26 いかにもな悪党
その人物はこの教会にいる人達とは全然違う風貌だった。
軽く四人分くらいの大きさで前も横もでっぷりと太っていて、着ている服は段々になっていてお腹と胸がでっぷりと膨らんでいる。ゆったりとした衣装のはずが、とても窮屈そうだ。ゆったりとしているのは足元くらいだが、丈が足りないのか上に引っ張られたのか膝下くらいまでしかなく、ムダ毛だらけの汚い足が見えている。
そして、指には全部ごつい宝石のついた指輪を嵌め、首には似つかわしくない金色と赤い宝石のネックレスをつけていた。
勿論、顔もでかく、鼻は丸くデキモノができていて、顎は弛んで首との境界が分からなくなっている。瞼の下はクマができていて、目の白いところは黄ばんでいる。
いかにも悪徳教皇の見本といった人物が出てきた。くさそう。
その教皇と思しき人物は、ニタニタと笑いながら値踏みするように私たちを見ている。
「本日は、当教会にどのようなご用件でしょうかな?」
「あ、えっと、この方の養子縁組を……」
あまりの威圧感にたじろぐソフィア。だが、真横にお姉様がいるからか、そこまで緊張はしていないようだ。
「ほうほう。養子ですか。それはそれは…」
薄っすらと細い目でマーガレットを見やる教皇。
口角を上げると、両手を広げて大仰に喋り出す。
「とても素晴らしいことですなぁ。えぇえぇ。その行いはとても素晴らしい。…で・す・が、そう簡単には出来ませんなぁ」
ムハァと鼻息だか呼気だか分からないが、生臭い生暖かい風が吹いた。
「どういう事かしら?」
「いえ、ね。彼女には他にも引き取りたいという方がおるのですよ。ですので、ま・ず・は手付金を戴かないと、後々契約や処理等面倒臭いことになりましてなぁ」
おかしい。そんな人物はいないはずだ。現にマーガレットは聞かされていないし、養子の話を聞いてから考えたに違いない。
「その話、本当かしら?」
お姉様がソフィアに変わって問いかける。
今はメイドの格好をしているお姉様に、一瞬ムッとした表情をする。
「ふっ…。前々からあった話なのですよ。た・ま・た・ま・今日、この時あなた方が来られたのでお伝えしただけです。ご理解いただけましたかな?」
お姉様とソフィアが、マーガレットの方を見ると、フルフルと横に首を振る。
「ふーん。それはおかしいんじゃないのかしら。彼女、そんな話聞いてないみたいだけど?」
「ふふふ。当日に、サプライズで教えてあげようとしたまでですよ」
「そんな言い訳通じると思う? 普通、養子に入る家の情報は前もって伝えるのが常識よ? 常識ないの? 一人だけ肥え太って、まぁ…」
「っぐぐ…。し、信じる信じないはあなた方の勝手ですよ。そ・も・そ・も、メイド風情が主を差し置いてあれこれ口出すものではないのではないかな? これでは、家の品位が問われますな」
してやったりといった顔で教皇がお姉様に返す刀で反論しているが、お姉様も負けてはいない。
そもそも教皇の言っている事は全部デタラメだろう。しかし、よくもまぁ後からいろいろと言い訳が思いつくもんだ。いつもそうしてきたんだろうな。『まだ続けるかね?』といった顔でこちらを眺めている。
「ふっ…。体は肉ダルマの癖に節穴だらけのようね」
「ふぅむ。言葉の使い方がなってませんな。一体どんな教育をしているのやら…」
そう言って再び私たちをジロジロと舐め回すように見てくる。
「ま、いいでしょう。そちらのメイドを我が教会に預けてい・た・だ・け・るなら、さっきのまでの失礼な物言いは不問といたしましょう」
え? 私? 何で? 何でこんな汚くて臭そうな気持ち悪い人に預けられなければいけないの? めちゃくちゃ嫌なんだけど、ソフィアとお姉様が前に立っているから下手な事言えないし、どうするんだろう。
そう思っていたら、お姉様がスカートのポケットからお金の入っているであろう少し小さめの袋を教皇めがけて投げつけた。
「手付金よ。文句ないでしょ」
「メイド如きの手持ちなど……」
そう言って袋を開け、中を開くと同時に目も見開いた。
徐に一枚取り出し、頭上に掲げ確認する。
「白金貨……だと……」
「じゃあ、私たちは行くわ。明日までにちゃんと準備しておきなさいね」
踵を返し、入口へ向かおうと振り返るとお姉様がウインクしてきた。やっば、さっきの漢気とあわせてちょっと惚れ直したわ。
しかし、業突く欲張りジジイがそう簡単に引き下がる訳もなく。
「おっと、そちらの扉は入口専用でしてな。出口は別になりますな。もっ・と・も出口を通る際は一人十万カラット払っていただく必要がありますが」
「どこの世界に、入口と出口を分けている教会があるのよ。それにお金がかかるなんて聞いた事ないわ」
鼻であしらうお姉様。しかし、教皇も全く怯まない。
「おや、ご存知でない? これだから田舎の貴族は困りますな」
「なんですって?」
田舎の部分にひっかかり、くってかかるソフィア。
「ここは王都の中心。出る時にお金が掛かるのは常識ですよ?」
そんな常識あってたまるか。
「なので、勝手にルートでないところから行かれると大変、困りますなぁ」
バンバンと手を叩くと、至る所から真っ白な鎧を着た騎士に囲まれてしまった。
エリーが暴れたくてウズウズしているが、こんなところを壊したら教会から敵認定されちゃうんじゃないだろうか。
プロフィアさんが、エリーの耳元で「どうどう」と落ち着かせているが、馬じゃないんだから。どっちかというと闘牛よね。向こう見ずで猪突猛進なところとか。あら、これじゃイノシシだわ。まぁ、似たようなものだからいいわよね。
そんな感じで、いつも通り現実逃避していると、エリーの興奮状態に恐れをなしたのか…。いや、お姉様が周りを一睨みしたらしい。周りを囲んでいた騎士たちはみな、その場に立ちすくんでしまった。
「なっ! お、お前たち何やっている」
狼狽える教皇。そんなに止めたいなら、自分が動けばいいのに。
そんなおバカな教皇に向かって、小馬鹿にしたような笑みを浮かべお姉様が一言。
「あら、どうやら出口はここであっているようね」
何の施錠もされていない大きな扉を、これでもかというくらいに大きく開けたのだった。
* * *
ヘンテコな従者を連れた貴族が帰って行った。
今まで一度も見た事は無いが、それなりの爵位のある家だろう。
一人を除いてあのレベルの従者を従えている貴族なんてそうはいない。いや、もしかしたらあの異様なメイドは護衛なのかもしれない。となると、かなり変わった趣味を持った令嬢かもしれない。
名前を聞いておけば良かったとこれほど後悔した事はないが、まぁ、明日聞けばいい。
しかし、あの娘を引き取りたいなどとは…。余程酔狂な趣味だと思う。
これは、あの娘を利用すればたっぷりと搾り取る事ができるだろう。家が傾く一歩手前くらいまでいけるだろうな。私の権勢も誇示できるしでいいことづくめだ。ふふふ。
しかし、あの青髪のメイドは非常に腹立たしかった。主を差し置いて主導権を握り、剰え、この私に意見をするなどとても愚かしい。
顔は整ってるが、気が強いのがいただけない。だが、ああいうのを服従させて屈服させ私に従順になるよう躾るのもまた楽しいのだろうが、止めておいた方がいいだろう。如何せん、気が強すぎる。あれでは楽しむ前に私が疲れてしまう。
それよりも、あのメイドの妹だろうか。水色の髪のメイドは可愛かった。
成長したら、あの令嬢や青髪のメイドより美しくなるだろう。今のうちに唾をつけて自分に従順になるよう躾けたいと、少し焦ってしまった。お陰で手元に置く事は叶わなかったが、まぁ、まだ機会はいくらでもある。ここは焦らずにじっくりお金ごと奪ってやろう。
しかし、この娘が金を産む卵だったとはなぁ…。
先代の教皇の時からいるが、やたらと私に反抗的な態度をとる生意気なガキがなぁ…。
娘の顎を掴み、顔を覗くが、相変わらず反抗的な目で睨んでくる。
「ふんっ…」
無造作に放し、床に放る。
聖騎士に命じて、監禁部屋への連行を命じたが、折角の金づるだ。
いつもなら罰として飯抜きにしているところだが、死なれても困るからな。いつもの二倍の量を食事を与えるよう命令しておいた。まぁ、二倍といっても黒パン二個だがな…。節約できるところは節約しないとな。
二人がかりで娘を連れて行くが、あいつらもフラフラしているな。ちゃんと同じように食事を与えているのに不思議だ。そんなんで私を守れるのかね?
しかし、やっとここまで来た。穴倉の時代は長かった。あの時、あいつらがヘマをしなければ今頃私はこの国のトップになれたというのに。愚かしいことだ。
まぁ、足を引っ張るあいつらはもう居ない。これからは私の時代だ。運が上向いてきたんだろう。普段は神になど感謝はしないが、今だけは感謝してやろう。ふっふっふ…。
「十二年。いや、もう十三年になるのか……」
教会の大聖堂の上から見下ろす街は美しい。これがいずれ私のものになるのだと思うと心がゾクゾクする。
見下ろした景色の中で、今日も働きアリが私のために動き回っているのを見ながら昼から酒を嗜むのは気分がいい。
「女神アイデアルに乾杯」
今日はいつもより酔いのまわりが早いのは楽しいからだろうか?
まだ、一杯しか飲んでいないのに体が床に倒れている。
消えゆく視界の中に人影が映った気がした。




