31 言われるがままついていく
*
「……ス。…………リス………」
ペチペチ……。
頬を叩かれている感じがする。もう朝だろうか?
うっすらと目を開けると、照明の眩しさとお姉様とロザリーが私を覗き込んでいた。
えぇ? 何? あ、夕食の時間?
「クリス、早く起きなさい」
「あ、あぁ、はい……」
上体を起こし、まだ眠い目を擦る。
今は何時だろうか? 近くにあった時計を確認すると、二十二時ちょい前。
「え! 嘘。寝過ごした?」
ばっと起きると、お姉様もロザリーも見慣れない黒っぽい目深まであるローブの衣装に身を包んでいた。まるでアサシンのような格好だ。
「まったく、お寝坊さんね。ほら、これに着替えて」
そう言って手渡されたのは、二人と同じ黒い服。
「あの、これは?」
「移動しながら話すわ。時間はまだあるけど、早くしてね」
「はい…」
言われるままに着替える。アサシンっぽい服だけど、露出の少ないので良かった。なんというか、ゲームでよく見る感じの衣装よね。
「あと、これもね」
そういってベッドの上に置かれたのは、かぎ爪ロープに、クナイ。そして……。
「うわぁ。アサシンダガー……かっこいい……」
それぞれの武器を装備していく。
最後に腰の辺りにダガーをしまうのだろうが、天井に翳し眺める。赤とも紫とも違う赤灰色が光ってかっこいい。
「満足した? じゃあ、それ危ないからちゃんとしまってね」
「はい」
なんだろう。いつものお姉様と違って、落ち着いているというか、別人のようでつい従ってしまう。
「いい子ね。しかしあれね。寝起きに突入すれば、クリスの生着替えを堂々と見れるのね。これは一つ勉強になったわ」
「えっ?」
そういえば、なんの疑問も持たずに着替えたわ。二人ともずっとガン見だったわね。寝起きで頭が働いてないとはいえ、これは今後気をつけないといけないわね。
しかし、こんなガチな格好で夜更けにどこに行くのだろうか。
もしかして、そういう格好をした人たちで集まるイベントでもあるのだろうか。ちょっと楽しみね。そのイベントで何か食べ物とか出店していてくれると助かるんだけどなぁ。
でも、二人のいつもと違う様子を見ると、違うのかもしれない。ただならぬ雰囲気だが、二人とも雰囲気だけは一流なのよね。どうせ、またくだらないことやるんだろうな。
そんなお姉様を見ると、こちらを見ながら、親指を口元に当てて考え込んでいる。
そして、近づくと、私の髪の毛を掬うように持ち上げる。
「クリスの長い髪はとても綺麗だけど、目立つから結っておきましょう」
そう言って後ろに回り、軽く緩めのお団子ヘアにしてくれた。
やっぱりお姉様は一応女子なんだな。簡単にちゃちゃっと結えるなんて。いつも、そのままにしてるから面倒臭がってるのかと思ってたわ。
それに、よく見たらお姉様も同じように結っている。
「なぁに? 私のことじっと見て…。あ、これ?」
「えぇ。お姉様も髪の毛縛るんだなぁって…」
「そうね。ばらけると支障があるから……。そういえば、前もクリスはこんな感じの髪型好きって言ってたわね。もしかして好きなの?」
「はい。好きですよ」
「……そ、そう……。そうなんだ。へへっ…」
何か顔が紅潮してるけど、髪型が好きって言ったのであって、お姉様が好きなんて言ってないけど、まぁ言わない方がいいよね。
「じゃあ、行きましょうか」
そう言われて、二人に付いていくが、どうやら正面玄関の方ではないらしい。
それなりの距離を歩き、ホテルの裏手。従業員用の扉から外にでる。
私の泊まっている部屋からここまで他に誰一人会うことはなかった。
そこから、通用口のような門を通ると、商人が使うような少し大きめの幌馬車が一台止まっていた。
いつも使っているやつより結構古くてボロそうだ。
お姉様が先に乗り、私はロザリーに持ち上げられて中に入る。
中に入ると、私たちとは違った黒っぽい衣装に身を包んだエリーとプロフィアさんがいた。
二人も堂に入っている。これガチ目のイベントですかね?
「あら、クリスちゃんも連れてくの?」
「いい経験になると思ってね。それにいずれやらなきゃいけなくなるでしょうからね」
「そうね」
いったいなんの話をしているのかさっぱりだ。貴族による夜のお忍びイベントなのに何でそんな仕事人みたいな目を……。
仕事人……?
もしかして、何かやばいことする感じですかね?
「あのー、お姉様?」
「何かしら?」
「ソフィアがいないようですが、いいんですか?」
何か言われるままくっついてきちゃったけど、正直不安しかない。
何かヤバ目の宗教に行くって言われても納得できそうな雰囲気だ。
普段あんなに騒ぎまくっている面々が静かに座っているのがたまらく怖い。一体どこへ行こうとしているのだろう。
「あの子はこっち側じゃないからね。大丈夫よ、そんなに心配しなくても。クリスは初めてだから今日は後ろをついてくるだけでいいわよ?」
「あの? 何が始まるんです?」
「お仕置きよ」
誰のなんて聞けなかった。そのくらいいつものお姉様と違っていた。それにどうせ行き着く先はあそこだろう。私にだってそのくらいの察しはつくが、どうして私たちが行くのかは分からなかった。
降りるのなら今のうちなんだろうけど、そうこうしているうちに馬車はゆっくりと発進したのだった。




