38 ロザリーはどうしても前を行きたいらしい
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赤髪の少年を介抱していたら、頻りに祈りだして困ったわ。
「おぉ、女神様、女神様……」
極限状態で辛いのは分かるんだけど、幻覚を見るくらいなら寝てもらったほうが体力が回復すると思うのよね。
お陰で周りにいる人まで祈りだしたし困ったものだわ。
ロザリーもアンさんもロブさんもみんな必死に対応しているのに、私だけお地蔵さんみたいなことしていられないわ。
部屋の外にあった水や食料を与えていたんだけど、雀の涙程しかなかったわ。
とりあえず、ここから連れ出すことになったんだけど、どうやらロザリーはお兄様のところに戻るらしい。
部屋に入って一目散に駆け寄った赤髪の中年の男性に用があったのだろう。何やら話し込んでいたけど、会うだけが目的じゃないよね?
まぁ、ロザリーが戻るなら私も行かないとダメよね。
とりあえず、螺旋階段の隠し通路まで来たのだけど、ロザリーがアンさんの前を塞ぐようにしている。ちょっと失礼じゃないかな? ロザリーの考えてることはよく分からないけど、ほどほどにしておきなさいよ?
とりあえず、軽く手を振っておいた。その仕草にロザリーがムッとするけど、何かいけなかったかしら? 二人とも微笑んで手を振り返してくれたわ。もっと大人になったらどうかしら?
行きはロザリーが前になっていたお陰で終始、形のいいお尻とパンツを見ながら通路を通ってきたけれど、変なところで止まるし、顔にお尻が当たりそうになるから、今回は私が前を進みたい。
「向こう側について降りれますか? 誰もいませんよ?」
「いや、大丈夫よ」
「いいえ、クリス様は気づいていませんが、蛇に蜥蜴、蜘蛛に蠍に蜈蚣がウヨウヨしていますので、やっぱりここは私が先行して……」
「そんなもの居なかったんだけど? もう少しまともな嘘言いなさいよ」
「仕方ありませんね」
これ見よがしに大きく長い溜息を吐いて、腰に下げていた袋を取り出して、その中身を見せてくる。
「どうですか?」
「うっ……」
一匹、二匹程度ならいいけど、袋の中で蠢蠢と先ほど言っていた生き物が詰まっていた。今にも溢れてきそうだ。本当にいたのかな? 自分で用意してない?
「なら、屋根を伝っていきましょ?」
「それだと時間がかかるから却下です」
どうしてもここを通りたいらしい。ここで議論する時間も勿体ないので、し・か・た・な・く、先に行ってもらうことにする。
先に穴に入っていったロザリーだが、どうしよう。微妙に入りづらい。向こうとこっちで高さが微妙にあってない。
そう思っていたら、後ろから抱き上げられた。
「あ、すいません」
「いいのよ。というか、無理してここを通らなくてもいいと思うのよね」
こくこく…。
さっきの話を聞いていたようだ。だよね。
「それにあんな蟲とかいないし、なんなら屋根を伝っていったほうが明らかに早いわよ」
「そうですよね」
そんな会話をしていたら、穴からパンツ。元いロザリーが後ろ向きに這い出してきた。
「分かりました。クリス様先頭で行きましょう。それと、アン様、クリス様を離していただいてもよろしいでしょうか?」
「あなたねぇ……」
呆れ返っている。私もそう思う。何で頑なに前を行きたいのか分からないけど、これで先頭を行けるんだから結果オーライよね。
アンさんから奪い取られた私はそのまま穴の中に押し込まれた。
そして、後ろからロザリーが付いてくるが、ちょっと前に「しっしっ」と聞こえた気がしたけど、何か蟲か鼠でもいたんだろうか?
そのまま平穏無事に何事もなく順調に進んでいった。蟻の一匹すらいなかったわ。
出口で軽く半回転して着地する。
後ろから出てきたロザリーが恨めしい目で見ていたが何かあったのだろうか。
というか、何かの裏仕事っぽいのにこんなふざけた調子でいいんだろうか?
膝や手に付いた埃や塵を払い、階段を上っていく。
上っている途中でどうしても気になって、歩みを止め聞いてしまう。
「ねぇ、あの奥にいた赤髪の人とはどんな関係なの?」
「そうですね…。簡単に言うと、昔の雇用主ですかね」
「ふーん。教会のお偉いさんっぽいけど」
「えぇ、偉いですよ。前教皇ですからね」
「えっ」
「まぁ、いろいろあったんです。もうだいぶ昔の話ですよ。その時はあの人も教皇じゃないですしね」
「そうなんだ」
ロザリーはもうこれ以上は言うことがないとばかりに、黙ってしまった。
ロザリーの過去に何があったかは分からないけど、今は聞いても答えてもらえないんだろうな。




