39 ルイスとサマンサ
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クリスとロザリーと別れてすぐ後―――――
西側の塔、最上階。
教会の大聖堂には似つかわしくない豪奢な扉の前にいる。
「クリスったら、黙ってロザリーの後についていっちゃうなんて、これは後でちゃんと言わないとダメね」
対して怒った様子もなくサマンサが不満を言う。
「まぁでも、実際いないほうが良かったかもしれないね」
ルイスが前を向いたまま話すが、急に真面目な顔になってサマンサを見る。
「何で連れてきちゃったの? 巻き込まないって決めたよね?」
「私もそのつもりだったわよ。でも出発時にお父様に一緒に連れて行けって言われたのよ。それに、いくら私たちが抗ってもいずれやらなくちゃいけないじゃない? だったらまだ簡単な内容を見せたほうがよくない?」
「はぁ……。僕がいなくなったらこれか…。まぁ、仕方ないっちゃ仕方ないけどさぁ…」
腰に手をついて深々と長い溜息を吐くルイス。
そして、両頬をパンッと叩き、気合を入れ直す。
「じゃあ、クリスが戻ってくる前に終わらせちゃおうか」
「そうね」
二人で勢いよく扉を開け放った。
「「えーっと……………」」
二人とも入ってすぐに、中の光景に驚き立ちすくんでしまう。
「お、お兄様? これ一体どういうことかしら?」
「わ、分からない。ただ、ロザリーが先んじてやったんじゃないかなってことくらいしか分からないかな」
「そう……よね……。そうね。こんなふざけたことするのはロザリーかメタモかアリスくらいね。まぁでもロザリーでしょうね」
「昼間に内偵した時にやったんだね。よくこんな重いのを……」
「まぁ、楽できて良かったんじゃない? ポジティブに考えましょ」
「そうだね」
二人の前には教皇が空中にうつ伏せの状態で紐に吊るされている。それもただ吊るされている訳ではなく、体のあらゆるところをロープで縛られていた。流石に巨体すぎたのか、四本のロープで吊るされ、それぞれ紐の先端は四隅に括り付けられている。
そして極め付けは―――――
「この顔に被せてあるのって…」
「ロザリーのパンツね。私が見間違えることないもの」
「なかなかにエグい趣味だね。というか半日くらいこの体勢だったのかな?」
「いいんじゃない? どうせ趣味でやってたんでしょ? 使い込まれたロープっぽいし」
「うえぇ……」
ルイスが吐き気を覚えていると、教皇が目覚めたらしい。
「むっ! むぐぐぐぐぐっ! むーむぐむぐむぐむぐぅ!」
口に何か押し込まれているのか声はくぐもっている。ルイスが下を見ると大量の何かの水が池を作っていた。
ススススッと後ずさるルイス。
それを見た教皇はより激しく体を動かすが、少し揺れる程度だ。余程頑丈に縛ったらしい。
「むっぐぅううううっ! むぐぅ! むっぐぅうううっ!」
ロープが食い込んだのか痛いらしい。あの脂肪の塊でそんなに感じるものなんだろうか?
まぁやってみたいとは思わないが、叫ばれると気持ち悪い声が止まないので四隅のロープをクナイで裂く。
スルスルーという音と共にロープは下がり、ベチャッという鈍い音がした。
サマンサが水たまりを避けて近づき、顔のパンツを強引に剝ぎ部屋の隅にぶん投げた。
「大好きなロザリーのパンツなのに捨てるんだ」
「んー、確かに今日の昼まで履いてたやつだから一考の余地はあったんだけど、その後汚いおっさんのヨダレや皮脂油が付着したパンツなんて汚物でしかないじゃない?」
「何一つ理解できる要素がない」
そんなやり取りをしていると、教皇は口に押し込められていた紙だか布だかをおもいっきり吐き出した。
「うわ! 汚なっ!」
ぴょんと飛んで避けるサマンサ。
「ゲェホォッ…。ゲェー…。ゥオエェッ! ……ウェッ! ヴァー……アー……」
凄く汚い嗚咽を漏らしながら、荒く息を吐く教皇。
「ヴェー…。ヴァー……。ァア……。おい………。おいっ…………」
何とか息を整え、目の前に立つ二人に敵愾心を放つ。最も、縛られている状況では何もできないのだが。
「おい! お前ら、私を誰だと思ってる! これを外せ! 今すぐにだぁ!」
自分がどんな状況に置かれているのか分からずに喚き散らす。
「こんな夜更けに叫ぶのは近所迷惑だから止めたほうがいいわよ?」
「お、おまっ! ふ、ふざけるな! ふざけるのも大概にしろっ!」
「ふざけてなんかないわよ。自分がどうしてこうなったのかあなた自身が知っているんじゃなくて?」
「なんだと」
ギロッと精一杯上目の限界まで睨めつける。
「悪いけど全然怖くないのよね。カエルのがよっぽど怖いわよ?」
「なっ! 小娘がぁっ!」
「おーおー、こわいこわい」
「そのくらいにしておきなさい」
「はぁーい。クスクス」
二人して教皇を煽る。
そして、ルイスが水たまりの手前まで近づき腰を落として顔を真正面から見る。
その行為に一瞬怯む教皇。
「僕たち二人を覚えていませんかね? チェーン・シルバーアクセ教皇?」
言っている意味がわからないのか、二人に心当たりが無いのか、眉間に皺を寄せ考え込む教皇。
「お前らなぞ、知らんぞ」
「あ、そう。じゃあオパールレインって言ったら分かるかしら」
その単語を聞いて目を見開き狼狽え始める。
「そ、そんな……。いや、ありえん。あいつらは死んだはずだ。それに家だって取り潰しになってるはずだ」
「残念だけど、まだあるのよねぇ」
「なぜだ……。ま、まさか。お前ら……」
「そうよ。この青い髪と瞳。知ってるわよね」
「ぐぅっ……。わ、私は知らん! 関係なんか無い。全てあいつがやったんだ」
「ねぇ、あいつって誰のこと?」
ルイスが冷たい声で聞き返す。
「別に話す気が無いならいいよ。話したくなるまで付き合うだけだよ」
「や、やめろ。私に手を出したらどうなるか分からんかっ!」
「ふーん。どうなるのか教えてくれるの? いいよ。やってごらんなさい」
二人がかりで教皇を問い詰める。
「くっ……。お、オパールレイン伯爵だ。あいつが全てやった事になっている。だがな、奴らは既に消されているんだよ。私に罪を問おうと無意味なこった。残念だったな」
「じゃあ、何で私たちがここにいるのかしらね?」
「知らんわっ! 青い髪なぞいくらでもいるだろうに」
「この青い色はね、私たち以外には存在しないのよ」
「残念だけど、僕たち生き残ってるんだよね」
二人して大げさに髪の毛をいじる。
「なっ! だ、だったらお前らはこっち側のはずだろう」
「その情報古いわよ。とんだ情報弱者だこと。もっと表に出たらどうかしら? ずーっと暗い穴倉の中にいたのねぇ…。今更のこのこ出てきてどういうつもりかしら? ま、もっともこの後はずっと薄暗い穴の中に逆戻りだけどね。お疲れ様」
立ち上がり、汚物を見るような目で見下ろすサマンサ。
「残念だけど、僕たちはあなたたちのような存在を狩る側なんだよ。それに、先代がやらかしただけの話だよ」
「お前ら…、それでいいのか。自由なんてないんだぞ」
「別にいいわよ」
「そうだね」
「なっ、何故だ」
その言葉にいたずらっ子の表情を浮かべてサマンサはこともなげに言う。
「オパールは何色にだって輝けるのよ」




