16 女装趣味の私が王子様の婚約者なんて無理です
王子様の視察から約一ヶ月後。
また、お父様に呼び出された。前回のパンケーキ代を伯爵家宛に請求させたのがバレたんだろうか? そう思って書斎へ入ると、もやしくらい細くなった父が、それはもう真っ白い顔で椅子にもたれ掛かっていた。
これ絶対ヤバイやつだわ。こんなにヒョロガリになるくらいやつれるなんて一体?
もしかして、前回の視察で何か問題でも見つかったのだろうか?
そうとしか思えないけれど、私だけ呼ばれる理由が分からないんだよなぁ。やっぱりパンケーキ代は払っとくべきだったかと思っていると。
「クリス…。レオナルド様の婚約者になってしまったよ…」
は? 今何て? 婚約者? 私が?
「あの、お父様…。仰ってる意味が分からないのですが」
「私だって分からないよ。ただ、今日王宮に呼ばれてね……」
遡る事、数時間前、国王様の執務室にて―――――
『国王様、お呼びでしょうか?』
『うむ…。オパールレイン伯爵忙しいところすまんな。レオナルドの事でな…』
何かしでかしてしまったかと、記憶を辿る。しかし、思い当たる事が多すぎて分からない。どの件だろうか。とりあえず、直近の出来事を探る。
『先日の視察の件でしょうか? 何かありましたでしょうか?』
『いやいや、その後のことでな。視察自体はとても有意義だったようでな、とても勉強になったとの事でな』
『恐悦至極に存じます。それで、その後の事ですか?』
何か咎められるのでは無いかと思っていたが、そうではないと分かり胸をなで下ろすジェームズ。
しかし、その後の事とは一体……。
小心者のジェームズが思いを巡らせていると……。
『うむ。そちらのクリスティーヌ嬢にレオナルドが恋をしてしまったようでな』
『はい?』
聞き間違いだろうか?レオナルド殿下がクリスに恋?
『ここ最近ずっと、日がな一日ぼうっとしてることが多くてな。それはもう恋する乙女のような感じでの…』
『はぁ…』
『しかも聞くところによると、そちの領の発展には、件のクリスティーヌ嬢が大きく関わってると聞く』
『えぇ、そうですね』
それは、事実だ。領の改革をほぼ一人でやってしまったからな。
試しにやらせたら、あれよあれよと問題を解決してしまった。
どれだけ自分に才能がないのか、改めて思い知らされる。
そんな優秀なクリスの名前を出すのだ。嫌な予感しかしない。頼む、面倒な事を言わないでほしい。どうか予想が外れてほしい。
『そこで、どうだろうか…。王家としては、レオナルドとクリスティーヌ嬢の婚約を結びたいと考えているのだが……』
『はい。あ、そっち! えっ? 婚約! 婚約というと、結婚! 許嫁! え? うちのクリスを王子妃って事ですか?』
やばい、思った事が全部口に出てた。
ん? 婚約って言った? 待って、クリス男じゃん。そうだよ、今まで普通に女の子してたから忘れてた。無理じゃん。
『どうしたどうした? 急にテンパって、大丈夫か?』
『……はい。だいじょばないです…。いや、いやいやいやいや。無理です。ちょっとうちのクリスには無理だと思いますが、ねぇー?』
『そんなに否定せんでも…。意外と親が思っているよりしっかりしていると思うぞ?』
『いえ、そういうことでは無くてですね? 物理的に難しいです。それにうちは伯爵家ですので家格的にも釣り合いません』
『物理的が良く分からんが、家格が釣り合わんのなら侯爵に陞爵してもよいぞ?』
『いえ、その、無理なんです。クリス、クリスティーヌは男なんです。息子なんです。ですので、婚約なんて出来ないんですよ!』
『『………………………………』』
やってしまったか?でも、いずれ分かってしまう事だしなぁ……。
互いに見つめ合う、この無言の時間が凄く長い。
冷や汗が一筋垂れる、そんな時。
『はっはっはっはっはっは……。はは…。今日イチのジョークじゃな。娘を手放したくないというのはワシも分かる。ワシだってルキナを嫁に出すなんて考えられん。ただのぉ、そちにとっても悪い話じゃないと思うんじゃよ。男だと嘘ついてまで反対されるとは思わなんだ。よっぽど、可愛いんじゃの?』
ジョークじゃないんだよ。事実なんだよ。どうすれば回避できるだろうか?
『はい……。我が家から出したくないほどに…。あ、あのサマンサはいかが……』
『いや、サマンサ嬢は大丈夫です。本当に本当に大丈夫です』
『えぇ……』
急に真顔で淡々と全否定されるほどなのかうちの娘は。
『とりあえず、婚約を進める方向で良いな?』
『………はい………』
終わった……………。
「……という事で、婚約者になってしまったのだよ」
「嘘でしょう? まって、私男ですよ? 言いました?」
「言ったとも。信じてもらえなかったがね。というか、あの直前までクリスが息子だった事を忘れていたんだからね。クリスだって、自分が男だって忘れていただろう?」
「えぇ、まぁそうなんですけど。いや、だってこれは、女装はもう私のライフワークですよ? 女装趣味の私が王子様の婚約者なんて無理です。不可能です。断固拒否」
「そこまで言わんでも…」
「もし、私が男だとバレたらどうなります?」
「良くて打ち首、お家取り潰し、一家離散じゃないかな?」
「デッドエンドじゃないですか!」
そこで、ダメパパは真面目な顔をした。
「クリス…。何とかレオナルド殿下に男だとバレずに、婚約破棄してもらえるよう頑張ってくれ。王家との約束事をこっちから破棄出来ないからね。私の力不足だ…。すまない…。頼んだよ」
「ええええええええええええええっ!」
転生して、初めてこんなに大きな声を出したような気がする。
それにしても、婚約破棄されるよう頑張れって……。どうしたらいいんですかね。
前途多難だわ。こんな事になるなんて考えてもいなかった……。
呆然と上を見上げると、お父様が私の前に土下座し始めた。
この世界にも土下座の文化あるのか……。いや、そうじゃなくて。
「あ、あの…。い、いったい何をしているんです? 頭あげてください」
「すまないクリス。私にはこうする事しか出来ないんだ! とりあえず、踏んで罵ってくれないか?」
え? なんて? 謝罪に見せかけた性癖の暴露だろうか? やめてよ、もう。
父親の性癖なんてバラされて喜ぶ娘がいる訳ないでしょう!
「あの…。実の父親を踏むというのはちょっと…。興奮するのは分かりますが、実の娘相手にそれをねだるというのは………」
「いや、趣味とかではないんだ! 謝っても許される事ではないと私も思うが、せめてクリスが少しでも気が晴れるんなら、踏まれて罵られてもパパは構わない!」
そんな事求めてないし、そんな事しても婚約がなかった事にならないでしょうに。
「それにだ、趣味というなら近頃港の歓楽街にいい感じに甚振ってくれるお店があってねって、ちょ、待って、クリス! 黙って行かないで! 今のはジョーク。冗談なんだよ。はははははは………」
軽蔑した目でそっと部屋を出ようとしたが、変態に引きとめられてしまった。
一瞬、ゾクッとしたのを見逃しませんでしたからね。
「とりあえず、痛いのをご所望なら、お母様かお姉様にお願いしてみてはいかがでしょうか?」
「私が悪かった……。流石にまだ死にたくない……」
そういってまた土下座したので、脇目も振らずにドMの部屋を後にした。