45 ボスと娘
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「例のものは見つかったのかい?」
まだその場に残ったアンに問いかけるイケオジことブライアン・ボルツ・カーボナート。またの名をブラックダイアモンド大公。
「残念ながら、無かったわ。でも最初からあるなんて思ってなかったでしょ? 今更探したところでここには無いわよ」
「まぁ、万が一ってこともあったんだけど、本題はそこじゃない」
「?」
「こいつを捕まえることによって、慌てて動き出すやつを誘き出すのが目的だったんだよ。まぁ、ここ最近の教会のやり方はよくないから、お灸をすえる意味でも必要ではあったんだけどね」
「なら、せめて学園が休みの時にしてくれないかしら?」
「それに関しては謝ろう。ただどうしてもずらせなかったんだよ」
「まさか、急に動き出したというの?」
「いや、会えるチャンスが今しか無かったんだ」
「は?」
「いや、しかしこの登場の仕方は良かった。随分といい印象を与えられたんじゃないかな?」
「もしかして、ここに来たのって……」
「そうだよ。クリスティーヌ・オパールレイン嬢に会ってみたかったからだよ。いやぁ、フィギュアとは全然違うね。かわいい。まったくうちの子供達は可愛げが無くて困る……。ん? どうした?」
怒りに打ち震え、プルプルと小刻みに揺れるアン。
「私だって抱きしめて匂いを嗅ぎたかったわよ。舐めたかったのよ。それを我慢したのよ。それなのに……」
「変に大人ぶってお姉さんやらない方が良かったんじゃないか? 中身を知ったら絶対に近寄られないぞ?」
「その言葉、そのままラッピングしてお返しするわ。お父様だって知られたら困るんじゃない?」
「ふふ…。私は組織のボスだぞ? いくらでも会う機会はある」
「なっ! ずるいわ」
「いいだろう。ざまぁみろ。………あぁ、その顔はいいねぇ」
悔し涙を流し、歯をくいしばるアンと大人気なく揶揄うブライアン。
「いいわ。その椅子奪ってあげるわ」
「出来るならどうぞ。精々頑張ってくれたまえよ。はっはは」
とても組織のボスと娘とは思えない会話を隠す気も無く話している。
しかし、部下の面々もいつものことと割り切っているため、誰も相手にしない。
「ま、茶番はそのくらいにしておいて」
「そうね」
いまだ縛られっぱなしの教皇の前に立ち、見下ろす二人。
「ぐぅっ…」
「お久しぶりですね、シルバーアクセ教皇」
「お前は?」
「そうですね、ブラックダイアモンドといえば分かりますかね?」
その単語に急に脂汗を吹き出し、狼狽え始める教皇。
「なぁっ! あ、ありえん。ありえない!」
「何が、ありえないんですか?」
「あれは都市伝説だろう! いまだ誰も見たことがない。存在しているのかすらわからないものだろう、アレは!」
「ほう…。では、あなたの前にいる私は一体誰なんでしょうね?」
「し、知らん。知らん! お前なぞ知らんわっ!」
「そうですか。覚えていないのですね。私はとても悲しいです」
ワザとらしく、「シクシク」と声を出しながら泣き真似をするブライアン。
「な、何を言われようと私は何も知らん。泣き落としなど無意味だ」
「そうですか」
スッと無表情になったブライアンは、中腰になり教皇の目の前まで顔を近づけると、教皇にだけ聞こえるように囁く。
「十三年前。当時七歳だった子供。今生きてれば、二十歳くらいですかね。彼、どこに行ったんですかねぇ…。確か、その日は教会に行っていたはずなんですよねぇ…」
顔面蒼白になり、無言で小刻みに震えだす教皇。
「それが原因で、流産になってしまったそうです。お可哀想に…」
ガクガクと大きく震えだす教皇。焦点のあってない瞳は虚ろだ。
「そういえば、その弟さんも、たまにいないはずの人物を口にするそうですよ」
息は荒く、歯はガチガチと鳴りだし、ヨダレが溢れ出している。
「おや、大丈夫ですか? お寒いのですか? それはいけませんね」
すっくと立ち上がり、何人か呼びつけると、馬車へ運ぶよう指示を出した。
「これからもっと寒いところに行きますからね、お体には気をつけて下さい。死なれでもしたら寝覚めが悪いですからねぇ。お大事に」




