32 お兄様は随分とお変わりになられたようで
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「さ、ついたわよ」
そう言われて、馬車を降りると教会の敷地ではなく、教会を臨む公園だった。
流石にこんな時間だ。前世と違って一般人は誰もいない。その代わり、おんなじような黒い服を着た人たちがいた。
ぱっと見だけど、私たちを含めて四種類くらいに分かれている。もしかして部隊ごとに違うんだろうか?
お姉様達と一緒に集団の方へ歩いていく。わりかし賑やかな雰囲気だ。人によっては笑い話さえしている。
あれ、これもしかして本当にオフ会的なやつなんじゃないだろうか。
お姉様の趣味のアサシンコスプレ同好会みたいな。お姉様にそんな趣味があるかどうかは知らないけど。
近づくと、集団の中の一人が軽く小走りで近づいてきて、フードを捲り、一瞬のうちに私を抱き上げた。
「やぁ、クリス! クリスじゃないか! いやー会いたかった。会いたっかたよぉー」
「お、お兄様?」
「んー? 暫く会わないうちに忘れちゃったのかなー? クリスの大事なお兄様だよー」
私の知ってるお兄様は寡黙でちょっと童貞拗らせてる感じで、女装して中二病発症して、なんだかんだで甘えん坊な人だと思ったんだけど、誰これってくらい明るく社交的で馴れ馴れしい。
いや、スキンシップはある程度はあったんだけど、こんなに頬ずりしながらハスハスしてくる人は知らない。
でもお兄様なんだよなぁ。この青髪青眼。何故か髪型はツインテールにしている。随分と髪の毛伸びましたね。
でも、暫く会わないうちに背も結構伸びたし、声もハスキーになっている。ミルキーさんが見たら泣いちゃうんじゃないかな?
しかし、ずっと抱っこされてるな。ちょっと恥ずかしいんだけどな。周りの人がみんな『癒された〜』って感じで見ているもの。
再度高く持ち上げられ、お兄様と目が合う。十数秒見つめ合っていると、唐突に私を抱える。
「お、お兄様?」
「よし、決めた。泊まっているのはあそこのホテルだろう? 今日はクリスと二人っきりでお喋りして寝ようか。クリスはあれからどんなものを作ったんだい? いろいろ聞かせてくれないかい」
グッドアイデア〜とばかりに、いいこと思いついたみたいな言い方で私をお姫様抱っこしたお兄様。
「じゃあ、僕ドロンするからあと、よろしくね?」
そのまま歩き出そうとしたところを、複数の人影がお兄様のマント、フード、肩を掴んで引き止める。
チラッとだけど、マントは黄緑の髪の人と黒の髪の人。そしてお姉様が。
フードの首元は水色の髪をした人が。
お兄様の右肩は紫の髪をした人だった。
「待ちなさい! アンタが抜けてどうすんのよ!」
「そうよ、お兄様。ふざけてんの? その役目は本来私よ?」
コクコク…。
首元を掴んでいた水色の髪をした女性が、自分のフードを捲り、嗜める。
それに追随して、お姉様がちょっと意味のわからない事を言う。
黄緑の髪をした小柄な人は、ただコクコクと頷いていた。
「そうだぞ。お前が抜けたらその皺寄せがこっちに来るんだ。勝手な事をするんじゃない」
「そうですね。いつも勝手な事を言いますが、時と場所を考えてください」
紫の髪の大きな男性が眉間をピクつかせながら嗜める。
そして、黒の髪のメガネをかけた女性が、メガネの縁を触りながら嗜める。
こうしてみるとお兄様怒られすぎてない? 私の今まで見てきたお兄様とはまるで別人だわ。
「君たち…。僕は去年、夏も冬も帰れなかったんだ。折角の兄弟水入らずのところを邪魔するのかい? 少しくらいいいじゃないか」
「もう十分堪能しましたでしょう?」
「あと、二ヶ月もしたら夏休みなんだからそれまで我慢しなさいよ」
「そうだ。今回を逃したら次はない。戯れ合うならこれが終わってからにしろ」
「君たちは鬼か悪魔か?」
「同じ生徒会のメンバーだが?」
他の人は生徒会のメンバーなのか。生徒会ってこんなこともやらなきゃいけないのか。大変だなぁ。入学したら生徒会は絶対入らないようにしよう。
「お兄様、その辺でやめましょうか? ちょっと家族としてみっともないですわ」
「サマンサまで…」
あのお姉様が真顔で止めに入った、余程見かねたんだろうな。
それにしても、この体勢は結構つらいのでそろそろ下ろしていただきたい。
名残惜しそうにしながらも、やっと下ろしてもらえた。
「じゃあ、お兄様? 私はいいのかしら?」
「やだよ。サマンサを抱っこして何になるっていうのさ」
「暫く会わないうちに随分と偉くなったのね」
「まぁね。これでも生徒会長だからね」
「そういうことじゃないんだけど……。え、待って生徒会長? 聞いてないんだけど?」
「サマンサに言うとメンドくさいから言ってない。別に誇るほどのもんじゃないし」
あの寡黙だったお兄様が生徒会長……。想像できない。
生徒会のメンバーってだけでもびっくりなのに、生徒会長。そんな簡単になれるくらい人気のないものなんだろうか?
「そうそう。ちゃんとクリスに公約した通りあの制服を公式にしたよ」
あの姫袖のゴスロリ感ある制服を? グッジョブお兄様。でもね、お兄様。ギャルゲ風制服にして関係者に怒られない?
流石のお姉様も呆れているし、他の人達も深いため息を吐いていた。
しかし、お兄様はどこ吹く風といった感じだ。
「他にもいろいろやったんだよ」
「そうですね。会長はいろいろやりすぎましたね。いい意味でも悪い意味でも」
黒髪のメガネさんが半眼でお兄様を見やる。
「悪いことなんかしてないよ」
コテンと首を傾げる仕草がちょっとあざとくなっている。
「ま、まぁ、いいです。そんな事より、本日のミッションをやり遂げる方が先決ですね。気持ちを切り替えていきましょう」
どうやら、こっちの黒髪のメガネの女性が指揮をとるようだ。
お兄様は私に構わないよう、水色髪の女性と紫髪の男性に両肩を掴まれ拘束されている。
正直、この後一体何をやらされるのか皆目見当もつかないわ。




