20 ホテルでの過ごし方
何ということでしょう。
前世も含めてこんなに広くて豪奢な部屋になんて泊まったことないわ。
えぇ…、広すぎて逆に落ち着かないわ。こんなに椅子とかソファーとかいる?
なんかよくわからない置物とか絵とか飾ってあるんだけど、あれ高いのよね?
どうしよう。気持ちはなんちゃって貴族だから、こんなちゃんとした貴族っぽい部屋に案内されると落ち着かない。今まで見てきたのって、私の部屋以外だと、オタク感丸出しのお姉様の部屋と殺風景なソフィアの部屋くらいしか知らないわ。
これが本当の貴族…ルーム………。
どう考えても。十人くらいで泊まる部屋なんじゃないの?
どうせお姉様のことだから、本当は鰻の寝床みたいな部屋や馬小屋みたいなところに案内されると思ってたのに、ギャップの落差が凄い。いい意味で。
お姉様がこんなところを知ってるのもビックリだけど、既に何回か泊まってるという事実にもビックリだわ。
ちなみに急遽用意してもらった為、三部屋しか用意できないくて申し訳ないと支配人に言われたけど、三部屋も用意できたことが驚きよ。まぁ、普通の貴族は王都にも家を持ってるのが普通なんでしょうけどね。うちは持ってないしね。
二人ずつ分かれるのだけど、私は男同士だからとロザリーと同室になった。まぁ、一番気が休まるから助かるわね。あとの二部屋はお姉様とソフィアの男勝りチームと、エリーとプロフィアさんの体力オバケチームね。
とりあえず、汗でベタベタの状況をどうにかしたいので、お風呂に入りたいんだけど、流石にこんな高級ホテルで大浴場ってことは無いわよね…。
「ロザリー、まずはお風呂に入りましょう」
「えぇ、そうですね。まずはひとっ風呂浴びて、ビールをキュッといきたいですね」
「あぁ、いいね〜それ。いいじゃん。疲れた時はビールよね。キンッキンに冷えたやつ。でも冷えたビールなんてある?」
「確認します」
ササっと部屋の中を確認するロザリー。お酒の力って偉大だわ。いつもよりテキパキしているわ。うちのメイドって欲が絡むと動きが早くなるのなぁぜなぁぜ?
「ありました。ありましたよ、クリス様。ミニバーに瓶ですがビールがありました。あと、ワインセラーに赤と白、シャンパンにシードル。棚にはウイスキーにブランデー。ラム酒までありました! でも、クリス様はまだ子供ですので、ぶどうジュースで我慢してください」
「そんなっ……」
私はその場に力なく、へたり込むように座ってしまう。
そうだった。私まだ子供だったよ。くっそー。飲めないのか。
いや、待てよ。ここは異世界。別にお酒の年齢制限とかないよね。と、いうことは…。
「ふっ…。何言ってるのロザリー? この国に飲酒の年齢制限なんてないでしょ?」
「ありますよ。この国では十八からになります。あ、ほかの国でもそうですが、南の海を渡った国では十六とかで飲めるそうですが、残念でしたね。少なくとも後六年は飲めませんね。なので、私が責任を持って飲んでおきます。ふへへ…」
黙って飲めば良かったわ。ロザリーのしたり顔が腹立つわ。
水が貴重ならワイン飲んでる地域もあるでしょうに。
飲めないと分かると途端に飲みたくなるわ。もう喉がビールの喉になってるもん。いつでも受け入れ態勢万全だったのに…。あとで、ロザリーが眠ったら飲みましょうかね。
しかし、今はお酒よりお風呂よ。
「ロザリー、飲酒の議論は一先ず置いといて、まずはお風呂に入りましょう」
「そうですね。お供します。あ、その前に準備が必要ですね」
着替えかな? そう思っていたら、傷つけたら弁償代が高そうな扉の取っ手に短い棒を何本か挟んでいる。そして、これまた高そうなチェストやソファーを持ってきて扉が開かないようにしている。
「なるほど。お姉様対策ね。流石はお姉様専属メイドね」
「伊達に長く仕えてませんよ。甚だ不本意ですがね。ま、あの人たちはお風呂に入るより先に何か食べるでしょうから今のうちですね」
「そうね。さっさと入ってしまいましょう」
そうして、着替えとタオルを持って、これまた無駄に広い脱衣所で服を脱ぎ、浴室の扉を引いたら、そこは楽園だった。
大理石の壁や床に、大人が五人くらいは余裕で入れるだろう円形の浴槽。なんかピンクとか青とかに光っている。南国とかにしかないような観葉植物が何本か植えられており、窓の外は全面ガラス張りで王都の夜景が一望できた。
なんてところに…、なんてところに泊めてくれたんだお姉様は。これはお姉様の評価を少し上げないといけないわね。大体100ポイントくらいかしらね。グッジョブお姉様。
余裕で足を伸ばせる浴槽にそのまま入りたいのを我慢する。
まずは、頭と体を洗ってから入る。当然のマナーよね。よく温泉とか行くと、掛け湯せずに入る人いるけど、あれ気分悪いよね。で、そういう人に限って、出て行く直前に体とか洗うのなんなんだろうね。逆じゃね? って思うんだけど、私がおかしいのかしら?
まぁ、いいや。まずは頭から……。このシャンプーめちゃくちゃ高いやつじゃん。貴族御用達の香りのいいやつ。あ、そうか私貴族だっけ。たまに忘れるのよね。
ふと、ロザリーはどこから洗うんだろうと気になり横を見ると、ロザリーも頭からだった。でも、シャンプーハットを被っていた。
「大人の余裕を見せていた人が、シャンプーハットて…」
「いいじゃないですか。目開けてられるんですよ?」
「閉じればよくない?」
「閉じたら、どこにシャワーがあるか分からないじゃないですか」
「そ、そうなんだ」
たまに子供っぽいところあるのよね。あんまり突っ込むとメンドくさそうだから、この辺で打ち切っておこう。
頭、顔、体と洗い、浴槽に浸かる
「ああ〜、生き返るわ〜」
「ああ〜、染みるわ〜」
「私、もう足とかパンパンよ。明日筋肉痛にならないかしら?」
「若いから大丈夫じゃないですか? 年取ったら中々抜けないんですよ」
「分かるわ〜。でも、まだそんな年齢じゃないでしょうに」
「まぁ、そうなんですけどね」
二人しておっさんくさい会話をする。
しかし、一つ気になることがある。
「ねぇ、随分と堂々と入るわね。女装男子の癖に、お股おっ広げて……………。って大きくない?」
「ふっ………。そうでしょうとも。でも、クリス様もその歳にしては大きい方だと思いますがね」
「そうかしら?」
「そうですよ。私には負けますがね」
昔のことなんてあまり覚えてないけど、そういうもんなんだろうか…。
二人とも男同士だからか、くだらない話が楽しい。たまにはこういうのもいいなと思っていたら、遠くの方で小さくガチャガチャという音と。「ちょ、なんであかないのよ」という声がした。流石、専属メイド。
「では、そろそろ上がりましょうか?」
「何で? 開けられないならまだ大丈夫じゃないの?」
「ふふっ…。まだまだ甘いですね。とりあえず、急ぎここから出ましょう」
急かされるように浴室を後にし、着替えを済ませ部屋に戻る。まだ髪の毛が濡れたままなので、タオルで巻いている。
いつの間にか扉の向こう側は静かなっていた。
「ちょっと! 何でもう上がっているのよ!!!」
先ほどまでいたお風呂の方からお姉様の叫び声が聞こえた。
驚いた。ロザリーがここまでお姉様の事を見抜いているなんて、恐ろしいわ。
どんな状況になっているのか気になって浴室の引き戸をすこーしだけ開ける。窓の外でお姉様が立っていた。お姉様に気付かれる前にそっと閉じて部屋に戻ると、あの短時間でどれだけ飲んだのか、もうすっかり出来上がっていた。
「うぃ〜、クリス様ぁ、どこいってたんれすかぁ…」
もしかして、ロザリーってお酒弱い? たかだかビール一本でこんなに酔うなんて。
まだ瓶に三分の一程残っている。勿体ないなぁ。ロザリーをチラッと見ると、赤い顔をしてすぅすぅ寝息を立ててソファーで寝てしまっている。
「仕方ないなぁ…。残したら勿体ないからね。しょうがないね」
コップに残りを注いで飲む。乾いた喉をしゅわしゅわと刺激する。程よい苦味が喉をスッと抜けていく。
「ぷっは〜。これだわ。やっぱこれよねぇ」
コップを置いて、せっかくロザリーが寝ているんだからと、もう一本取りに行こうとしたところで、視界が揺れ床に倒れた気がした。




