21 ロザリーを寝かせたい
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体が変な痛みで起きる。どうやら床で眠ってしまったようだ。
むくりと上体を起こす。辺りを見渡すと豪奢な部屋が目に入る。
そうか、確か昨晩ホテルに泊まったんだった。あぁ勿体ない。折角の高級ホテルのベッドで眠らないなんて、こんなに勿体ないことあるだろうか。
もう朝かなと思ったんだけど、まだ夜みたいだ。窓の外はまだ薄暗い。
折角なので、大きな大きなベッドにダイブする。
なんていいベッドなんだ。固すぎず柔らかすぎず、包み込むように優しく弾きかえす。これは筋肉痛も治りますわぁ。昨晩は何も食べてないけど、まだこんな時間だし、このまま睡眠の第二ラウンドに移行しましょうね。
十分後―――――
「………………………………」
二十分後―――――
「………………………………うむむ……」
三十分後―――――
「……………だぁーーーーーっ!」
どうしよう。寝れない。疲れが残ってるはずなのに。まだ若いのに寝れない。眠れない。どうしよう。
こういうときは、強目の酒を飲んで気を失おう。良い子は真似しちゃだめだぞ。
ということで、棚からウイスキーを一本取って、蓋を開けようとしたところで視線に気づいた。
「な、何かしらロザリー?」
いつ起きたのだろうか? あともう少しだったのに……。
「ダメですよ、クリス様。それに開けたら飲みきらないといけないじゃないですか」
「そうね。飲みきる自信はないわね。ロザリーもお酒弱いし」
「なっ! 私はお酒弱くないですよ!」
「たった1本飲みきれずに寝ちゃったじゃない」
「えっ! 瓶はカラですよ。もしかして?」
「あらぁ、不思議ねぇ。無意識に飲んだんじゃないの?」
記憶が無いのだから、私を疑うことなんてできないわよね。
まぁ、そんなことより重要なことがある。
「寝れないだけど、どうしたらいい?」
「そうですねぇ、楽しい会話をしているといつの間にか眠ってしまうことありますよね。女子のパジャマパーティとか旅先での恋バナとかですね。大抵、結論に行き着く前に寝落ちしちゃいますよね、アレって」
ふむ。なるほど。意外と女子力の高いロザリーならではの視点だなと思う。それでいこうと思うんだけど、パジャマパーティはともかく、旅先での恋バナがすっごい気になる。誰とそんな話するんだろう? お姉様はまず違うとして、メイド仲間の誰かと何だろうけど…。正直、私自身は恋バナとかあんまり興味無いんだよね。その辺深掘りされても困るから、別のおもしろい話題を振ろう。
でも、それが間違いの元だった………。
「では、まずクミンですね。まず最初に炒めた時カレーの匂いがしますよね。カレーのいい匂いの元の一つなんですが…」
まさかのカレー談義。しかもスパイスの薀蓄を聞かされる羽目になるなんて。
しかし、普段は無表情に近い顔をしているのに、こんなに恍惚とした表情で語りだすなんてよっぽどカレーが好きなんだな。目にハイライト入ってるし、肌艶が凄くいいもん。
こんな時間じゃなければ付き合ってもいいんだけど、楽しくない。
「次にカルダモンなんですが……、クリス様聞いてますか?」
「えっ! あ、聞いてる聞いてる。ちゃーんと聞いてるわよ。ふわぁ…」
「そうですか? では続きいきますね。これもカレーに欠かせなくてですね。クミン同様、最初に炒めるといい香りがするんですが、甘い香りに反してほろ苦さがありまして……」
何が楽しい会話だよ。ロザリーが楽しいだけじゃないか。
でも、お陰で退屈な為か眠くなってきた。イケるぞイケる。このまま深い眠りに落ち……。
「ちょっと、起きてくださいクリス様」
両肩を掴まれ思いっきり揺さぶられる。もう少しで眠れたのに何てことするんだ。
「いや、もう眠いんだけど…」
「ダメです。まだ二つしか語れてません。朝までたっぷり時間がありますし、これからですよ?」
「これからですよ? じゃないよ。寝かせてよ! 寝たいの! 眠りたいのよ?」
眉間にシワを寄せ、心底意味がわからないといった表情をする。
あれ? これ私がおかしいのかな?
ロザリーは尚も続けようとする。
「まだまだ夜はこれからですよ。しっかりしてください」
「あっ、はい…」
「では、次はフェネグリークですね。クリス様も大好きなシュクメルリにも使われますね。どちらかというと甘い風味が特徴的ですね………。クリス様? 船を漕いでないで、メモ取ってください…」
またもや眠ることを阻止され、いつの間にか手にはメモ帳とペンを握らされていた。もうこれ拷問だよね? いつまで続くんだこれ……。
何で高級ホテルに来てこんな起きてなきゃいけないんだ…。例のバラエティ番組の芸人さんの気持ちがよく分かるわ。相手に殺意覚えるくらいにね。
しかも、何が腹立つって、ロザリーの語る姿勢よね。M字開脚でパンツが丸見え。お姉様なら大喜びでしょうけど、私そういう趣味は無いのよね。このまま限界まで行って前かがみに寝落ちすると、丁度柔らかいモノのところに顔から突っ込む位置なのよね。これは何としてでも後ろに倒れないとダメね。
しかし、終わる気配が無い。いつまで続くんだ?
「ねぇ……、いつ…まで、つ…続けんの……?」
「私が語り疲れたらですかね?」
「……………………」
こんな満面の笑みで言っているうちは絶対に眠くならないんだろうな。
これは、強制的に寝るように仕向けないとダメね。
何とか残りの気力を振り絞って、精一杯の笑顔を作り、ロザリーに提案をする。
「ねぇ、ロザリー? ただ話していても疲れない?」
「いいえ、全く!」
即答しやがった。こっちは疲れてるんだから察してよ。ロザリーだって、長旅と歩きで疲れているはずなのに…。回復力が尋常じゃないわね。そんなにカレーって効果あるのかしら?
まぁ、いいや。ここは何としてでもロザリーを罠に嵌める。
「まぁまぁ、そう言わずに。喉乾いてない?」
「……まぁ、少しは…」
「そうよね。そうよね。こういう楽しい話をしている時は、飲み物を飲んだり、何か食べたりしながらするものよね? パジャマパーティだってそうじゃない?」
「そうですね。確かにそうです。相手を退屈させてはいけませんね」
私はすっごく退屈よ〜。
「では、今からカレーを…」
「カレーはいいわ。時間がかかりすぎるもの。私が用意するから、ほらソファーにでも座ってなさいな」
これじゃどっちが主で、どっちが従者か分かったもんじゃないわ。
棚から、ウイスキーを一本取り出し、開ける。中から樽の匂いだろうか、とてもスモーキーな香りが鼻を突き抜ける。これ高いんじゃない? まぁ、お代はお姉様持ちだろうから気にしないようにしましょ。
ウイスキーの他に、食べ物も用意しましょう。こんな時間だから私は食べないけど、説得力を持たせる為に幾つか用意しましょうね。
サラミに、チョコとナッツを皿に少し持って、テーブルに置く。グラスに氷を入れて半分ほどウイスキーを入れて、ロザリーに手渡す。
「はい、どうぞ」
「なんか、偉くなったみたいな感じがしますね。とてもいい気分です」
そうですか。私は寝られれば何でもいいです。
「あれ、クリス様は何か飲まないんです?」
「あ、そうね。お水をいただくわ」
「なんか、申し訳ないですね」
「いいのよ…」
早く飲んで、酔いつぶれなさいよ………。なんかこういう事考えてると、推理小説とかの犯人の心理状態みたいね。
「では、続きですが、カレーにおける玉葱を飴色にする理由ですが…」
飲まないのかよっ…!
心の中で盛大にツッコミを入れてしまった。手に持ったコップをよく落とさなかったと自分を褒めたい。
しかし、足を組んで目を瞑り、片手にグラスを持って身振り手振り講釈を垂れる様はどこかの社長か政治家か。あるいは医者か教授くらいのもんじゃないだろうか?
そんな偏見だらけの思考でジトーっとロザリーを見ていると、よく飽きもせず喋るなぁと感心する。
「それでですね、ゴクッ……。チャツネというのがありまして……」
あ、今飲んだね。
飲んだ直後から、頭がメトロノームのように左右に動き、呂律もおかしくなってきた。本当にお酒弱いのね。舐める程度しか飲んでないじゃない。
あんなに雄弁に語っていたロザリーが、グラスをテーブルに置き、ピッチャーに手を伸ばそうとした辺りで、そのままの体勢で眠ってしまった。
ィヨシッ!
はー……。長かったわ。これでやっと眠れる。
ロザリーをソファに横に寝かせてあげる。流石にこの体勢じゃ辛いでしょうからね。毛布を一枚持ってきてロザリーに掛ける。
「これで、朝まで起きないでしょう…」
チラッと、ウイスキーの入ったグラスを見る。まだこんなに残ってる。氷が溶けて薄くなったら勿体ないわね。かといって飲み切ってロザリーに何か言われるのも嫌ね。
……………。少しだけ、ほんの少しだけ。
ゴクっ………。
……うんまっ! 何これ、メチャクチャ美味しい。
瓶の後ろを確認する。えぇ、十二年でこんな美味しいの? まぁ言うて前世じゃ安いのしか飲んでないから味なんてそんなに分かんないけどね。しかも今は子供だし?
しっかし、これホント美味しいな。香りもいいし、シルキーな味わいが堪らない。
これ炭酸水で割ってハイボールにして飲んだら怒られるよね? それだと、永遠に飲んでいられそうなくらい美味しい。
酔いが回る前にお布団に入って寝ましょうね。
一人大き過ぎるベッドに入り眠る。やっば。このベッド凄いわ。永遠に眠り続けられそう……。




