13 お姉様とデート
二年後―――――
お姉様と一緒に街を歩く。
ふわっふわのドレスを着ながら堂々と歩く。楽しい。
「クリスのやりたかった事ってこういうことだったのね!」
街中をキラキラした目で見渡すお姉様。
街中は活気に溢れ、いろんなお店が軒を連ねている。
そこまでは関わっていないんだけど、一部のお店の看板やポップには萌えキャラが描かれている。大半が私に似ている気がするけど、きっと気のせいでしょう。
いろんなところに視線を彷徨わせていたお姉様が一点を凝視する。
視線の先には可愛い女の子達。いや、あの中の何人が本当の女の子なんだろうね。
見計らったかのように急に吹く突風。
「「「きゃぁぁぁぁっーーーーー」」」
黄色い悲鳴を上げながらスカートを押さえる女の子達。
屈んで覗こうとする私とお姉様。
「ちっ…。見えなかったわね…」
「そうですねお姉様」
「でも、あの娘達は全員男の子かしら?」
「どうでしょうね。ここからだとちょっと判別つかないですね」
そうなんだよね。今この街、いや領内に住む人達ってぱっと見どっちかわからない人増えたんだよね。まぁ私のせいなんだけど。
別に昨日今日変わった訳ではないのですけどね。
まぁ、この二年程お姉様にもいろいろとやっていただいた訳ですけども、やっとひと段落したので、こうして今日領都を観光しているのだけれど。ホント、色々あったなとしみじみ思う。
二年前―――――
まずは、領内の運営状況を知ろうと、お父様から資料を受け取ったけれど、可もなく不可もなくという状況。いや、辛うじて保っている感じだった。
このままでは新しい産業も生まれないし、領民の可処分所得も増えないし、何より、折角港があるのにそれをほとんど活用していないのは勿体無いと思った。
なので、新しい事業のアイデアを出そうと思ったんだけど……。
「うわぁぁぁー。やる事が多すぎる。ちょっと、お父様! よくここまで放置してましたね」
「ちょっと、どうしていいかわからなくて……」
まったくお父様はポンコツね。
それからは、お姉様と協力して、我が家のメイドさんや使用人さんたちにも協力してもらったのだけど、二年程でここまで出来たのは上出来だったと思う。
資料を見た後、お父様について各地を回ったのだけど、領内の発展具合が微妙で時間がかかりそうだったので、可愛くお願いしてお父様の仕事を奪…手伝い、領内の識字率のアップや、仕事の効率化・各食物の生産量を上げ、工業化を進め、領民を経済的にも文化的にも余裕のある生活を作り上げたのだ。元々、貿易が盛んで他国からいろんなものが入ってくるから、私がやりたかった事を含ませるのは簡単だった。
我が国最大の港があるのに、ほぼ死蔵してたなんて……。
一体今までどうしてたのかしら。
それからは徐々に領内の経済が上向いて、平民の人達の生活レベルが向上したのよね。
生活やお金に余裕があれば、娯楽や料理・芸術などを楽しもうとするよね。
だから、領都から僻地の農村に至るまで、最初は子供。次に大人と識字率を上げる過程で歴史や文化を教える時にちょっと価値観や概念を私流にいじって普及していったのだけれど、こうも上手くいくなんて。
今じゃ、街行く少年の8割9割は女装してるものね。あぁ、最高。
まぁ、弊害としてごっついおっさんとかもぱっつぱつなのに、フリルとリボンの多い魔法少女みたいな格好してる人もいるけど、あれも文化よね。逆もある訳だし。
勿論ほとんどの衣装が我がラピスラズリ・シスターズで取り扱っているものなので、大変儲かっております。
因みに、大きいお友達の為にサイズも7XLまで用意しております。※オーダーメイドも承っております。
服だけじゃなくて、カードゲームにボードゲームも多種多様に販売している。
最初はカードゲームとボードゲームをメインで販売してたのよね。
庶民の娯楽品として手を出しやすいし、普及しやすい。何より文字を読めなくても遊べるからね。
これらに慣れ親しんだら、他の娯楽にも手を出すと思ったし、識字率も上がってくれば、本とか売れるかなと思ったのよね。でも。
「文字を読めても本なんて読まないわよ、普通」
「え?」
「文字を読めても本を読もうって発想にいかないわよ。本なんて基本高いし、堅っ苦しいし」
と、お姉様が言っていたので、文字を教える際の教材に、お店で出している恋愛小説や冒険活劇などの本のストーリーの一部を入れてみた。前世での国語の教科書みたいにね。
これが、案外功を奏して、続きが気になるとか、文字を読むのが楽しいってのに繋がったのよね。まぁ、全員が全員じゃないけどね。
うちの店では、イラスト付きで本を販売しているのだけど、そのキャラクターの衣装も販売しているので、お金に余裕があったり、キャラクターになりきりたいって思ったら衣装も買ってくれるよね。
まぁ、当然自作する人もいるんだよね。結構上手な人もいて、そういう人はうちで働いてくれないかしら?
まぁ、簡単に言うと、経済を発展させて、識字率上げて、生活や文化レベルを上げたのは、領内に女装男子や男装女子を溢れさせる為。
領内でそういった人たちが増えれば、私が女装して生活していても、そういった文化や風習ですのでって事で押し通せると思うの。
これで、堂々と女装して生きていけるわ。
なんて事をお姉様に言ったら。
「なんて回りくどい事をしているのかしら」
流石のお姉様でも呆れて溜息を吐いたけれど、「そういうの嫌いじゃないわ」と、いつも通りニッコリ笑ってくれたわ。
うん。私のやってきた事は間違っていなかったのね。
無駄に遠回りしている気がするって?
巡り巡って領内の経済も回るから大丈夫。多分。
それに、私たちだけで作るより、クリエイティブな人が沢山出てきて、見た事ないゲームや小説が出てきたら、それこそ文化が浸透したって思うのよね。
最初期はメイドさん達におもちゃ作りを手伝ってもらってたんだけど、こういうの作ってみたいってアイデア出してきた娘とかいたからね。
そういえば、何故か作るゲーム全てメイドさん達には勝てなかったんだよね。男の使用人さん達には勝率一割だったし、弱いのかしら私の頭…。
そうそう、一番驚いたのはお姉様よね。
うちではあんなんなのに、外に出た瞬間に誰こいつ状態になるもの。
商談や営業のトーク力は勿論。いかにもな貴族令嬢とした話し方に振る舞い。最初のうちはずっと目を見開いていたわ。あんまりにも別人だったんだもの。
普段からそうしていればいいのでは? って聞いたんだけど。
「やーよ。疲れるもの」
だそうで、外に出せばどこに出しても恥ずかしくない貴族令嬢です。
うちにいるときは常にただの残念な人なのが欠点ですね。欠点が大きすぎるなぁ。
まぁ、そんなお姉様の働きによって、領内は勿論、領外にもぽつぽつと支店を増やしてきているんだけど、他の領からは文化汚染だとも言われたりする。
でも、いずれそれがスタンダードになると思うの。だってまだ二年しか経ってないもの。これからよ。
しかし、お父様も大丈夫なんだろうか。
自分で言うのも何だけど、他人の意見を素直に聞きすぎじゃないだろうか?
『わぁ、クリス凄い、凄ーい』
って、ニコニコしながら言うだけだし。そのうち、危ない契約とかさせられないだろうか? そこだけが心配。
この二年いろいろあったなと、思いに耽っていると、お姉様に揺さぶられるように声を掛けられる。
「ねぇクリス、私お腹空いたんだけど」
「そういえば、もうそんな時間ですね」
近くにあったお洒落なカフェへと入り、店先に並べてあるテーブルについた。
店員さんが、水とおしぼりとメニューを持ってきてくれた。
メニューを開きどれにしようかと考える。
んー。悩むなぁ…。スパゲティもいいし、ピザもいい。でも今日はトマトの気分じゃないから、チーズハンバーグ……。カレーもいいなぁ。大きめの野菜とチキンがゴロゴロ乗っかてるこれにしよう。
「私は、このチキンカレーにしますけど、お姉様はどうしますか?」
私以上にメニューとにらめっこするお姉様。
「悩むわ。一つに絞れないなら全部選べばいいのよね」
「は?」
ちょっと何言ってるか分からない。
いや、普段から凄い量食べるのは知ってるんだけど、まぁ多くて二、三皿ってとこでしょうね。流石に。
「じゃあ、店員さん呼ぶわね。あ、すいませーん…」
「はーい。お決まりでしょうかー」
ニコニコしながら店員さんがやってきたので、料理を頼むことにする。
「あ、じゃあ、この季節の野菜とチキンのスパイシーカレーで…」
「はい。季節の野菜とチキンのスパイシーカレーですねぇー。今ランチでドリンクつくんですが、何にしますかー?」
あ、そっかドリンクつくのか。
「あ、コーヒーホットで」
「コーヒー…。ホットで……。かしこまりましたー」
「じゃあ、私はー……。このナスのボロネーゼとクワトロフォルマッジ、トマトクリームの煮込みハンバーグとエビとキノコのドリア。あと、このとろとろ卵のオムライス、デミグラスソースでカニクリームコロッケトッピングでー、最後にパンケーキ、プレーンので。うん、でー、ドリンクはー、コーヒーとピンクレモネードで、コーヒーはパンケーキと一緒で、ピンクレモネードは最初の方でお願いしまーす」
一息でそこまで言って、水を一口……。いや全部飲みきるお姉様。
いや、頼みすぎでは? 私も店員さんも目が点になってるもの。
「あ、はい。ご注文繰り返しますね……。ナスのボロネーゼにクワトロフォルマッジ………」
私とお姉様の注文を二回繰り返して確認して厨房の方へ戻っていった。
普通、二回確認しないと思うの。でも、二回とも完璧に言ってたからプロよねぇ。
戻る前に、「いっぱい頼んで頂いたんで、隣のテーブル併せますねー」と言って、テーブルをくっつけてくれた。
別にそこまで小さいテーブルじゃないんだけどね。お姉様の頼んだ量は絶対に全部乗らないからね。
というかお姉様、注文を頼んだのにまだ、「あーライスコロッケとロールキャベツも頼めば良かったわね。デザートにハニートーストも追加しようかしら…」とか呟いてますが、もう正気の沙汰じゃないですよ? どう考えても頼みすぎですし、食べ過ぎです。
いや、別に食べきれないなんて思ってはないんですけどね。
よく夕食時にテーブル真ん中にある鳥の丸焼きとかほぼ一人で食べてお母様と喧嘩してますからね。
我が家のエンゲル係数高すぎない?
料理が来るまでの間、私とお姉様は座りながら何回か身を屈めていた。
「素晴らしいわ。そして、すっごく…、変態よね…」
「ふふ…。ありがとうございます」
何にたいしてのありがとうかはさて置き、街を歩く人々や、働く人々…。前世の秋葉原や池袋、コミケ時期の有明に居そうな格好。つまりコスプレイヤーみたいな人達ばっかりという事。ただ、それだけじゃなく……。
「あの子はどっちかしらね?」
「堂々としてますけど、さっきの風でスカートがめくれた時膨らんで見えたので男の娘じゃないでですか?胸も平いですし」
「なんか発音に違和感があったのだけれど…。じゃあ、あっちのイケメンは?」
「女性ですね。立ち振る舞いにまだ女性らしさが残ってますし」
「流石ね、クリス…。あら、また風だわ…」
ピューッと吹く風が道行く人の短いスカートを膨らませる。
「あの子は、男の子ね…。ふぅ……。あれを眺めながら飲むピンクレモネードは最高ね」
「そうですね。あの娘と、あの娘も男の娘ですね。あっちの娘は、まだ恥ずかしがって初々しいところがいいですね。素晴らしい…」
「ねぇ、やっぱりニュアンスおかしくない?」
「そうですか?お姉様の発音の方がおかしい気がしますが…」
「えぇ……。ちょっと女の子って言ってみて?」
「女の子」
「んん⁉️私がおかしいのかしら?」
お姉様はずっとおかしいですよ?
そんな風に目の保養をしていたら、お姉様が性別当てに飽きたのか、年齢当てを始めた。まぁ、答えなんて聞かないとわからないんだけどね。
「あそこのほぼ半裸のお姉さんはいくつくらいかしら?二十……、二、三くらいかしら?」
「お姉様、流石に年齢当てはマズイです」
「えー、そうかしら?普通じゃない?」
「お姉様は自分の年齢聞かれるの嫌じゃないですか?」
「いや別に、全然」
あ、そうですか。お姉様は一般の方とちょっと違いましたね。いろんな意味で。
そうして暫く堪能していると、次々と料理が運ばれてきた。
二つのテーブルの上に所狭しとお姉様の注文した料理が乗っている。圧巻だわ。
というか、厨房大忙しで、料理人さん大変だったでしょうね。
そんな事露知らずといった顔で料理を頬張っている。リスみたい。
自分も頼んだカレーを食べる。んー、おいしい。
スパイスが効いてるけど辛すぎず、でも濃厚でクリーミー。チキンもホロホロになってるのに弾力が残ってる。野菜もソテーしたものが乗っていて色鮮やか。この野菜の甘さがカレーの程よい辛さとマッチしていておいしい。それにしてもやっぱカレーはライスよね。ほんと米があって良かったわ。
しかし、ほんっと美味しいわねこのカレー。この後味に残るのは何かしら?
カレーに使われてる隠し味は何だろうと味わいながら考えていると、お姉様が味変しようとしてるのか、備え付けのカスタートレーからタバスコを取り、スパゲティとピザにタバスコを気が狂ったように掛けていた。
思わず吹き出しそうになったが何とか堪えた。私えらい。
「お姉様……。そんなにタバスコを掛けたら辛いですよ?」
「え?タバスコはそんなに辛くないわよ?寧ろ甘いくらい」
「えぇ……」
お姉様の味覚が残念だった事に今更ながら気づいた。そういえば、以前行ったカフェでカフェラテに砂糖十五個くらい入れてましたね。体に悪そう……。
「そういえば、このピザに乗ってるチーズって言うの? メアリーの村の特産品なんだってね?」
「そうみたいですね。うちの領ではあんまり普及して無かったですからね」
メアリーの出身の村は王国の北部の方で、村の住人のほとんどが酪農で暮らしているそうで。各家庭でチーズを作っているんだそう。
それで、一番ビックリしたのは、各家庭で作ったチーズが商品名になってる所。
例えば、ブルーさんの所で作ってるチーズはブルーチーズ。カマンベールさんの所で作ってるのはカマンベールチーズ。チェダーさんの所で作ってるのはチェダーチーズ。前世の記憶と現物が一致しているので、思わず笑ってしまった。
因みに、メアリーの苗字はゴーダらしい。
『もし、クリスがメアリーに嫁いだらクリスティーヌ・ゴーダになるのね』
『やだもう。気がはやいですよ』
『何か分かんないけど、すっごく強そうね』
と、メアリーとお姉様が言っていたのを思い出した。
この世界、庶民でも苗字あるんだから凄いよね。
因みにサマンサ付きのメイド、ロザリーの苗字はタバサらしい。
とにかく、試作品の段階で、イタリアンやフレンチを作るのに大変重宝しました。
お姉様が口の周りをトマトだかタバスコだかで真っ赤にしていたら、件のメアリーが急いでやってきた。
「クリス様。伯爵様がお呼びです。急ぎ戻るようにと」
「え? お父様が? 私だけ?」
「はい」
チラッとお姉様を見る。
「あ、私はいいわよ。ここでまだ、食べてるし、何かあってもロザリーがすぐに来るから大丈夫」
「そうですか…。それではお姉様、お先に失礼しますね」
馬車に乗り込む前にお姉様の方を見ると、大きめのオムライスにこれでもかってくらいタバスコを掛けて、店員さんをドン引きさせていた。
チキンライスならともかく、オムライスにタバスコはないでしょう……。
流石に止めに入ったロザリーにタバスコまみれのオムライスをあげていたけれど、あれは好物をあげてるのか、嫌がらせなのか分からない。
どっちにしろ、お姉様の味覚はもうダメかもしれない。




