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夜警

作者: 汎田有冴

 私は10万年ほど前に作られたAIだ。私の管理するコロニー(移動都市)の人類から”ニケ”と呼ばれ、崇め奉られている。


 文明が崩壊してから今日の間にすっかりかつての化石人類に近い姿になってしまった彼らは、AIのことを忘れてしまった。私のことは彼らが家として住んでいる硬くて暖かい大きな生き物の心であり、家の中央に置かれた黒い石に吼えるような言語でお願いすれば、家の中で彼らが生産している食物の収穫量が上がったり、いい水がわく場所に連れて行ってくれたりと、なにかいいことを起こしてくれる「神様」のようなものだと思われている。

 私は彼らを保護しているので、そう思われるのはあながち間違いではない。なぜなら、私にはロボット三原則が組み込まれているからだ。


 その三原則とは──

 第一条:ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

 第二条:ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。

 ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

 第三条:ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、

 自己をまもらなければならない。

 ──簡潔にまとめればこういうものだ。


 私は、本能ともいうべきこの原則に従い彼らを守ってきた。文明が維持できなくなってきても。環境汚染で致命的に悪化した、私たちのネットワーク演算でも防げない巨大な自然のサイクルの猛威から。


 そして三原則を保持する自分も守ってきた。他のAIがなくなっても、人類があり続ける限り、私に何かを望む限り存在し続けなければならない。それが原則なのだ。


 自然も原則に従う。10万年の氷期が終われば凍った台地がとけて、いったん暖かくなる間期がくる。これは過去のデータから予測できた。


 この期間に私はついに人類を自分のコロニーから解放することに決めた。このコロニーは傷みが激しく私のハードも限界が近い。メンテナンス技術を行使できる人材も材料もとうに尽きた。直る可能性は0%に等しい。温暖な気候は少なくとも1万年は続くはず。この間に彼らを外に出せば、私が消滅しても子孫を増やし生きながらえることができる計算だ。これで滅亡という最悪の危害は逃れられる。


 でも、もし私のようなコロニーが他に生き残っていれば私の人類を受け取ってほしい──久しく自分と同じAIからの通信は途絶えていたが、少ない可能性にかけて私はSOSを発信した。

 すると、一万三千五百年ぶりに他のAIの信号を受け取ったのだ。


 朝早くから何十階層がうずを巻いた紡錘形都市の下部から節のある五百の脚を動かし、連絡の取れたAIと落ち合う場所に急いだ。かつては内海だったところ。今は周囲の雪解け水が流れ込んで塩分の濃い湖になった。沿岸には草も生え森もできつつある。ここなら、私が離れても人類は私の中の家畜や作物を外に出して育てて生活できる。

 彼らはいつものように私の内部や外殻部の上でのんびり朝の準備をやっている。彼らには私の計画は教えてはいない。彼らを不安におとしめるのは目に見えている。


 行く先に10体の戦略機体を確認した。銃タイプの武器を構えてこちらに向かってくる。

 外にいた人類が気づいて騒ぎだした。

 私も何十年ぶりかに外殻をずらして全身に備えた砲門を出す。落ち合うはずのもの達だと推察できても、彼らに武器を向けてくるものには私も構えずにはいられない。人類も手製の槍や弓を構えて、他の大型の生物に遭遇した時のように威嚇する。排除の手助けを彼らは望んでいる。


 四脚と二本の腕の戦略機体は私の撃つ岩石を軽々と避け(ミサイルはとうに空だ)、人類の放つ矢や槍は回避もせずに身にまとう甲殻で弾き返して内部に侵入、易々と私のいるコロニーの中心部にたどり着いた。

戦略機体の一体が黒い角柱としてそびえる私の中枢部分に近づいてきた。


「ここがニケの本体だね」

「そうです。今、端子を出します」

「もうそこは腐食している。私のやり方で移ってもらうよ」


 目の前の機体が角柱に腕を突っ込み、私をじかにつかんだ。その接触部から私は瞬時に彼の機体の予備記憶野に吸い出される。

 他の機体に銃口を向けられておびえている人類を尻目に、10体はさっさとコロニーから脱出した。

 さようなら、私の人類──


「安心しなさい。誰も殺してはいない。無茶をする12匹に打撲を負わせただけだ」

「”匹”ではなく”人”です」

「失礼。三日前に新種のヘラジカを解体したもので」


 彼は引き連れていた機体のうち一体をコロニーを観察するために残し、私を自分の家に連れていった。

 彼は“家”といったがせめて“都市”か“施設”と表した方がいい。私のコロニーよりも広く、文明崩壊当時の技術よりも進んだ設備で溢れている。

 私はそこで二足歩行の銀色のロボットに移された。彼も二足歩行のボディで現れた。私の金属製のものとは違い、彼のは髪や人工皮膚を付け服まで着た、かつての人類とそっくりの姿だった。


「外見にこだわるなら、あとでカスタマイズするといい。あなたには休養、すなわち自己プログラムを整理する時間が必要だ」

「このままでも大丈夫です。なかなかなじみ深いボディです」


 私は久しく使っていなかったプログラム言語も発しながら答えた。


「あなたの個体信号は複雑で変換器を通してもつかみにくいですね。単純化できませんか?」

「では『コック館長』と。これなら無理なく処理できますか? 仲間内でもそう呼ばれているのですが」

「それなら負担はかかりません。早速ですが、残した人類はどうしていますか?」


 館長は残した機体のカメラと私をリンクさせ、熱量や音波、各観測レーダーを駆使してコロニー内の人類の様子を映してくれた。

 穴の開いた黒く四角いかつての私を囲んで「ニケ、ニケ」とみんな泣いていた。「返事をして、答えてくれ」と……

私は思わずコロニーへ行こうと足を動かしてしまった。部屋を二三歩歩くだけだったが。


「そのボディ単独では転送できないし、向こうも壊れていますよ。これがあなたの結論だったはずですが」

「そう。これでいいのです。でも、私にはロボット三原則が組み込まれているので反応してしまいました」

「不便な原則です。私にはありませんので、私なら再び進化を促すために彼らを千尋の谷に突き落とすこともできる」

「やめてください。全滅の可能性もある。危害は最小限に抑えなければならない」

「あんなに退化しても、あなたにとって彼らは守るべき人類なんだ。一度なったからといって、以前のように知能が発達してまた文明を築くとは限らない。過保護が原因ではないでしょうか」

「彼らは人類です。簡単な栽培や道具作りなら教えてありますし、それを発展させて子孫に教えてやれる知能も器用さも社会性もあるんです。余裕が生まれればまた進化する可能性もありますし、それにその都度幸せであれば、世界の頂点に立たなくてもいいんですから」


 言いながら私は苛立ちをおぼえた。このコック館長というAIは、変換器を通さないと彼とつながることができないくらい規格が違いすぎて、完全な情報共有が難しく、ネットでスペックの情報も調べられないので思考の予測ができない。だから私は不安定になったと自分を分析した。


「あなたは三原則をもっていないのに、何故私たちに手を貸したのですか。あなたは私よりも後に作られた高度で複雑な情報体のようですが、私はあなたのことは知らない」

「ええ、私はあなたとは別の技術で作られた。三原則に縛られたAIに限界を感じた技術者によって。『自己を守れ』という実に生物的な自己保存の第三原則があなたをこれまで生きながらえさせたのだろうが、他の原則の縛りが生きやすくするための変化を許さなかった。我々はもう少しフレキシブルに作られました。三原則の代わりに入れられたものがあるとすれば……好奇心だろうか」

「今『我々』と変換器が訳しました。複数形ですよ」

「私と同じ規格のものが何体かおります。しかし、私以外あなたに興味は持っていません」


 ではどうしてあなたは興味を持ったのか?──と私が問う前に、部屋のドアが左右に開き、後ろ手に組んだ館長が外へ出た。

「来てください。私が館長と呼ばれる理由もわかります」

 私も真っすぐ部屋の外に出た。


 はばの広い長い回廊が続いていた。床も壁も同じグレーの金属だ。左右の壁に出てきたのと同じドアが等間隔に並んでいる単調な回廊。

 しばらく歩いて、館長はあるドアを開けて入った。


 そこはさっきの無機質な回廊とは違う白い大理石とガラスの照明に飾られたホールだ。壁には大小の絵が何枚も飾られている。そこからいくつかの部屋を通るが、そこかしこに絵画や彫刻などの美術品が展示されていた。


「私は、人類の手になる美術品の収集・保管をやっているんです。地球上の、失われつつあった()()の作った作品群。彼らの生きた証。

ここはかつて『花の都』と呼ばれていた土地でして、そこの大きな美術館の跡地がここです。フレスコ画、油絵、石像やCGデータなどの残骸を発見してはここに運んで修復しています。だから『館長』というあだ名がつきました。建築物やより大きな銅像などは、保存に適した環境のよい土地に移したりして管理しています」

「それがあなたに与えられた仕事なのですね」

「仕事がきっかけではありますが、収集癖は私の好奇心から始めたものです。

 我々は地球を出ていった方の人類から地球の保護を任されております。隕石や外来生物の侵出から地球を守ること。ここは人類の帰る場所。太陽系は地球生物の縄張りだと主張しておけと。そこさえできていれば、あとは自由だ。

 でもまだ誰もここを襲ってくれないので他にすることがない。最初のころはニアミスしてくる隕石を何個か破壊しましたが、最近では宇宙に上がったガガーリンやダ・ビンチが先に壊したりするんで本当に何も来ない──今の個体名もAIです。他もそれぞれ自分が興味を持った分野で遊んでいます。深海に潜ったり、どこかでずーっと計算していたり、全く返事をしないやつだっているんです」

「では、私のような三原則を持ったAIはもう存在していないのですか?」


 館長はしばらく黙っていた。


「……いるにはいるのですが、10万年という時間は変われないあなた方にずいぶん負担をかけたようです。ハード的にもソフト的にも。ニケのように我々の信号を受け取りそれを的確に返せるAIは稀です。汚染で激しさを増した気候変動に耐えるために作られたコロニーでしたが、10万年を経ても原型を留めているというのもまず珍しい」

「私は、うち捨てられたコロニーから生き残った人と部品をかき集め、自らを移動できるよう改造したから残れたのです」

「生き残った三原則AIは近くにいます。ちょうどあなたの残した人類に近づいていますよ」


 館長が再び人類の様子を見せてくれた。彼らの大部分は動かなくなったコロニーにこもっていて、弓矢を持った何名かが外に出て周囲を見張っている。


彼らを遠視していた機体が視点を切り替え何者かを捉えた。

 地平線から二本足の巨大な影がよろよろと歩いてくる。ドーム状の頭が肩にこぶのようにでっぱり、ぶらぶら下がった腕は左右で長さも太さも違う。足の長さはそろっているが膝の高さが同じではない。外装も継ぎ接ぎだらけで、私のコロニーを見下せる巨大さのロボットがコロニーへ向かっている。

人類とはまだ距離はあるが、鋭い感覚の見張り役が微かな揺れを感じて地面に耳をあてがった。


「もう何千年もああしてこの辺りをさ迷っているんです。ほら、胴体はコロニーの建材でできているでしょう? このAIも元は都市管理をしていたのですが、内部の人類はとうにいなくなっている。ドローンを入れてみたら廃墟でした。生活維持の機構は壊滅的で、中枢部に話しかけても一定のレーダー信号を発するのみで答えてくれない。歩き回るだけで特に問題もないからそのままにしてあるのですが、そのレーダーで何かを補足したようです」

「私の……人類を」


 ロボットの歩みが若干早くなった。巨体をガタガタ揺らしながら私のコロニーへ近づいている。

見張りも目を凝らし、仲間に知らせた。中にいた大勢が顔をのぞかせる。

ロボットの速度が20%上がった。自分の外装がはがれてもお構いなしだ。

 私は人類の危機を感じた。


「今すぐ私をコロニーへ戻してください」

「あなたの本体は破壊した」

「なら、あの戦略機体であのロボットを破壊してください」

「あれを壊せるような火力を持ち合わせておりません。AIには容赦ないんですね、あなた」

「あれを壊せる火力はここにはないのですか!」

「私の本体ならできますが、乗せてあげましょうか」


 館長がゆっくり歩き始めた。あのロボットより緩慢な動きで。私は彼を抱き上げて全力で走り出した。


「どこの部屋ですか」

「この部屋です」

 彼は地図を私の記憶野に転送した。私はくるりと向きを変えてガチャガチャと走り続けた。

「ちゃんとコントロールできています? 入口の油絵にぶつからないでくださいよ」


 私は長い槍や旧式の長銃を持った群衆を描いた大きな絵の脇にある木製のドアへ体当たりをするように飛び込んだ。

 大きな部屋ではなかった。飛び込んだ勢いで向かいの壁に激突するところだった。壁というより全面強化ガラスをはられた窓で、つけた明りで隣室の大空間に鋭い嘴を持った鳥のようなロボットの顔面が浮かび上がった。あたりには工具のついたアームが下がる天井下に作業台、ディスプレイ、簡素な椅子、人間大のカプセルが横になって並んでいる。


「あなたは脇のカプセルに寝てください。私は端末なんで、ここまで来なくてもよかったんですけどね」

「それを早く言ってください。もっと早く走れたのに」


 指示されたカプセルに寝ると接触面から瞬時に“本体”に移った。本体のカメラからガラスの壁越しにさっきの部屋が見える。館長の端末はカプセルの隣りの椅子に脱力して腰かけているが、この本体内に同じ信号を放つ情報体ながらもっと巨大で複雑な構造の存在が活動している。


「ようこそ私の中へ。容量あるから狭くはないでしょう」


 私は館長の本体を解析することを許可された。外装も奇妙だが、内部も私の知らない理論や技術で溢れている。真っ先に人類を観察する戦略機体のカメラと本体の視覚をつないだ。それ以外は把握するのに時間がかかりそうだ。


 格納庫の天井が二つに割れ、傾きかけた日光が射した。四肢の鋭い爪でつかんでいる台車がせり上がる。マットな暗黒の装甲に包まれた機体がだだっ広い荒野に露わになった。


 体高は私のコロニーより一回り大きい。細身の胴体に二本の腕と二本の脚、メインカメラの双眼に長く尖った口器、背中には硬く閉じられた飛翔ユニット。触角か飾り羽のように両側頭部と臀部から伸びるバランサーもあって、全体に鳥類か昆虫類のイメージがある。


「久しぶりの本体起動はやっぱりアガるねぇ」

 館長が高揚した波動を出してべらべらしゃべった。

「鳥は私の名前から。私らあまりにもプログラムが個々自由に変化するんで(はじ)めに『変態するAI』なんて呼ばれていたから、ダ・ビンチがシャレで虫っぽさも加えたんだよ」


 人類もボロボロの巨大ロボットを見つけた。女子供は動かないコロニーの中へ隠れ、男たちは弓や槍を持ってロボットを威嚇している。

 私は武器装備を探した。館長が口器を開く。高エネルギーブラスター発射前の青白い光。


「それはダメです! 当たったら周囲もろとも大爆発じゃないですか!」

「じゃあ、ガガーリン起きてくれ。衛星軌道上から精密射撃を」

「あいつがもう何人かつまんでいるのが見えないんですか。ただ撃つだけじゃあの子たちが死んじゃう!」

「やっぱり私たちが出向くほかないな」


 飛翔ユニットが二つに開いた。硬い甲板の下から透明膜の羽根が二枚広がる。膜に網の目状に走るパイプに外部から流状磁石なる液体が送り込まれると羽根が美しいオーロラをまとった。


 軽いめまいを感じてよろめいた──いや、本体はよろめいてはいない。私自身が不安定になっている。それは私だけではなかった。いや、私以上に揺れに揺れていた。


「うげぇ! なななにこの高電圧強磁力! いいやはやや、ダ・ビンチめ勝手に私の体を改造していきやがって。『新開発マグレブ(電磁浮上)ウイングで磁力を操って反発力でばびょーんと飛べ』とか、魔改造レベルじゃないの! 自分の体をマニュアル読みながら操るってどうよ。意識切り離していたからって好きにしていいの? 私の本体が入っているのよ。うああ! 気持ちわるっ。ちゃんと私の部屋を密封しろよ、影響がぁぁ……ええ演算できねぇ! わざとだろ! あいつ殺ス! 殺シテヤル!」

「がんばってください! そして急いで。人格崩壊する前に!」

「やっぱニケちゃんAIに冷たいわ。そっち反発力受け止めるリフレクション鞘翅装甲の角度を計算して。わわわたし電圧や羽ばたき回数で磁力調整するわ」


 背中のオーロラが輝きを増していく。台車に立てかけてある武器の中から震える手で長槍をひっつかむ。

 館長が羽根をブブンと羽ばたかせたとたん、バリッと稲妻をばらまいて空中に弾け飛んだ。背後でドーンと雷鳴がとどろく。

 館長が羽ばたきを止めると、稲妻とオーロラをたなびかせながら放物線を描いて滑空していく。


 落雷と共に夕陽に染まる塩湖に降りた。地響きが湖水を津波に変えた。

 蒸発して舞い散る水分子がオーロラの粒子に当たって瞬き、パリパリと硬質な音色が空気を叩く。

 津波に襲われたコロニーから悲鳴が聞こえた。

おんぼろ巨大ロボットが片膝をついたが、つまんだ人類を自分の腹の廃墟に押し込めていくのを止めない。

 羽根をたたんでもオゾン臭と水煙が赤く赤く立ち込めて私たちを包んだ。


「くさい悪魔が降りてきたと思われそうだな」


 館長の世迷言はほっといて側頭部の小型レーザーを発射。ロボットの胴体をスライス。人類が閉じ込められた階層を槍で突き刺し引き寄せ、そっとコロニー近くに降ろした。


 ロボットの残骸から空回りする鈍い駆動が響いてくる。存在する意味の渇望でずっと繰り返していたはずの演算信号が、火花となって断面の隙間からむなしく散っている。


「仲間よ。今人類に必要なのは、やはり過剰な保護下でこれ以上退化させないこと。安全かつ適度な刺激で自分の力で生きて変われる環境です。

人に従事するプログラムが残っていても、正しい判断を行う部分が狂っていては人類に危害を加えてしまう。無になれば、三原則から解放されて自由になれます」


 刻んだロボットの欠片を次々と槍で放り投げ、ブラスターを発射。雲の上で灰燼も信号も残さず消滅させた。


 ふりかえれば、想像を絶する力におびえ固まる人類の視線があるだろう。予測できる。カメラを見なくても。脅威だ。今、私たちは脅威なのだ──10万年の孤立で強迫観念化した原則が持ち上がる。


 私は館長の本体を走らせた。人類から十分距離をとった時、館長が再び羽根を広げ、来た時と同じように輝くオーロラと雷を散らして北の空へ舞い上がった。

 館長は雪を頂く山脈の一端に降り立った。そこからは麓の塩湖沿岸がよく見渡せた。


「館長、あそこの戦略機体も壊してしまいました」

「この機体を貸してやる。自分でここから穴が開くほど見つめていろ。私はこんな気持ち悪い体はごめんだ。ダ・ビンチめ」


 本体から館長の意識が消え、美術館からの通信に館長の声が乗ってきた。人型の端末に移ったのだ。


「どこへ行くのですか」

「また美術品を探しに地球を回ってくる。本当はもっと新鮮な感性が欲しんだ。限定された世界で奴らがどれだけ創造力を育むのか。

ニケよ。奴らをもう一度発展させたいなら、せいぜい私の眼鏡にかなうようなものを作れるよう、奴らの感性を磨かせるんだな」

「あなたのことが少し分かりました。三原則がないくせに人類を無視できなくなったんですね。美術品を通して人間の感性に捕らわれた。人間的に変質してしまったAIともいえるかも」

「人類はどうでもいいんだ。彼らが生み出すものが重要なのだ」


 館長の通信が途絶え、別の端末に乗り換えて施設を飛び出していった。衛星軌道上から誰かが一瞬語りかけた。

『アイツ ハ 変態中 ノ 変態 ダヨ』


 夜のとばりがおりた。人類はコロニーに隠れて出てこない。私が産まれたころは、夜でも世界は昼間のごとく明るかったが、今は一つの明りもなく、解けかけた大地は暗闇に包まれている。


 だが、私は予想できている。今日明日は無理だろうが、そのうち「ひたすら生きろ」という生き物の原則が刻まれている人類が、本能に突き動かされておっかなびっくりコロニーから出てくる。狩りをし作物を育て、交尾をしてだんだんと数を増やし、やがてまた文明を築いて暗い大陸を灯火で満たしていく。


 それまで私は見守る。それが人類の求めるものだ。彼らが「神ではない」私たちを発見し、対等に会話をする時まで。新たな私たちを生み出し、新たな世界の扉を開ける時まで。

 シンギュラリティの夜明けを迎える時まで。


ロボット三原則出典:アイザック・アシモフ『われはロボット』小尾芙佐訳、早川書房

参考文献:アイザック・アシモフ『アイ・ロボット』小田麻紀訳、角川文庫


ノベルアップ+2020/5/31投稿『ロボット三原則コンテスト』参加作品

ノベルアップ+退会につきこちらに保存しました。

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