29 げぇ、王子!
「やっぱり。やっぱりクリスじゃないですか」
その声の主はレオナルドだった。
うわぁ、めんどくさいやつのに会っちゃったなぁ。
「あ、レオ様」
「クリス。会えて嬉しいですよ。これも愛のなせる業ですね」
「そ、そうですかねぇー……。ははは……」
会うたびに愛が重くなってくる気がするんだけど。
突如現れたレオナルドに対してやたら敵愾心を持つソフィアが冷たい声で挨拶をする。
「ごきげんよう、レオナルド殿下」
「ソフィア……。やっぱり二人でデートしていたんですね。ずるいです。ここからは私と代わってください」
「別にデートなんて…」
言い終わる前にソフィアが割って入る。無い胸を頑張って前に押し出している。
「そうよ。私たち二人でデートしていたの。邪魔しないでくださるかしらぁ」
「いいえ、彼女は私の婚約者です。それにここ王都は私のホームですので、返していただいてもよろしいですか?」
バチバチと火花が散りそうなほど煽っている。
店の前で小競り合いをされて困る店主の兄ちゃん。ごめんねぇ。しばらくかかりそうだわ。
どうしたら収まるかしら……。そうだわ。
「あ、あのー……」
「はいなんでしょう」
クルッと振り返り満面の笑顔を見せる王子様。普通の女子ならこれでイチコロよね。まぁ、ここに普通の女子なんていないんだけどね。
そんなレオナルドに周りで見ていた人たちが黄色い声を漏らす。
「けっ…」
ソフィアさんや、それは女子が出していい声でもないし、言葉でもないわよ?
「どうかしましたか?」
相変わらずキラキラした顔を向けてくる。気のせいか顔の周りもキラキラしている。それはどうやったら出せるんでしょうね?
「あの、これ差し上げます」
「おや、クリスが私に食べかけを……。食べかけぇえええっ!!!!」
怖い怖い。いきなり大声出すんだもん。そんな食いつかなくても。
「あ、ありがとうございます。これは食べずに家宝にするべきでは…」
そんなことしたら腐って大変なことになるわよ。
「まぁまぁ、レオ様、腐らせるだけですわよ?」
「それもそうですね。では、クリスの愛を……」
言葉選びがきっしょいんだよなぁ…。
「もっちゃ、もっちゃ、もっちゃ、もっちゃ………」
やっぱり、レオナルドが食べてもなかなか飲み込めないんだな。しかし、これは一体……。
「あの、もっちゃ、これは、もっちゃ、一体なんですか? もっちゃ……」
「分かりません。ソフィアに貰ったのですが、本人も分かってないらしく」
「もっちゃ、もっちゃ………」
咀嚼しながら、ソフィアに笑いながら睨みつける。器用だなぁ。
「知らないわ。いろんなもの買ってたから、何を買ったか分からないもの。美味しくないからクリスにあげたのよ」
「ごくん………」
飲み込んで、再度私を見るクリス。その瞳には静かに怒りが見えた気がした。
「私もよく、城下に下りますが、こんなもの初めて食べました。確かにあまり美味しくないですね…。あと一個……」
そんなとき、はぐれた残りの面子が揃った。
「あんらぁ、レオナルド殿下じゃないですかぁ。今日はどうしたんですかぁ」
「え、エリー嬢………。そうだ、まずはこれあげます」
目を見開き驚くが、すぐに赤面し乙女の顔になる。
「まぁまぁ。レオナルド殿下のた・べ・の・こ・し。嬉しいわぁ……」
エリーとは対照的に全然嬉しくなさそう。
勢いよく串ごと食べる勢いで残りの一個を食べるエリー。
「もっちゃ、もっちゃ、もっちゃ、もっちゃ………」
やっぱり誰が食べてもこんな風になるんだなぁ。
「あの、もっちゃ、これは、もっちゃ、一体なんですか? もっちゃ……」
「分かりません。貰ったものなので…」
「もっちゃ、もっちゃ、もっちゃ、もっちゃ………」
レオナルドの顔の前でめちゃくちゃ咀嚼するエリー。それは流石にやめてあげてよぉ。
「ところで、今日はどうして王都に?」
昨日街道沿いであったことは無かったことにしたらしい。
「んー、ちょっと観光?」
とりあえずお茶を濁す。
「そうですか。王都で観光ですか。大聖堂以外ならどこでもいいと思いますよ」
まさかの王家直々にダメ観光地扱い。そんな風に思っているなら何か対策してあげなよ?
「レオナルド殿下、あれ知ってたんですか?」
「えぇ。王家としても頭の痛い問題です。前まではあんなんじゃなかったんですがね」
こめかみを押さえ頭痛を抑えるような仕草をする。
「あ、そうだ。今更ですけど、私に殿下とか様づけとかいりませんからね。私たちの仲ですから」
私を見てウインクするレオナルド。
「そういえば、クリスはいつも何着ても可愛くて素敵ですが、今日はメイド服なんですね。もしかして、王城に住む気になったんですか?」
「そんな、ソフィアみたいなこと言わないでください。別にこれは趣味です」
ガクッとその場に倒れ蹲るレオナルド。
「そ、そんな…。私がソフィアと同じ思考だと…」
「ちょっと、それどういう意味よ」
すぐムキになって怒るソフィア。
しかし、レオナルドは答えない。そんなレオナルドにエリーが背中をポンポンと叩く。
「レオナルドちゃん。私もメイド服よ。いまからずっとお世話してあげるわよん」
目を数回パチパチさせると、すっくと立ち上がり、にっこりと微笑む。
「先ほどの話は忘れてください」
「あーん、もう。レオナルドちゃんのいけず〜」
そんな様子をお姉様は腕に抱えた大量の食べ物を食べながら黙って眺めていた。
たまたま広場に来ていたレオナルドだが、この後はいろいろと予定があるらしい。
レオナルドはあれでも王族だからね。いろいろとあるのが普通なんだと思う。二、三日に一回くるペースが異常なんだと思う。
そんなレオナルドは名残惜しそうに帰って行ったのだが、一緒について行こうとしたエリーに何度も「結構です」と強めに言っていた。心労が凄そう。
去り際に「次は是非王城で会いましょう」と言っていたけど、いつになるんだろうね。
「余計な邪魔が入ったけど、満足したからホテルに帰りましょうか」
ソフィア……。そんな堂々と邪魔者扱いしなくても。




