第86話 買い食い③
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「2部屋で泊まるのは8人だね、支払いは大銀貨6枚だよ」
「裏にこの前の箆鹿を休ませています、おとなしい子ですが何かあれば頼みます」
オリガは宿屋の番頭へ銀貨を1枚手渡しにこりとほほ笑み後でもう1頭増えることを伝えると渋面で頷く。
「よかった、ちゃんと部屋がとれたね」
「それでは主様が到着するまでに、食事をとれる店を探しておきましょう」
「「おおぅ!」」
「にこみがおいしそうだった!」
「それだ!あの肉の煮込み屋台から凄いいい匂いしてたよね、それとカオルにさっきの蜂蜜パンも食べてもらいたい」
「パン!焦げたところおいしかった!」
「中央通り傍で屋台が出ていましたね、その周辺で食事の場所をとりましょう」
ロリガとヘルガの食いしん坊な会話を見つめるオリガは方針をきめると宿の入り口へ向かいって歩を進ませる。
「ふもっふ!?」
扉を出ようとしたまさにその時にフードを被った小柄な冒険者とぶつかり、冒険者はオリガの豊満な胸へ顔を深く埋めたかと思うと大柄なオリガの体と豊満な胸の圧力に跳ね返され大きく体制を崩す。
「あいたぁ」
女性の声だ、その後ろには連れだろうか細身の大男が既の所で小さな冒険者を支える。男の身長はヘルガよりもさらに頭一個分は大きい、これぞ戦士と言った風体である。
しかし再生怪人よろしく筋肉達磨のティモスやオスクを見ているヘルガには強烈な威圧感を放つ戦士に気後れはない。
「ママののおっぱい恐るべし!ぼいん!」
「ぷふっ!ちょ、こらロリガ」
ロリガの余計な一言にヘルガが思わず吹き出す。
「おっとごめんよ、よそ見をしてた。すごいエアバックだね羨ましい」
小さな戦士は謝罪をためにフードをとるのだが、中から現したのは非常に美しい少女の顔、そしてその両耳は長くとがっている・・・エルフである。確かにヘルガから見てもオリガの胸は羨ましい。
「こちらこそ失礼しました」
分厚い胸部で頭部を反射をさせたオリガはエルフを冷ややかな目で見つめ感情の籠らぬ声色で答えた。
エルフの姿を目にしたヘルガは反射的に相手が貴族であろうかと緊張を覚えたが、彼女がその纏ったローブの傷み具合や汚れの程度を確認し貴族である可能性は薄いだろうと考えなおす。
身に着けているローブそのものは上質だとは見てとれたが、かなり使い込まれており冒険者であるという第一印象は変わらない。いや、裕福な冒険者と判断でするべきか?
裕福な冒険者というならば大手の組織や血盟の偉い人と言う可能性もある。いずれにしろ揉めて良いことはない。
ローブの中に着込んでいる装備は見えないが帯刀している様子はない。肩に担ぐ巻き布から覗いているのは複数の剣の柄だ、10本以上あるだろうか、鍔部分まで布に隠れて見えていないのだが、膨らみから察するに鍔がないタイプに見える。
剣の鍔は剣の身を伝って逸れた相手の武器から手元を守ったり、刃についた返り血が手まで流れ、血で握りが滑らないようにするためついているものだ、それは対モンスターであっても同様であるため剣に見えて剣ではないのだろうかと判断に迷う。
エルフの背丈は低くロリガよりやや小さい、体幹も細く荒事の正面に立つタイプにも見えない、傷もなく険しさもない可愛らしい顔からは前衛職の印象は感じられない。
魔術師とも思ったが、では何故武器を運んでいるのか。ヘルガはその情報から彼女は戦闘職ではなく荷運なのだろうという結論に行きつく。
オリガはエルフ達に道を譲っていたのだが当のエルフは何故かその場を動かずその場にとどまり観察するようにオリガ達一行を凝視していた。
驚いた様子で体をわずかに硬直させているのだ。
「なにか?」
「あ...すまない。君たちは家族...姉妹かい?」
様子のおかしいエルフを睥睨していたオリガが声をかけるとエルフは再起動をする。後ろの戦士も少し緊張しているようにも見えた。
「お母さんとお姉ちゃんだ」
「姉妹です」
唐突に口をはさむロリガの頬を引っ張りオリガが家族構成を訂正すると、エルフはよく似ているねと納得する。鏡を持たないヘルガは周囲が言うようにオリガ達が自分にそれほど似ているのかと嬉しくなり、こそばゆい気持ちも覚える。
「そっか、傭兵や商人じゃなさそうだ、見た感じ冒険者かな?」
「えぇ、一族だけでギルドを営んでいます」
オリガをリーダーと捉えたエルフが笑顔を作り見上げるように会話を進める。
「一族で?だけ?ふむ、君達も死者都市攻略戦に参加するのかい?」
「目的は死者都市ですが、物見遊山ですよ」
「ふむ...残念だな、いい戦力になりそうなのに」
「え?女ばかりで新しいギルドだよ?」
エルフが零した言葉に思わずヘルガは声をはさんでしまう。
死者都市攻略戦は小さな戦争の規模である、少なくともヘルガ自身は頭数にもならないし、今いるのはオリガとロリガを加えた3人である、見た目だけなら背の高い女と少女である、何をどう判断したのかヘルガには理解できない。
「見ればわかるよ、君達3人はただ者じゃないでしょ」
「え?わたしも?!」
ヘルガは意外な言葉にキョトンとしたのだがオリガとロリガの2人は少し警戒の様子を見せる、オリガもロリガも間違いなく強い、その中で自分が含まれていることにヘルガ本人の頭は混乱する。
なるほど身長か?身長なのか?!
「失礼、名乗っていなかったね。私らは最前線の開拓村中心に活動しているギルド『クイーン』だ、そして私はリーダーのマーキュリー、こっちのデカいのは前衛のディーコンだ」
「ギルド死霊秘法オリガ、こっちは妹のヘルガとロリガです」
エルフが名乗ると代表してオリガが名乗りを返す。
「ここから北にも村が?」
「村っていうほどではないけど軍の露営地の傍に集まってきた冒険者と冒険者や兵隊相手に商売する連中が集まって出来た場所があるんだ。あぁこっちには商隊到着に合わせて買い出しに来たんだよ、商隊はここから北には来てくれないからね」
「死者の都市も探索に入られているのですか?」
「もちろん、ここに部屋をとったんだろ?良ければ夜に一緒に食事でもどうかな?死者都市の話も色々してあげられるよ」
「それは興味深いですね、どういたしましょうヘルガ」
「えっと、あたし達だけじゃないんだリーダーに聞いてみるよ」
「そうか、リーダーは君じゃないんだね。ではそのリーダーに聞いてみてくれ」
「わかった、えっと...うちらは2階の奥の部屋だよ」
「私らは3階の部屋全部クイーンで借りてるんだ、誰かに声をかけてくれればいいよ」
互いの部屋を確認するとマーキュリーがヘルガの胸をコツンとノックすると階上の自分たちの部屋へ向い歩き出したが突然何かを思い返したように振り向き再び口を開いた。
「そうだ念のために、いま北部の探索をしている複数のギルドがこの村に買出しに来ているんだ、少数のギルドや女だけで出歩くのは少し注意したほうがいい。気の荒い連中が増えているからね」
手を振って2人と別れる。
「食事だって、オリガどうしよう。ご馳走してくれるのかな?」
「あのエルフには骸骨死霊に監視させましょう、主様と合流した時に改めてヘルガの口から報告をおねがいします、判断は主様に委ねましょう。頼みましたよ若奥様」
若奥様と呼ばれたヘルガは思わず顔を赤くしてしまう。
◇
「焼き菓子!」
「やきがし!」
「二人とも人が多いところで騒ぐんじゃありません」
「「はーいまま」」
「ままじゃありません」
三人のうちで一番若いはずのオリガもママ扱いに苦笑いしつつ嫌な気分ではない様子で返事を返し棒にパン生地を巻き付け炭火で焼く屋台に興奮する自称愛娘達の後をゆっくりと追う。
「これうまっ」
「これうまっ」
「これは、香ばしいくて香りが良いうえに強火に当てて焼いているためか表面がカリッとした歯触りで中がふっくらと...間食にはよさそうですね」
三人で買い求めた棒パンを噛みつつ食べ歩きである。
「おねーちゃんこれもうまずぎ」
「こっちもうまっ」
「ふむ、この肉はどんな動物でしょうか...デルーカで口にした肉串よりも塩気が少し薄い様ですが肉自体に癖が少なく食べやすいですね」
目の前で売られる屋台飯に美里との合流後に食事すること等は頭から抜け3人は食べ歩きに夢中となる。もちろんオリガは忘れていないのだが2人の笑顔を優先しているのだ。
「まま!あれも!あれも!」
「あたしも食べたい!」
「確かにおいしいですね...ってロリガ私はママでは...」
オリガが物申すも2人に聞く耳はなく、返事を待つまでもなく次の屋台へと走り出す。
「これは野菜と屑肉を練り込んで焼いているのかな?」
「肉汁は少なそうだが香辛料たぷーりでいいにおい」
「ではそれを3個買いましょう」
「「わーい」」
日本人が見れば『つくね』と形容するであろう肉団子を指した串料理である。
「あれ、もしかしてヘルガか?」
人ごみの中から若い男の声がするのだがヘルガの耳には届いていない。当のヘルガは『つくね』に夢中なのだ。
「おーいヘルガ!」
「これ中に何かコリコリしたものが入ってるね」
「こりこりー」
「軟骨でしょうか、汁気が少ないですが様々な香辛料の香りとこのコリコリとした食感が面白いですね」
オリガが今日一番の評価である。
「おーいヘルガ?」
「お酒に合いそうだね」
「ロリガはお酒飲んだことない!」
「主様のお口にも会いますでしょうか?気に入っていただけるといいのですが」
「おい!おーい!ヘルガ?ヘルガだよな?」
声が近づいてくる、もちろんヘルガは本気で気づいていないのだがロリガとオリガは気づいているし、何なら見えていないだけでヘルガの名前を口にした時点で10数体の骸骨死霊が男を取り囲み、すでに男の監視をはじめているのだ。
そのためオリガもロリガも男に気づいているが無視をしていた。
人ごみをかき分け若い男がヘルガの所まで到着するとヘルガの腕へ手を伸ばす。しかし、その行動をロリガが握手をするような形で止める。
「え?」
「ちかん!」
「え?」
突然のロリガの行動に男が困惑するが、その様子に初めてヘルガが男の存在に気づく。
「あれ、タイラス?」
「やっぱりヘルガだ、ってあれ、ちょっと、何だガキ」
タイラスと呼ばれた男は、ヘルガの顔を見ると嬉しそうに笑顔を向けたが、ロリガが握手を離さない。そして力が想像以上に強いため振りほどくこともでず男は混乱する。
「えっと、この二人は?」
「背の高いのがお姉ちゃんのオリガで、こっちの小さいのは妹のロリガ」
お姉ちゃんと妹、そういう設定なのだがソレを口にしたヘルガは何か照れくさい気持ちが湧きあがり顔を少し赤くする。
「そうなんだ、タイラスだよろしく...えっと、ヘルガまえに家族はいないっていってなかったっけ?」
「えへへ...」
アンデッド魔物ですとも言えず、ヘルガは笑って誤魔化すことに決めた。
「彼は?」
「えっとこの人はタイラス...そのデルーカの知り合いの冒険者...」
オリガの問いかけにヘルガはハッとし、少しだけ言いにくそうに答える。口籠る様子にオリガも状況をさっした、つまりは買春客なのだ、美里や今の仲間には見せたくない過去なのだ。
「ヘルガ、会えて嬉しいよ!」
「えっと...タイラス、しばらく見なかったよね。3カ月くらい?」
「急遽ギルドで北へ移動することになったんだぜ、ヘルガに会いに行ったんだけどいつもの場所にいなくて。その...一緒に行かないかって言いたくて」
再開の喜びを隠しきれないタイラスだが、それに対してヘルガは明らかに引き気味でありタイラスは違和感を感じていた。
花を売っていた頃の彼女は笑顔で自分から近づいてきてくれるのだから今日の雰囲気はタイラスの期待した反応ではなくタイラスは戸惑う。
「えっと、あたし結婚して旦那様達と冒険者やってるんだ」
「え?」
「もう体も売ってないよ」
「え?旦那?旦那って結婚したのか?男だよな?ちょチビ放せよ」
タイラスは顔を青くさせ明らかに狼狽していた、ヘルガに詰め寄りたいようではあるがロリガに握られた手がものすごい力により手放す事が出来ず移動が阻害されているのだ。
「ヘルガ、主様が到着する時間です、早く迎えに行きますよ」
そんな様子をどうしたものかと様子を見ていたオリガが口を開くと、きっかけを得たかのようにヘルガが頷くとタイラスへ軽い挨拶を残し速足でその場を離れ、その後ろをオリガがゆっくり続く。
ヘルガ達に声が届かないであろう距離が離れた時をまち、ロリガが口を開く。
「ヘルガお姉ちゃんは結婚した。いま幸せだ」
「え?」
「あの町でお姉ちゃんは辛い思いをいっぱいしてた、生まれてからずっと辛かったかもしれない。お前が貧乏なくせに通ってくれたことも、お姉ちゃんが喜ぶ顔を見るために自分のご飯を我慢して買ってきた蜂蜜パンには感謝しかない。でももうほかの男の女になった」
「...........................そんな話も...したのか」
タイラスの言葉に返答は返さずロリガは暗く沈む彼を優しく見つめる。
「感謝は忘れない、忘れてない。でもおまえの力じゃ毎日お腹いっぱいにしてあげることは出来なかった、次の日が怖かったお姉ちゃんに安心して夜を過ごさせることができなかった、辛い毎日から助け出すことが出来なかった、貧乏で包容力の足りない自分を反省するといい、次に好きになった女を逃がさないようにがんばれ」
「チビ助...とりあえず手を放してくれ」
ヘルガ達に聞こえないように小さな声で伝えるとニカリと満面の笑みでロリガが笑い握っていた手をぱっと開放する。
ヘルガの立ち去る後姿を見つめつつタイラスは寂し気に口を開く。
「いまヘルガは幸せなのか?」
「バチクソ幸せだ」
ロリガはサムズアップすると、先に歩き出したヘルガ達を小走りで追いかける。
タイラスはヘルガ達を見送る事が出来ず、言い表せない感情を整理するためにただ俯く。
「ありがとうな」
ロリガが振り返り、最後に一言だけ感謝の言葉を残し再び走り出す。
ロリガの去り際に残した感謝の言葉が嬉しくもあり悲しくもあり、男はただ涙をこらえていた。ただ最後のその一言に少しだけ救われた思いだった。
「タイラス今の女どもは?」
「えっと、デルーカの知り合いだ」
「あぁタイラスがご執心だったノッポの売女か...」
タイラスの傍にはいつの間にか3人のこ汚い冒険者の男が立ち、下卑た笑いを浮かべていた。
ニチャァ~
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それではまた次回 ( ゜Д゜)ノン




