第62話 異世界で迷宮の封鎖しようを③
第62話 異世界で迷宮の封鎖をしよう③
062 2 003
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都市デルーカの都市長の居城会議室、深刻な面持ちで都市長のテオドージオ=デルーカが上座に座していた。
長寿と言われるエルフ族にして齢52歳を迎えた彼の容姿は現代の人間の感覚から見れば30代半ばの容貌である。
そんな彼は、栗色の短めの髪を掻き毟り、都市の迷宮で発生した世紀の大事件の報告に頭を悩ませていた。
先日の迷宮での怪物氾濫を重く見た彼は、氾濫掃討の法を受け直ぐに余剰軍備を招集し、迷宮内の調査を行い、下層からの更なる脅威を減らす為に中層の最深部、下層へつながる大坂路の前の空間へ行政で管理する管理地区、通称安全地帯を立てる事を決断する。
当初、次期当主たる長男ティツィアーノへ指示する様に考えたが、下層踏破の失敗や掃討作戦時に起こした騒動等が彼自身の愚行であるとの話が広がっていた事が問題となり、次女でありティツィアーノの姉であるティツィアナへ任じる事になってしまった。
ティツィアーノとティツィアナはともにデルーカ都市軍の副団長である。
数年前までの兄弟仲は消して悪くは無かったのだが、3年前に当主テオドージオの妻が病気により息を引き取る前に言い残した願いの言葉で家督をティツィアーノに譲る事が決定し、その場で公式発表とした事で周囲の様子は一変する。
当初、中庸の臣を中心に飛び抜ける才女であった長女ティオドゥラを推す声が上がった。
当時彼女は若くして帝都魔導士団副団長を務めデルーカの有力者たちからの期待が高かったのだが、内密に北方征伐の軍団長へ内定してしまっていた。
その為『開示出来ない皇帝命』を理由に臣下達の望みを封じることが出来た。
当時はまだ秘匿されていた北方征伐後、新支配地の執政官、もしくは都市長となり、新しい貴族家を立てると内々で決まっていた為である。
神聖イース帝国内で唯一国法や都市法その他いかなる権力をも無視した絶対者の名前を出されては何者も文句は言えない、それがこの神聖イース帝国の皇帝と言う存在であった。
その神聖イース帝国では全ての貴族子女の義務として18歳~20歳から最低5年間、帝都での奉公義務が課せられる。
この5年間で帝国内の様々な領や文化を学び、貴族としての在り方や高度な知識を得る為の慣習であるのだが、長女ティオドゥラは出世と皇帝陛下のお気に入りと言う事も有り10年を超えて奉公をしていた。
後継者決定と時を同じくして三女であるテッレルヴォが帝都へ従軍する為、帝都に参じる時期であったのもティツィアーノの後押しとなった。
そして更に1年後、ティツィアナが帝都での5年の奉公義務期間を終え、都市デルーカへ戻り、都市軍副団長へと任ぜられる事となった。
来年になればティツィアーノも帝都で奉公義務に参じる事となる予定であり、帝都に出てしまえばデルーカの都市内で問題を起こす事も無く、帝都に参じれば自分よりも優秀且つ高位の人間が多く、学び成長して次期当主として相応しい者として帰ってくる事をテオドージオは期待していた。
後継者についてはティツィアナも最優である姉が新しい貴族家を興す可能性がある事を知っていた事もあり、母の残した思いであればと決定には何の疑問も無く了承をしていた為、無用な争いや思惑を避ける為に、行き先は未定であるが他家に嫁ぐ事を公言していた。
だが幼少の頃より3人の姉にかなり劣ると囁かれ、素行も悪く民からの悪評も絶えない愚かな弟へ家督を継がせる事に難色を示す臣下は予想以上に多く、ティツィアナがデルーカへ帰って来たことで後継者選別の論議が再燃してしまう。
長女ティオドゥラは皇帝命にのため候補に数えること叶わず、三女テッレルヴォはティオドゥラの後を継ぎ現在帝都魔導士団副団長となっていた為、担ぎ上げる事が困難である
結果的に反ティツィアーノ派の神輿に選ばれたのが次女ティツィアナであり、必然的にティツィアーノからの一方的な敵意が向かう事となってしまった。
神聖イース帝国での貴族界では貴族である事、上位の階級である事は絶対的な権力では無い。
そこが事態を複雑化させていたのだが、実際に執政官や都市長を務める者は貴族階級ではなく、優秀と認められた市民が務める場合もある。
事実47存在する神聖イース帝国の都市のうち14都市が平民都市長、もしくは平民執政官が務めている。
平民がその役職を受けると一代貴族として扱われ、功績によっては下級貴族位が与えられる場合もある。
都市長であり上級貴族であるテオドージオが実際に持っている権利はデルーカ家の当主権の委譲であり都市長については家督相続後に都市の貴族と平民の代表で構成されたデルーカ参事会による承認か皇帝の指名が必要となる。
通常であれば家督相続後、被相続者は参事会により速やかに承認される。
しかし、今回の様に問題しかない人間であれば、否決されてしまう事も十分に起こりえた。
実際に他の都市では否決され平民の都市長が推挙され平民都市長が誕生し、その後数10年に及ぶ平民都市長派と貴族派に分かれた都市の混乱を招いた事例もある。
事態は昨日の昼に大きく動き始めた。
突然飛び込んできた報告にテオドージオは卒倒しそうになる。
ティツィアーノが自らの配下の兵を率いて迷宮の大坂路の普請の邪魔をしていると言うのだ。
『都市長』が指示を行い始めた普請工事の邪魔をしたと言うのである、ここまでくれば亡き妻の最期の望みと言えども許される範疇を超えていた。
報告後直ぐに迷宮へと使いを出しティツィアーノを城へと呼び戻すと歌劇を一公演堪能出来るであろう時間を使い叱責した。
とうとうテオドージオも、周囲が囁く様に息子は本当に救い難い愚か者なのだろうかと納得し始める。
そしてその後直ぐに取り返しのつかない事件が起きる事となる。
その夜、再び息を切らした侍従長が執務室へ飛び込んできた、その時点でテオドージオは直感する。
これはティツィアーノがティツィアナに対して何か起したのだと。
しかし侍従長からの報告は予想の斜めを行く内容であった。
今度はティツィアーノが悪所で騒動を起こしティオドゥラが大勢の兵を率いてティツィアーノを捕縛すという騒ぎを起きたのである。
幸いにも悪所の顔役であるエサイアスという男が騒ぎを収めてくれた事で大きな騒動にならずに済んだというのが不幸中の幸いである。
悪所と言う場所は治安の異常な悪さで、都市行政も介入を避けている地域である。
都市軍が下手に介入すれば大きな暴動に発展する恐れもあり、それを理解せずに少数の兵を連れ立って赴いたティツィアーノも、悪所での安全対策の為とは言え100の騎兵を引き連れてティツィアーノを追ったティオドゥラも一つ間違えれば生きては帰れない事が考えられたと思えばエサイアスと言う男には感謝せざるおえない。
侍従長からの報告では、今回の怪物氾濫をギルド魔石土竜と供に鎮圧させた新進の少数ギルド、死霊秘法の代表で平民の魔術師カオルと言う男から金を巻き上げたうえで拘束をしようとしたと言うのだ。
カオルと言う男は今回の怪物氾濫制圧の真の功労者と言われ、別の報告ではティオドゥラが強く興味を持っているとされるヒュム族である。
執務室で息子が次期当主として生き残る道は無い物かと苦悩するテオドージオの元に新たな報告が届く。
ティオドゥラとティツィアーノの帰還の知らせかと思っていたのだが、まさかの別の事件の勃発であった。
迷宮への門が王冠を頂く骸骨とソレが率いる大量の骸骨達に封鎖され、事も有ろうか中に居たティツィアナを含む都市軍兵が捕らわれたままと言うのである。
次々と発生する問題にテオドージオは気を失いそうになる。
迷宮広場での状況について報告を受けている途中にティオドゥラとティツィアーノが帰還すると直ぐに2人を執務室へ呼び出そうと指示を出していたその時、迷宮広場の事件の第二報が届く。
後に『死者達の宴』と呼ばれる恐ろしい怪物達の氾濫が発生したと言うのである。
幸いな事に、怪物氾濫ではあったが怪物達は広場から出る様子が今のところ見られないと言う。
しかし都市長として『死者達の宴』を放置することも出来ない。
だが王冠を頂いた骸骨王は迷宮で不敬を働いたティツィアーノへ広場に来るよう要求しているというのだ。
原因はティツィアーノ・・・テオドージオは正直もう全てを放り投げて浴びる程の酒を飲み全てを忘れたい気分であった。
しかし立場とはそれを許さない、逃げる事は許されないのだ。
翌朝、テオドージオはティツィアーノへ兵を連れ迷宮広場へと赴くよう命令をした、テオドージオ本人も出向く意志であったのだが、何が起こるか不明瞭な状況で都市長であり都市軍団長が出向く事は危機管理上許されず城にて報告を待つ事となる。
ティツィアーノが迷宮広場へ向けて、出発後、ティオドゥラが都市軍団長代行として軍を編成し、万が一に備えていた。
しかし、テオドージオに届いた報告は予想を遥かに凌駕する結果であった。
骸骨王を前に恐怖したティツィアーノが何をする事もなく、ただ一目散に逃げ出し、その様子を見ていた周囲の兵や冒険者にパニックが伝播され、そのパニックが更に広がった結果、迷宮区のに住む多くの住人までもが区外へ抜ける複数の区門へ押し寄せるという大混乱に繋がり、更にその惨状を見ていた他区の住民に広がった噂話は今後の大きな騒乱の種になるの可能性があると危ぶまれる事であった。
城へにげかえったティツィアーノは青ざめた顔で戻ると、知らされたのはに恐ろし事実であった。
ティツィアナが骸骨王により狂い殺されたというのである。
テオドージオは愕然とし震えつつも、対策会議の為に重臣を緊急召集する。
その会議の現場でティツィアーノが姉ティツィアナの死と骸骨王の率いた骸骨や骸骨死霊の恐ろしさを語る中、次なる報が届く。
死んだと報告されたティツィアナの生還である。
全ての人間が逃げ去ったと報告を受けていた中、広場に残ったティツィアナの側近であった男が唯一その場に留まり骸骨王と交渉を行ったというのである。
重臣たちが凍てつく視線で虚偽報告を行ったティツィアーノを睨みつける。
当然である、彼の言う話の多くは虚飾であり、何もせずに恐怖の為に逃げ出したという事だけが真実なのだから。
程無くし帰還したティツィアナの側近が会議室へ呼び出され現状を語る
「閣下、骸骨王殿は、ティツィアナ様を始め、迷宮内部に残されていた兵はすべて生かして開放してくださいました。ただ、テオドージオ様の行いには更なる怒りを持たれ、迷宮を全て封鎖するとの事でした」
「更なる?」
「はい、迷宮内での無礼だけに飽き足らず、骸骨王殿の顔を見ただけで悲鳴をあげ我先にと逃げ出した事で御座います」
その内容を聞き終わるやテオドージオは決断する
「ティツィアーノ、お前を廃嫡とし全ての権限を剥奪、謹慎を申し付ける、沙汰ある迄は部屋にて待て」
魔物の大群を統べる骸骨王がデルーカの産業の9割に及ぶ迷宮を封鎖するという宣告に会議室を重い沈黙で包む。
「テオドージオ閣下、ご報告であります」
正直テオドージオとしては今はもう何も聞きたくは無かったのだが、現れた報告者が自分が指示をしていた人間だと言う事に気づき報告を促す。
「お話のありました冒険者のカオルですが、昨晩のうちにギルド死霊秘法のメンバーを連れ、都市を脱出している様です。どうやらカオルと言う男は悪所ではかなり信奉されていた様子でして.......悪所の様々な者から苦情も殺到しており....その現在は悪所の顔役の者たちが抑えてはおりますが、最悪.....東区で暴動が発生する可能性もございます」
「ひとつ聞くが、何故都市から脱出にまでなったのだ?」
「あ...はい....その.........」
「もうかまわぬ、皆の前で申せ」
「冒険者カオルを.....その.........ティツィアーノ様が捕らえる、殺すと仰られたのが原因で....実際に剣まで抜き切りかかったとの証言が.....」
兵士の報告を耳に入れたテオドージオは大きなため息をつくと周囲を見渡しティオドゥラが居ない事に気づく。
「ティオドゥラはどうした?」
「怒りの形相で退出されました」
入り口を護る兵士が報告を返すと、間もなく室外から大きな騒ぎが聞こえてくる。
暫く様子を見ていると下働きの女中が部屋の前で兵士に制止される声が聞こえた。
「ティオドゥラ様がティツィアーノ様を馬乗りで殴り続けておりまして、おとめください!」
何事か確認が必要と部屋に招き入れ、報告を許せばとんでもない事が起こっていた、しかしとんでもない事だがこの一日の出来事を思えば些細にも感じた。
「もうどうしろと言うのだ私に...」
テオドージオから悲痛の胸の内を吐露する言葉が漏れる。
◆
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
その晩遅く、狂気を秘めた悲鳴と共にティツィアナが目を覚ます。
ティツィアナが目覚めたという知らせを聞いたテオドージオとティオドゥラがティッツィアナの部屋へ駆けつけるが、目にしたティツィアナの混乱は激しく声が枯れるまで叫び終わるとシーツへ包まり、呻き、泣き止まず、とても会話の出来る状態ではなかった。
テオドージオは早急に治療魔術の使用可能な衛士を集め鎮静魔法を幾重にも付与しティツィアナが恐慌状態から僅かな回復を見せるのには一晩の時間を費やした。
ティツィアナが言葉を口にできる頃になると姉であるティオドゥラが寄り添い優しく抱き寄せる。
ティオドゥラは妹に触れると、妹の体には止まらない細かい震えが続き、肌や手指が氷の様に冷たく、時折見せる突然のビクリと体を跳ねる症状に、迷宮内で心の奥深く迄刻まれた恐怖によるものだと理解した。
顔や体の傷は軽いが、気狂いとなってしまえば妹の婚姻は厳しくなる、姉としての心配は深まり、それにより全ての原因とされる愚弟への怒りもまた深く重くなっていく。
◆
ティツィアナを運び出した彼女の側近は迷宮区を抜ける区門まで彼女を丁寧に運び馬車を手配する迄は片時も離れず彼女を護っていた。
他の迷宮に残されていた兵達も骸骨王の命により区門まで骸骨達が運んできてくれた、扱いは雑ではなく丁寧な物であったが大量の骸骨が区門へ向かう姿は、怪物のスタンピードを思わせ区門に殺到していたに人々は最悪な事態が起こったと誤解を招き、更なる恐慌状態に陥れてしまったのは笑えない話である。
しかし昏倒していた兵士達を丁寧に扱い区門前にそっと寝かせたその姿を、安全な建物の中から見守っていた市民より、後に悪意や敵意は感じなかったという証言がよせられた。
そして城迄戻ったティツィアナの側近は疲労困憊していたものの、唯一広場に最後まで残った証人と言う事で長い時間拘束されテオドージオを始めとした都市の重鎮達に詰問されることとなった。




