47 優雅とは言えない朝食
メイド服に着替え、姿見で合わせる。シンプルなメイド服だけどかわいい。やっぱり私はこういうヒラヒラした服の方が似合うと思うのよね。
姿見の前でクルリと一回転。ふふんとドヤ顔で鏡を覗き込むと後ろにお姉様がいることに気づいた。
「………いつからいたんですか?」
振り返らずに問いかけると、後ろからギュッと抱きしめられた。何故に?
「ずっといたわよ。私くらいになると、気配を消してクリスの着替えをずっと見ていることだって可能なのよ? まぁ、クリスがこれに気づけるようになるのはまだまだ先だけどね」
なんですと? ずっと、見てた?
「そういうことされると困るんですが…」
「いいじゃない。減るもんじゃないし」
「減りますよ? お姉様への好感度が」
「…………………………」
さらに強く抱きしめられる。
「え? なんでですか? 普通そこは離すところでは?」
「好感度が上がるまで抱きしめ続けるわ」
「北風と太陽じゃないんですから、上がりませんよ」
「えー……。じゃあいいわよ。毎日鏡の前でドヤ顔してるのソフィアとかに言いふらすから」
「そ、それはやめてください…」
「まぁ、冗談はさておき、お腹すいたでしょ? 朝ごはん食べましょ」
どこまでが本気でどこまでが冗談か、お姉様のは分かりづらいんだよなぁ…。
「ちなみに今のはお兄様には言ってあるからね」
「えっ!」
「すっごく悔しそうにしてたわ。下唇から血が出るくらい。ふふっ」
なんてことをしてくれたんだ。夏休みに帰ってきたらとんでもないことになりそうだ。
ぐぅ~っ…………
「流石に昨日の夜食べてないからお腹すいたでしょ?」
「はい」
「じゃあ、行きましょうか……って、ロザリーはどこに行ったの?」
「ソフィアのところに行きました」
「何で?」
「なんか作って欲しいものがあるとかないとか…」
「なにそれ」
ここ数日タガが外れたように奇怪な行動をするロザリーをほっぽっといて、食堂へ向かうことにする。
今日は何があるのかな。昨日は殆ど残ってなかったからね。最終日くらいちゃんと食べたい。
お姉様と二人で食堂へ入ると、既に他の面々は揃っていた。ロザリーも。
そして、ソフィアとエリーの前にはやっぱり大量の食べ物が置いてあった。
チラッとビュッフェのテーブルを見るとまだ結構残っていた。良かったー。
そう思ったのも束の間。いつの間にかトレーを持ったお姉様がすごい勢いでよそっていく。しかも三往復⁉️ 飛ばしすぎでは?
このままでは無くなるのも時間の問題だ。私もトレーにお皿を乗せて選ぶ。
流石に全種類は食べられないし、この後すぐにでも無くなりそうだから食べたいものだけ選ぼうかしらね。
しかし、旅館やホテルに泊まると、ビュッフェスタイルの所って結構多いけど、毎回悩むのよね。全種類取ると多いし、食べきれないし。しかもちょっと離れた分かりづらいところに握ったお寿司や揚げたての天ぷらとかあるのよね。大抵気づいた時にはお腹いっぱいなのよ。まぁ、それならまだいいけど、変わった珍味とか山盛りのイクラとかあったらもう目も当てられないわ。
ここは料理を取る前に、食堂全体を見渡してから選んだほうがいいわね。
さーて、何があるかしらねー……って、ここ日本じゃないんだから、和食も中華も無かったわ。洋食は結構揃ってるわね……。どうしましょ。
って、思わず二度見しちゃったわ。本物のカルパッチョがあるわ。
「お嬢様、こちらの料理がどうかしましたか?」
あまりに驚いていたので、料理をサーブしていた初老のオジ様に尋ねられた。
「い、いえ。ちょっとこの料理が珍しかったので…」
「そうでしたか。こちらの料理はカルパッチョと申しまして…」
料理の説明をしてくれるが、こっちの世界でもカルパッチョって名前なんだ。そんんな画家さんがいたのかな?
「……それで、当ホテルのオーナーが作られまして、名前の由来はフィーリングだそうです」
へ、へぇ…。フィーリング…ねぇ…。本当かなぁ?
「もしかして、ここにある料理って……」
「はい。全て当オーナーが考案されました。勿論、こちらの料理は当ホテルのシェフが作っておりますが」
素敵なオジ様は「ごゆっくりどうぞ」と軽く会釈をして去っていった。
テーブルの上の料理の前には料理名のプレートが付いていたが、どれも見覚えのある名前だった。もしかして、ここのオーナーさんって…。
いや、そんなことより料理を取って食べよう。もうお腹ペコペコだしね。
では、早速カルパッチョを……。
そう思っていたら、おかわりをしに来たソフィアがごっそりと料理を取っていく。
「あっ…、カルパッチョ……」
さっきまで綺麗に赤と白のコントラストで彩られていた料理が、跡形もなく綺麗になくなっていた。
「ちょ、そんな顔で見ないでよ……って、全部取って悪かったわよ。ほら…」
そう言って私の取り皿に二枚ほど置いたソフィア。そこは半分とかじゃないんですかね?
他の料理も、後から来たお姉様とエリーによって綺麗になくなっていく。
その様子はさながらバイキングのようだ。
仕方なくまだ残っていたハムの盛り合わせや、魚のマリネやスクランブルエッグなどを取る。
こういうホテルで出すハムとかって地元のいいハムとか高いハムを切って出すから美味しいのよね。たまにそれしかとらない時とかあるし。でも逆に、なんでソーセージってあんなに水っぽい時があるのかしらね。不思議ね。
あと他にないからスクランブルエッグをとったけど、美味しいんだけど結構食べづらいのが難点よね。
最後にパンとコーヒーを取って、ソフィアの前の席に座る。
珍しいことに今日はお姉様とエリーが向かい合わせに食べている。勿論テーブルは皿で埋め尽くされている。
「昨日もそうだけど、朝からよくそんなに食べられるね」
リスみたいに頬張ってるソフィアがキョトンとした表情をしている。
どこかの誰かと違って咀嚼しながら話すことはないようで、ごくんと大きな音を鳴らすと疑問に答えてくれた。
「いや、なんだろう…。その、うまく言えないんだけど、ここの料理は懐かしい味がするのよね」
「懐かしい味?」
「そう。記憶も朧げなんだけど、前世でよくお父さんが作ってた料理に味が似てるなって思ったのよ」
「お母さんじゃないんだ」
「そう。お父さん。お母さんの方は料理というか、家事全般苦手だったしね。で、結構マメで、凝った料理とかでもパパッって作っちゃったりして、それがもう美味しくてねぇ…」
「へぇ…。じゃあソフィアはお父さん子だったんだ」
「んー。どうなんだろうね。ただ、お父さんが作ってくれた料理とかお菓子は好きだったわね。妹たちとよく取り合いしてたわ」
遠い目をして懐かしむソフィア。でもそれとこれは話が別だ。
「そうなんだ。でもね、だからといって料理を全部掻っさらうのは違うと思うの」
「…なっ! 人聞きの悪いこと言うわね」
「実際そうでしょ?」
「…ぐぅ……」
はい。ぐうの音いただきました。まぁ、それで腹は膨れないんだけどね。
「でも夜はもっと凄いのが出たのに、クリス起きてこないんだもの。そういうところ損してるわよね」
「ほんとにね…」
夕食が食べられなかったのは本当に後悔している。もう一泊できないかな?
そんな感じで気分を変える為コーヒーを一口。
お…。昨日とは違って苦味とコクが強い。ちょっと変わった風味があって、これは眠気も覚めそうだわ。
コーヒーを楽しんでいると、ソフィアが悪いと思ったのか、自分の皿からいくつか料理を乗せてきた。
でもね、ただ乗せるだけだと味が混ざるのよね。まぁ下手に指摘すると面倒だし、珍しく反省してるみたいだからいっか。
それにしてもこのカルパッチョ美味しいな。肉の火の通り加減が完璧だわ。




