73 番外編2 3バカの日常
これは、ソフィアがラピス・ラズリ商会へ行く少し前のお話。
「あぁ…。クリスティーヌ嬢……。いや、クリスたん……」
最近、開設した三人共同の研究室の休憩室で、長男のシドは虚空を見上げながらため息をついていた。
「兄者どうしたんですぞ?」
次男のムックが気にかけ、声をかける。
「あぁ、ムックか……。いや、クリスたんが帰ってしまったなと思ってね。もっと話がしたかったのに、ソフィアが私を近づけないよう邪魔をしてくるんだ」
「私なぞ、殺されかけたんですぞ? それに比べれば……」
しかし、そんな言葉はシドには届いておらず。
「はぁ…。結婚したいなぁ……。でも、性別の壁が私の愛を邪魔するんだ」
これは重症だなと思ったムックだったが、確かにクリスは可愛かった。寧ろ、あの顔でお○ん○んが付いている方が、嬉しいとさえ思う。
「では、ソフィアと結婚して我が家の婿殿となってくれれば、いつでも逢えますぞ?」
「そう願いたいね。でも、それにしたって随分先の話だろう? 私は今すぐにでも逢いたいんだよ」
「ふぅむ……」
顎に手をやり、考える仕草ををするムック。
「兄者、前世で『俺の嫁』はどうしていましかな?」
「そりゃあ、タペストリやポスター飾ったり、フィギュア飾ったり……。⁉️」
「そうですぞ。兄者、部屋中をクリスたんでいっぱいにすればいいんですぞ!」
「やっぱりムックは天才だったか! やろう。今すぐやろう!」
二人はドュフフと笑いながら、スケキヨの居る研究室へと向かった。
*
「ということで、クリスたんのフィギュアを作りたい!」
両方の腰に手を当て堂々と宣言するシド。
それを眠そうな眼で見つめる三男のスケキヨ。
「……いいよ……」
「作れるのか?」
「……できる……」
そう言って、椅子を降りたスケキヨは覚束ない足で左奥の大きな機械の電源を入れた。
「……本当は、パソコンで3Dモデルを作って、そこから金型を成形して造った部品を組み合わせて、塗装する……」
普段と違い、饒舌に語るスケキヨ。
「……でも、今回はすぐ欲しいって言うから、これを使う……」
「3Dプリンターですな」
こくりと頷き、再び、パソコンの前の椅子に座る。
本来なら、この世界にある筈のない機械ばかりだが、こういった精密機械やパソコンは全てスケキヨが作っている。まぁ、外装のパーツに関してはシドも手伝ってはいるのだが。
スケキヨはテーブルの端にあった液晶のペンタブを手前に置き、パソコンのフォルダを開け、中からいくつかの画像ファイルを開く。
「お、おおおおおお! ク、クリスたんの画像じゃないか! どうしたんだこれは?」
「……屋敷に備え付けの監視カメラからの画像。まだ、そこまで精度高くないから、画質荒いけど、十分判別できる……」
「今更ですが、オーバーテクノロジーすぎますな」
「……で、どんなのがいいの? このまま?」
その言葉に、二人とも目を閉じ、真上を向き腕を組んで考える。
「私は……、私は……、体型がくっきりと出るマーメイドドレスかスレンダードレスがいいな。クリスたんのスレンダーな体型がくっきり出るのがいい…」
「ふむ。それでしたら、チャイナドレスなどもっとくっきり出るではないですかな? スリットもありますぞ」
「なるほど、なるほど。スリットでクリスたんの生足も出せるな。そうなると、修道服もそそられるな」
「シスターもいいのなら、巫女服も可愛さ爆上げですぞ?」
「巫女さんいいなぁ…。でも、この世界の人にその魅力が伝わるかなぁ……」
「ほほほ…。では、いっそのこと、ニチアサの魔法少女はどうですかな?」
「あぁ、いいないいな。クリスたんの可愛さがうなぎのぼりだ!」
「逆にですが、制服もいいのではないですかな? 学校の制服に、CA、ナースといろいろありますぞ!」
「夢が広がるなぁ。興奮するでヤンス!!!!!!」
「兄者のヤンスいただきましたぞ」
そんな熱中する二人を尻目に、液タブにペンで作業するスケキヨ。
「スケキヨは、何がいいとかあるかい?」
「……僕は、これ……」
「「⁉️⁉️⁉️⁉️⁉️」」
二人の前に画面を見えやすく移動する。
「水着! それもほぼ紐! しかも収まりきれてない! 変態か!」
「よく見ると、3パターンありますな。よくこの短時間で……」
「……昨今の多様性に配慮……。男、女、ふた○り……。完璧……」
眠そうな眼で表情に乏しい顔つきだが、薄っすらと満足げな顔をしている。
「……でも、プリンターの材料ほとんどないから、作れても一体……」
「ここは、立案者の兄者が決めるといいですぞ」
「そうか。では、スケキヨの創った、水着ver.の男で頼むっ!」
「……分かった。待ってて……」
1時間程で、女の子座りをしたクリスのフィギュアが作製された。
「普通、パーツごとになると思うのですが、完成系で色も塗られてる。これはすごいですぞ!」
「……僕の自信作……」
そして、完成したフィギュアを触るか触らないかの距離で手をそわそわしながら、目をキラキラとさせているシド。
「スケキヨ、これはもう手にとって大丈夫なのか?」
「……ん。大丈夫。問題ない……」
クリスのフィギュアを手に取り、だらしない顔をする。
「……因みに食べられないけど、舐めても問題ない素材で作ってるから、安心していい……」
「スケキヨ~」
その言葉に嬉しそうに安堵するシド。それを羨ましそうに眺めるムック。
「弟者! その素材はもう無いのですかな?」
「……明日、明後日くらいには搬入される予定……」
「で、では、私は、このチャイナドレスでテントを張っているのがいいですぞ」
「……分かった。後で部屋に届ける……」
「ところで、スケキヨはフィギュア要らないのか?」
一人興味なさそうな感じのスケキヨにシドが問いかける。
「……興味はある。でも、僕はこっちの方が欲しい……」
「別のパソコンの画面を二人の前に向ける」
「「抱き枕……」」
二人とも声がかぶる。
「……とりあえず、見本。AIで両面描いてみた。……本当は本職の人に描いてもらいたいけど……。表は普通。こっち側なら見られても問題無い。でも裏面はこれ……」
裏面は赤面しながら、あられもない姿のクリスが描かれていた。
「これもありだな……」
「ですな……」
「でも、AIの学習不足。指が変形してるし、右が四本、左が六本になってる。目もちょっと違和感がある。あと、全体的に色彩がボヤけてる」
傍目には十分に見えるが、言われてみればアラの目立つ絵だなと、二人は思った。
「でも、これで兄者も寂しく無いですな?」
「一体じゃ足りない!」
その言葉に、ムックもスケキヨも呆れて言葉を失ってしまった。
* * *
アンバーレイク公爵領内のとある直轄の工場。
「主任、何かデータが届いてますが…」
「あん? 公爵家の3バカがまた何か依頼してきたのか?」
「どうなんですかね? 特に指示書も無いですし。ただ、設計図みたいのは詳細に多数送られてきてます」
「どれどれ?」
主任と呼ばれた男は、パソコンに届いたデータを確認する。
「これは、人形かな? 全部同じ顔だから、同じ人間なんだと思うが、何で、下半身は3パターンあるんだ?」
「分かりません。あの人たちの考えることは分かりません」
「これを作れってことかな? ふむふむ……。金型作って量産すればいいのか。まぁ、あいつらの性癖はともかく面白そうだ。他にも応用できそうだしな。生憎と、梱包用の箱までデータにあるな。なになに……。『舐めても安心・安全な素材でできております。』何考えてんだあいつら?」
「書いてある素材は、明後日納入予定なんで、まず金型を機械にセットして作りましょう」
「そうだな……」
*
それから二週間後―――――
倉庫にうず高く積まれたフィギュアの箱。地震でもあったら崩れてきそうなほどだ。
「こうしてみると圧巻だな」
「そうですね。ただ、この商品どうするんですかね?」
「分からねぇ…」
「そういえば、この顔って、この前街中にできたホビーショップに置いてある本のキャラにそっくりですね。それと、この前の街中の馬車暴走事件の時にソフィア様を救ったクリス様に似てますが、何か関係ありますかね?」
「そりゃあ、関係あるだろ。きっと、公爵家が恩義を感じて作ったんじゃないか?」
「このデザインに恩義感じますかね?」
二人ともそんな事露程も思ってはいない。
一箱手に取り、クリアになっている部分から中を見る。とても扇情的な格好と体勢をしている。
二人はただただ苦笑いするしかない。
「とりあえず、そのホビーショップだっけ? あれ、オパールレイン領の店だから、何か知ってるだろう。ちょっとこれ持って行ってこい」
「へいへい。分かりましたよ」
男はサンプル品を荷馬車に詰め込んでラピスラズリ商会エーレクトロン支店へと向かったのだった。
*
店の前に着くと、水色の髪の少女の絵が描かれた看板が掲げられていた。男は商品をいくつか抱えると、何の躊躇いもなく扉を開いた。
「ここかぁ…。看板にもこのキャラが描いてあるな………。すいませーん」
「はいはい。いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
店の奥から店員と思しき女性が出てきた。この人に聞けば分かるだろうと、いくつか抱えてきた箱を見せる。
「いや、これなんですがね、そちらで発注とかしてないかなと思いまして」
「あー、ちょっと分かんないですね。うちはまだ出来たばっかりで、おもちゃとコスプレ衣装と絵本しかまだ取り扱いしてないんですよね。なので、ちょっと本社に連絡取ってみますね」
「あ、お願いします。どれくらいかかりますかね?」
「ここみたいに電話があるわけじゃ無いので、二、三日かかりますね」
電話がないのは不便だなと男は思った。
「分かりました。あ、商品どうします?」
「そうですね、ぱっと見クリス様の偶像に見えるので、いくつかサンプルで置いていってもらってもいいですか?」
「全然構わないですよ。寧ろ、全部置いてってもいいですが。工場内の倉庫が圧迫されてまして」
「んー。とりあえず、一種類ずつでお願いします。まだ、倉庫の方が全部片付いてないんですよね」
「なるほどです。あと、こういうポスターみたいのもあるので、こちらも確認お願いします。じゃあ結果分かったら、連絡もらってもいいですか? 俺、トライベッカもしくは主任のアセント宛にお願いします」
* * *
「という訳で、サマンサ様にお越しいただいたんですが、何か知ってますか?」
「知らないわね。というか、勝手にクリスを使って作るなんて、許可取ってないでしょうに。でも、完成度高いわね。これ、何個あるの?」
「各種類1ダースずつあります」
箱を開け中身を丁寧に改めるサマンサ。一つ一つ丁寧にスカートの中を確認する。サンプル品を全て確認し終わったサマンサはとても満足そうな顔をしている。心做しか、肌が輝いて見える気さえする。
そして、事も無げに重要な事を簡単に決定した。
「そこと契約しましょう。引き続き新しいものを作ってもらいましょう。で、これは私は三個ずつ買ってくわ」
「何で三個なんです?」
「保存用、鑑賞用、実用用。当たり前でしょう?」
「実用ってナニするんですかね?」
「舐めるに決まってるでしょう?」
「えぇ……」
最初の二つまでは理解できた店員だが、最後の実用用は理解できなかったが、いずれその意味が分かる日が来る事を彼女は知らない。
* * *
「……なんか知らないうちに、工場にデータ送ってた。まぁでも結果オーライだからいっか。お金も入るし、新しい研究につぎ込める。でも、新しいデータ作るの大変。誰かやってくれないかな……」
スケキヨが後日、オパールレイン家メイド隊と協力体制を取ることになる。
フィギュアはもちろん。抱き枕、ポスター、タペストリー、ぬいぐるみ、アクリルキーホルダー、ストラップ等新しいグッズを作り全国へと販売していくのだった。
その後、サマンサの私室に置かれた大量のクリスのフィギュアがメイドたちによって奪取されるのはまた別のお話。




