第85話 買い食い②
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「主様、どうやら湖の街に軍隊が向かっている様です、進軍速度からすると我らより半刻ほど早く街に到着するようです」
村へと戻る道を進み出してすぐの事である、街道を見張る骸骨死霊からエーリカへ軍団通信で報告があったのだ。
「え?なになになになになに俺たちの事を追いかけてきた感じ?」
美里は軍隊というワードに少し取り乱すがエーリカはそれを安心させるようにフフリとほほ笑みつつ、いつものように感情を感じさせない声色で報告の詳細説明を始める。
「現在街に向っている軍は北の死者都市へ進行するために造られた前線基地へと補給物資を運ぶ輜重隊のようです。ただその後ろには湖の街へ向かう商隊や冒険者が多く随伴しているため、その数は1000名を超える大所帯になっていますね」
「え?じゃあ急いで宿の部屋取らないと!」
「え!あっそうだ!また野宿になっちゃう?今夜も外でするの!?」
エーリカが説明すると顔をハッとさせたヴィルヘルミーナが声を上げ、続くように意味に気づいたヘルガも声を上げた。控えめに言って必死に見える。
ん?ヘルガたん『外で』ってそれは野宿ってことだよね?
街には大所帯が流れ込むのだ、規模は大きいが僻地のためか宿の数は限られている、ここ最近は野宿が多い事に口には出さなかったがそてなりに不満もあったのだろう。
かく言う美里も文化レベルの低い田舎宿なれど、野宿をするよりは屋根の下で眠りたい気持ちが勝る。そして自分の嫁達が望んでいるのだ、男としては出来る限り叶えて上げたいところである。
「なぁエーリカ、今から急げば宿の部屋って間に合うかな?!」
「その数の軍隊を宿泊させるほど、あの街に宿泊施設はないはずです、軍属は初めから野営を考えているでしょう。あとは冒険者と商人ですが先触れで宿を抑えていなければ早い者勝ちですので、今から急げば部屋が取れる可能性はあるかもしれません」
エーリカが答えを返すと、仲間を軽く見まわす。
「オリガ、黒篦鹿に乗って先に宿の確保をお願いします」
「あ、えっと私も行く」
「ヘルガお姉ちゃんが行くならロリガもいく!」
エーリカの指示にオリガが頷くと普段から餌付けをされているヘルガと、そのヘルガに懐いているロリガも手を挙げて元気に立候補をする。
ヘルガもやっぱり女の子である、確実に屋根のある寝床を確保したいのだろう、ヘルガはオリガの腕に抱き着いて何かを囁き、その言葉にオリガが仕方ない娘ですねと彼女もほほ笑む。なにがあった?というか、この3人が普通に仲がいいな。
何やら蜂蜜パンがどうのと嬉しそうに話しているのでそういう事だろう。
黒篦鹿の背中でオリガの腰に抱きつくヘルガ達先発隊を見送りつつ美里達本隊もゆっくりとその後を追う。追いついた時にヘルガたんのお腹がまたポッコリしなければいいなと思う美里であったが、それと同時に2カ月前には空腹と貧困に窮し、あばらが浮き出ていた頃の体を思うと多少の肉付きする事はとても嬉しく感じていた。
「主様、街に向っている一団なのですが...」
3人と一頭を見送る後ろからオリガが何かのフラグを立てる・・・
◆
「ほわぁ、思ったよりも人がいっぱいだねぇ。まだ軍隊は来てないんだよね?」
「えぇ、私たちのほうがだいぶ早く到着していますよ」
湖の街へ到着した3人は街の様子に驚きを見せる。
この湖の街は200年前の戦争で滅び遺跡の様に朽ちていた場所へ近年に再開発の手が入った場所のため、整備は行き届いておらず、崩れた家屋や瓦礫が道を塞いでいたり、道の真ん中を樹木が塞いでいたり、空地になった場所にも崩れた家屋の石壁を再利用のために集積したりと廃虚感を残している。そしてこの街に住む人間も道沿いにテントを張り商売であったり住居であったりに使用しているため大通でも割合に狭く感じてしまうような場所である。
そしてこの日はやってくる軍隊や商隊達へと売り込むためにこの街にはこんなに人間がいるのかと思うほど商売目当ての者達が湧き出ているのだ。恐らくはこの商機を見逃すまいと住人総出なのだろう。
そして間もなくこの街には1000人を超える一団が到着するのだ、祭りの開催直前の様相にヘルガの顔は少しだけ嬉しそうである。
街へ入ると3人は巨体で否が応でも目立ってしまう黒篦鹿の背中から降り宿へと向かう。本来凶暴で巨大な黒箆鹿を目にして驚き道を開けるため人と荷物で溢れる道も難なく進むことができる。
ただ数日前に黒篦鹿を目にしていた子供達は、逆に恐れる事もなく凶悪な見た目のその足をぺたぺたと触りに来たりもしている。
普通に動物の後ろに回ると言うのは自殺行為なのだが、眷属化した黒篦鹿は気にすることもなく悠然とオリガたちの後に続いた。(筆者も競走馬に蹴られて吹き飛んだ事があります、まじパネェッスまじで飛ぶんですw)
「ヘルガ、あちらの露天の蜂蜜パンはひときわ甘い香りがするようですよ」
不可視化状態でこっそりと村の情報収集を行っていた骸骨死霊からのグルメ情報をヘルガに伝えるてやると、ヘルガは目を輝かせる。
喜びに満ちたヘルガを見るオリガも満足したのか優しくほほ笑む。
オリガはヘルガの大好物を買い付けようと考えたのか話の露店へ向かい走り出すロリガの襟首を素早く掴んで持ち上げる。
「先に宿ですよ、今夜もお姉ちゃんが主様に可愛がっていただくために、ゆっくりと2人になれる良い部屋をとってからです」
オリガがロリガに優しく言い含めると、ぷらーんと持ち上げられあうあうあ~と手足をばたつかせるロリガをそっと地面におろし、ふたたび飛び出さないように彼女の左手を握る。
ヘルガもロリガの空いた右手を自然に握る。
一瞬キョトンとしたロリガはヘルガの顔を見上げ満面の笑みを作り3人は仲良く繋いだ手を揺らしながら、先日宿泊した宿へと歩みを進める。
売り歩きや露店に並ぶ商品そのものは以前この街に来た時とあまり変わり映えはないのだが、商隊や軍隊に卸すためなのか纏め売りするためなのか、店先の在庫は明らかに多い。
行きかう人々の様子を見るに輜重隊の通過は結構なイベントなのであろう、商売人のみならず町全体がお祭り騒ぎである。
ほかの店に並ぶパンよりも強く甘い香りを漂わせるパン売りの露店、その軒先にはキツネ色に焼き上げられた蜂蜜パンが山積みにされている。
漂う香ばしく焼けた蜂蜜と麦の甘い香り、表面がサクサクに焼き上げられ少し焦げた楕円形の焼きたての蜂蜜パンにヘルガは思わずゴクリとのどを鳴らす。
宿へむかう道を歩みつつ、蜂蜜パンを名残惜しそうに眺めているとロリガがオリガの手を軽く引いた。
何かとロリガの顔を見たオリガがロリガの目線に促され、蜂蜜パンを売る露店を物欲しそうに眺めるヘルガの様子に気づきクスリと笑う。
「では1個づつ食べましょう」
「ありがとうオリガ!」
ヘルガは無邪気にほほ笑み心からの感謝を伝えるとオリガもまた慈母の如き優しさの笑顔を返す。
ロリガも無邪気に喜ぶヘルガの姿をじっと見つめ、こっそりとそして静かに優しくほほ笑んでいた。
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いつも拙作『異世界のんびりネクロ生活』をお読みいただきありがとうございます。
年内に入り病気になったり仕事だったりで投稿が途切れ気味ですが、少しづつでも続けていきたいと思っています。それもこれもイイネやお気に入り登録を頂けている皆様のお陰で更新が頑張れています、皆様本当にありがとうございます。




