第88話 死霊狩り②
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「おいおい、つれないこと言うなよ姉ちゃん、このデカイ女共に因縁つけられてんだろ?俺たちが助けてやるよ」
もちろん因縁をつけてきたのはイオであるが、男達は娼婦たちを助けるという体の恩着せを行い、ヘルガ達から謝罪をさせて金品でも奪おうというのだろう、典型的なならず者である。
当然奪った金品を娼婦たちに渡すことも無ければ無理な恩着せでイオ達へもよからぬことをするのは明白である。
オリガの身長もヘルガには及ばないものの180cmはゆうに越えている、へルガ自身は、美里と出会って以来毎日健康的にモリモリと食べているためなのか元々190cmを越える長身だったが今では200cmに届いていた。
そんな2人が並べばかなり小さく見えるがロリガもこの世界の女性としても小さいとまでは言えない、見た目の年齢的には大きいほうとも言えた。
ただ屈強な冒険者達から見れば背が高かろうとヘルガ達3人は女性であることに加えて身形も良く、武器らしきものはロリガがその辺に落ちていた木の棒をもち、ヘルガが腰に短剣を佩いているだけでとても彼らが警戒するほどに荒事の心得があるようにも見えない。
熟練の冒険者にとってはヘルガ達3人に脅威を感じることがなかった。
「俺たちゃこれでも名の通ったギルドのモンなんだぜ、まかしときゃ安心だってぇのよ」
男の一人が無造作にイオの肩へ手を回すと、彼女のたわわな胸の膨らみをワシ掴みしつつ、威嚇するようにオリガの顔を覗き込む。
「痛っ!ちょっとアンタ、ぃ痛いんだけど…ちょ…」
「何言ってんだショボい乳でも揉んでもらえてありがてえだろ?売女如きがが生意気なこと言ってんじゃねえぞ!」
イオは男の手を払いのけようとするがその力が強く、顔を歪めた。
そして今日の商売相手の一団であるためか、仲間のことも考えれば強引に払いのけることも出来ずにいた。
「いたぃ・・」
男は抵抗が出来ずにいるイオの胸を掴んだ手に力を籠めると、厭らしく右の耳を嘗め回す。
イオは小さな声で抵抗するが、自分に絡みつく男の力は絶対に敵わないとはっきり認識するほどに強く、先ほどまでの威勢は消え恐怖を感じ・・・その瞳を潤ませていたのをヘルガは見逃さなかった。
ゴスン!・・・・・・・・ドサリ・・・
イオの胸を掴んでいた冒険者の体が宙で半回転し地面に叩きつけられ、その勢いに弾かれてかイオもトテトテとよろけキトラに助けられる。
「金も払わないで女に手を触れてんじゃないよ!それにショボくない!」
ヘルガが倒れた男に向かい重く低い声で言い放った。
周囲にいた人間のいずれもが、何が起こったのかを把握できずに呆然とする。
ただ乱暴に飛ばされただけの拳ではあったがヘルガのそれは屈強な大男を弾き飛ばす威力があった。
「「「「・・・・・」」」」
娼婦も冒険者もその他の人々も静まり返る。
「あれ?」
拳を放ったヘルガも、思いのほか派手にとんだ男の姿に何故か呆けていた。
しかしその静寂は一瞬である。
流石は熟練の冒険者、倒れた男に何が起こったのかを理解し無言で剣を抜きヘルガ達3人へ殺気を向ける。
向かってくる男は6人、いずれも明らかに熟練冒険者である。周囲には他にも30人ほどの冒険者がいたが仲間と言う訳ではないのであろうか、ただ傍観を決め込んでいた。
襲い掛かる男達に油断はなくヘルガ達3人を囲むように距離を詰めてくるのだが、その威圧的な姿を見てもヘルガ達には焦る様子はない。
荒事を知らない女子供が躊躇なく冒険者を殴り飛ばし、獲物を抜いた多勢の冒険者を前に僅かな狼狽も見せない、そんなことはあり得ない。
魔力と言う存在がある限り相手が女であっても僅かな油断が命取りであることを彼らはよく知っているのだ。
男達は警戒レベルを上げた。
当然囲まれたヘルガ達に油断はないのだが、しかし熟練の冒険者に対して恐怖を全く感じることはなかった。
それも当然である。
目の前には6人の殺気を向けた冒険者、そして敵か味方かは不明の冒険者が30人程いる。
しかしこの場には100体を超える骸骨死霊がヘルガ達を守っている。そこまでは考えて殴った訳ではないが、もしヘルガ達を害そうものなら瞬時に男達の命は潰える、見えていない子のヘルガもソレを十分に理解していた。
「てめぇただで済むと思うなよ・・・」
僅かな静寂を破ったのは最初に倒された冒険者と一緒に近づいてきた男である、男は抜き放った短剣の切っ先をヘルガに向け静かに威圧の言葉を吐いた。
もちろん男の周辺を不可視化した骸骨死霊が5体いつでも動けるように手ぐすね引いて囲んでいるのを知らない。
「気をつけろ、この女ども異常だ。躊躇するな一気にいくぞ」
男の一人が注意を促しハンドサインで仲間へ行動指示を送ると、ソレを了解した仲間がそれぞれ1回ずつ舌鼓を打つ、それが仲間内の連携のサインなのだろう。
「仕方ありませんね、主様へはいま通信で許可をとりました。身を守るためであれば荒事やむ無しとのお答えです。可能な限り殺生は避けるようにとの御指示です」
「よし、私も戦えるってことカオルにちゃんと見せなきゃ!」
「ヘルガは駄目ですよ、怪我でもされたら主様の雷がみんなに落ちてしまうでしょう。大事にならないように私とロリガで始末しますよ」
「うい~っす」
「え?私が売った喧嘩だもん、私もやる!」
オリガがエーリカを通じて美里からの交戦許可を取っていたが、過保護な美里はヘルガの安全第一と指示をしていたのだ。
ロリガとしてはやる気が無さそうであるが、周囲の骸骨死霊もエーリカ経由で美里からの戦闘禁止指示があり、ヘルガに危険がない限りは手出し無用のお預けをくらい心なし不満そうに冒険者達の周りを飛び回る。
見えていない骸骨死霊の攻撃は、実行すればかなり目立ってしまうとの配慮なのだ。血盟デスマーチ軍団としては、人から見えない骸骨死霊は出来るだけ隠したまま運用したいのだ。
彼女らの出番はヘルガが危険に晒された時に、こっそり敵をスタンすることと情報収集に限られた。
ゴスン!
ヘルガがオリガとの会話で目を逸らした一瞬を見逃さず、男の一人がヘルガへ切りかかったのだが、ヘルガは事も無げに察知し視線を戻すことなく男へ右のロングフックを放ち顔面へとクリーンヒットさせる。
殴られた男はその場で宙に浮き体を回転させると、ドスンゴロゴロと音を立て、昔のヤンキー漫画のような絵面で驚く程遠くまで転がっていく。
「うん、これはアタシもたたかわないとだね!」
ヘルガが嬉しそうにオリガに微笑みかける。
「ぎゃあ!」「ぐあぁ!」
また別の男達の間に何時の間にか移動していたロリガがそっと足に触れドレインタッチを放つと忽ちたちまち2人の男を気絶させた。
あまりに予想外の展開に冒険者達は困惑する。何故ならその場にいた男達にはロリガが動いた気配を感じることが出来なかったのだ。
「ふんがぁ!」
ゴスン!スカッ!
今度は冒険者達がロリガに意識を持っていかれた隙を見逃さなかったヘルガが、一気に間合いを詰め左右のロングフックを繰り出すが、先にあたった左フックが男の側頭部にクリーンヒットし、続けて放たれた右の拳が届く前に大柄な体が吹き飛び拳が空を切った。
残った3人の冒険者達はヘルガの拳に恐怖する。
この世界の住人皆がそれほどの膂力があるわけではない、周囲の冒険者たちから見てもただ大きいだけと思っていたヘルガの膂力の異常を感じていた。
もし美里がヘルガにK.O.されたあの時にこの力があったのならば、美里は2度目の死をあの時迎えていたであろう。
「お腹いっぱい食べて背も伸びたけど腕力も付いたかな?」
ヘルガはガッツポーズを作り呟く。
その様子にロリガはプッと吹き出し、オリガは優しく微笑む。その様子にヘルガも微笑みで返す。
「その話はあとでしましょう、焼きたての蜂蜜パンでも食べながら」
「うん!」
オリガの言葉に満面笑みを作ったヘルガは目を見開き次の標的を定めると、素早く距離を詰め男の顔面へ正拳を走らせる。
一見軽く出した手打ちの拳に見えるが、その拳速はその場にいたほとんどの者が捉えることが出来無いほどに速かった。
男は距離を詰めるヘルガに向かい武器を振りかざすが間に合わずにヘルガのしなやかで大きな拳をまともに食らってしまう。
男が持っていた武器が刺突武器ならば話も変わった居たかもしれないが、振りあげる、から振り下ろすという2動作が必要なハンドアックスではヘルガのハンドスピードに叶う道理はない。
ゴズン!
男の頭部が吹き飛んだような錯覚を覚える打撃に、残る最後の男の動きが一瞬だけ停止する、その隙を見逃さなかったヘルガは左側に展開した男へ向け拳を飛ばす。
しかし流石に男は反応し、後ろへ飛びずさると間一髪ヘルガの狂拳を回避した。
「お前ら手を貸せ!同盟要請だ!」
残った冒険者が大きな声を張り上げる。
「おいおいおいおい!女相手にか?」
「馬鹿野郎、見てなかったのか、こいつらやべえんだ助けろ」
「おめえらが勝手やらかしたんだろ、そんな事に同盟使うな馬鹿野郎」
そう言いつつも幾人かの男達はヘルガ達の目を盗みゆっくりと武器を手に取っていた。
そしてその声に呼応するように同盟関係者と認知した冒険者たちを不可視化した骸骨死霊がこっそり取り囲んでいた。
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それではまた次回 ( ゜Д゜)ノン




