30 変に気遣いのできる姉と駄メイド
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さて、今日も高そうなホテルに帰ってきたわけだけども、やっぱり馬車だと早いね。この距離を昨晩歩いてきたのかと思うとバカバカしくなるわね。
「よくこの距離を歩いたわね」
「本当にね」
「流石の私も疲れたわぁ…」
そもそも、誰かが馬車を壊さなければ歩かなくて済んだんじゃないだろうか。
ホテルの入口について、従業員総出で出迎えられる。
心が小市民なせいか、なかなかに慣れない。
「とりあえず、夕食までは時間があるから、それまでは各自部屋で寛いでいましょか」
珍しくお姉様が普通の事を言ったので、何か裏があるんじゃないかと勘ぐってしまう。
しかし、何事もなく、部屋へ入って行ったので肩透かしを食らってしまった。
「まぁいいか…」
自分の部屋を開けようとすると、ガンッという音だけがして、開かない。
嘘でしょ? まさかこの時間までずっと寝ていたというの? というか、バリケードを解除していないの?
これは表から入らないといけないのかしら?
「はぁ…」
ため息しか出ない。あの駄メイドめ。
戻ってきて早々に外に出るため、ロビーを通るが、従業員さんが大勢お見送りしそうになるのを遠慮した。
だって、部屋に入るために外に出るんだもの。私も何を言っているのかよく分からなくなってきたわ。
外に出て、朝着地した辺りに行く。上を見上げる。
「まぁ、このくらいなら大丈夫かしらね」
昔なら無理だったけど、最近は二階くらいまでなら一っ飛びで行ける。
こんな忍者みたいな訓練したかな? なんて思い出そうとしたが、色々やったのであんまり覚えてない。
とりあえず、部屋に戻りたいので、左右と後方に人がいないことを確認して、二階のバルコニーまで飛ぶ。
メイド服でこんな動きしていると、本職の人っぽいわね。
タンッとバルコニーに着地し、部屋に入ると、ロザリーがバスローブを着て、優雅にソファで寛いでいた。
「起きているんなら、そこのバリケード解除しておいてよ」
「今夜のお風呂も考えると、再度設置するのも億劫なので」
「いや、普通に行き来出来ない方が不便だから」
「えぇっ……」
めちゃくちゃ不満そうにしている。寛いでいるところに仕事を言いつけられたからだろうか? というかメイドなんだからちゃんとして欲しいんだけど。
「なんか不満そうね」
「はい」
こいつは……。
「クリス様、折角メイド服着ているんですから、クリス様がやってもいいと思うんです」
「あなた、覚えておきなさいよ…」
「最近思うんですが、クリス様の口調がサマンサ様に似てきた気がします」
「あら、いやだ…。それは困るわね…」
もう一歩もここから動かないぞという意思表示をしているロザリーに変わり、バリケードを解除していく。
よくこんな大きいチェスト動かせたわね。
全て片付け終わった後には無駄な徒労感だけが残った。
「終わったわよ……って……」
ロザリーはいつの間にか眠っていた。
「ホント自由ね」
うっすらと背中や首筋に汗をかいたのでお風呂に入ろうかと思ったが、朝来ていた童貞を殺す服がお姉様の部屋にあることを思い出した。
「そんな着てないからあれでいいわよね。取りに行くのめんどくさいなぁ」
そう思っていたら、コンコンと扉がノックされたので開けると、服を持ったお姉様が扉の前に立っていた。
「はい、これ。忘れてるなって思ってね」
「あ、ありがとうございます」
今日のお姉様はどうしたんだろう。こんな気遣いができるなんて、後が怖い。
部屋に入ってきたお姉様はロザリーの前に立つと、思いっきり頭を叩いた。
「ったぁ〜。って、げぇサマンサ様。どうしてここに」
「あなたの主なんだから、ここにいておかしいことないわよね」
「ま、まぁそうですね。で、どうしたんですか? お腹すいたんですか?」
バンバンと更に二回叩く。
「ちょ、暴力反対! 最近は暴力系ヒロインは流行りませんよ?」
「私はヒロインの対極にいるからいいのよ。クリス、ちょっとロザリー借りるわね?」
「あ、はい。どうぞ」
お姉様はロザリーの首根っこを掴んでさっさと部屋を出て行ってしまった。いったい何の用があったんだろう。
ま、今のうちにお風呂に入ってしまいましょうね。
「いやぁ、いい風呂だったわ。思わず長風呂しすぎたものね」
邪魔が一切入らなかったのと、昨日今日と心身共に疲れていたので、いつも以上に入ってしまった。
長風呂した割にはまだ時間があるわね。ちょっと寝ましょうかね。
大体、旅館に来たら、温泉入ってダラダラして、ご飯食べて、温泉入って、ダラダラしながら寝落ちするのが普通よね? え、違う? まぁいいわ。
とりあえず、ちょっとお昼寝したい。姦しいのと、カレーの四人がいないうちに少しでも体力を回復したい。
結構疲れがたまっていたのか、そのまま深い眠りについてしまった。




