第59話 閑話
第59話 閑話
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「はんばぁがぁ...おいしかったのぅ」
白靖様こと白靖佐久比売は余命幾ばくも無い冴えないヤツれた男から収められた供物を思い出し口の中に広がる味の記憶に思いはせる。
3個の『はんばぁがぁせっと』が捧げられた物の、どれも美味く甲乙つけ難いのだが、最初に食べた和牛100%ディアブロ・トリプル・クワトロチーズワッパーと言う4種の醍醐が挟まったコッテリジューシーハンバーガーが特にお気に入りとなった。
「和牛100%であぶろとりぷぅるちゃらちゃらちゃっぱーだったかのぅ...なんとしてももう一度食べたいものであるが、今日の今日であれじゃが夢枕にでも立って余命ついえる前にもう何度か供物として捧げてはくれんかのぅ」
白靖佐久比売は思案する、神でありながら自らが祭られた上目黒八幡神社は、既にこの世には無く幽世へその存在の残滓を残すだけの忘れ去られるを待つ神社であった。
社のある目黒区目黒1丁目に存在した社は、かの東京大空襲にて焼失し、戦後に直ぐ近くにある同じ八幡の社へ合祀されてしまう。
その焼失も、被災を免れたと言われた上目黒に建立された中で上目黒に落ちた唯一の焼夷弾の直撃により古くなった建物が瞬く間に焼かれてしまったのだ。
白靖佐久比売は僅かに残る神力にて境内以外への延焼を防ぎ地域を護ったこの土地の守護神であった。
しかし、そもそもが小さな敷地しかなく肝心の社を失った神社では戦後の復興時にその土地を維持する事が叶わず、今や当時の信仰どころか記憶を残す者も両手の指で数えるほどしか生存してはいなかった。
実は当時境内に掘られた防空壕の中に居た人間は奇跡的に全員が生き残っており、その時に生き永らえた者達が強い信仰を持ち長寿を迎えていた。
しかし生き残った信者が絶えれば、信心はこのまま忘れ去られる、何れは幽世からも消え去り、現世にも残らぬ定めである。
建立も江戸末期、九州の武家の姫であった彼女は当時の江戸藩邸上屋敷にて齢12歳の若さで『非業』の死を迎ていた姫の祟りを恐れての物であった。
当時の藩主はその死の『理由』を隠蔽する為に病にて逝去とし、その疚しさから私的に建立された社の祀神という特殊な経緯がある。
そして明治期に入り藩邸が解体される事になると、『理由が解らないけど小さな社があるわどうしよう、取り合えず祟られたら怖いからこのまま残しておこう』という理由だけで残された神社である。
近所にいるからと言う理由だけで参拝される、うっすーい信仰で神力を保っていた場末のスナック的な神社だったのだ。
其処から昭和~平成~令和のこの時代まで幽世に残り、数人となった社の記憶を持つ信者の死を待つだけとなった、そんな時に現れた幽世を覗く者、それが美里薫であった。
白靖佐久比売にとって、最後となるかもしれない迷家となり果てた社の最後の参拝者、美里薫の持つ香ばしい食べ物は現世の食べ物を食む最後の機会であると確信していた。
そして供物として美里から備えさせた香ばしい食べ物
――――はんばぁがぁ
白靖佐久比売が食べたこの世で最も美味なる物であった。
包みを開いた時に鼻腔を満たした香ばしき牛肉の香り。
とても白靖佐久比売の小さな口では収まらないほど圧倒的な大きさの麺麭と肉の塊。
勢いよくかみつくと突然流れ込んでくる醍醐の波、始めに甘みがあり爽やかな醍醐、次に強いコクのある醍醐、続いて塩気の強い濃厚な赤い汁に追い打ちをかける様に押し寄せる牛肉の旨味の怒涛の口撃。
噛みちぎれば複雑に織りなす野菜の歯ごたえと、溶け出さず最後まで隠れていた癖の強い2種の醍醐の風味が口の中で暴れ出す。
食むたびに満足が押し寄せ、神の一柱である彼女の脳髄へもう一口目をはようはようと求めさせる。
更に食み、更に口を満たし、初めて出会った真なる深淵の味覚。
尚恐ろしい事に、一緒に供された飲物『コーラ』はひとたび口にすれば口腔内に電流のような刺激を与え、得も言われぬ甘みと香りが三位一体となり口の中を無双していた筈の深淵の名残を奪い去る。
然し脳が求める・・・・深淵の味覚を。
気付けば白靖佐久比売は、美里の持つ食べ物をすべて供物として平らげてしまっていた。
恐らく現世最期となろう供物!
初めての味覚!
最高の満足!
現世の深淵!
白靖佐久比売はこの最高の供物を供した者に感謝をした、参拝する信者も無く、神界では貧しい神だの無職の神だの居候の神だのと揶揄された自分へ供物を捧げた男に感謝した。
だからこそ2個目のハンバーガーを食べつつ男の魂を覗き、男の待つ運命を知ってしまう。
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美里薫が幽世の社を去った時に意を決し、大神へと奏上し彼の者の死後、極楽浄土への至る道をと願う。
そして大神より彼の者が心の奥底に眠らせた後悔がある事を汲み取り、異世界にて次なる人生を謳歌させよと裁定を下されたのだ。
白靖には、まさかあんな事になるとは想像だにしなかった事態が起こり、白靖自身にもまさかあのような事が訪れるとは知らず。
◆
美里の参拝したその夜、彼の者へ異世界転生の特典の報を手土産に夢枕に立とうとした白靖佐久比売は愕然とする、美里薫が既にこの世から旅立っていたのだ・・・
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「お味はいかがでしょうか?お陰様でこっちで楽しく生きています、これからもどうぞお見守りください」
白靖佐久比売は建立された自らの神殿にて『はんばぁがぁ』の味を堪能しつつ言の葉を紡ぐ
「はんばぁがぁは美味しいのぅ!久々のはんばぁがぁはホンに美味しいのぅ、おなかが一杯は嬉しいの!あぁ本当に美味おいしいのぅ」




