第87話 死霊狩り①
しばらくぶりの投稿となりました、いまだにブックマークいただいている皆様には感謝しかありません。少しづつでも投稿していきたいと思いますのでこれからも生暖かくお付き合いいただけると嬉しいです。本当にありがとうございます。
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湖の村、東の森への出口へ向かう途中、この周辺の景色は再開発が及ばず大戦による荒廃で崩れた建物が多く瓦礫の山や中途半端な空地が点在していた。
村の住人たちが申し訳程度のスペースでちょっとした畑を作っていたり、草が伸び放題の空地であったり、そういった場所も点在していた。
年々村への入植者が増えているが、中心部の人が多く住む地域から離れれば、旧都市外壁が崩れ外界からの守りがなく野生動物やモンスター等の襲撃から身を守ることが難しいのだ。
勿論、人の目が届かなければ村の自治の目が届かない場所では都市の悪所のように『人間』への警戒度が跳ね上がるのだ。
元々はこの村もそれなり大きな都市国家が存在していたのだが、200年前の大戦により壊滅、その時に都市の大半の建物が崩壊したというが、その名残がこの場所で伺うことが出来た。
しかし、この日この場所には先日に通り過ぎたときには目につかなかった冒険者風の男たちが空き地を利用した野営の準備し、臨時の屋台であろうか商人たちのテントの設営が見られた。
よく見れば、空地のところどころには古い焚火の後や崩れた建物の瓦礫を使った陣地も散見され、ここは宿屋を取らない、もしくは取れない冒険者や旅人が宿営するための場所なのだった。
瓦礫とは言え元々は石造りの建物であったためか、ある程度崩れた石を寄せればいい感じの境界線が出来るため、各パーティーのパーソナルスペースが十分に確保されているようである。
輜重隊や商隊の到着に合わせ、北部で活躍する冒険者達が買い出し連中が野営準備しているのだろう。
そんな野営の準備している冒険者を横目に歩くヘルガ達は、彼らを見るに表情こそ変えてはいないが非常に近寄りがたく思っている、有体に言ってしまえば結構な距離をとっていても臭いし見るからに汚いのだ。
そしてヘルガの目に飛び込んできたのは、そんな冒険者たちを客として集まる娼婦達の集団である。
その日の食事や安全な寝床のため、日々生き延びるために集まる娼婦、遠くない過去の自分の姿だった。
辛い記憶がこみ上げヘルガの心の奥から複雑な感情が湧きあがる。
今は清潔な衣服を纏い、好きな食べ物を好きなだけお腹もいっぱ食べることができる。
生きてることが辛く、空腹にすすり泣き毎晩のように眠りにつく前に神へと「このまま永遠の眠りにつかせてほしい」と祈りながら就寝していた日々はもうない。
今年の冬は寒さに震えることはなく、孤独に泣き咽び、空腹に怯えることはない。
カオルと血盟デスマーチ軍団の仲間が居れば、街のゴロツキ集団や、悪質な冒険者達に害されることもない。
本当は自分が守ってあげたいけど、カオルの実力は都市軍や強力な冒険者集団よりも遥かに強力な集団であることをヘルガは知っている。
路上娼婦達の姿を見たヘルガは少し前の感情が蘇り不安感がこみ上げ表情を暗くする。そんなヘルガとひとりの娼婦の視線が重なった。
「おぃ!デカ女何見てるんだい!!」
「イオ、よしな!」
路上娼婦の一味の中のイオと呼ばれた若い女がヘルガの様子をどう見たのか、険しい表情に怒気を込めた声をあげヘルガ達3人へ向かってくる。やった女と認識されてると変な考えも頭に浮かぶが、娼婦の怒りの理由も察せられたためヘルガは少し申し訳ない気持ちが浮かぶ。
「姉さん達すまないね、この娘はあまりものを知らないんだ、許してやっておくれ、ってイオ待ちな!」
「姐さんとめないで!」
路上娼婦のまとめ役であろうか年嵩の女がイオと呼ばれた怒れる女を引き留めるが、イオは止まらず向かってくる。
イオからすれば肌艶が良く身に纏う衣服は上質、美味しそうな食べ物を贅沢にも食べきれないほど抱え楽しそうに歩く女が自分を見るなり顔色を変えたのを見てしまった、イオの中で怒りの感情を湧きあがらせてしまった。
幸福そうな3人組は最貧困層のイオから見れば羨望をもって目を引いていた、その羨望の対象の態度は、誤解をもって暗い感情や怒りを湧きあがらせるのも仕方がないのではなかろうか。
イオの身長は150cmに届かず、ロリガよりも小さい。幼さを残すその顔から、歳の頃は13際~14歳ほどに見えた。
血色は悪く無さそうではあったが、満足な食事までは摂れていないのか頬は痩け、衣服のうえからでも判るほどの体は痩せている。
一つ救いがあるとすれば、胸元はヘルガと比べるまでもなくたわわなことであり顔の造作も悪くはないためヘルガよりも客はついているであろうことか。
ストロベリーブロンドの髪を柔らかく結い上げ後頭部で団子に纏め左側の前髪を一束垂らしている髪型は童顔ながら艶っぽさを感じさせた。すこし広めの額と大きめの目が印象的な少女である。
ふと見ると左耳が噛み千切られたように上半分が失われ、首筋に残した傷跡が痛々しく見えた。もしかすると前髪をたらしているのはこの傷を隠すためなのだろうか?
イオはヘルガの視線がチラリと欠損部分に移ったのを感じ更に怒りの感情を燃え上がらせた。
自分よりも大きい3人組、さらにヘルガとオリガの2人はそこいらの大きな男よりも背が高く、ヘルガに至ってはこの村にいるどの大柄な冒険者よりも大きかったがイオは臆す様子もなく噛みつく。
「イオ止めな、我慢しな!」
「てやんでぃ!バロー畜生!なんだい!貧乏臭い娼婦が珍しいのかぃ!?馬鹿にすんじゃないよ!」
年嵩の娼婦は必死に止めるが、イオは自分を抑えるその腕を振り払い身長差にも臆さずヘルガを罵倒質図ける。
「え…ぃゃ…」
元娼婦のヘルガが娼婦を見下すことはないし、現状は物理的に見下ろしているだけで見下している訳ではない。そもそも善人よりのヘルガは無暗に人を馬鹿にするはずもないのだが、初対面のイオにその人柄が伝わることはない。
そんな中、ヘルガは見下ろすイオの顔の更に下、『たわわ』な実りに気づく。その『たわわ』のプルリンプルンと揺れる動作にヘルガの心は罵倒されるよりも若干大き目のダメージを受ける。
そんな衝撃を受けたヘルガの表情が更にイオの怒りの感情を掻き立てた。
「何とか言ったらどうなんだいこの唐変木!デカいだけで脳みそは入っていないのかい馬鹿面下げやがって!糞ったれ!」
「イオ!止めな!イオ!」
今にも手が出そうなイオの暴走に、年嵩の娼婦をはじめ娼婦仲間皆がヒィと悲鳴を上げる、荒ぶるイオはかまわず体格で遥かに勝るヘルガを突飛ばそうと両手でヘルガの薄い胸を強烈に突いた・・・のだがが、体格差は気力で越えられる壁ではなかった。
突飛ばそうとしたヘルガの体は岩壁の様に重く、イオは逆にバランスを崩して後ろにトテトテとよろけていく。
「ちょっ、大丈夫かい?」
「・・・・・!!」
ヘルガは咄嗟によろけたイオの腰に手を回し、彼女の小さな体を支えたのだが、イオは湧きあがる恥ずかしさに顔を赤くそめヘルガの手を振り払う。
「ななななな舐めんじゃないよ!やっちまうぞ!ゲンコツ行くぞ!」
「イオ!止めな!」
「キトラ姐さん止めないでくれ!ここここいつボボボボッコボコにしてやるんだ!」
イオは再びヘルガの胸ぐらを掴みかかる、流石に一線を越えたとキトラと呼ばれた年嵩の娼婦は必死の顔でイオとヘルガの間に割り込み、ほかの娼婦たちもイオを止めようと駆け寄ってくる。
しかしその様子にいち早くロリガが反応した。
ロリガはイオの右手を無操作に掴むと、無表情のまま掴んだ手に力を込めるとヘルガの服を掴む手を放す。
ロリガの様子から大した力を込めた様子はないのだが、そこは人外のアンデッドである、イオの骨がギリギリと軋むほどの力が込められている。イオは「ヒギィ」と小さな力ない悲鳴をあげ、掴まれた腕を抑えながらその場に力なく膝まづいた。
「お姉ちゃんに何してんだチビ」
「いっ・・・はなせよぅ・・・」
無表情、冷たい声でロリガが呟く。イオは悲痛な声で返す。
「ロリガ、放してあげて、ね」
ヘルガがロリガの手にそっと触れ小さく告げると、ロリガはイオの腕を握った手を不満げな表情で解放した。
イオは解放された腕を抑えながら痛みをこらえるように唸り声を上げ蹲る。しかし心は折れていなかったのか直ぐに顔を上げヘルガとロリガを交互に睨みつけた。
ロリガはイオと目線を合わせると冷たい殺意を込める、流石のイオも生命の危険を感じ目を伏せ口を閉じた。
そのようなやり取りの中でもオリガはただ静観を決め込んでいた。
オリガにしてみればイオとヘルガでは虎と子猫ほどの個体差があるため、危険なしと判断し、ヘルガがどのような対応をするのか親目線で見守っていたのだ。
だが万が一にも危険があれば、瞬く間にイオの頭部は消し飛んでいたのかもしれない。
「ごめん、なんか嫌な思いさせちゃったよね」
ヘルガが申し訳なさげに謝罪しつつイオの体に手を伸ばし立ち上がることを助けようとしたが、イオはヘルガをキツク睨みその手を拒んだ。
狼狽えるヘルガをよそにロリガがイオを睨みつける。流石にロリガの危険性が身に染みたかそれ以上はヘルガに噛みつけなかった。
そもそもヘルガはイオを見ていた訳ではなく、ヘルガは路上娼婦達全体を見ていた。イオはその中の一人にすぎなかったのだがイオから見れば知ったことでもない。受け手がそう感じてしまったことが問題でヘルガもそれを理解している。
「きれいなおべべ着ちゃってさぁ、馬鹿にしやがって・・・」
キトラに支えられイオが立ち上がると、流石に怒りも落ち着いたのか、もしくはロリガに恐れをなしたのか小さな声で毒づくのをやめない。
ヘルガにしてみれば彼女の置かれた境遇は痛いほど理解できる。だからこそ彼女の態度に怒りを覚えることはなく少し困った顔をするだけである。
イオの身に着けている物一つ一つは、少し前のヘルガと同じかそれ以上にみすぼらしい。
貧困生活を続けていれば裕福な人間、いや裕福で無くとも満足に腹を満たせる者は被害妄想を膨らませ、それが同じ女であれば更に強く怒りを覚えたであろう。
帝国の版図内とは言え自治もままらない様な廃墟だらけの人が多いだけの発展途上の村に住んでいる。イオや娼婦達は大都市デルーカでの最貧困層だったヘルガから見ても厳しい生活だと想像できる。
「イオ、これから商売だってのに騒ぎを起こすんじゃないよ!」
「うぅ」
キトラはイオを窘めると軽くゲンコツを落とす。勢いを無くしたイオはバツが悪そうにしつつもチラリとヘルガを睨んだがチラチラと視界に入るロリガに恐れをなし目をそらす。
「イオ・・・でいいのかな、ごめんよ悪気はないんだよ」
「いや、いいだよ。姉さん達もにも悪かったねご、めんよ。」
「ちっ、お高くととまりやがって」
キトラが謝罪し、ヘルガも謝罪を返す。しかしイオは往生際悪く悪態をつく。
イオはキトラと娼婦仲間達の連れられてその場を離れようとしたが、その前にはいつの間にか近寄ってきていた冒険者風の男が2人、気持ちの悪い笑顔で立っていた。
「おいおい姉ちゃん達、だいぶ楽しそうじゃねえか俺らも混ぜてくれよ」
「えっ、あっ、あらやだお兄さんたち、騒がしちゃったねもう終わったから気にしないでおくれよ。もう少ししたら商売始めるから少し待ってておくれ。姉さん達もすまないね。ほらイオ行くよ!」
案の定のウザ絡みかとイオは不快な顔をするが、キトラは間に入り手仕舞いにしようと立ち回るのだが男はいやらしく笑いを浮かべその娼婦たちの移動を阻んだ。
オリガが顔を顰め、直ぐにヘルガも顔を顰める。
異臭。
目の前の男達は臭く不潔なのだ、娼婦たちはこんな男達に媚を売り春を売らなければならない。
ヘルガは心の底から怒りを覚えていた。
拙作をご覧いただいております皆様いつもありがとうございます。
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それではまた次回 ( ゜Д゜)ノン




