第77話 200年前①
077 2 018
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ポタから語られる200年前の神聖イース帝国による北方侵攻の歴史、帝国とは別目線の歴史である。
対戦の切欠になったのはイース帝国に敗れた南部の都市や国家の支配者階級一族がこの迷宮から北東に位置する自治都市べケルへと逃れたことから始まる。
神聖イース帝国への復讐と一族の再興を望む者が自治都市べケルを拠点に、都市国家エイントホーヘンと、現在のケイオシアム大森林以北の小さな都市や国家を煽り、神聖イース帝国へと争わせようと激しく暗躍していく。
しかし、南部地域を掌握した神聖イース帝国は突然侵攻の手を緩めた事で、周辺地域の緊張は急激に収まり亡国の一族の思うようには進まなくなっていく。
このまま戦争への気運が消えれば故国奪還の機会を永遠に失いかねないと考えた一族は、北部諸国へ反神聖イース帝国の思想を広げようと活動は過激な方向へ進んでいった。
せずに済む戦争を回避したい北部諸勢力は当然の事乍ら、亡国の一族の意に適う動きを見せることはなかった
亡国の一族はエイントホーヘンへと狙いを絞り対帝国を軍事同盟の話を持ち掛けていったのだが、エイントホーヘン側は取り付く島もなく自由都市べケルと亡国の一族からの申し出を受け入れる事はなかった。
交渉に応じないエイントホーヘンに見切りをつけた領主一族は、ターゲットをケイオシアム魔導王国へ変える。そこにどんな理由があったのかはポタも知ることでは無かったが、ケイオシアム魔導王国は北部の都市群を纏め上げ、ケイオシアム連合王国としてエイントホーヘンへ侵攻を開始する。
ポタ達の語る歴史では、ケイオシアム魔導王国は対神聖イース帝国ではなく、エイントホーヘンへ矛を向けたのだ。
高度な魔術文明を背景に強大な軍事力以て南下を始めるケイオシアム連合王国の脅威に、神聖イース帝国も軍を再編を行い新たなる戦争の準備を始めていく。
南北から押し寄せる軍事的圧力にエイントホーヘンも急ぎ軍備を整えてゆく中、亡国の一族は再びエイントホーヘンへ同盟の締結を持ちかけるのだが、エイントホーヘンの回答は変わる事はなかった。その結果エイントホーヘンはでケイオシアム連合王国からの侵攻を受けることとなる。
程無くしてエイントホーヘン侵攻開始の報を受け神聖イース帝国の北方侵攻が始まり、エイントホーヘン周辺及び南側の独立都市はケイオシアム連合王国傘下に降った。
エイントホーヘンはケイオシアム連合王国側勢力に包囲され戦争終結までの長期間の籠城戦を強いられていく。
ケイオシアム連合王国によるエイントホーヘン侵攻から9年程経ち、大戦の中で中立を守り続けていたエイントホーヘン南西に位置する西岸の大都市ハーグ(現在は神聖イース帝国領)が防衛戦力として南大陸からの傭兵団を迎えたのがポタ達の先祖である兎頭人(シュメ-ルコボルト)達であった。
時期を同じくして突如東部の山脈を乗り越え『山羊角の魔王ユノ』率いる軍勢が大陸北部への侵攻を始める。山羊角の魔王の率いる軍勢は瞬く間に進路上に点在する都市を制圧すると自由都市べケルまでも陥落させ、北部からの侵略に耐え続けていたエイントホーヘンの目前へ迫っていた。
またそのころには神聖イース帝国軍も都市デルーカの制圧を完了させている。
話がそこまで進むとエーリカが一つの疑問を投げかける。
亡国の一族やケイオシアム連合王国が何故エイントホーヘンへの侵攻に拘っていたのか。
ポタの答えは「わからない」である。
だが一連の流れが支配地の拡大を収束させていた神聖イース帝国の再侵攻を呼び込み、山羊角の魔王の侵略の切欠になったというのは確かだという話である。
そして大戦末期、山羊角の魔王により、対局を大きく揺るがす事態が起こされる。
山羊角の魔王に滅ぼされた自由都市べケルを中心に腐敗死体が大量発生したのだ。恐ろしい事に腐敗死体は触れた物が次々と腐敗していく異常な事態が広る。
直感的に美里は感染繁殖型の腐死体を想像したのだが、幸いな事に繁殖するタイプではなく腐敗死体自体も自分の体の腐食がある程度進行すると動かなくなるようである。しかし戦乱が長引き、物資も枯渇している最中で腐食をまき散らす腐敗死体が現れるなんてことは敵味方問わず洒落にもならない事態であったであろう。
腐敗死体の出現は山羊角の魔王が起こした事態と予想はされているが今となっては確認する術はないと言う。
地獄絵図と化した戦場ではポタ達の先祖も正確な情報を得る所ではなかったらしい。
ほどなくして美里達も知る星降りによって腐敗死体とケイオシアム連合王国、そしてエイントホーヘンが滅んだことだけが確定した過去である。
おそらく腐敗死体の殲滅には必要と判断された最終手段だったのかもしれない。しかし腐敗死体にしろ星降りにしろ流石異世界、シャレにならない事である。
いち傭兵として戦場にいた兎頭人(シュメ-ルコボルト)達に詳細な情報が得られるはずもなかったが、美里達の知る歴史と違いがみられた。これは要検証であるのだが歴史と言うのは状況証拠と生存者の捏造と少しの浪漫で作られるものである、なにより情報や記録が担保されない文明レベルではやむなしである。
その後、腐敗死体と星降りの恐怖から生き残ったポタ達の先祖は生き残った仲間達とエイントホーヘンの近くに集落を作り200年の間、この地へと根を下ろすことになったらしい。
しかし、その後も腐敗死体の脅威は残っていた。滅亡した都市べケルを中心に存在しているという。ポタ達の推測ではべケルが迷宮化し、腐敗死体はその支配下にあるのではないかと考えられた。
星降り以降にエイントホーヘンは『迷宮化』し、都市への侵入を妨げる骸骨の住まう地になったと言う。
迷宮化したことで魔王が生まれたのか、魔王が生まれたことで迷宮化したのかはわかっていないが確かに魔王はそこにいた。
その後コボルト達は資源や財宝を求め、幾度となくエイントホーヘンやべケル、そして滅んだ様々な都市や町村を探索しているというのだがエイントホーヘン、べケル、ヘルモントという滅んだ都市は迷宮化し、それぞれ魔王級の存在が支配している事を突き止めていた。
話にひと段落ついた所でエーリカが楽しそうに口を開いた。
「ポタよ、我らが向かっているエイントホーヘンにはどの様な魔王がいるのだ?」
「ワシらが繭の魔王と呼んどる人外が都市の中心、城におる」
「繭?虫系の怪物なんですか?」
「いや、見た感じが繭の形をしている魔物だ、あれが実際なのか中にいる本体が潜んでいるのか将又別の何かなのかワシらも答えを出せていない。だが間違いなくあれは超越の存在だ」
「ポタさんは直接見たんですか?」
「一度だけな、物凄い魔力を感じたが見逃された。眉だけあって動けんだけかもしらんが逃げる分には何もされなかった」
「攻撃はされなかったんです?」
「うむ、ただ『都市を荒らさねば見逃そう』と言われてな。しかしワシらは兎に角恐しくて、何も答えずに脱兎の如く逃げ出したモンじゃ」
ポタがしみじみと語る中美里の後ろでロリガが「ウサギだけに………」と呟いていたことは聞き流す。異世界自動翻訳はどうなっているのだろうか?
「危険そうな場所なのにエイントホーヘンには何度も行かれているんですか?」
美里は素朴な疑問をぶつける。
「あの都市には色々と資源が眠っているからなワシらも定期的に探索に入っている。あそこの骸骨どもは都市を荒らすものには苛烈だが、人間以外滅多に襲わん。小動物も多くて狩場としてもちょうどいいし、魔素が濃いお陰で栄養価の高い植物も多く自生しているワシらには重要な資源庫なんだ」
なるほど地下の迷宮と同じく魔素が濃いとそういう植生になるのだろうと美里は納得すると同時に上手く活用すれば迷宮で大規模農業も可能なのかと頭をめぐらす。
「とはいえ、あの都市の中には数千の骸骨が潜んでいる、カオル様も相当の力をお持ちの魔術師とお見受けするが、数の暴力には努々注意されよ。ワシ達は人間の冒険者が幾度も殺されているのを見た、彼処の骸骨供は武器も使えば魔法を使う個体もおるからな。まともに戦ってたら命がもたないぞ?」
とポタは心からの忠告をしてくれているようであった。
「魔王は繭って事は城からは動かないんですかね?」
「さっきも言ったように繭だから動けんのかも知れん、しかし超越者である以上決め付けはやめた方がいいな。確実なのは喋ることと物凄い魔力を持っていることだけだ」
「対話は可能そうですね」
「ふゃ?!」
美里の能天気とも取れる言葉に、ポタはなんとも気の抜けた声をあげてしまう。
「ソレはわからんが魔術師として何か策があるのならワシから言えることはない」
部屋にいる美里の仲間を見渡すとポタは小さく嘆息する。当然ここにいる者だけが美里の配下ではないだろうと理解をしているし、ここにいる戦力も尋常ではないことは理解できているのだ。
霊体系統の生物を使役、ポタの知識ではそれも超常の力なのだ。
「ご存じかと思うが骸骨は死なないし復活する、正確には再生と言うのか。しなない無数の敵とは厄介じゃぞ。と言ってもこれだけの亡霊がいるならお互い様、いやもっと恐ろしいかもしれんな」
「お前達は骸骨と戦ったのですか」
「いや、あえて目の前には出て行かないが、見つかっても襲ってくる様子はない。北の人間の商人供は、兎頭達は骸骨にとって動物枠なのだろうと言う話だ。少し愉快ではない話じゃがな」
その後も美里達はエイントホーヘン内の色々な有益な情報を得る事が出来た。
話題はべケルの都市と魔王について移るのだが、ポタ達はべけるには基本近づかないようである。
彼曰く「彼処は腐った死体が森に徘徊していて臭い、そして動く者を見境なく襲う」と言う事らしい。多分都市内も色々腐っているのかもしれないが、そんな街を放置しておくのも良くない気がする。
「それは…行きたくないな…」
ヴィルヘルミーナの素直な感想が漏れる。
「周辺はだいじょうぶなんです?腐死体が今も湧いてるなら森そのものが崩壊してしまう気がするんですが?」
美里の懸念はもっともであるがポタはなんの憂もなく答える。
「死体供はべケルから一定以上は離れない。森の植物も都市から一定離れれば普通に生えとる」つまるところ現状は迷宮化したベケルと僅かな周辺だけが影響を受けているだけらしく、此方から近づかなければ憂はないらしい。
まず目的はエイントホーヘンである、ありがたい事にデルーカでは拾ってこれなかった情報を得る事が出来た。もしかするとデルーカで揃う情報よりも詳細な情報である。小市民美里は彼らに何かお礼をしなければならないと思い始めていたところだった。
「あれ?それってまさか!?」
美里の目にとんでもないものが飛び込んできた!!
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いつも拙作をお読みいただきありがとうございます。ちょっと更新が滞っていて、皆さんに忘れられている気がしてならない今日この頃です。詳細は活動報告で書こうと思いマス〜。
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