74 番外編3 ルイスたん人形
季節外れのうららかな風が吹き、陽気な日差しが部屋を暖かくする。
まだ、花は咲かないものの、この陽気で午前中なのに非常に眠たくなる。
そんないつも眠たそうな表情のミルキーさんだが、この前の駅での戦いで、私が作ったルイスたん人形1号がお亡くなりになってしまった。
厳密に言うと、落としたときは土埃がつく程度だったので、払えば何とかなったのだが、鬼神の如く暴れまわった結果ルイスたん人形共々、男達の返り血で真っ赤になってしまったのだ。
流石に、こんなに真っ赤になってしまっては洗っても落ちそうにないし、何より中の綿やフェルト生地に男達の血の匂いが移ってしまった。
そうなってしまうと、いくら洗って干しても、抱いた時に匂いが気になってしまうという。折角のオキニのルイスたん人形から誰とも知らない匂いがしたら最悪だ。
という事で、ルイスたん人形1号に関しては、火葬し、庭の一角に『ルイスたん1号のはか』と書かれたアイスの棒程度の木が刺さっている。
ちゃんと、関係者一同喪服に着替え葬儀を行った。嗚咽を漏らしながら悲しむミルキーさんには悪いが、コントにしか見えなかった。
そんなミルキーさんの為に、今日は2号の製作に取り掛かっている。
ミルキーさんは今日は非番らしく、珍しく私服だ。シンプルにニットのセーターと、ロングスカートを履いているのだが、何というか、胸がやたらと強調されている。ゆったりしたあの服でこれだったら、脱いだらどうなんだろうと夢想する。
しかし、すぐにその考えは中断される。
「どうかしましたか? 手が止まってますが……」
早く新しいルイスたん人形を抱きたいのか、ちょっと手が止まると催促を促してくる。
ちなみに、新しいものを作ると言った時の彼女の喜びようは凄かった。普通、お礼を言って頭を下げるとか、手を握るとか軽いアクションはあるんだけど、まさか抱きしめられ胸に押し付けられるとは思わなかった。
あれ、男は強い憧れがあるだろうけど、実際やられると息苦しい。通気性のあるクッションじゃないからね。柔らかくても肉だし…。
実際、長い時間抱きしめられたため、意識を軽く失った。まさか、ルイスたん人形に続いて私の葬儀が蕭やかに行われそうになるなんてね。まさに大きな胸は凶悪な武器になりえるわ。
そんなミルキーさんによる、抱き心地や、素材、色、大きさに至るまで、再度厳しい監修の結果、やっと制作のゴーサインが出たのだった。
今はチクチクと針を通しているのだが、非常に鬱陶しいのがもう一人いる。メアリーだ。
メアリーも非番で暇なのか私の部屋に来るなり、私のやっている事に興味津々といった感じで周りをうろちょろしている。
しかし毎回思うけど、服のセンスどうにかならないのかね? どっかのメジャーリーガーみたいなTシャツとホットパンツにもこもこのスリッパだ。もうちょっと統一してほしい。
そんなメアリーが終いには、後ろから私に抱きつきミルキーさんにように胸を頭の上に乗っけている。非常に重いし、動きづらい。それやられて嬉しい人いないよ、実際。
そんなことをやっているもんだから、つい自分の指に針を刺してしまう。
「いたっ…」
「だ、大丈夫ですか? クリス様!」
「舐めとけば大丈夫だけど、せめて針仕事しているときは抱きつかないでほしい」
きつめに言ったはずなんだけど…。
「そんな! 休みの日に抱きつけなかったら一体いつ抱きついたらいいんですか?」
「私は休みじゃないんだけど?」
こいつ…。休み関係なく毎晩抱き枕にしてくるくせに何言ってるんだろう。
あと、いるよね、自分は休みなのに仕事の人にちょっかいかけたり、退勤したのに仕事中の人に話しかけてなかなか帰らないやつ。自分の主観でしか物事考えられないやついるよね? まぁ、そこまでメアリーは酷くないと思いたい。
そんな感じでルイスたん人形制作の進捗の邪魔をしてくるメアリーにミルキーさんが嗜める。
「メアリー? クリス様の邪魔をしてはダメですよー」
「「あっ、はい」」
二人して返事をしてしまう。
間延びした声なのに、やたらと冷たく感じる。さっきまで暖かかった部屋が冬に逆戻りした感じがする。そして最近、ミルキーさんは威圧する時に薄っすらと目を開けるようになった。綺麗な瞳の色だけど、怖い。
静かになった部屋でチクチクと針を刺していく。
ミルキーさんは対面で人妻のように座り。って実際人妻だったわね。
メアリーは床に正座させられている。何が悲しくて休日に正座させられなきゃいけないんだろうか?
*
あれから邪魔も入らず順調に進んだため、ルイスたん人形2号が無事完成した。
以前のものより、抱き心地15%アップ(当社比)。強く抱きしめても元の形状に戻りやすくなっている。大きさもミルキーさんの要求に応え少し大きくなり、抱いても違和感のないようにしている。
「ありがとうございますクリス様。今度こそ末長く大事にしますね」
「喜んでくれて何よりだわ」
「あ、あの、私にもクリスたん人形作ってくれませんか?」
「何言ってるのメアリー? お店に売ってるじゃない」
「いや、匂いが違うというか」
「……………」
ひくわー。その思考にドン引きよ。まぁ、その理論で言ったら既製品を私が抱っこしたらいいんじゃないかしら? やらないけどね。
そんなこんなで、ラピスラズリ商会では、新製品としてルイスたん人形が発売になるのだが、同時に発売したオパールレインメイド十傑人形も人気を得たのだった。
しかし、そのせいなのかは分からないが、ルイスたん人形を買った人の一部で、残念な使い方をしたり、乱暴な使い方をすると、買ってもいない筈のミルキーたん人形が背後からじっと見つめているといった都市伝説が広まるのだが、それはまた別のお話。




