第66話 異世界の森の冒険④
第66話 異世界の森の冒険④
066 2 007
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新たな箆鹿の死体を解体すると、美里は慣れた流れで箆鹿のアンデット化を行う。
新たな箆鹿には特別な構成を行わず、骨格からノワールと同じように意図的に黒箆鹿を構成する。。
新しい黒箆鹿には『ネーロ』と言う名前を与えると嬉しそうに嘶き美里へ頬を摺り寄せた。
『ネーロ』はイタリアかどこかの言葉で黒と言う意味だった気がする。
角迄入れると高さが6m近い巨体が2頭並ぶと、その威圧感は流石に圧倒的である。
森林を突き抜ける厳し旅時で体力的な心配があった美里と、生身の人間であるヘルガやヴィルヘルミーナにとって荷物を乗せてくれる優れた騎乗動物が確保できた事で美里はホクホクである。
日が完全に沈み、森林は完全に闇に飲まれた頃、美里が左腕に付けたAppleWatchを見ると既に22:00を回っていた。
本来ならばヘルガもヴィルヘルミーナも就寝している時間である、しかし昼間に軽い仮眠を取った事や、箆鹿や5号やヴィルヘルミーナ型のアンデット、フェンリル狼の召喚とイベント盛りだくさんな状況に興奮した為か、2人はまだ元気である。
とりわけヴィルヘルミーナのテンションは、今までの彼女からは想像がつかない程である。
「わしゃしゃしゃしゃしゃ!わしゃしゃしゃしゃしゃ!わしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃ!しゃしゃしゃしゃしゃ~~~~~~~~~~!!」
奇妙な声がする。
奇妙な声の出所に顔を向ければ、破顔したヴィルヘルミーナがフェンリル狼(仮)の体中を撫でまわし、フェンリル狼(仮)も素直にヴィルヘルミーナへ腹を見せ尻尾を振りうねっている。
フェンリル狼を召喚構成する際に秘かにヴィルヘルミーナと仲良くアレと意志を籠めていた、ヴィルヘルミーナは物凄く喜んでいるしフェンリル狼(仮)もヴィルヘルミーナへ腹を見せているので大成功と言えよう。ヴィルヘルミーナのパートナーとして頑張ってほしいものだ。
「ヴィーは意外と笑うんだな」
「な、なに言ってんだよ、だ、、そりゃ笑うよ!それに旦那様のやる事なす事はいちいち凄過ぎるんだよ!売春婦なんてどん底の生活からたった数日でお姫様になった気分だよ!こんなに凄い経験ばかりさせてもらってるんだ、本当はもう死んで、間違って天国にでも来れたのかと思ってるくらい幸せだよ。この数日は幸せすぎて怖くなるよ!!ヘルガ姉嫁様だってそうだろ?」
ヘルガも強く頷き同意する。ヘルガは既に知ってはいたが、強い女ヴィルヘルミーナでもやはり売春婦生活は辛かった様だと改めて思う。
正直、美里の中では売春婦に対しての差別は今だ残っている。彼はただの人間であり当然聖人君子ではない、何処かで売春婦に対しての差別感情も持っている。
現代日本に住んでいるのであれば当然の感情でもある。
だが美里はヘルガと出会い、この世界の売春婦の在り方は現代日本のソレとは全く違う事を目の当たりにして考え方も捉え方も大きく変わっている。
初めて出会った時のヘルガは、アバラの骨が浮き出る程の貧困であり胸もそのせいなのか悲しい程に無い。
大絶壁だ
しかも男嫌いで有名だったと言うのだから、本人にとって路上娼婦生活は過酷に過ぎたであろう。
そんな彼女を救えた事は美里にしても幸運な出来事である。
ではヴィルヘルミーナはどうだったのだろうか?
彼女の生い立ちに関して直接その事情を聞いたことは無いし言いたくない事を聞く必要もないのだ。
過去は過去である、そもそもソレと知って意乍ら嫁に貰ったのだから、売春婦としての過去を疎むと言うのは人として器が知れると言う物だ。
と言うか改めて思い返せばヴィルヘルミーナは流れで自分の嫁に成っていた気がする、嫌ではない嫌ではないが流れだけで婚姻関係が結ばれるのはこの世界?この国?では常識的な事なのだろうかと美里は困惑している。
途中経緯は無視するが、ヴィルヘルミーナは辛い日々の中でも強く夢見て焦がれた冒険者復帰を叶え、幼い日々の中で夢であった銀の狼・・・否、それ以上のフェンリル狼(仮)をパートナーに出来たヴィルヘルミーナの姿は、まるで少女の様である。
正直、美里としても好みだし年齢の近いヴィルヘルミーナと懇ろになれたのが嬉しいと言うのは嘘ではない。
「あ、名前考えないとな...」
そんな彼女とフェンリル狼(仮)の姿を見ていた時、フェンリル狼(仮)の名前をつけていない事に気づき、つい口に出してしまった。
それは思いもよらない方向から反応が返ってきてしまう。
「えっと...ありがとうございます」
「ありがとうございます主様」
美里の目の前に、目を輝かせたつつもおずおずと近寄て来た5号(仮)と、文字通り尻尾を振って少女ヴィルヘルミーナ型アンデットがやって来た。
少し前までは恐ろしい骸骨死霊だった2人が物凄くかわいい姿で満面の笑みである。
あまりに期待に満ちた目を向けられていた為、小心者の美里は、無碍にする事も出来ない。
「2人はどんな名前がいいんだ?」
「私は主様から頂ける名前ならばどんなものでも嬉しい...」
「主様の好きな名前ならなんでも嬉しいです」
何でもいいは割と本気で困る回答だ。
「旦那様、その子にも名前をつけてくれるのかい?可愛いいのを頼むよ!」
ヴィルヘルミーナが少女ヴィルヘルミーナ型アンデットの名付にも何気に乗り気である。
「顔はアタシに似てるんだろ?獣耳族でもって髪の毛の色も黒くて、なんだかアタシと旦那様の子供っぽいからね、なんだかソワソワするねぇ」
「え?」
「はっ?!」
ニコニコなヴィルヘルミーナの放った微笑みの爆弾は見事ヘルガの病みパラメーターへ直撃する。
ヘルガの目が怖い。
「ヘルガ姉嫁様ばっかり愛されてて、アタシだって正直嫉妬してたんだよ」
悪意は無く本心で嬉しいのだろうか、ニシシと屈託の無い笑顔で嬉しさを口にされると悪い気はしない。
これにはヘルガもチョット微妙な顔になる、流石に突っ込みにくい。
フェンリル狼を解放したヴィルヘルミーナはヴィルヘルミーナ型アンデットの傍まで歩みよると、後ろからそっと抱きしめ優しい顔で頭に頬ずりする。
「ほら、アタシってもう30じゃないか、旦那様に合わなきゃ指も目もないままだったし、あのまま娼婦なんてしてても先は見え無くってさ.....正直このまま歳を取れば客も取れなくなるのも目に見えて解ってたし。正直もう生きてても辛くってさ。そんな中、ヘルガのお陰で旦那様に会えて。でさ、この子を見た時、正直旦那様の子供を生むって実感と言うか現実味?そういうのが沸いてきて今凄く嬉しいしドキドキしてるんだよ」
ヴィルヘルミーナは次第に幸せに満ちた表情を作る。その表情を目の当たりにした美里にもなにか表現できない高揚感が湧き上がる。
先ほどまで病みパラメータが上昇していたヘルガも、我が身にヴィルヘルミーナの心境を重ねたのか、病みパラメータを激減させ目を潤ませてる。
「旦那様、アタシは幸せ.......びゃ!」
突然ヴィルヘルミーナとヴィルヘルミーナ型アンデットが倒れ込んだ。
フェンリル狼が自分も混ぜろとヴィルヘルミーナ達に飛びつき尻尾を激しく振り。2人を舐めまわす。
「名前をつけるのは今直ぐじゃないよ、ちゃんとしたのを考えるから。とりあえずヴィー型は名前が決まる迄は6号(仮)でいいかな?」
6号(仮)は頷き同意を示す。
5号(仮)とヴィルヘルミーナ型アンデットは少し残念そうにしていたが、こういう物は、ちゃんと考えた方がいい、一生ものなのだから。
「ヴィー、フェンリル狼はヴィーが決めてあげて」
「え?あたしがつけていいの?」
「狼君もいいよね?」
「ワン!」
多分肯定である、たぶん...
◆
翌朝、フェンリル狼(仮)を枕にテントの外で寝ていたヴィルヘルミーナは日出と同時に目を覚ます。
キャンプ地は湖のほとりで大きく開けていた場所、背の高い樹木の森林の中でまだ太陽が覗くことが出来ないが、周囲は十分に明るかった。
「うん....今更ではあるけど、寝起きに見る光景としてはキツいな....」
ヴィルヘルミーナは瞼を開き右目に飛び込む景色にため息をつくと、昨晩その腕に抱いて眠った6号(仮)をキュッと抱きしめる。
彼女たちの周辺には、キャンプを護るための大量の骸骨死霊が浮いている、勿論いつ誰に発見されても言い訳のたつように不可視化をしているのだが、ヴィルヘルミーナの手に入れた魔眼はその姿をとらえることが出来た。
「ヴィー奥様、私も昨晩まではあのような姿でございました」
「ごめんごめん、でも今がこんなに可愛いと、もう別の生き物.....?だよね」
「主様にお力で骸骨死霊より高みに進化致しましたので、確かに別の者ではあります」
ヴィルヘルミーナとしては単純にアンデットは生き物かと言う疑問ではあったが、腕の中にとらわれた娘は違う意味にとらえた。
美里のアンデットは全てが全て死体を媒体にした召喚ではない、魔力から構成した骸骨死霊は単純にアンデットと言えるのだろうかは美里も疑問に思う所であった。
「じゃあ、アタシの妹に進化だね」
「妹?」
「嫌かい?ヘルガ姉様ばっかり妹や母親かわりが居るのは不公平じゃぁないか?」
「いや...その...良く解りません.......」
「とはいえ、なんで骸骨死霊がこんなに集まってきてるんだぃ?」
「妹になりたいのでは?」
「それは、旦那様に頼まないとね、優しい旦那様だからこれからもいっぱい妹が出来るかもしれないね」
ヴィルヘルミーナは優しく微笑むと6号の頭へ後ろから優しく口づけると体を起こし今日の旅の準備を始めた。
彼女自身の放った言葉がどの様な意味を持つのかを今は知る由もなかった。
ざわ・・・
ざわ・・・ざわ・・・
ざわ・・・
◆
「ティツィアナ様がお目覚めになりました!」
東の空に朝の訪れが見えた頃、都市デルーカの都市長テオドージオ=デルーカの執務室で長女ティオドゥラ、そして文官武官都市の有力貴族が現在発生した怪物による封鎖問題に対しての会議が夜通し行われていた。
その中には疲労困憊でふらつきながらも報告を行うティツィアナの側近オリヴェルの姿もある。
ティツィアナが再び目覚めた報に、テオドージオを始めとした一同は立ち上がり、体力の限界が迫っていたオリヴェルも目に生気をとり戻し報告に来た下女を見る。
「ティオドゥラ、ついてこい。他の皆は少し休んでいてくれ、オリヴェルお前も休め、疲れている中ですまなかった」
テオドージオはティオドゥラを伴いティツィアナの部屋へ向かうのだろう。
「自分も参ります!」
「未婚の娘の部屋に?寝巻であるぞ?」
「あ...その....申し訳ありません」
テオドージオもオリヴェルの気持ちは察しているが、娘の状態を考えると家族以外を娘の寝室へ同伴させる訳にもいかない。
とは言え、鎧や衣服を剥かれあられもない姿を民衆の下に晒しているのだが。
「容態は追って知らせる、快癒する迄は待っていろ。生きて返って来れたのだ、焦る事は無い。ゆっくり休んでくれ。お前の忠心はティツィアナにしかと伝えよう」
自身も徹夜の会議で、顔色も悪いティオドゥラがオリヴェルへと優しい言葉を掛けるとオリヴェルは静かに頭を下げた。
「あの様な愚かな馬鹿息子を野放しにしたばかりに有能な物を犠牲にするとは、この都市の未来を台無しにしよって」
テオドージオ達が部屋を退出した事を確認した、都市の貴族の1人、反ティツィアーノ派の筆頭と言われるテオドージオの弟テオフィロ卿である。
「オリヴェル、疲れている所ご苦労だった今日はティオドゥラの言うようにゆっくり休め、今後何があるかわからぬのだ、体調を万全にだ」
「はっ!」
オリヴェルが退出すると会議室に更なる思い空気が流れる、このまま迷宮探索が滞れば都市の経済は急激に冷え込む。
その原因が都市長の息子、次期都市長と名乗るティツィアーノが原因であるなら、都市の有力者に待っているのは中央元老院からの叱責、貴族籍の抹消、当然テオドージオには都市長権の剥奪が待っている。
しかし、それより恐ろしいのは市民たちによる暴動、暴動の末に待っているのは…
「愚か者とは言え、まさかここまでやらかすとは思わなかった...ティオドゥラではないが私も今直ぐあの愚か者を殴りに行きたいよ」
「ティオドゥラ様にお咎めはないのでしょうか?」
「咎め?」
「流石に衆目の中でティツィアーノ様を意識がなくなるほど殴られたので...」
「馬鹿者、ティオドゥラがしなければ私がやっている所だ。罰どころか褒めてやりたいわ。それにアレは皇帝陛下のお気に入りであるぞ?下手な事をすればソイツは首を吊られる事になり兼ねんよ?」
テオフィロ卿が高級文官の言葉にため息交じりにこたえると、部屋にいる数少ないテオドージオ派、既に廃嫡が決定している為元テオドージオ派になるのだが、それらを含めた全ての者が大きく溜息をつく。
この部屋に残された者はみな、徹夜の会議に疲れ果て、目を閉じ木製の固いソファーの背もたれにだらしなく体を預けていた。
「ティツィアーノ様の首を吊るさなければ収まらない事になるかもしれませんね...」
沈黙の中で非常な言葉をポツリと発したのは元テオドージオ派貴族であった。
「都市の崩壊を避けるにはそれ以外無いかもしれぬな」
もはや異を唱える者はこの場にはいない。
「大丈夫、大丈夫だよ、貴方は生き残って帰って来た。もう大丈夫だ」
ティツィアナの寝室では固いベットのヘリに座りティオドゥラが妹ティツィアナの体を強く抱きしめていた。
「うぅうぅぅ...お姉様...怖い...怖い.........」
ティオドゥラは『骸骨王』も『死者達の宴』も目にはしていない、どれ程の事が起こっていたかは伝聞でしか知り得ていない。
しかし勇敢で聡明な妹の姿を見れば、今まで自分が経験したことが無い程の惨劇が繰り広げられたことは想像に易い。
ティツィアナの美しい髪は乱れ、精悍で美しかった顔も恐怖と憔悴により見る影泣くやつれ果てていた。
「お姉様にお話ししたい事があります.....」
振るえる声でティツィアナは姉妹の運命を決める内容を口にし始めた。




