44 深夜のテンション
見とれて呆っとしていたら、後ろから誰か近づいてきた。
「く……、お父様、どうしてこちらに?」
「何だ、私が現場に出てきて何か問題でも?」
どうやら、アンさんの父親らしい。話を聞くと結構偉い人なんだろうな。
「なぁに、別にお前たちの任務の邪魔をしに来たんじゃないんだよ」
「では、どうして」
こっちを見てウインクするイケオジ。絵になるなぁ。
「ちょっと会ってみたい子がいてね。ただそれだけだよ」
「お父様が執着なさるなんて、よっぽどですね」
「まぁね。ところで、どうして正座なんかさせてるんだい?」
「あれは……」
お兄様たちの方を見ても笑顔を崩さない。
「いつももっとスマートに素早く任務をこなしているのに、今日に限っては随分と粗が目立つね。始めたての頃のように、ね。少し、気が緩んでいたのか、それともイレギュラーでも発生したのかな?」
「そう…かもしれませんね」
「ふむ…………。まぁ、いいよ。今回はそんな大した任務じゃない」
「申し訳ありません」
「謝らなくていいよ。こういう日もあるさ」
肩にポンと手を置き、お兄様たちの方へ近づいていく。
「やぁやぁ、どうしたの君たち。らしくないねぇ。いいとこ見せようと張り切っちゃった?」
「「「「……………」」」」
「そんな怒ってないから大丈夫だよ。明日…。いや、今日は授業があるのだろう? ここはいいから、後はこっちで引き受けるから。ね?」
「はい」
お兄様たちがよろよろと立ち上がる。
「あとは表の部隊がそれらしく演出するから。お疲れさん」
どうやら、これで解散らしい。もう日の出が少し昇っている。眩しい。
お兄様とお姉様がよろよろと近づいてくる。きっと正座のしすぎで痺れてるんだろう。
「お姉様、大丈夫ですか?」
そっと、足のあたりに触れる。
「〜〜〜〜〜〜〜!!!」
悶絶して蹲ってしまう。
「ちょっとクリス。分かってて触ったわね。何でお兄様にはやらないの?」
「お兄様はそういうキャラじゃないかなって…」
「日頃の行いだね」
「私、そんな酷いことしてないわよ」
「そういうことにしておこうか。ところでロザリーはいつまで正座しているんだい?」
「今日のロザリーは何考えているか分からないわ。暫くほっときましょう。まだ、この時間なら寝られるわね。早く帰って寝ましょ」
「いいなぁ。僕はこれから学園だよ。寝る時間もないよ」
「会長の仕事するフリして寝てればいいんじゃない?」
「サマンサ、頭いいね。それでいこう」
「だめに決まってるだろう。生徒会の仕事も山積みだぞ」
「そうよ。今日中の仕事がまだ残ってるのよ」
コクコク………
お兄様のサボリ宣言を、後ろから来た三人がそれとなく窘める。
「三人とも寝ないで出来るのかい?」
「私の仕事は終わってるもの。あとは会長が確認するだけよ」
「俺のはまだあるんだが、手伝っては……」
「私はいやよ…」
仕事終わりに同僚と駄弁りながら退社する感じで一行は馬車へと向かったのだった。
馬車の前まで来ると、お兄様は名残惜しいのか、私を抱き上げる。
「あぁ、クリスとまた離れ離れになってしまうなんて」
「寧ろ会わない方が我慢できただろうになぁ」
「あんら、お兄様? 私は呼ばれればいつでも行きますわよぉ?」
「俺は会わないことで忘れられていたんだがなぁ…」
「まぁ、酷い。このこのー」
クライブさんがお兄様に同情していると、エリーが甘えだした。
「止めろ。お前のは小突いても痛いんだ」
「もぉ、照れちゃってぇ」
「なぁ、ルイス…。可能なら交換してくれないか? 駄目ならそっちで引き取っては……」
「却下」
「だよなぁ…」
これ以上ないほど肩を落としがっくりと項垂れている。よっぽど疲れているんだろう。
「あ、そうだ。いいこと思いついた」
「何よ? いいことって。大抵お兄様のいいことってロクでもないのよね」
「やめてよ? これ以上こっちに仕事ぶん投げるの」
お姉様とキャロルさんが口を尖らせる。
「大丈夫。二人には迷惑はかけないよ」
「ホントに?」「本当でしょうねぇ?」
「ホントホント。今日はもう一日王都に泊まってもらって、お兄様と一日学園を体験入学するのはどうかな? 僕もずっとクリスと入られて良くない?」
「よくない」
「よくない。というか、もう帰りたい」
「えぇ! クリスは僕と居たいよね? ね?」
「またの機会にお願いします」
「そんな……。僕のクリスが、僕に反抗期に…」
「何言ってんのよ。ほら、みんな帰るわよ」
「残念でした。クリスは暫く私と過ごすのよ。精々枕を濡らしながら眠りなさいな。おーほっほっほっほ…」
ヤバイなこれ。みんな徹夜のテンションでよく分からないことを口走っている。
「お兄様ぁ、私もぉ、ああいうのを所望するわぁ」
「まずはその口調を止めたらだな…」
エリーが無言でクライブさんに蹴りを入れていると、キャロルさんが辺りを見回した。
「そういえば、アンがいないわね」
「ボスの娘だからね。何か報告とかするんじゃない?」
「本来はルイスがしないといけないんだがな」
「以前報告に行ったら、何言ってるかわかんないって言われてから報告してないよ」
中二病真っ盛りだったころのお兄様を思い出し、みんな苦い表情を作ったのだった。




