53 エリーは力仕事担当
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男はドアを少し開けて、外の様子を確認する。
日は天高く昇り、人々が旺盛に活動している時間帯だ。
夜明け前に逃げ出した何人かは速攻で捕まりどこかへ連れて行かれた。
だから男は人混みに紛れて王都を脱出しようと考えた。
男は、どうして自分がこんな目に遭わなければいけないのかを考え、苛立ち、一睡もすることができなかった。
目の下のクマは痣かと思うくらい黒く大きい。
「よし……、もう大丈夫だろう……」
恐る恐るドアを開けて外に出る。ずっと暗がりにいたために日差しが眩しいらしく、腕で太陽を遮るように視界を塞ぐ。
軽い立ちくらみで倒れそうになるが、何とかその場に踏ん張る。
「あらあらぁ、そんな無理しなくてもいいのよぉ…」
明らかに男の声だが、耳障りの悪い喋り方だ。実際男の腕には鳥肌が立っている。
声のする方に振り向くと、肩のあたりでバッサリと切られたノースリーブの白いワンピースを着た男がいた。尤も、少女が着れば可愛らしい服だが、生憎とパッツパツで中身の筋肉が過分に主張している。
いつ破けてもおかしくない服を着た男の後ろには、目深にフードを被った人が二人いた。
急いで反対側を見ると、後ろにゆったりとした三つ編みをした執事服を着た女が。その後ろにも二人控えていた。
「んふんふ。諦めてお縄についちゃいなさぁい」
相も変わらず、気持ちの悪い喋り方をする変態だなと男は思った。
しかし、こんなところで捕まるわけにはいかない。
教会で序列二位の地位にまで上り詰めた男は、ちゃんと隠し玉を用意していたらしい。
「先生ーーー! 先生ーーー! 出番ですーーー! 先生ーーー!」
不敵に笑った後、大袈裟に叫ぶように誰かを呼ぶ男。しかし、その叫び方はどうにも情けないものだった。
対して、エリーもプロフィアも全く動揺していない。寧ろ余裕を感じているくらいだ。
ここで逃げ道を確保すればあとはどうとでもなると、その後のことを考える。
既に勝った気分でいる男は口角を上げて軽く挑発する。
「ふん。その余裕がどこまで通じるかな?」
「あら、激しく遊んでくれるのぉ?」
どうも調子が狂うと男は思った。
直後、さっきまで男が潜んでいた小屋の扉が勢い良く弾け飛んだ。
扉の破片が粉々になり、舞い上がる煙の中から2メートル以上あるんじゃないだろうかという大男がのっそりと出てきた。
「あぁら! いい男じゃないの! んふ。なかなかいい筋肉してるわぁ」
「ほぉう。お前見る目あるな! お前の筋肉もなかなかだぜぇ」
「ああん、嬉しいっ!」
大男とエリーが戯れている。心なしか筋肉がテカってきたような気さえする。
特にエリーは歓喜でビクンビクンと痙攣するように震えている。
「でも、悪いな。俺も仕事なんでな、お前らを潰さなならん」
「んふふ。私ぃ、とっくに勝ってると思ってる人を倒すの好きなのよねぇ」
頬に手を当てクネクネと腰を振るエリー。
「そうかい。じゃあ、あの世で後悔しなぁ」
大男は、思いっきりエリー目掛けて拳を振り下ろした。
拳は地面を穿ち、地面に大穴を開け、破片が飛び散り、土煙が舞う。
大男は、潰れた肉の感触がないことに気がつき、土煙で見えない目の前を凝視する。
暫くすると視界が晴れ、気味の悪い動きをしたエリーが見えてくる。
「えぇ? それだけぇ?」
軽く後ろに避けただけのエリーが、先ほどと同じく頬に手を当て、酷く落胆していた。思っていたのと違うといった様子だ。
それを見た大男は額に青筋を浮かべ、再度拳を振り上げた。
「私、ワンパターンな男って嫌いなのよね」
「うるせぇ! いい男はワンパターンなんだよぉっ!」
大男の拳が振り下ろされることはなかった。拳を振り上げた瞬間にエリーが飛び、顎に一発。続いて、腹部に一発入れくの字にしたところで、締めとばかりに背中に思いっきり両手で握った拳を振り下ろした。
地面はエリーが叩きつけた大男によって無数のひび割れが出来ていた。
尻もちをつき震える男に、ニッコリと笑顔を作ったエリーは声をかける。
「あなたはタイプじゃないけどぉ、そんなに怯えられるとイタズラしたくなっちゃうわぁ…」
「ひ…ひぃいいいっ!」
腰が抜けて、逃げたくても逃げ出せない男は歯をギチギチと鳴らし、涙を流し始める。
「そこまでですよエリー様」
プロフィアが後ろから男にロープを巻いていく。
「もぉ、つまぁんない」
「申し訳ないんだけど、その男には聞きたいことがあってね、潰されると困るんだ」
突如、横から制止の声をかけられる。
「わかったわよぉ」
「すまないね」
小屋の横の暗がりから出てきたのはジェームズだった。
「もう、最初から出て来ればよかったのにぃ」
「ははは。私は戦闘は苦手なんでね」
頭をポリポリと掻きながら、縛られた男の元へ近づき、中腰の体制で男に何か語りかける。たったそれだけのことなのに、男はみるみるうちに顔を青から白に変え、懇願するように首を横に振り始めた。
ジェームズはそのまま、何事も無かったように立ち上がり、プロフィアへ向けて指示を出す。
「どうやら、彼はとても協力的なようだね。このままいつもの場所へ運んでくれるかい?」
「了解しました」
とてもそうとは思えないくらい首を振っている男は、荷馬車の奥に消えるまでずっと首を振っていた。
「こんなつまらない任務頼んじゃって申し訳ないね」
「い、いいえぇ、いいんですわよぉ」
流石のエリーも笑い方がぎこちなかった。
「またいつでもおいで。クリスをよろしく頼むよ」
「え、えぇ。近いうちに…」
喋り方と声を忘れたエリーは、そのまま去っていくジェームズをただただ見ていることしかできなかった。




