58 マーガレット回想⑤
「本日は、当教会にどのようなご用件でしょうかな?」
私とソフィア達の会話を聞いていたのだろうか。あるいは、神官の一人が呼びにでも行ったのだろうか。本来ならこんなところにはいる筈のない男が来てしまった。
全ての元凶シルバーアクセ教皇。こいつさえいなければ、ここでの暮らしも悪くなかった筈なのだ。
ここに現れたって事は、きっとよからぬ企みを考えているんだろう。私だけならともかく、ソフィア達にまで危害を加えようとは、どこまで面の皮が厚いのかしら。
ニタニタと聖職者とは思えない下卑た笑みをしている。
勿論そんな奴がいきなり現れたんだ。ソフィアだってたじろいてしまうだろう。
「あ、えっと、この方の養子縁組を……」
「ほうほう。養子ですか。それはそれは…」
薄っすらと目を細め私を見る。きっとロクでもない事を考えているんだろう。
その予感は的中した。
「とても素晴らしいことですなぁ。えぇえぇ。その行いはとても素晴らしい。…で・す・が、そう簡単には出来ませんなぁ」
口の端が目元まで届きそうなくらい口を開け、バカみたいに両手を広げて、芝居じみた喋り方をする。
そして、ムハァとくっさい息をそこらじゅうに撒き散らした。
顔を顰めたソフィアがどういう事かと聞き返す。
「どういう事かしら?」
「いえ、ね。彼女には他にも引き取りたいという方がおるのですよ。ですので、ま・ず・は手付金を戴かないと、後々契約や処理等面倒臭いことになりましてなぁ」
そんな話、一度も聞いた事がない。寧ろ、この男と話す事など片手で足りるくらいしかない。
金に汚い連中だ。きっとソフィアから金を巻き上げようとしているんでしょね。
それに対してソフィアが反論するのかと思っていたら、後ろで話を聞いていたサマンサがずいっと前に出て、教皇に問いかけた。
「その話、本当かしら?」
私は、サマンサが貴族だって知ってるけど、この男は知らないのかしら? 下人風情が何事だって感じで、嫌そうな顔をする。無知って怖いわね。
上から目線で驕りたかぶった喋り方をする。
「ふっ…。前々からあった話なのですよ。た・ま・た・ま・今日、この時あなた方が来られたのでお伝えしただけです。ご理解いただけましたかな?」
その言葉に、ソフィアとサマンサが私を見るが、当然私は知らないから首を横に振った。
「ふーん。それはおかしいんじゃないのかしら。彼女、そんな話聞いてないみたいだけど?」
「ふふふ。当日に、サプライズで教えてあげようとしたまでですよ」
サプライズって言葉を知っている事にビックリだわ。というか、当日教えられてもクソみたいな家だったら嫌なんだけど?
そしたら、サマンサが私の言いたい事を代わりに言ってくれた。
「そんな言い訳通じると思う? 普通、養子に入る家の情報は前もって伝えるのが常識よ? 常識ないの? 一人だけ肥え太って、まぁ…」
「っぐぐ…。し、信じる信じないはあなた方の勝手ですよ。そ・も・そ・も、メイド風情が主を差し置いてあれこれ口出すものではないのではないかな? これでは、家の品位が問われますな」
主人を差し置いて前に出るメイドがいるわけないでしょうに。どうしてメイド服を着てきたのか何となくだけどわかった気がする。
一人勝ち誇った顔してるけど、どう見ても負けよねぇ。
「ふっ…。体は肉ダルマの癖に節穴だらけのようね」
「ふぅむ。言葉の使い方がなってませんな。一体どんな教育をしているのやら…」
どっち引く気がないようだ。煽る煽る。もっとやれ。
そう思ってたんだけど、辺りを見回した教皇がある一点をみつめて、一瞬舌なめずりをした。
「ま、いいでしょう。そちらのメイドを我が教会に預けてい・た・だ・け・るなら、さっきのまでの失礼な物言いは不問といたしましょう」
え? あの水色の髪のモブメイドを? 確かにかわいいけどさぁ。でもきっぱり断るんでしょう? もし、こいつのいいなりになったら酷い目にあわされるわよ?
断りの言葉をソフィアが言うと思って見ていたら、サマンサが素早くポケットから袋を取り出して、教皇目掛けて投げつけていた。それはどうやらお金が入っていたらしく……。
「手付金よ。文句ないでしょ」
「メイド如きの手持ちなど……」
そう言って袋を開けて、中を開くと同時に目を見開いていた。あんなに開くんだ…。脂肪の重さであれ以上開かないと思っていた。
そんな教皇は、徐に一枚取り出し、頭上に掲げ確認した。あれ? お金にしては形が歪なんだけど、もしかして気づいてない? というかあれお金じゃないでしょ。
チラッとサマンサを見たら、軽くウインクで返された。
ちょっと待って、もし気付かれたら私が嫌な目に遭う気がするんだけど?
でも、この節穴教皇、マジで見る目なかったのか…。
「白金貨……だと……」
「じゃあ、私たちは行くわ。明日までにちゃんと準備しておきなさいね
それをずっと眺めていたら、サマンサが用は済んだと、扉の方に振り返っていた。
しかし、あれだけのものを渡されたら、そう簡単に引き下がる訳もなく……。
「おっと、そちらの扉は入口専用でしてな。出口は別になりますな。もっ・と・も出口を通る際は一人十万カラット払っていただく必要がありますが」
初耳なんですけど? そんな事してるから人が寄り付かなくなるのよ。
「どこの世界に、入口と出口を分けている教会があるのよ。それにお金がかかるなんて聞いた事ないわ」
「おや、ご存知でない? これだから田舎の貴族は困りますな」
「なんですって?」
ゲームの悪役令嬢みたいな怒った顔をするサマンサ。普通に怖い。
しかし、そんなのに慣れているのか教皇は怯んだ様子はない。
「ここは王都の中心。出る時にお金が掛かるのは常識ですよ?」
更に煽る。加減を知らないのかしら?
「なので、勝手にルートでないところから行かれると大変、困りますなぁ」
困った顔なんてしてないくせに。
辞書くらいありそうなぶっとい手をバンバンと叩くと、あいつが連れてきた聖騎士がぞろぞとと出てきた。
尤も、彼らの待遇も良くないから、私たちと一緒でヒョロがりだ。鎧を着込んでるだけで精一杯の筈だけど。
ソフィア達はどうするのか気になってそっちを見たら、男装した執事にエリザベスが止められていた。
あの筋肉ダルマを止められるなんてあの執事結構力持ちなんだなぁ。
そんなエリザベスが興奮して鼻息荒く充血した目で聖騎士を睨みつけていたら、全員その場にへたり込んでしまった。
二つの意味で持たなかったのね。
「なっ! お、お前たち何やっている」
狼狽える教皇。そんなに止めたいなら自分が動けばいいのにね。あ、その贅肉じゃ素早く動けなかったわね。
「あら、どうやら出口はここであっているようね」
そんな教皇に、これ以上ないくらい小馬鹿にした顔で捨てゼリフを吐いて出て行ってしまった。
開け放たれた扉の外は、羨ましいくらい白く眩しかった。
ソフィア達もその後に続いて出て行くが、これじゃあどっちが主人でどっちが従者か分からないわね。
まぁ、この教皇にはそれすらも分からないみたいだけど。




