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女装趣味の私が王子様の婚約者なんて無理です  作者: 玉名 くじら
第2章

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71 エピローグ2 鞄の中身


     *     *     *


 クリス達が外に出て行った後、客車の中には私とクリスのお姉様であるサマンサが残った。

 とりあえず、叩きつけられた原稿と手袋を拾い、鞄の中に仕舞い抱きかかえる。

 後は気付かれぬ様、そっと外に出ようとした。

 しかし、底冷えのする程冷たい声でサマンサに呼び止められる。

 「待ちなさい」


 振り返ると、酷く冷たい感情の込もってない表情で見つめられる。足元が氷で固められたかの如く、動くことが出来ない。体温がどんどんと下がっているような気にさせられる。その証拠にさっきから震えが止まらない。

 私の前まで来たサマンサに鞄をスッと奪われる。

 「ちょっ! それ返して!」

 しかし、言葉の代わりに首だけをこっちに向け、冷たい視線を向けられるだけだった。


 座席に鞄を置き、中を開く。そのまま、鞄の底の辺りをさすりながら「ここね」と一言呟き、鞄に細工した二重底を開けた。

 終わったと思った。必要がなくなったのだから、すぐに処分すればよかったのだ。

 それを、後生大事に仕舞っておくなんて、馬鹿だわ私。あれが世に出たらどれだけ大変なことになるか分かっていたのにね…。


 二重底に隠した研究の書類を、サマンサはペラペラと捲り、中を検める。

 そして、一枚だけ千切り私に差し出す。

 「これだけは、あなたに返してあげる。きっと必要になる人がいるでしょうからね。でも、こっちはダメ」

 書類の束を上に持ち上げ、手にしたライターで火をつける。

 「あ、あぁ……」

 紙の端が黒く焦げ、やがて燃え移った火が上の方へ上っていく。

 紙の束が八割程炭化した辺りで、手を離し床に落とす。完全に燃え切ってから靴で踏んで鎮火した。

 私はそれをただ見ているしか出来なかった。


 「あなたは、クリスと同じ転生者なんでしょう?」

 「⁉️ どうして、それを…」

 「クリスが私には打ち明けてくれたからよ。それにクリスを見ていれば、あなたもそうなんだろうって結論に行き着くわ。だって、この世界に無いモノを短期間で産み出すなんてよっぽどの天才じゃなきゃ無理よ」

 確かにそうだわ。ぐうの音も出ないわ。


 「勘違いしないで欲しいんだけど、別にそれが悪いなんて言ってないのよ。寧ろ喜ばしいことだと思うの。でも、これはダメよ。人を傷つけたり殺めたりするものは要らないわ」

 そう言って、燃え切って粉々になった書類だったものを踏みつけた。

 「私は、そういった争いの元になるものはできる限り排除したいのよ」

 「私だって、こんなもの作る予定は無かったわ。だからこの鞄に隠したのよ。でも、せっかく作ったのだし、残しておきたい気持ちはあるじゃない?」

 私の前にしゃがみ込み、私の顔を覗くように見るサマンサ。


 「分かるわよその気持ち。痛いほどね。……まぁ幸い、試作品なんかの流出も無いようだしね。出ていたらどうなっていたのかしらね?」

 そこまで調べられてたのか。敵わないなと脱力する。そして、もしものことを想像し身震いする。

 「こんなもの作らなくても、あなたなら自力で解決できたのではなくて?」

 軽く頬を撫でられる。

 「でも、もしかしたら運命には抗えないかもしれないじゃない!」

 「甘えるんじゃないわよ! そんなもの誰だって思ってるわ。現実逃避して楽な道に逃げようとしないの! それがあなたにとっての破滅になるかもしれないのよ? こんなもの私たちの世界に持ち込まないで!」

 なんだろう。この世界が乙女ゲームの世界だと知らないはずなのに、全て見透かされている気がする。

 「もしかして、サマンサ様も…」

 「違うわよ」

 何が? と聞いてないのに、速攻で否定された。

 

 立ち上がったサマンサは私に背を向け、独り言のように語りだす。

 「私はね、()の為ならなんだってするわ」

 「それはどういう…」

 「あの子に女装させてドレスを着せたのは、あの子には危ない目にあって欲しくない、ただ朗らかに過ごしてほしいから。こっちの世界に来て欲しくないからよ」

 そこで一拍置き慈しむ様な目でこちらを見据える。


「でも不思議よね。遠ざけようとすると、あの子に困難が降りかかるんですもの。出来る限り危険は私たちで受け持とうと思うんだけどね、あの子自身で解決できてしまうから私もついつい頼ってしまうのよね…。お父様も優柔不断だから未だに言えずにいるし…」

 「女装趣味なのはクリス自身によるものじゃ…」

 「今のクリスはそうね。それのお陰でいろいろ助かっているのも事実だわ。面白いものや楽しいものを作ってくれるしね。お陰で気が紛れるわ」

 振り返り、私の顔を正面から見据える。


 「あなたはあの子の味方になってあげてね。来年から私は学園に行かなきゃいけないし、守ってあげられないから……。それに、私は歪んだ愛情しか与えられないから」

 言葉を返せずにいると、続けて話し出す。

 「私とクリスはね、血が繋がってないのよ」

 「⁉️」

 それは、どういう……。え? そんな設定知らない…。


 「だから、やろうと思えば、あの子と結婚だって可能なのよ?」

 嫌でしょう? と呟き、さっきまで(まと)っていた雰囲気は霧散していた。

 「あの子の為なら、いくらだって運命を捻じ曲げてあげるわ。だからあなたもそれに負けないで欲しいわ。そうでしょう? 未来の義妹さん?」

 ニッコリと屈託のない笑顔で義妹と言ってもらえた。だったら、私もそれに応えようと思う。


 しかし、一つだけ気になる点がある。

 「あの、あなたたちは一体何と戦っているのです?」

 「言わなくても知っているんでしょう?」

 それ以上は答えてもらえず、踵を返し去って行ってしまった。


           *      



 客車から降りると、扉の横にエリーとプロフィアがいた。

 エリーは腕を組み、客車に(もた)れかかる様に。プロフィアは後ろに手を組み直立不動で立っている。

 こうなる事を(あらかじ)め知っていた様な顔をしている。ほんと憎たらしいわ。


 「あらぁ、サマンサ様はぁ、随分と、お優しいのねぇっ」

 「立聞きなんて随分と悪趣味ね。悪趣味なのはその格好と喋り方だけにしておいてよね」

 「んまぁ、これのどこが悪趣味だというの? 格好に関してはあなたの弟と一緒よ」

 「ちっ…。クリスの事知ってるのね?」

 「もぉちろんよぉ。私が何にも調べないで来ると思うぅ?」

 顎に人差し指を当て、考える仕草をする。大抵あざとい女しかしないと思っていたが、どうやら変態もやるようだ。


 「でもぉ、クリスちゃんに関してはぁ、今回は特に無いのよね」

 「当たり前でしょう? あの子に何かしたら許さないわよ」

 「もぉ、素直になっちゃいなさいよぉ。そうすれば、もっと懐いてくれるかもしれないわよ?」

 「ふっ…。それが出来ていたら今頃もっとラブラブになっていたでしょうね」

 「不器用なブラコンね…。ここまで拗らせると大変ねぇ…」

 頬に手を当て、溜め息をつく仕草を態とらしくする。凄くイラっとする。


 「うるさいわね。それに、あなたが出張ってくる必要なんて無かったのにね。無駄足だったわね。ご苦労様」

 「いいえぇ。私としてもぉ、ここに来たのは良かったと思うのよぉ?」

 「あんたが来るほどの内容じゃ無かったわよ」

 「どうかしら? まぁ、今回はそういう事にしておきましょう」

 「えぇ、そうしておいて。ちゃんとアレは処分したから流出はしないわよ」

 「本当に、昔と違って丸くなったわねぇ」


 のほほんとした言い方だが、肩や首をポキポキと鳴らしている。女子供相手でも容赦しなそうな感じを出している。実際にはどうなのかはあまり知りたくないが…。

 「何でもかんでも暴力で解決しようとしないでよね?」

 「あら、その言葉ラッピングしてそのままお返しするわよぉ」

  買い言葉に売り言葉。どっちも相手を知り尽くしているから、嫌味を言い合ってもずっと平行線のままだ。まぁ、今回はマシな方だが埒があかない。


 そんなエリーは、もうこの件に興味を無くしたのか、別の件に興味を見出した様だ。舌なめずりをしながら、クリスの方を見やるエリー。

 「もう一度言うわよ。クリスに手を出したら許さないわよ?」

 「んふ。だぁいじょぉぶよぉ。私ぃ、ちゃーんと男の格好をしてる男にしか興味ないからぁ。安心してぇ? ここに来て素敵な殿方に二人も出会えたから、今はそれで満足よぉ」

 そう言って、エリーは遠くで興奮してはしゃいでいるウィリアムの方へスキップをしながら去っていった。

 遠くで、エリーに気づいたウィリアムがエリーとハイタッチしている。平和な奴だなと思う。


 そんな主に苦笑いするプロフィア。

 「大丈夫よ。アレが世に出ることはないわ。そう報告してくれればいいわ」

 「えぇ、分かりました。そのようにしておきます」

 プロフィアは、何を考えているか分からない笑顔で了承の意を示したのだった。


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