59 マーガレット回想⑥
不思議と恐怖心はもうなかった。
明日か明後日には全てが解決する。そんな予感がした。
正直、ヒロインが悲惨な目に遭うのはここいらで終わりになるでしょ? もう一年近く耐えたのよ。そろそろ報われてもいい気がするの。
そんな感じで自分の世界に浸ろうと思っていたら、いきなり顎を掴まれた。分厚くてぶよぶよして気持ち悪い。
触られるなら、ソフィアがいいと不意に思った。どうしてそんな事を思ったのか分からなくて、何でだろうと考えようとしたら、目の前の男が現実に戻した。
「ふんっ…」
強い力でそのまま、床に放られた。いきなりだったから受け身を取る事すらできずに床に叩きつけられた。当たった衝撃で肘や腰が痛い。
そのまま痛みに耐えていると、聖騎士に無理やり起こされた。
「そいつを、いつもの場所に入れておけ。 ……あぁ、そうそう。死なれたら困るからな。何か飯でも食わせてやれ。特別に二倍与える事を許可しよう」
何が二倍よ。どうせ真っ黒でカッチカチのパンが二個くらいでしょうに。恩着せがましいにも程があるわ。
私が大聖堂の広間から連れ出されるまで、あの男はニタニタとずっと笑っていた。
というか、私が思うのもどうかと思うんだけど、二人がかりで私を連行しているはずなのに、足も腕もプルプル震えてるけど大丈夫かしら? 私一人で行った方がいいんじゃないかしら。場所知ってるしね。
なんとか私を部屋へ連れてきた聖騎士二人は部屋の前で荒い息を吐きながら座り込んでいた。
どうしてそんなになるまでアレに仕えているのか不思議でしょうがないわ。
まぁ、彼らが選んだ道だものあれこれ言うつもりはないわ。
別の聖騎士が持ってきた黒パン二個をぶん取るように受け取って、扉を閉めた。外側から鍵をかけられるが、毎度の事なので慣れたもんだと思う。
今日は、募金活動も掃除もしなくていいから楽なものよね。おまけにマズイご飯もある。食って寝るしかないけど他にやる事もないから仕方がないわ。
暗い部屋の中には布団なんて高価なものはない。ただ硬い地面にそのまま寝るしかない。体が痛くなるけど今更だ。
窓もないから、暗くて寒い。それなのに湿気があるから居心地が悪い。
一日パンを置くだけでカビでも生えるんじゃないだろうか。そんな硬いカッチカチのパンを削るように齧りながら、今日あった事を思い出す。
どうか、明日ここを出られますように。そう願って眠りについた。
どうやら深く眠っていたらしい。夢さえ見ないほどに。
目覚めると、外の方が何か騒がしい。
子供達がこんなに騒いでいたら、神官達に暴力を振るわれしまうだろう。でも、そんな様子はない。
耳をそばだてると、大勢の人がいるようだ。それも大人の人が。
一体どういうことなんだろうと考えるが、全く思いつかない。ここを出ないことには状況が把握できないなと思っていたら、遠くの方からガチャガチャという金属音の混じった足音が近づいてくるのが分かった。
その足音は、等間隔に止まって歩くを繰り返していた。恐らく独居房の中を確認しているのかもしれない。
その足音が私の入れられている部屋の前に来ると、ガタガタと扉を開けようとする音が聞こえた。
「む。ここは鍵が閉まっているな」
ガチャガチャと鍵を開ける音がして、そのすぐ後に扉が開けられた。
扉の外には複数の甲冑に身を包んだ人達がいた。
「なんと酷い……。君、もう大丈夫だよ? 歩けるかい?」
こんなボロボロな私に、その中の一人が丁寧に言葉をかけてきた。
「え、えぇ…」
どうやら騎士団のようだけど、ついにあいつらの悪事がバレたのかしら?
そんな騎士団の人たちは他の部屋に人がいないことを確認すると、私を広間の方へ連れて行ってくれた。
広間にはやっぱり何人かの騎士の人と、シスターや子供達がいた。みんなそれぞれ介抱されているようだ。
でも一番驚いたのは、開け放たれた大聖堂の入り口の前でソフィアがもう一人の男の人と一緒に立っていたことだった。
「マーガレット! 迎えに来たわよ!」
もしかして、ソフィアが何かしてくれたのかしら?
よくわからないけど、胸のあたりがじんわりと熱くなるのを感じた。
一緒にいた人はどうやらソフィアのお父さんらしい。ライオンみたいな髪と髭をした人だ。
「君がマーガレット嬢かな。災難だったね…」
「え、えぇ…」
どうも回答に困るわ。曖昧な返事しかできない。
そんな私にソフィアが笑顔で手を取る。
「無事で良かったわ」
「あの…、なんか大事になってるっぽいんだけど…」
「そうね。まぁ、いいじゃない」
心配させまいと、あっけらかんと言ってのける。
「外で食べ物配ってるみたいだから行きましょう。お腹ペコペコでしょ?」
「うん」
そのまま手を繋いだまま私を外へ連れ出してくれたソフィア。
清々しいほどの青空だ。空がこんなに綺麗だと思ったのはいつぶりだろうか。
シスターや子供達が、シートの上で美味しそうにご飯を食べていた。
その周りでボランティアっぽい人やメイドに騎士の人が甲斐甲斐しく動いていた。
その間をソフィアにと手を繋いで通り過ぎて行った。
前を行くソフィアが振り向き、ニコッと笑う。もう、この手を離したくないと思った。




