第74話 異世界の秘境!うんちダンジョン⑦
074 2 015
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「旦那様!入ろう!」
「カオル!カオルカオル!早く入ろう!」
言い放ったヴィルヘルミーナトヘルガの瞳は、目のまえに開かれた他の冒険者たちが踏み入ったことがないであろう横穴への興奮を隠しきれずにいた。
周囲を見渡せば2人だけに留まらず、声こそ出してはいなかったがヘルガやエーリカをはじめとした不死怪物達までが好奇心を隠せない様子でいた。
しかし、肝心の美里一人が今にも突入しそうな皆の興奮に水を差す。
「ダメダメダメダメダメダメ!」
勝手に入いろうとしていたヘルガとロリガは体をびくりと跳ねさせると、ゆっくり後ずさり、美里に怒られてしまうのかと不安な表情で彼に視線を向けたのだが、どうやら美里は怒っているわけではなく困った表情を浮かべていた。
「えっと、旦那様が言うなら仕方ないんだけどね、なんで入っちゃダメなんだい?」
ヴィルヘルミーナが美里へ問いかけるとヘルガもウンウンと頷き、まねるようにロリガも頷く。
背が高く黙っていれば凛とした面持ちのヘルガであるが、ご不満を募らせ頬を膨らませるその表情は幼さを残し、美里の保護欲を掻き立て、つい頬を緩ませる。
うん、最近日々甘えん坊モード全開なヘルガが可愛くて仕方ない、今晩は確実にテントの中でマイムマイムである。
「旦那様、何かまずい物でもあるのかい?」
ヴィルヘルミーナが逸る気持ちを抑えて美里へ訪ねる。
流石に気弱が過ぎるとは思うのだが、美里自身はこの世界の知識が皆無である、迷宮となれば想像もできないような事も多々ある。だからこそ安全確保を最優先にと考えているのだ。
「何も知らない迷宮なんて何処にどんな問題があるかわからないでしょ。扉だって勝手に閉まちゃって中からは開けられない可能性もあるんだ。何より迷宮って言えば罠や、未知の怪物が現れるかもしれない。落とし穴に落ちたり、大きな石が転がってきたり、釣り天井とかが落ちてきたら一発でプチ!だからね!」
「プチ.......」
美里の「プチ」と言う言葉に恐怖を感じたのか一斉に軍団の面々が青ざめ、すでにコッソリと侵入していた骸骨死霊も気まずそうにゆっくりと通路内から後ずさり戻ってくる。死霊であれば単純な物理トラップは大丈夫な気もするがここは置いておくことにする。
「取り敢えずは安全が確保できてからだよ。ヴィー、通路の中に何か見える?」
「ここからじゃ暗くて何も判らないね」
よしと、美里が数十個の霊魂を生み出し通路へと放つ。無軌道に放たれた霊魂は壁を縦横無尽に跳ね中を照らし入り口付近の通路を照らし無重力空間に投げ出されたスーパーボールの様に奥へ向かって跳ね進む。
10t、およそ20m程先に壁があり更に右に折れている事が解る。霊魂達がランダムに壁にぶつかり続けていたのだが罠らしきものがある様子も、隠れている生き物も無い様子に美里は安堵して一息ついた。
「突き当り迄は安全そうだね」
「ではその先は骸骨死霊達を100体程潜入させましょう、内部の安全を確保してから探索するのならば主様も安心頂けることでしょう。骸骨死霊も能力に個人差があります、経験を積ませることで新たな能力を身に付けるものもいる様なので良い機会と思われます」
美里の言葉から緊張が緩んだ様子を確認し、エーリカは今後の対応について進言すると、美里はうむと承諾する。
既に1000体を軽く超える美里の眷属のうち、美里達に随伴している者が500体程いる。一部が最初の野営地で肉の加工を行い、加工完了後に合流予定である。また一部は先行して死者都市への斥候を行い、さらに一部は既に通り過ぎた街道でも広範囲の警戒を行っていた。
個性が明確に現れた骸骨死霊は、任務があると聞くや相次いで内部探索の立候補をしだす。自主性が芽生えた個体の中には塊魂の真似なのか歌を歌ったりや楽器を興じる者までいる。楽器と言っても石や木の枝を使った即席打楽器なのだが。それ以外にも、肉の加工時に調理方法を提案する者、戦闘方法や探索方法を提案する者も現れ始めていた。
人間の成長と比べれば異常な速度の成長だし、そもそも基本的な知識はどこから来たのかと言う疑問も沸くが、美里はそれらも死霊秘法は便利な魔法なのだと勝手な納得をしていた。
ヘルガとヴィルヘルミーナの冒険者2人は、今も穴に飛び込みたい気持ちでいっぱいの様子である。美里も二人の気持ちを察する事は出来ているのだが危険は極力避けたい。ここは、安全を確保してから入る事を納得させる。
異世界の冒険ではチョットした失敗が死に直結するのだ、既にヘルガは美里の中で大切で掛けがえのない存在になっているのである、安易に答えが出せない。
勿論ヴィルヘルミーナとの間にも十分に愛情は育まれている、そもそも美里にとっては身近な人間が傷つく事自体が許容はできないのである、それが本人の望んだことであっても。
「では二手に分かれ、選抜された骸骨死霊は通路の探索、残りの骸骨死霊達は縦穴の探索続行と予定のスライムの捕獲に戻りなさい」
エーリカ号令に骸骨死霊達が移動を始めようとした時に、美里から「みんないのちをだいじにだよ!」と声をかけられると恭しく頭を下げ心なしか嬉しそうに移動を始めた。
一斉に動き出す骸骨死霊を見てヴィルヘルミーナが遠い目をする。彼女の中では、大量の骸骨死霊が蠢く姿が何とも言えず不気味な者に見えているのだが、慣れるにはしばらく時間が必用なのであろう。
「アタシの旦那様は怪物にも優しいね」
「骸骨死霊達も頑張った子が希望したら進化とかさせてあげるつもりだから怪物ってのもちがうかな~」
「そっか、妹が増えるんだね」
「妹.....妹達かぁ」
「あの、旦那様....出来たらでいいんだけど、弟も欲しいなぁ」
「我が血盟デスマーチ軍団は男子禁制です」
美里のきっぱりとした回答にヴィルヘルミーナとヘルガが目をぱちくりする。
「嫉妬してしまいそうだからヤダ...」
少し間を開けて美里がぽつりとつぶやき、2人は思わず吹き出してしまった。
ゴロゴロゴロゴロ……
皆の雰囲気が緩んだその時であった、扉が音を立てて閉じてゆく、美里は誰かが何か操作したかと皆を見渡すが、ロリガを含め誰かが何かした様子は見られない。
エーリカへと確認すれば、中に入った骸骨死霊達との交信は問題なく出来ている事が確認され美里は安堵する。
そこでヴィルヘルミーナに何度か扉の開閉を頼み検証を行ったところ、扉は約20秒程度で自動的に閉じることが判明した。
そして驚くことに、扉の開閉範囲に誰かが立っていると、この石の扉は閉まらないのだ。この狭く足場の悪い場所であれば突然勢いよく扉が閉まるだけで非常に危険である、美里の頭の中にある迷宮と言う物は無意味なまでに罠が張り巡らされ居住者すら危険に晒されているのではないかと言う代物であったはずなのだ。
美里はヴィルヘルミーナに頼み幾度となく扉の開閉テストを行うと、この石扉は骸骨死霊が可動範囲にいても閉まらない。このことで無意識ながら美里のこの迷宮への警戒心を下げてしまう。
せっかくの初見殺しの機会を捨てた安全仕様の迷宮となれば、迷宮運営側・・・・・・がいたとして、攻撃の意識が低すぎると言わざろう得ない。
そんな時、美里達の護衛に残った数体の骸骨死霊が石扉の閉じた窪みに触れ何やら話し合っていた。美里が何事かと問うと、骸骨死霊達は石と石の隙間から侵入が出来るかを試しが、全く中に入れないと言うのだ。
骸骨死霊達は見た目こそ骸骨型の死霊なのが、実態は魔素で骸骨死霊と言う美里がイメージした姿を模しているだけで、本質は魔力で出来た霧のような存在らしい。そのため物理攻撃はことごとくすり抜けてしまう。
色々な荷物を持ったりする事が出来るのは、死霊系魔物が持つ一種の権能であり、魔力を消費し可能にしていた。
容姿の形成は美里が想像したものを死霊秘法が自動的に構築してくれた術式によって生まれている。その他の権能は死霊秘法が自動的につけてくれていると美里は考えている。
つまり常態化権能を解除してしまうと、ただの霧状の霊体の塊なのである。
つまるところ幽霊系のモンスターは隙間さえあれば霧化する事で壁の向こうに侵入する事が可能なのだ。それ故にスライムが出入りできる程の隙間がある石積みの壁の中へ侵入出来ない事が不思議であるのだがその答えは出なかった。
一通り調べ終わると美里達はゆっくりと階下へ歩を進める。3つ下の窪みまで進み、それぞれが扉になっている事が解った、仕組みも概ね同じ仕様で、違いと言えば通路が突き当たる長さと入り口の石の押下する順番程度であった。それらは全てヴィルヘルミーナによって簡単に開かれ、それぞれの通路へ骸骨死霊を探索に向かわせる。
更にヴィルヘルミーナは、入り口へ入った直ぐの位置に扉を閉める為の『文字が浮かぶ石』がある事を発見し、その扉内の『文字が浮かぶ石』は、中に入った骸骨死霊によって触れて僅かに魔力を流せば開閉ともに可能と判明する。
「旦那様!ありがとう!目が治っただけじゃなく、こんなに凄い力まで貰えるなんて一生かけてもこの音は返しきれないよ。これで旦那様の子種まで貰えるんだから泥水すすって生きていた甲斐があるってもんだね!」
失った目とともに美里から与えられた魔眼に属する権能を使い扉を開く毎にビルヘルミーナはテンションを上げていく。久々の冒険のうえに希少な権能を使いこなしている彼女は、あきらめかけていた冒険者復帰も相まって得意の絶頂なのだ。そんなヴィルヘルミーナの嬉しそうな姿に美里は彼女の頭を笑顔で撫くり回し、彼女を褒めるのも忘れない。
4ヵ所目の窪みに到着した時、とうとうソレがやってきた。
「臭い...」
最初に4ヵ所目の窪みに到着したロリガが呟く。
「なるほど、とうとうこの時が来たね」
ヴィルヘルミーナが続いて顔をしかめる。
「そういえば、うんち迷宮って言う割に、ここまではそれらしい様子はなかったね」
美里が今更ながら迷宮の代名詞となった理由を思い出すと、答えはすぐに帰ってくる。
「この辺まではスライムがほとんどいない様です、冒険者達が探索をする区域がまだだいぶ下なのでしょう」
エーリカがその理由を指摘する。なるほど入り口付近でいきなりする事がある筈はない、するならもっと下へ潜ってからなのは当然である。
「うんちやスライムが階段にいると、気づかずに踏んで滑って落ちた冒険者もいるらしいから助かったよ」とヴィルヘルミーナが笑うと、探索前に足元に注意を受けていたことを思い出しぞっとする。
4ヵ所目の探索を済ませた所で、美里が腕のスマートウォッチをみると既に16時を回り、昼前に探索に入ったことを考えると4時間以上の時間過ぎている。うんちは無くとも足場の悪いこの螺旋階段を登るのにも時間はかかる、そろそろ戻る頃合いとと考えたその時。
「ヘルガおねーちゃん?どした?ぐあいわるい?」
ロリガが唐突にヘルガの顔をのぞき込むとその頬を指でつついていた。
「大丈夫ですかヘルガ、臭いですか?気持ちが悪くなりましたか?」
ロリガはヘルガの僅かな表情の落ち込みに気づき、その様子にオリガがそっと彼女の背に触れる。
そのやり取りを見た美里もヘルガの顔を覗き込み声をかけたが、ヘルガは問題ないよと笑顔で答える、しかし美里は撤収をすることを告げた。
結果的に美里の判断は正しかったのであろう。足場が悪く暗い階段はなかなかに危険で、上りの移動も慎重さが要求され、凡そ30t、60mを上るのに40分ほどの時間がかかり、結果的に撤収は良い判断であった。
前回ヘルガ達が探索した際、時間の計測こそしていなかったが降りよりも登りに時間がかかったらしく、地上に出てからその話を思い出したと苦笑いをしていた。
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美里達はいったん地上へ戻ると周囲には目もくれずに、クロア達の陣取る木陰へ移動する。入り口を見張る冒険達も美里達を一瞥するだけで特に声をかけることも無く見送られた。
「ただいまぁ~」
「おかえりなさいませカオル様」
美里にとっては迷宮の昇り降りはかなり堪えたようでその顔には疲労の色が見える。すかさずクロアが果実酢の入った水筒を美里へ手渡すと、美里は一気にそれを煽る
エーリカの指示でノワールとネーロが一同の壁になるように寝そべり、ちょっとした陣地を作り迷宮周辺でキャンプしている冒険者達の視線を遮らせる。大きな黒箆鹿が居ると言う異様な光景に周囲から怪訝な視線を送られていたが絡まれる様子見ないので壁代わりに重宝できる。
「いかがでしたか、迷宮は」
「秘密の通路っぽいのみつけちゃった」
「え?こんな僅かな時間でですか?未発見の通路と言う事でしょうか?」
「多分未発見だと思うよ」
美里が発見した通路の話をすれば元冒険者でもあるクロアにとっても興味深いらしく確認すると、ヴィルヘルミーナが肯定する。未発見の通路と言う響きは冒険者の心を強く擽る様である
「危ないから旦那様が入っちゃダメだって、ワタシ等を大事にしてくれ過ぎだよね旦那様は」
ヴィルヘルミーナが苦笑いで、通路の探索が出来なかった事を伝えると、状況が飲み込めないクロアは、首をかしげる。
「旦那様は未開の通路は危険だから不用意に入るなって指示をされたんだよ」
「あぁそういう事なのですね、カオル様はお優しいですから」
クロアはヴィルヘルミーナの話で凡そを理解すると彼女にも果実酢の入った水筒を手渡す。手渡されたヴィルヘルミーナは果実酢を一気に飲み下すとプハりと一息をついた時、美里が口を開く。
「さて、次はロリガの計画を始めよう」




