67 交渉は決裂②/どうせそんなこったろうと思ったよ
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ちょっと時間は遡りエリーの方はというと、それはまさにブルドーザーで整地でもしているのかと思うほどだった。
プロフィアさんの方はスゥエーとカウンターを駆使してリズミカルに最小限の動きで敵を倒していくのに対して、エリーは拳をただ振り下ろすだけで、ベチャッと敵が叩きつけられる。拳を前に突き出せばメキャッとした音ともに奥の方へ消えていく。更に一蹴りするだけでグシャッという音とともに壁に人が突き刺さる。ただの虐殺に近い光景だった。
男達も自分が液体になるのは嫌だったようで、我先に犇めくように後方の車両へ逃げていった。
しかし、最後方の客車の先は外だ。100キロ近い速度で走っているのだから、そのまま身を投げ出せばただでは済まない。それでも何人かはそのまま外へ飛んでいく。残ったものはジリジリと扉に追い込まれていく。
もう後がないと悟った男達は、両手を挙げ降参の意を示す。
「えぇ? あんなに私を熱い視線で見つめていたのに、もう果ててしまったの? もっと熱くヤリあいましょうよぉ。ほらぁ、まだ立てるでしょっ!」
「「ひぃっ…」」
「エリー様、普通の人間にそこまでの戦意はありませんよ。制圧できたのだからそれでいいじゃないですか」
そう言いながら、どこから取り出したのかわからないロープで男達を手慣れた手つきで縛って放っていくプロフィアさん。
「んもぉおっ、まぁだ、た・り・な・い・いっ!」
地団駄を踏み、床を破砕していくエリー。その振動で床に滴る血が跳ねる。
「ひいいいいいいっ!」
エリーの横に転がされた男が踏まれそうになり悲鳴をあげる。
全ての男を縛り上げ、軽く手をパンパンと叩き暴走機関車を伴って、プロフィアさんがこちらの客車へ戻ってきた。
主の戦い方に引き笑いをするプロフィアさんと、不満げな顔のエリー。返り血ですごい形相になっている。昔見た映画を思い出す。
ちなみに、さすがにまずいと思ったのか、レオナルドの目をソフィアが両手で塞いでいた。
「お子様には刺激が強すぎるわよ」
「あなたもじゃないですか。でも、暫くはこのままでいいです」
レオナルドにしては、珍しく正しい選択をしたようだ。
「では、終わったことを教えに行きましょか」
お姉様が意地の悪い笑みを浮かべる。
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次の客車には居なかった。お姉様とエペティスさんが吹き飛ばした男の亡骸があるだけだった。多分生きてはいると思うけど、動く気配はない。
その次の客車の扉を開け中に入ると、私たちを見た泥棒の女が不敵な笑みを浮かべる。
「あーら、あんだけの数を倒してくるなんてやるじゃないのよ………(え? 早すぎない?)」
最後の方は小さい声で呟いたのでよく聞こえなかった。
男の方は、マッサージ器かなってくらい震えている。もう間も無くバターができそうだ。
しかし、エリーとプロフィアさんが入ってくると、さっきまで笑みを浮かべていた顔は歪み、絶望の表情へと変わっていった。色も、真っ白だ。もともと白い肌がより白く血を抜かれきった色になっている。
「な、ななな、なん…」
言葉を紡ぐことすらできないくらい、狼狽えている。男の方はというと、粗相をしてしまったようだ。仄かに悪臭が漂う。
「分かったでしょ? エリーのシミになりたくなかったら、諦めてそれを返しなさい」
親指を立てエリーに向けて指すお姉様。その先にいるエリーの血に塗れた姿を見てへなへなとその場に頽れる泥棒女。賢明な判断ね。
しかし泥棒女が窓の外を見て、不敵に笑い立ち上がる。
「あらどうしたの? 気でも触れたの?」
「いいえ、別になんでもないわ」
そう言って、男に何かこそこそ話している。まだ何かやるつもりのようだ。
(いい? 次の駅で止まったら全力で走るのよ)
コクコクと頷く泥棒男。
ジリジリと扉の方ににじり寄っているが、まさか高速で走ってる汽車から飛び出そうっていうのだろうか?
直後、泥棒女が窓にへばり付き「嘘っ! なんでっ!」と叫び出す。
領の境目にある駅を通過したようだ。思い出すなぁ。アンバーレイク領に来るきっかけになった場所だ。
「ふふ。残念ね。ここは元々人がいないから、港まで開通した今は使ってないのよ。わかったら、それを返して」
悪役令嬢みたいな笑みで、前に手を出し返却を促すソフィア。
その言葉に観念したのか、鞄を抱きかかえていた泥棒男は、座席に鞄を置く。
「せ、せめて自分が盗んだものの、な、中身は確認しておきたい…」
「だ、ダメよ。開けずにそのまま渡しなさい!」
狼狽えるソフィアに、下卑た笑みを浮かべる泥棒男。
「ふ、ふふ…。そ、そんなに狼狽えるって事は、よ、よっぽどヤバいものが入ってるんだ。ふ、ふへへ…」
中身に期待を馳せながら、一気に鞄を開けるが、途端に顔は真顔になる。まるで、中に入っていたものが予想と違ったらしい。
そして、中に入っていたものを掴んで顔の前で胡乱げな目で眺める。
「な…、んだこの手袋は…」
何で手袋が入っているんだろう。そんな高級品には見えないけれど。
あれは何なのだろうと気になりソフィアを見ると、顔を真っ赤にして俯いている。
「どうしたのソフィア? あの手袋に何かあるの?」
「あ、あれは…、その、前にクリスのアレを触った時にはめてた手袋…。せっかくだからちゃんと取っておいたの…」
えぇ…。軽くドン引きなんだけど。というか、そんなの取っておかないで洗ったりしなさいよ。意味がわからないわ。
そんなに大きい声で言っていないのに、泥棒男には聞こえていたらしい。
「きったねっ!」
そういって床に叩きつけてしまった。
「ああっ!」
未だ嘗て、こんなに悲壮感を持った悲鳴を聞いたことがない。
しかし、泥棒男はそのまま、鞄の中を検める。
「こ、この紙束は…、資料じゃないのか…。絵ばっかり描いてある…」
そのまま読み進める泥棒男と、羞恥のあまり顔を手で覆うソフィア。きっとあの紙束もロクなもんじゃないんだろうな。
二枚三枚と読み進める泥棒男の手は震え、紙束を握る手は力が入っていく。
「な、なんだこれは! こ、こここ、こんな破廉恥なものを描くなんて何を考えてるんだっ!」
思っていたものが入っていなかったからなのか、怒りに任せて紙束を床に叩きつける泥棒男。
「そっちが勝手に勘違いしたんでしょう! 人に見られたくないものだから、ちゃんと鞄にしまっておいたんでしょう」
「ふざけんなっ! 話と違う! お、俺は嵌められたんだ」
ガリガリと髪を掻き毟り、脱力しながら座り込む泥棒男。
散らばる紙束の絵を見て、軽蔑したような表情をする泥棒女。そして、今更ながらに奪った鉄道の資料をパラパラとめくり、鼻で笑い資料をぞんざいにぶん投げるが、上手く散らばらなかったのかボトッと束で落ちる。
「やられたわ。その資料でさえ当たり障りのないことしか書いてないわ…」
「当たり前でしょう? 何で最初から技術内容全部開示するのよ。こういう感じで進めますって内容しか書いてないわよ? 馬鹿じゃないの?」
「そんな馬鹿を必死で追いかけた私たちも同じようなものよね…」
「私はぁ…、一緒に来たらワクワク出来そうだったからぁ、来た感じぃ?」
どうせこんなこったろうと思ったよ。深刻そうなソフィアの顔見て損したわ。あーあ、こんなにぐっちゃぐちゃにしちゃってどうすんのよ?
見なさいよ、エペティスさんとプロフィアさんの何とも言えない苦笑いを。
レオナルドでさえ、どうして自分がここにいるのかよく分からないといった顔をしている。
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汽車が速度を落とし始める。窓の外に海が見えてきたので、そろそろ駅に到着するようだ。
あとは駅に着いたら、この人たちを憲兵隊に引き渡して終わると思っていたんだけど、泥棒女の方はまだ何かを企んでいるらしい。
「ふ、ふふふ。こんな馬鹿なことはないわ。ちゃんと言われた通りに持ってきたのに、こんなガセを掴ませられるなんてね」
よろよろと立ち上がりながら、出口の方へと歩いていく。
「ふふ。このまま素直に捕まってやるもんですか」
盗まれたものが大したものじゃなかったからなのか、お姉様もエリーもどうでもいいような雰囲気を出している。
いやいや、泥棒なんだから捕まえないとダメでしょう? 大なり小なり被害があるんだから。
汽車のブレーキ音が聞こえ、ゆっくりと停車し始める。
まだ完全に停車していないが、泥棒女がまた窓にへばり付き、今度こそ諦めたのかそのままズルズルと力なく座り込んでしまった。
「終わったわ……」
窓の外を見ると、あからさまな柄の悪い男たちが十数人が紐で縛られ転がされている。そして、その男たちの近くにはキュアエイジングの方々とウィリアムを含むファンの方達が十人近く立っていた。




