愛い子がいたらスカートの中を覗きたくなるのは人として当たり前でしょう?」
「い、いやー……、それはお姉様だけでは…。でもお姉様が言うのなら正しいのかも……」
「正しいわよ。ですよねお義姉様?」
「そうね」
「そうね⁉️」
「ということで、久しぶりだし見せてもらいましょ。ね、クリス……っていない!」
遠くからソフィアの叫ぶ声が聞こえた。




