第65話 異世界の森の冒険③
第65話 異世界の森の冒険③
065 2 006
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美里は自らの正面に浮かぶ死霊秘法をフリックし、幾つかの気になっていた項目へ何度も目を通す。
その姿はエーリカを始めとして血盟デスマーチ軍団のメンバー達にも不思議な光景に見えていたが、未知の能力を持ち、超常の魔力量を内包した美里薫と言う男が行う事を滑稽と感じる愚か者はこの場にはいなかった。
「カオルは魔法の本を見てるのかな?」
「その様です、邪魔してはいけませんよヘルガ」
ヘルガが美里の気を散らさないように小さな声の質問をすると、問いかけられたオリガも同じ程度の声量で答えを返しヘルガへ優しい笑顔を見せる。
ヘルガ達は箆鹿肉を食べつついつになく真剣な面持ちの美里の様子を静かに見つめる。
「かっこいい......」
「当然です」
ヘルガは肉を食べる事を忘れ美里を見つめ、つい口から声が漏れた。
オリガはそれを優しく肯定する。
「つまり、魔力は世界を構成するあらゆる物の素...燃料?物質や霊体を構成する何かを構成している?それがココに入る*****って何んだろうな....元素よりも小さい...と言うよりは違う次元に存在する?多次元にまたがり?次元毎で違う性質を持つ最小の構成物質、いや大きさって概念が違うのかもしれないな」
美里はブツブツと独り言を繰り返す。
彼が望む答え、彼が考えた事を肯定、または否定する部分へ辿り着けずにいた。
「ファンタジーで言うと第五元素がこれに近いのかな?アイテール?....エーテル?でも第五と言うよりは元素の更に素になっている構成体だしエーテルって名詞は別にちゃんと使われてる、ん~未知の物質.......って言うなれば素元素?あとはオ....あっ!!」
突然美里が声をあげて目を見開く、周囲の者は何事かと美里を注視する。
「主様、いかがなさいましたか?」
その場を代表してエーリカが美里へ語り掛けると驚いた顔のままの美里がエーリカへ顔を向ける。
「素元素.......今まで読めなかった『******』が変換されて素元素になった!あらゆる物を構成する前の状態の名前が今まで読み取れなかったんだけど、今読み取れなかった部分の幾つかに『素元素』って文字が入ったんだよ」
「素元素で御座いますか?」
「素元素って俺のいた世界ではあらゆる物が持つ未知の物質で、確か神から名前を頂いた凄い何か?」
言っている中で美里は首を傾げると何故か同調してヘルガとロリガも一緒に首を傾げる。
ヘルガのこういうところが物凄く可愛い。
「あぁ、そうか!地球で定義付が曖昧だから翻訳に当てはまらなかったのか。俺の意識で『オド』って言葉が当てはまった事で翻訳に適用されたのかも知れないな」
美里は一つ腑に落ちたとスッキリとした顔をするが、周囲としては今一つ理解が追いつかないのか明らかな困惑を見せている。
異世界から来たであるとか地球の名前とかをつい口走っているが、勢いに流され誰も気に留める様子もなかった。
「そうなると魔力が素元素に変換されて素元素が色々な元素を構成する。素元素は観測者の意識の影響を受ける。観測者が存在しない場合は****となり自然に魔力へ還元される?なんで?んん?ここの文字化けはなんだろう?」
美里が再び首を傾げるとヘルガとロリガ、クロやクロエも首を傾げる。
ヘルガたんかわゆす。クロクロもカワユス
「もしや素元素は何かを構成する『途中』の未完成な『状態』で不安定物なのではないでしょうか?」
「なるほど!!」
エーリカから彼女なりの仮定を述べられると美里の中で妙に腑に落ちた。つまり観測者が存在して、変化への干渉が可能であれば何でも作り出せる事になると頭の中で結論付けた。
しかし、人間の目で観測が出来ない物をどう観測するか?それが死霊秘法が代行してくれているのだ。
そう仮定すれば死霊秘法の原理が非常に理解しやすくなる。
美里は悔いた心の底から悔しさが込み上げる。
この仮説が正しければ世紀の大発見である。しかしそれを発表する為の舞台、『月刊ムー』がこの異世界に存在していないのである。
仮定した通り、『変化への干渉』を可能にしてくれたのが電子書籍化された死霊秘法なのであろうが、美里が想像している魔法の発動時の理論を裏付けるまでには至っていない。
「今直ぐに全部の答えを見つけるのも無理があるよなぁ.....」
美里は天を仰ぐとパタリと後ろに倒れ込み一拍おいて溜息をつく。
「まぁ結局判らない事の方が多いけど、ひとまず試したい事がある。其処の骸骨死霊ちゃん、実験いいかな?」
「喜んで承ります」
美里は一番近く傍に居た骸骨死霊に視線を向けると少し真剣な面持ちで問いかけ、問われた骸骨死霊も一切の逡巡なく答える。
「霊体構成」
美里は死霊秘法の霊体構成の項目に指を置き、骸骨死霊を対象にしてへ発動する。
「「「おおお~」」」
ギルドのメンバー達が一斉に驚きの声をあげる。
黒い靄が骸骨死霊を包み渦を巻いたかと思うと黒い靄は直ぐに霧散し、その場所に立っていたのは小さな姿のヴィルヘルミーナ、10歳程に見えるヴィルヘルミーナ、『ケモ耳』少女である』。
そして今回は更なる大きな差があった、それは黒髪と黒い瞳だった。
「成功か...やっぱり理由は死霊秘法で直接発動する事だったみたいだ。じゃあ次は物理構成、精神構成、次元値構成をポチっとな」
美里が死霊秘法を使いロリヴィルヘルミーナ型アンデットをターゲットして魔法を発動する。
再び黒い靄がロリヴィルヘルミーナ型アンデットを包み、霧散する。
「主様、心より感謝を致します」
元骸骨死霊である、ロリヴィルヘルミーナは美里に対して恭しく頭を垂れた。
「こ....こここ今回は....ヴィ...ヴィルヘルミーナみたいな娘だね?」
ヘルガが輝きが失われた冷ややかな瞳で美里を凝視する。
今回は実験の為にわかり易くする必要があった。
だが明らかにヘルガの病みのパラメーターにマイナスポイントを入れてしまったのだ、これは忌々しき事態である。
「こ、こ、こ今回は、す、骸骨死霊全員ヘルガベースだから、それ、ヘルガベースな対象を変更出来るかの確認に必要だったんだよ!」
「そっか.....わかり易い......うん、わかりやすいもんね...そっか...」
ヘルガは美里の召喚するアンデットがヘルガベースだと言う事が美里の愛の形だと思っている節がある。
そこに嫁としての優位性が有ると考えていたのかもしれないのだが、その優位性を根底から覆しかねない事をしてしまったのかも知れないと肝を冷やす。
当然、美里の一番はヘルガである、ここは早めに誤解は解いておかなければ今後の大きな火種に発展しかねない。
少しどもってしまったが、理由を言えばある程度許してくれるのがヘルガの良い所である、当然後で肉体的にも精神的にもフォローは欠かせない。
「さて次は.....」
美里はクロが狩って来てくれた灰色狼である。
この灰色狼はヴィルヘルミーナが希望するようにフェンリルに進化させる事が出来るかもしれない。
厳密にはこの世界にフェンリルはいない様だし、フェンリルは固有名詞であり種族名ではない。
つまりこの灰色狼を死霊秘法の力をつかってフェンリル、いやフェンリル狼と言う新しい種族として召喚する事になる。
だが一足飛びの強化は、今だ異世界や怪物に恐れや不安がある美里には今だ躊躇がある。
先ずは何かあってもすぐに対処可能な様に、黒箆鹿と同程度の力のアンデットにしようと決めた。
つまり今回は『ガワ』だけ白銀色のフェンリル狼にしようと言う話なのである。
美里が死霊秘法を構えると灰色狼の死体を指定し死体使役を発動する。
予定通り召喚時の容姿や進化時に付与する為に必要な、各値の要求が来たため、予定通り姿は「神々しい神獣の白銀のフェンリスヴォルフ」で霊体的にも物質的にも黒箆鹿と同程度の値付与と強く念じた。
灰色狼の死体を黒い靄が包んだ思うと靄が膨らみ激しく渦を巻く、エフェクトもショートカットせず死霊秘法を直接使い発動した時の方が派手な気がする。
やがて靄が晴れると、そこにはヴィルヘルミーナの毛髪に近い白金の体毛に覆われた元灰色狼が横たわっていた。
フェンリスヴォルフ、いや新種族、フェンリル狼へと変貌した狼は目を開き周囲を見渡すとゆっくりと立ち上がり美里の足元までゆっくりとやってくる。
「成功かな。フェンリル狼君、君は我がデスマーチ軍団の一員となりました。基本はヴィルヘルミーナのパートナーとして行動してほしい、頑張ったら更なる進化もあるからね。それと俺の事は噛まないでね?」
「ワン!」
フェンリルは美里の言葉を受け取ると、肯定するかのように吠えて返事をする。
ふとヴィルヘルミーナの方を見やるとヴィルヘルミーナが涙を流していた。もはや彼女も出会った当初のクールビューティーは見る影もなく、正に夢を叶えた少女の様であった。
30女がと言うなかれ、理由は何と言うか、物凄く神々しいのだ・・・・フェンリル狼が。
当然、美里の目にもその神々しさは感じられた、よく見ればクロとは対照的に白い眼球の中に白金の瞳、均整の取れた骨格と雄々しい筋肉、長めの尻尾とやや長めの尖った耳、落ち着きの在る佇まい、その一つ一つが美術品の如く美しい。
「旦那様。本当にアタシが貰っていいの?」
「正確には血盟の仲間だけど、普段はヴィーの傍にいてもらうつもりだよ」
「ワン!」
フェンリルがひと吠えし美里の足に頭をこつんとつけると振り返り、ヴィルヘルミーナの元へ駆け寄る・・・・・・と
「げっつ!」
ロリガがフェンリル狼へ飛び乗り、左手でフェンリルの首根っこを掴むと、右手の人差し指を立てて腕を天に伸ばす。
ヴィルヘルミーナも突然の事に目を丸くしていたが、当然ロリガに跨られたフェンリル狼も困惑している。
ロリガが乗馬よろしくフェンリル狼の腹を蹴り挟むと、クロエもクロに飛び乗り跨る。
「やふうううううう!」
「あららあああああい!」
ロリガが雄叫びをあげると、クロエも雄叫びをあげる。
フェンリルが美里の方をちらりと確認し、これは走った方がいいのかと確認する様な目線を送る。
美里が逡巡していた所で、ロリガがフェンリル狼へ走れと命令した為、戸惑いつつもフェンリル狼がロリガを乗せ、クロクロと共に森へと消えていく。
走り去るフェンリル狼のこれでいいの?これでいいの?という困惑の視線を美里達はどうする事も出来なかった。
「えっと....」
美里は走りゆくロリガ達の背を見送ると、感動し涙迄流していたヴィルヘルミーナの現状を恐る恐る確認する。
彼女は魂を失った様な瞳で美里を見つめていた。
いや、こっちをそんな目で見られても・・・美里は心からそう思ったが、それを口には出来なかった。
ふと見やればクロアも恥ずかしそうに両手で顔を覆っている。
小さな頃から憧れていた相棒狼、念願叶い手に入ろうとした瞬間だ。
しかもソレは想像を超えたフェンリル狼で神々しくも美しい大きな狼、憧憬が最高は形で姿をあらわした途端、目の前でロリガに奪われたのだ。
まるで永く恋焦がれつつも手に入らないと諦めていた憧れの男性に告白をしてokを貰い、初めてのエッチを目前にしたその時、目の前で友達にNTRを喰らった様な心境であろう。
「えっと......ヴィー、ロリガは後できつく叱っておくね」
美里はヴィルヘルミーナを気遣いちゃんと叱る事を約束する。
「地獄を見せてやって!」
ヴィルヘルミーナは激おこである。右手で首を掻き切る仕草迄見せている、まさか30女がこんな事でガチギレすると言うのも中々に引くものがあるが、今回はロリガが悪すぎる。
なにせヴィルヘルミーナはまだフェンリル狼に触れてもいないのだ、その苛立ちは嬉しさからの急転直下で最悪の状況である事は疑いようもない。
ここはひとつ気分を直してもらわなければならない、小市民の美里薫としてはこんな辛い空気はとても耐えれない。
「オリガ、頼んだ」
「畏まりました」
どうやらオリガも少々怒って居る様である。この状況にヘルガは僅かな狼狽を見せるが状況が状況なけに口を挟めずにいる。
ノワールだけがそっとヘルガとヴィルヘルミーナの頬に頬を当て慰めてくれていた様である。
ノワールのモフモフは思いのほかヴィルヘルミーナの慰めになっていた。
「しかしロリガとクロエは何をしに行ったのでしょうか?」
美里にはオリガが疑問を口にした理由が理解出来ない、ただ遊びに行きたかっただけではないのだろうか?
「方向を定めてほぼ真直ぐに向かったのです、どうやら獲物を見つけたという事でしょう」
エーリカの見解が正しかった事を示すように、美里以外の血盟メンバーがロリガ達が向かった方向から何かが迫る気配を感じた。
血盟メンバーが一斉に身構える周囲の様子に気づき、美里も今するべきことを考え、戦力にならない自分に出来る事として導き出した結論、『ヴィルヘルミーナの後ろに隠れる』を実行した。
「あららあああああい!」
「やふうううううう!」
ロリガ達の雄叫びが聞こえるとほぼ同時に、一同の目に迫りくる箆鹿の巨体が現れる
走り寄るその箆鹿もノワールに負けず劣らぬ巨体であり、キャンプ地のど真ん中に大型トラック程の巨体が迫り来る。
こんなの単純に恐怖でしかない。箆鹿を警戒していたヘルガ達の気持ちが今はっきり理解できるとヴィルヘルミーナの後ろに隠れた美里ははっきりと意識した。
箆鹿が僅か20mと言う距離に来た時、その場にいる全員を護るかの様にノワールが箆鹿に向かい走り出す。
ゴズン!
まるで大型トラック同士の衝突の様な衝撃音が美里の体へと浴びせかけられ、その迫力ある衝撃に思わず尻餅をつく。
腰を抜かしたまま、ノワールの方をみやればノワールと同じ位の巨体を持った箆鹿が体2つ分先ほど向こうへ跳ね飛ばされたいたのが目に飛び込んできた。
ドスン!
跳ね飛ばされた箆鹿は地面に叩きつけられると、立ち上がることなく数回ビクンと足を跳ねさせるとパタリと動きを止める。
同じ箆鹿との正面衝突であったが、恐らくはアンデットとなり強化されたノワールの頭突きは数段上の破壊力だったのかもしれない。
その様子に箆鹿を追い立てていたロリガ達も、ロリガ達を乗せていたクロ達も明らかに驚いていたが、それ以上にヘルガやヴィルヘルミーナも衝撃を受けている。
ノワール、恐ろしい子
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