24 王都のがっかりスポット
入り口の前に出ると、今日はちゃんと馬車が用意されていた。うちで使っているやつよりも豪華で重厚だ。エリーが上で飛び跳ねても壊れなさそうだ。
「エリー、今日は筋トレはなしで。いいわね?」
「……んんぅ。わかったわぁ。我慢するわぁ…」
まぁ、腕立て一回でもしたらノースリーブのメイド服になってしまうものね。
馬車に乗り込み、門へと向かう。
「ねぇ、何で私だけいつもの格好なの?」
「それは着いてからのお楽しみよ」
ただヒロインに会いに行くのに何でこんなに予防線を張っているのか理解に苦しむ。
まぁ、ソフィアがこの中で一番家格が上だからって理由だけじゃ無いんでしょうけどね。
「あれ? そういえば、ロザリーさんはどうしたの?」
ソフィアが今更ながらに居ない事に気づきキョロキョロと見回す。
「疲れたのか、二日酔いか知らないけど、寝てるわ」
「あなたのとこのメイドって自由すぎない?」
「「返す言葉もないわ」」
お姉様と言葉が被る。常々思っている事なので特に反論はない。
五分くらいで門を抜ける。そんなに距離があったのか。そんな場所を歩いてきたのか。そりゃ疲れるわね。
門の横に流麗なフォントでホテル名が書いてある。《ホテルブラックダイアモンド》。めちゃくちゃ高そうな名前のホテルだ。本当に、本当にお金大丈夫なの?
お姉様曰く、ここは《王都ディアマンテ》の王城に近い中央区だそうで、件の教会も近いらしい。
馬車の窓から外の景色を眺めると、うちの領より華やかさや派手さは無いが、多くの人で賑わっていた。
街並みもレンガや石造りのいかにも中世ファンタジー風の建物が多い。
なんかヨーロッパに小旅行した気分になる。
うちもアンバーレイク領もそういった景色あんまりないから、逆に新鮮だわ。
そんな中央区故、皆そこそこに裕福なのか結構着飾ったり、ちょっと太ましい人が多くいた。だからだろうか。物凄く目立つ。昨日の夜も居たけど、こんな朝早くから修道服を着た細く小さい子供達が募金箱のようなものを持って大勢立っていた。
街ゆく人たちはそんな子供たちに一瞥もせず過ぎ去っていく。まるでそこに最初から居ないかのように振舞っている。
そんな様子にとても違和感を覚えた。
馬車に揺られる事十分。ダイアモンド王国でもっとも大きく、この国の宗教《ブリリアント教》の総本山。ヒロインが過ごしていると言われている《キュービックジルコニア大聖堂》だ。
王都のジルコニア地区には宗教関係の施設しかないらしい。
なんか前世で見た海外の大聖堂みたいにめちゃくちゃ大きくて威圧感がある。
装飾とか彫刻とかデザインが凝りすぎてる。めちゃくちゃお金かかってそう。
かなり高さがあるため、見上げるとほぼ真上を見ている感覚だ。
建物の周りは一面真っ白な大理石のような石畳の広場が広がっていた。
「ちなみにここは王都でも一番のガッカリスポットよ」
「なんで?」
「来ると寄付をお願いされるからよ。だから、何も知らない人が見に来るとあんな感じで声かけされるのよ」
お姉様は忌々しそうに建物の方を見る。
普通なら厳かな雰囲気があるはずなんだけど、どうも俗っぽい雰囲気があるのは、その広場にも募金箱のようなものを持った修道服の子供達が、信者っぽい人や観光客に声かけしていたからなんだろう。
そそくさと逃げるようにしてこの場を去る人が多い。建物まで別の意味で遠いようだ。
ふと、かすかにカレーの匂いがしたのであたりを見渡す。
「どうしたのクリス? そんなキョロキョロして…」
「いえ、なんかカレーの匂いがしたので」
「ここには飲食店も屋台も無いわよ。あるのは、つまらない建物だけよ? もしかして、もうお腹空いちゃったのかしら?」
「お姉様やソフィアじゃないからそれはないです」
「「なんですって?」」
二人とも息ピッタリ。そんなムキになるって事は実際意識しているんでしょ?
「じゃあ、気のせいですかねー」
とりあえず、メンドくさいので無理やりに話を終わらせる。
「分かったわよ。帰ったらロザリーにカレーの薀蓄でも語らせながらカレーを食べたらいいわ?」
「やめてお姉様。昨日の夜はそれで散々な目にあったのよ?」
「ごめん…。冗談で言ったつもりだったんだけど、まさかクリスにまであのつまんない話を聞かせていたのね…。ちなみにどこまで聞いた?」
「記憶にないです」
「私全部言えるわ。言おうか?」
「いえ、遠慮します。永遠に」
そんなくだらない話をしていると、近づいてくる人影が一人。修道服を着ているから、ここの修道士さんかな? やたら窶れてガリガリだけど、男か女か分からないな?
「あの…、もしよろしければ寄付をお願いします……」
かき消えそうな声で申し訳なさそうにしている。
「えぇ。いいわ」
何と! あのお姉様が金貨を一枚箱に入れていた。
続くように、エリーも金貨を一枚と投げキッスを。
修道士さんが涙目で震えている。やめてあげなよ…。
え? 私? 私とソフィアとプロフィアさんは銀貨を一、二枚入れたわよ?
「あ、ありがとうございます。神のご加護がありますように…」
そう言ってぺこりと頭を下げて、修道士さんは別の人のところへ近づいていった。
「あの子ぉ、シャイなのねぇ…」
「違うと思うわよ。でもまぁ、大変よねぇ」
「そうね。前はこんなんじゃなかったのにね」
「これは、もう確定じゃない?」
「ま、念には念を入れて…今晩には全部揃うでしょう」
「今晩かぁ…。夜更かしはお肌の大敵なのよね」
「そんなやつが太陽の下で筋トレするかしら?」
前にも来た事があるんだろうか。お姉様とエリーが遠い目をして話している。
しかし、後半は一体何の話をしているんだろうか。眉間にしわを寄せて話し込んでいる。
しかし、お姉様が金貨を……ねぇ。今日は台風でもくるんじゃないかしら?
そんな感じでお姉様に疑いの目を向けていると、肘のあたりをツンツンと引っ張られる。
「はい。ソフィアさんなんですか?」
「何そのやれやれ感は。まぁいいわ。ねぇ、なんかここすっごく感じ悪くない?」
「私もそう思う」
「そうよね。本当にこんなとこにヒロインはいるのかしら?」
「さぁ、それは調べてみないと分からないんじゃない?」
「なんか帰りたくなってきちゃった」
「それには同感だけど、言い出しっぺがそれ言うのはダメじゃない?」
「ぐぅ…」
はい。ソフィアさんのぐぅの音いただきました。
一行は重苦しい空気の中、大聖堂の入り口の扉を通った。




