第80話 汚いおっさん①
080 2 021
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現代日本人にとっては身近ではない戦争と言う言葉が自分が対象になっている事に美里は戸惑い目を泳がす、確かに数千の骸骨死霊を従えている現状ならばデスマーチ軍団はその名の通り軍隊の規模である。
旅の目的地である迷宮化したエイントホーヘンが『魔王』級の存在が支配し、統率された集団の居る都市なのであれば、軍隊規模の血盟デスマーチ軍団が侵入すれば最早戦争規模の戦いになるのかもしれない。
今のままであれば神聖イース帝国がエイントホーヘン攻略を目指しているらしい訳だから、エイントホーヘンは戦火に飲まれることは決定事項である。
帝国の進行は秋口と言う噂だが、その目的は怪物から人類の生活圏を取り戻す為なのか、もしくは単なる帝国の領土拡張のためなのかは測りかねるが現状を考えれば血盟デスマーチ軍団は都市デルーカで諍いはあったものの帝国と敵対している訳ではない。
少なくとも美里はそう考えている。
もし美里がエイントホーヘン魔王を倒したとしても、外交窓口もない血盟が勝手に都市制圧なんぞしたとなればタイミング的に全面戦争待ったなしであろう。
そこでデルーカと一度揉めて居る事を蒸し返されれば美里達の印象は少々悪すぎよう。
当然エーリカの血盟通信でデルーカでの現状の多くは入っている。
ティツィアーノは失脚しているし、迷宮は現在モノポリーによる制圧下にあり、東外壁区は順調に再開発が進んでいる。
エイントホーヘン観光が終われば、美里は堂々とデルーカに戻る予定である。
ふと美里の頭の中にあの図々しい貴族エルフのティオドゥラの顔が浮かぶ。
彼女が美里に好意的な様子だった、イレギュラーしか発生しない異世界である貴族と懇意にしておくのは安全を担保するためには有効な手段だったのではないだろうか?
しかし現代日本人感覚では、お貴族様と言うのは非常に近付き難い相手だ、とても面倒くさいとは思えるが必要な苦労の一つと割り切る事にしてデルーカに戻った時には揉み手ですり寄ろうと誓う。
そもそもデスマーチ軍団は死者都市を攻略や侵略をしに行く訳ではない、今回は逃亡のついでに美里自身の単なる迷宮化した都市への物見遊山である。
「ただ、死者都市が見てみたくて見学と言うか探索と言うか、遊びに行くようなもんですよ」
大雑把に頭を整理した美里はポタへ笑顔で答える、事実大した理由もなく、一時的に非難するために都市を出たのだ他に答えようはない。
ポタの顔は若干胡散臭気に美里を見ていたが、一つ溜息をつくと「そうか」と一言いい納得をしてくれた様子である。
そこからはポタからエイントホーヘンに生息する魔物や植物、危険な場所や観光名所を色々と教えてもらうことが出来た。
話が盛り上がるそんな中、突然エーリカの表情が変わる。
「主様、上でクロア達が周囲の冒険者達を制圧したようです」
「え?」
「直接交戦した者は殲滅済みです」
「え?」
「逃走した許したものは無く、戦闘の意思のない関係者はすべて拘束済みです」
「え?」
「捕らえた者は死体にしておきますか?すぐに戻るのであれば其方の方が対応が簡単だと思われます」
「え?何言ってんのチミは!?」
淡々としたエーリカの報告に美里は状況が飲み込めず挙動不審、突然の不穏な会話にポタ達の顔が引きつる。
「エーリカ、旦那様が困ってるよ、なんで他の連中とそうなったのか説明をしておくれよ」
「なるほど、主様は原因を確認をされたかったのですね」
困った顔の美里の様子にヴィルヘルミーナがフォローを入れるとエーリカが自身の言葉足らずを理解する。
「どうやら周辺の冒険者達がクロア達の体と荷物が目当てで襲ってきたため、返り討ちにしたようです」
エーリカが微笑み乍らも血盟の仲間の圧勝報告に固そうだが大きい胸を張る。
美里としては相手が誰であろうと襲われたなら反撃はやむなしであるが、躊躇なく人を殺してしまう眷属達の感覚に寒々とした感覚を覚える。
「ポタさん、仲間の方でトラブルがあったみたいなので一度上に戻ります。皆さんは暫くこの迷宮内にいらっしゃる予定ですか?」
「ワシ等は明日の朝には村に戻る予定だ」
「じゃあ、明日の朝またきます」急いで地上へ戻りたい美里は、狼狽えるポタ達に今後の予定を確認する。
兎頭人達には否と言える訳もなくポタ達の了承を確認すると、オリガにこの場を任せティグリスとユーフラテス、そして残る骸骨死霊に失礼が無いように念を押し、美里達は足取り重く地上へと戻っていった。
◆
美里達が地上に出たころは既に日はとっぷりと落ちていたが、おおよそでクロア達の待つ方向に目をやると暗い中でも、地面に座らされる10名近い人影とクロの背中に跨り周囲を走り回るクロエ、それに続くフェンの姿がみえた。
見渡せば森の木々の間にも骸骨死霊が広範囲に広がり、この広場を警戒していた。
「カオルお兄ちゃんおかえりなさーい!」
美里の姿に気づいたクロに跨るクロエが笑顔で手をブンブンと振っている、とても微笑ましい。
「わふ!」
クロがとひと吠えすると美里の元へ走り出し、フェンも置いてからまいと走り出す。
あっという間に美里の足元まで到達したクロエは美里に飛びつくと、美里も咄嗟にクロエを抱きとめる。
クロとフェンの頭を撫でながらクロア達の待つ陣地へと目をやると暗くなった広場に転がり呻く人影が転がっている事に気づき小市民美里は少し遠い目になる。
クロアを抱いたままキャンプへと戻りクロエ達には被害が無かったことを確認し一安心した者の、転がる男たちが時折痙攣を起こしていたり、手足がちぎれ痛みに呻く者、完全に死体になっている者が見て取れた。
平和の国の美里氏にとっては目を覆いたくなる光景が広がっている。
死体の中には体にぽっかり穴が開いている者や手足が捥げている凄惨な死体もある。
地上に上がってくる途中にエーリカが血盟通信で受けた報告によれば、クロアや5号(仮)、6号(仮)に暴言を吐き乱暴狼藉を働こうとしたらしいのだが、手を出される前にクロとフェンに瞬殺されたと言う。
それにしてもこの冒険者達、物凄く臭いし汚い。獣系フレンズの兎頭人(シュメ-ルコボルト)達と比べても圧倒的に臭い。
兎頭人(シュメ-ルコボルト)達は普通に動物の匂いだったが、考えてみれば臭いと言う印象はなかったのだ。
作物を育て料理が出来てちゃんとした衣服を纏っていた彼らは、衛生面も高い文化を持っているのかもしれない。
彼らが持っていた食べ物に抵抗が無かったのはそういった面を感じ取っていたのかもしれない。
「大丈夫ですかクロアさん」
「はいカオル様、何かされる迄もなく、害意を確認した時点でクロさん達があっという間に片付けてくださいました」
報告ではクロが吠えると冒険者の腕が吹き飛んだとかなんとか・・・クロはブレス以外にも魔法かスキルを持っているらしい。クロ・・・恐ろしい子、さすがは血盟最強。
クロを撫でつつ集められた冒険者達を見渡すと一様に死を覚悟した表情をしていた、逃げようとした者は骸骨死霊達に追い立てられ、スタンガンのような霊体接触でひどい目にあわされたのだろう。自業自得ではあるが、怯え切り震えが止まらないその姿はあまりにも哀れである。
「新鮮な方がよろしいかと思いまして、抵抗をしなかった者は生かしておきました」
唐突な死刑宣告に座らされた男たちはビクリと体を跳ねさせる。
そして笑顔で報告するクロアは美里の目にはサイコパスにしか見えない。冒険者達の処遇をどうするべきなのか、まったく思いつかない美里は完全に思考が停止している。
「では早速、絞めてしまいましょう」ニコリ
「え?」
クロアの右肩に乗っていた元右手がパチリと指を鳴らすと、骸骨死霊達が一斉に冒険者達へと近寄り顔へと手を翳すと、この世のものとは思えない程の悲鳴を挙げながら男が崩れ落ち、ビクリビクリと激しく痙攣しながらやがて絶命をしていく。
その姿を見た他の狼藉者は、数秒後の自分の姿を想像したのか、我先にと立ち上がり逃げ出し始めるが、数歩と移動出来ず悲鳴を挙げてその場でのたうち回る事となる。
端的に言って恐ろしい姿である。
あとから骸骨死霊の一体に聞けば吸命接触は痛みに加えて強い恐怖を合わせて与えることが出来るらしく、冒険者達は絶命するまでの数秒の間に想像を絶する恐ろしい苦しみを味わう事になるらしい。
中には命乞いをする者や神へ祈りを捧げる者、ただただ泣きわめく者と様々であるが、あまりにも凄惨な光景に美里はただただ立ち尽くしその光景を見続けていた。
転生前には殆ど触れる事のなかった人間の生死が、この異世界転転移後は驚くほどの人の生死を目にしても慣れる事が出来ず、心の中に不快な感情が沸き上がる。
「では、さっそく蘇死体にしていただけますでしょうか?」
クロアが笑顔でぱちんと両手を合わせると美里もハッとする。
クロア達の明るい口調に眷属化する事は蘇生と同義なのかと考える。そもそも死生観そのものが召喚された不死怪物がどういった価値観を持っているのか確認する必要を理解する。
しかし僅かな時間だが異世界で過ごし、法や倫理が及ばない事が当たり前に存在しているこの世界では生ぬるいを通り越し、美里の考え方が非常識だと言う事もしっかり理解出来てはいる。
美里は何とも言えない表情で転がる遺体に不死怪物化魔法を掛けていくと次々と生前の姿で蘇った虚ろな元死人たちへ最初の命令を下す。
「取り敢えず体と服をきれいにしてきなさい!」
召喚された蘇死体達22体は、美里の号令に一目散に同じ方向へと走り出した。
その後ろ姿はただの汚いオッサンたちである
「あぁ...あの汚いオッサンが仲間になるのは.....嬉しくないなぁ」
美里は一人愚痴るのであった。
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